3年後

三年後――


カイルはすでに十八歳になっていた。

その顔立ちは以前よりも大人び、鋭くも穏やかな眼差しには、若き貴族の威厳と落ち着きが宿っている。


一方、兄のカンジーとエリオンはすでにアウレリア学園での修行を終え、王国でそれぞれの任務に就いていた。

学園に残っているのはカイルただ一人。

彼は肩に鞄をかけ、王である父アルデンの城へ帰るため、学園の中庭に立っていた。


夕暮れの風が優しく吹き、木々の葉がさらさらと舞い落ちる。

その静けさを破るように、背後から凛とした声が響いた。


「カイル、あなた……エリナと付き合ってるんでしょう?」


振り返ると、腕を組んだアイリスが立っていた。


カイルは穏やかな表情で少しだけ顔を向ける。

「そうだけど……どうかしたのか?」


アイリスは長いため息をつく。

「まったく、カイル様ったら……」

その声はどこか呆れながらも、忠実な侍女らしい気遣いがにじんでいた。


「アウレリア王国の王子として、まずはご両親にお相手を紹介するのが礼儀ですよ。

それに――」

アイリスは少し目を細め、真っ直ぐに彼を見つめた。

「王子は、簡単に恋人を作るわけにはいきませんから。」


カイルは眉をひそめる。

「えっ……じゃあ、どうすればいいんだ?」


その素直すぎる反応に、アイリスは小さく笑みを浮かべた。

「そうですね……私としては、もう婚約してしまうのが一番だと思いますよ。そうすれば誰も文句は言えません。」


カイルはわずかに顔を赤らめ、頭の後ろをかきながらつぶやく。

「そ、そういうものか……」


アイリスは口元を押さえてくすくす笑う。

「ふふっ、困っている時のカイル様って、本当に可愛らしいですね。」


カイルは小さく息を吐く。

「お前って……本当に俺をからかうのが好きだよな。」


「からかってなんかいませんよ。ただ――カイル様には幸せでいてほしいだけです。」

アイリスの声は、どこまでも優しく、しかし真剣だった。


――数分後。


エリナ、セルヴィア、そしてゼインが中庭へとやって来た。

今日で学園の最後の授業を終えたばかりの彼らの表情は、どこか晴れやかだった。


「ようやく終わったな……」ゼインが大きく息を吐く。

「これで毎朝魔法の授業を受けなくて済むなんて、なんか不思議だ。」


カイルは穏やかに笑った。

「へぇ、君たちも帰るところなのか?」


ゼインはにやりと笑い、手を上げる。

「いや、実はさ……カイルの家に泊まってもいいかなって思ってるんだ。」


「えっ?」カイルは目を丸くする。

「まあ、構わないけど……それなら、今すぐ王都アウレリアへ向かおうか。」



カイルは片手を軽く上げる。

「さあ、みんな準備はいい? 学んだ風魔法を使うぞ。すぐに着ける。」


彼の合図とともに、風が渦を巻き始める。

エリナとセルヴィアの髪がふわりと舞い、ゼインは歓声を上げた。


「うわっ! こんなに遠くまで飛ぶのは初めてだ! ははは!」


瞬く間に、彼らの身体は風に包まれ、宙へと舞い上がった。

黄金色に染まる夕空が広がり、彼らの前には無限の大地が輝いていた。


穏やかな笑みを浮かべながら――

四人の仲間たちは、カイルの故郷であるアウレリア王国へと向かう。

誰も知らなかった、彼の真実の姿を確かめるために。


王アルデンの城にて――


午後のオーレリア王国は、穏やかで温かな空気に包まれていた。

城の庭では小鳥たちが楽しげに囀り、夕陽の光が大きなガラス窓を通して、王族の休憩室へと差し込んでいる。


その部屋の中で、王女リシアは柔らかな絨毯の上に座り、人形遊びに夢中になっていた。

女王エレノーラはソファに腰掛け、微笑ましそうにその姿を見つめている。


「リシア、あなた、ご飯はもう食べたの?」と、エレノーラは優しく声をかける。


リシアは頬を膨らませて、むっとした表情を浮かべた。

「んー! まだ食べたくないの!」


エレノーラは穏やかに微笑む。

「あとでお腹を壊しても知らないわよ?」

そう言って、娘の頭をそっと撫でた。


だがリシアは、好奇心に満ちた瞳で母を見上げた。

「ねぇ……リシアの三番目のお兄ちゃんが、今日帰ってくるって本当? お母さま? お父さま?」


エレノーラは小さく目を見開いた。

「え? どうしてそれを知ってるの?」と、くすくす笑いながら尋ねる。


「侍女さんが言ってたの!」と、リシアは元気よく答えた。


エレノーラは小さく笑い、頷いた。

