5:バラクーダ戦、第2回戦ミミコフ推参!

鋤灼スキヤキP! 一体どういうおつもりで・す・か!? ああん?」

 背中をグリグリと踏みつけられ、微動だにできない”スターバラッド統括デザイナー”。


「ぐ、が、ぎぎ、う、うっせーな! シラタキめ―――」

 無駄な抵抗を試みる、ぽっちゃり体型。

 やや筋肉質なシラタキ脚線が、小丘のようなポッチャリ曲線をグウリグリ。

「―――ぐっはっぁ!」

 やがて、背骨をヒールの先で探すようなかかとの動きに、陥落するばたり


『ROUND1 ―――FIGHT!』

 一本目の開始を告げる、合成音声。


「いけねっ! 始まっちまった!」

 実兄のピンチに、開いた口がふさがらなかったシルシが、”格ゲービュー”に向き直る。


 開幕一番、横縞を縦縞にするフライングクロスアタック、からの足払い。

 一気に距離を詰められた、猫耳メイドさんに電柱あしが激突――したが、メイドさんは蹴られた方向に逆らわずに上体を回転させることで、衝撃のほとんどを相殺した。


「お? やるな! さすが、中ボスを一気に倒しただけのことはあるぜ!」


「うん。これは、攻撃をいな技だ」

 シルシはコントローラーパッドを、リズミカルに叩いていく。


「いなっふ」

 小柄な少女が巻き舌気味にまねをする。

 その顔は、映画俳優のよう。堂に入ったセクシー顔が、超似合っていない。

「うるせー! ちょっとかんだだけだろっ!」


「そういや、先週、選択の授業でやったゼ……いなっっふ!」

 彫りの深いハンサムな顔。刀風カタナカゼは語尾にアクセントを付けた。

「オマエまで、うっせーよ! あと、俺は英会話取ってねえ!」

 猫耳メイドさんは、電柱のような足の上に着地して、うずくまる。

 タタタン。

 そこからの、さらに追加入力。

 ミミコフは、華麗なバック宙を披露した。

「お? こうすっと、一気に距離とれる! いいな!」


「ミミコフはん。……やりますなあ」

 歌色カイロが、壁面のほうの戦況を目視して、お褒めの言葉を口にした。


「ニャュ? ニャュ?」

 グリングリンと、勝手に首だけを動かして、会議室を覗き見るカメラ目線のメイドさん。

 歌色ご主人からの、お褒めの言葉がうれしかったのだろう。

 パタパタパタと褐色のシッポを、せわしなく左右に振っている。


 だが直後、少年の顔色が変わった。

「あれ? なんだコイツ!?」

「どしたゼ?」

「どうしたのよ?」

 少年の、ミミコフさばきに、かげりがみえだす。


「ぐ、ぐぬぬ」

「「――ぐぬぬ?」」

 大柄カタナカゼ小柄マガリが、中柄シルシにつられる。


 四つ足のネコ走りから、繰り出したパンチが届かず、上方から打ち下ろすようなパンチでカウンターを取られている。

 フッギャッ!

 その場で跳ねるような、ダウン。

 追い打ちで、足払い×2。

 その2撃目を、イナふ・・・シルシ


『COUNTER ATTACK!

 2HIT COMBO!』

 確定した連続攻撃コンボ表示HUDされる。

 3連続攻撃になるところを、一回分減らすことができた。

 少年の操作プレイ自体は、問題が無いようにみえる。


 ミミコフは、攻撃を打ち消したときの回転を利用して、側転、側転、側転、側転。

 奥行きのある方向に距離を取ると、平面化の作用によって自動的に角度が補正される。


 気づけば、両者、有利不利のない対等な位置どり。攻防は仕切り直しとなるが、体力差はけっこうできてしまっていた。


 『ミミコフ【□□■■■】79【■■■■■】#013』


 グワワン!

