獄楽男

蟹谷梅次

獄楽男

第1話 怪奇狩りの男

 盛岡駅前に居るある女に話しかけられると死んでしまう。


 ……という様な噂話がある。所謂「都市伝説」と云う奴だ。


 その女は小柄で、黒い髪は光に当たると青く色づくのだとか。


 日本人の黒髪は光に当たると茶色かその系統に色づくと思うが、その女は青くなる。その女は確かに実在した。


 俺はその女に話しかけた。すると、女は口を塞いで驚いた様な顔を此方に向けるので、俺は自分の素性を明かして見せた。


 俺は所謂霊能力者と云う奴で、俺くらいの才能と実力を持つ超絶天才児ならば貴女に掛かっている呪いとやらを解呪する事が出来る。


 そう言うが、女は全く聞く耳を持っていないのか、あるいは単純に俺の様な若造を信頼していないのか、口を見せてくれようとはしなかった。


 なので腕を掴んで無理やり口を見つけると、右手でポンと叩いた。


 叩くと言っても、本当に触れるだけ。


 俺の右手には「捌」という文字の入れ墨がある。右手だけでなく、背中や脚、首裏、胸にもある。


 その文字が特別という訳でなく、所謂これは「力の出入口」である。この文字から俺の中に流れる力を放出する事で怪奇を討つ事が出来る。


 この女にかかっていた呪いなどと云うのは酷く低俗な物だったので、祓うのはとてつもなく簡単だった。


「貴方は何者?」

「そんな事より手伝ってくれよ。これから姉の娘を引き取りに行くんだがね。どうやらその娘って云うのが可哀想なもんで、服を一組しか持っていないって言うじゃないか。それで俺は女児の服っていうのがどんな物を買えば良いのか分からないんだ。試しに一着買ってみたんだがね、これどう思うかな?」


 俺は小脇に抱えていた白い紙袋から服を出す。


 それには猫のキャラクターが描かれていて、その猫の足元に「Murder Cat」という文字が書いてある通り、その猫は血みどろであった。


 その女は嫌そうな顔をしていたので、きっと俺の判断は狂っているのだろうと細目で分析しながら、「どうかな」ともう一度訊ねる。


 すると女は俺の買い物に付き合ってくれる事になった。


「この為だけに私の呪いを解いたの……?」

「おうよ。暇そうだったからね。いけないか?」

「……ちょっと君、頭が変だ」

「よく言われる。天才すぎるんだろ」

「可哀想だ」


 服屋でいくつかの愛らしい女児服を手に入れると、俺は「なんだか心配だ」と言う女を連れて、姉の娘を迎えに行った。


 其処は警察署だった。


「その子の叔父の小林こばやし八郎はちろうです。此方は付き添いの……」

秋山あきやまルリです」

「そ。ルリ子さん。して、姉の娘というのは何処に?」


 その子供が若い女性警官に連れられてやって来た。


アァ、ろくすっぽ飯も食わせて貰えて居なかったんだろう事が分かる痩せ具合で、まるきり姉の育児放棄というのを目撃してしまい、俺は気が狂いそうになった。


 姉とは血などつながっていなかったけれど、それでも奴は俺の前では良い姉を演じてくれていて、人としてのあの女を知らないから言及が浅くなるが、どうも信じられなかった。


だがしかし、この子を見てしまうと、この子の一生の味方で居てやらなければならないと云うつもりが湧き上がった。


「帰りは車だから、車の中で寝なよ。ルリ子さんあんたはどうする?付いて来て貰っても構わないよ」

「エッ」

「家さ、無いんだろ。俺ん家は広いのだけがあるから、其処に住んで金が貯まったら出てくでも良いぜ」

「着の身着のままだよ、私」

「そんな事を言っちゃあ、俺だってそうさ。いいかい俺はね、姉が逮捕されたって聞くまでアテのない旅をして、その場その場で職を変えて日銭を稼いで生活してたんだ。賭博師が主だけど一度密猟で捕まった事もあるし、寺の坊さん役をやった事もあるし、最後はヘリッコでビラ撒いてたけど。着の身着のままの旅人なのよね」

「今度からはそうはいかない」

「適職を見つけたんだ。怪奇狩り──儲けられる仕事らしい」

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