第34話 証拠

「話は聞かせてもらったわ!」


 張り詰めた場の空気をもろともせず、声の主はずかずかと乗り込んできた。


「な、なんでお前……」


 驚くのも無理はない、その声の主はスズカだったのだから。

 呆気にとられる俺をしり目に、スズカは声を張り上げる。


「この問題は早急に解決しなければ、ギルドの存亡に関わるわ。解決のために、証拠が必要なんでしょう?」


 まあ、そうだな。


「じゃあ、ゴードンの部屋に乗り込みましょう!」


「は?」


 場の空気が文字通り凍り付いた。


「あのなぁ、それは俺がさっきやって失敗したことなんだが」


 やや呆れかつ自嘲気味に述べる俺に、スズカはアンタ馬鹿なの? とでも言いたげの表情を浮かべ、


「それはアンタがやったからでしょ? アタシたちで乗り込めば必ず成功するわ!」


 と、自信満々で言い切りやがった。

 俺の心情なんて完全無視。もうなんだか悲しみなんて吹っ切れました。

 てか、シルバが心配するほどスズカは落ち込んでないんじゃないのか? きっと、シルバの考え過ぎなのだろうよ。その時、俺はそう安易に考えていた。


◇◆◇


 スズカの宣言は現実のものとなった。

 スズカの的確な先導の下、一行は無事にゴードンの部屋もとい財務長室に忍び込むことに成功した。


「あっ、あったわ!」


 その財務長室にあるゴードンの机の引き出しにそれはあった。


「奴隷売買に関する密約書じゃないですか! これは、決定的な証拠になりますよ」


 心なしかシルバは平生よりも弾んだ笑顔で呟く。


「つまり、これで『GF』とゴードンとの関係が明らかになるわけだ」


 俺の予想が当たっていたわけか。

 と、ここまでは何事も上手く進んでいたわけなのだが……。


「まずいですよ。ゴードンが戻ってきます」


 外を見張っていたミカが、焦燥感たっぷりの表情で緊急事態を告げた。


「やばいわ! いますぐ撤収しましょう」


 そう言うと、スズカたちは一目散に撤収を始める。いや、本当に素早い行動で素晴らしい。

 しかし、ここで素直な疑問が浮かぶ。


「ここで、ゴードンに証拠を突き詰めれば良くないのか?」


 よく考えて見ろよ。ここでゴードンに証拠を突き付けて、真偽を確かめればいいだろうよ。

 ならば、逃げる必要もないだろう。


「はぁ? こんな密室で証拠を突き付けてもダメージが少ないし、なによりしらばっくれられる可能性が高いじゃないの。こういうのは公衆の面前で逃げられない状況に追い詰めてから行うの!」


 うわぁ。怖い。

 だが、一理あるな。と俺が納得したのもつかの間。

 うむうむと唸りながら、あたりを見回すと、そこには既に誰もいなかった。

 文字通り、ぼっち……。


「えっ? あれぇ、俺だけ取り残された!?」


 その刹那、俺が取り残されたゴードンの部屋つまり財務長室の扉がゆっくりと開かれたのだった。



 おい、この状況をどう打開すればいいんだ……!

 俺はゴードンがこの部屋に入室する直前に咄嗟の判断で机の下に潜り込んだ。

 しかし、このままでは見つかってしまうのも時間の問題だろう。

 もし、ゴードンが机の前にある椅子に座り、足をこちらに向けでもしたら……。

 つま先に違和感を覚え、発見されてしまうのだろう。


「……こっちに来るなよぉ」


 小声で神頼みを繰り返すも、ゴードンは一直線にこちらへと歩を進める。

 よもや、こちらの世界には神とか存在しないんじゃないの?

 そして、ゴードンはゆっくりと椅子に座り、足をこちらへと向け――


 ゴンッ


 俺の顔面にゴードンの膝関節部が鈍い音を立ててぶつかった。


「「痛っ」」


 俺は痛みをこらえつつ、沈黙を守る。

 痛い。痛すぎるッ……。


「ん? なにかにぶつかったな」


 違和感に気づいたゴードンが足元へと顔を下げる。

 よもや、これまでか……?

 俺はもう終わったとばかりに目を閉じると同時に、いざという時のために腰に携えた剣へと手をかける。

 ああ、ごめんなさい。ほんとすんません。また、俺がドジを踏んでしまったようだ。

 だがしかし――、


「んっ? おかしいな。なにもねぇ」


 足元を覗き込んだゴードンはそう言いながら、不思議そうに俺を見つめる。

 俺もその言葉に反応して、すぐさま目を開ける。

 おい、ちょっと待て。今、目合っただろ。何もないわけないだろ!


「気のせいかね」


 ゴードンは俺の存在に気づいていないのか、そう言って机の上へと目線を戻すと、暫くの間ごそごそと何か作業をした後、何事もなかったかのように退出して行ってしまった。

 これは、助かったのか? いや、そうだろう……。たぶん。


 こうして、俺はよくわからないまま身の危険から逃れることができたのであった。

 もっとも、精神的な大ダメージから逃れることはできず、大きなわだかまりを残したのだが。

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