「そうね、正解よ。あなたのお兄ちゃん――カイルは今日、帰ってくるわ。

それにね……もうとても強くなっているの。もしかしたら、お父さまでも敵わないかもしれないわよ?」


リシアは驚いたように立ち上がり、目を輝かせた。

「ほんとに!? カイルお兄ちゃん、そんなに強いの!? でも……お父さまが一番強いんじゃないの!?」


椅子の陰で書類に目を通していた王アルデンが、くつくつと笑った。

「はは……父上だって、まだまだ強いぞ。

ただ、歳には勝てんだけだ。」


リシアはくすりと笑い、口元を隠した。

「じゃあね、リシアもカイルお兄ちゃんに魔法を教えてもらうの! 強くなりたいから!」


その時、ひとりの近衛兵が慌ただしく部屋に駆け込んできた。

「陛下! カイル王子とご友人方が……ただいま正門に到着されました!」


アルデン王は立ち上がり、真剣な面持ちの中にも嬉しさが滲む。

「そうか……ついに帰ってきたか。」


エレノーラは優しい眼差しで夫を見つめた。

「長かったわね……いま、どんな顔をしているのかしら。」


リシアは両手を叩いて大はしゃぎ。

「やったぁーっ! カイルお兄ちゃん帰ってきたーっ! 会いに行くーっ!」

そう言うや否や、彼女は部屋を飛び出していった。


エレノーラは娘の背を見送りながら、微笑を浮かべた。

「あの子ったら、本当に落ち着きがないんだから……」


アルデン王は小さく笑い、王の間を出ていく。

「行こうか。我らの誇る息子の帰還を迎えに。」


――オーレリア王国・正門前。


歓声と拍手が空を震わせていた。

数百の民が通りを埋め尽くし、英雄の帰還を祝っている。

王国の旗が金色の夕陽を背に大きくはためき、人々の視線は一斉にひとりの青年へと注がれた。


カイル・アルデン。

王国を救った若き王子であり、民の誇り。


「どうやら、王国の人気者になったみたいだな、カイル。」

ゼインがくすりと笑いながら、友の肩を軽く叩いた。


カイルは小さく息を吐き、薄く笑った。

「大したことないさ、ゼイン。やるべきことをしただけだ。」

その声音は静かで、どこか遠くを見つめるようだった。


だが民の歓声はさらに大きくなり、ゼインは苦笑する。

「“大したことない”って顔してるけど、今にもみんな名前を叫びそうだぞ。」


カイルはまっすぐ前を見据えたまま、静かに微笑んだ。

その瞳には温かさと静かな誇りが宿っている。


――その時。


「お兄ちゃーんっ!!」


高く澄んだ声が人混みを突き抜けた。

一人の小さな少女が群衆の間を駆け抜け、白いドレスの裾を翻しながら、勢いよく走ってくる。


金色の髪が風に揺れ、夕陽を浴びて輝いた。


そして――少女は勢いのまま、ゼインに飛びついた!


「えええっ!?」

ゼインは目を見開き、両手を宙に上げたまま固まる。

「ちょ、ちょっと待て! 俺、お兄ちゃんじゃないって!」


少女――リシアはきょとんとした顔でゼインを見上げた。

「えっ!? ご、ごめんなさい……てっきりお兄ちゃんだと思って……だって、お顔覚えてないんだもん……」


ゼインは苦笑し、そっと彼女の頭を撫でた。

「君のお兄ちゃんは、カイルって言うんだろ?」


リシアはぱっと顔を上げ、元気よく頷いた。

「うんっ! カイルお兄ちゃん!」


その時、背後から静かな声が響いた。

「リシア……君だったのか。」


リシアが振り返る。

そこに立っていたのは、優しい眼差しの青年――カイルだった。


彼女は一瞬、息を呑んだ。

その瞳に映る兄の姿は、記憶よりもずっと大人びて、優しく、どこか寂しげでもあった。


「……お兄ちゃん?」と、リシアは小さく呟いた。


カイルは穏やかに微笑み、彼女の目線まで膝を折った。

「久しぶりだね、リシア。大きくなったじゃないか。」


その言葉を聞いた途端、リシアは勢いよく飛び込み、兄の胸に抱きついた。

「会いたかったよ……お兄ちゃん!」


カイルは片腕で優しく抱きしめ、もう片方の手で彼女の髪を撫でた。

「僕もだよ、リシア。」


ゼインはその光景を見て、ふっと微笑んだ。

後ろで見守っていたエリナとセルヴィアも、目を潤ませながら静かに頷いた。


「ふふっ……仲良しだね。」

セルヴィアが小声で囁き、エリナは優しく微笑む。


そして、少し離れた場所から。

王アルデンと女王エレノーラがゆっくりと歩み寄り、その温かな再会を見守っていた。

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