 #013の直立した全身を倒すような、軌道の大きなヘッドバッドを、バックダッシュで、避けるミミコフ。そして、―――。


「ぎぎぎ」

「「「「ぎぎぎ?」」」」

 今度はVRE研全員でつられた。

 女史と統括デザイナーは、まだサーフィン中だ。

「てけててけててててんてん♪」

 女史のご機嫌な、BGMはなうたが部屋の端から聞こえてくるが、直視できるものは居なかった。


 ミミコフは、ニャォオ! と勇ましいかけ声とともに、前方回転―――からの爪を研ぐポーズ。この攻撃にも、リーチがほとんどない・・・・・・・・・・


「なんだゼ? 届かないゼ?」

「なによ、届かないじゃないの!」

「届かなぁいでぇすぅねぇー」

「届きま……へんな?」


 歩くようなダイナミック電柱キックを2連続でくらい―――2発目のほうを何とかイナフ、……もとい、いなし技で回避した。


 ……チラッ……チラリ。

 時折、歌色カイロはニヤニヤと、環恩ワオンは心配そうに、会議机の反対側を盗み見ている。


「あれ、ほっといていいの?」

 小柄な少女が、少年の兄らしい人物の身を案じる。

「あれは、ひょっとしたら、いちゃついてんだゼ?」

 イケメン少年が羨ましそうにいう。


「緊急を要するのは……こっちだ」

 といいつつも、少年は、”兄”で行われている波乗り光景に一瞬だけ視線を動かした。

兄貴あれは、シラタキ……さんの管轄かんかつっぽいしな」

 同時に手の汗をご自慢のパスタ柄シャツでぬぐい、コントローラーパッドを握りなおす。


「じゃ、基本技と、必殺技だしてみるぞ?」


「……おう?」「……わかったわよ?」

 画面の中も外も、事態が把握できず、困惑の部員たちが気のない返事。


 ”格ゲービュー”の中を、ふつうに走っていく猫耳メイドさん。

 距離を詰める速度は素早く、巨大な#013におくれをとるようにはみえない。


 そして、ミミコフは、腰の入っていない、手先だけで打つパンチを放つ。

 さらに、腰の入っていない、手先だけで打つパンチを放った。

 そのうえ、腰の入っていない、手先だけで打つパンチをもう一度放った。


 上段から打ち下ろされる#013のパンチを、ぎりぎりでかわすメイドさん。


「それが、弱パンチか? わかった。次出せってんだゼ?」


「今のが、弱中強・・・パンチだ。リーチ変わんねーし、当たっても繋がるコンボが一個も無え」


「んで、これが、……」

 少年はミミコフ技の説明を続ける。


 猫耳メイドさんは、再び距離を詰め―――。

 靴先でちょこんと相手のすねを蹴るような動き。

 もう一度、靴先でちょこんと相手のすねを蹴るような動き。

 打ち下ろされる#013の丸太のようなパンチ。


 ゴッ―――!

 最後に繰り出した、靴先でちょこんと相手のすねを蹴るような動きが、丸太と激突した。

 ズダダダァン!

 ミミコフと#013が、左右対称シンメトリーに両サイドへ倒れる。


「―――おい、パンチと変わらねえゼ!?」


「そうなんだよ! 今みたく、届けば一応当たるけど、なにこのリーチ!? ぐぬぬー!」


「必殺技ってやつは、どうなのよ?」


「……何回かやってみたんだけどな……」

 しょんぼり顔でコントローラーパッドを操作する少年。

 ミミコフは3連続のバック宙を決め、最大限に距離を取った。


 猫耳メイドさんは、地面に穴を掘り、そのモーション中に、―――ダイナミック電柱キックをくらう。


 ビロロロロ。

 『ミミコフ【□□■■■】42【■■■■□】#013』


 再び、無言でコントローラーパッドを操作する少年。

 猫耳メイドさんは、なにもない空中で、何かをつかんで引っ張って、つかみあげたものを逆さまにひっくり返したりしているうちに、―――ダイナミック電柱キックをくらった。


 ビロロロロ。

 『ミミコフ【□□□■■】38【■■■■□】#013』


「なにこの、ポンコツっぷりは」

「……なんか探してんのかだゼ?」

「しかもこれ、なにかやってるモーション、キャンセルできねえ止められねえんだよ!」


「ミミコフはん……あきまへんなあ」

 額に手を当て、首を振る歌色ごしゅじん


「フッギャ!?」

 ご主人からの評価を耳にした猫耳メイドさんが、取り乱す。

「コフー!」

 ピンク髪を振り回して、自分を操作している少年に向かって、鬼の形相を向けた。


「オマエ、俺のせいにしてる場合か!? 全員負けたらいなくなっちまうかもしれねーんだぞ!?」


「フギャーッ! フギャーッ!」

「おい、俺は猫語なんて、わからんぞ?」

 ゲーム画面と会話をし出す鋤灼スキヤキ少年。


「なんで、会話できないんだぜ?」

「化け猫、さっきまで普通に日本語話してたわよね?」

「それは、”カクトオ_プラグイン”には……発声用フルセットの音声ライブラリ……が入ってないからどすな」


「でも、さっきコウベ、”オヤツ寄越せー!”って言ってたゼ!?」


「”メニューキャラクタに合わせた、……勝ちぜりふが最低限、生成さ……れる仕様どすからなあ」


「あ、”鰻重たべて、元気だしんしゃい!”とか?」

「あー、”大盛りチャーシュー麺で決まりだ!”ゼ?」


 彼らが言っているのは、自動学食アプリの”フェイズ2”で献立が勝利したときの決めぜりふだ。”カクトオ_プラグイン”には、自動学食アプリの格ゲー風の画面生成部分が流用されている。


「それにしても、中ボス相手にしても強かったのに、一体どうしちまったんだ!?」

 シルシの目の前。積層モニタ格ゲービューの奥では、トグルオーガたちが、円陣を組んで何かを話し合っている。

 その中に混じっていたコウベが、顔を上げて語りかけてきた。

 背景扱いのコウベは会話も可能だった。壁面、ひいては会議室備え付けの立体音響設備を介してだが。


「シルシー。”ミミコフ化けネコが、”索敵コマンド”やれって言ってるよ」

「索敵コマンド? っても、コマンド分からんぞ!?」

「それは知らない。……化けネコもわかんないって」

「そっか。でもサンキュー。……特殊技を手当たり次第に――――」

 猫耳メイドさんが、中腰のまま、ムーンウォーク。

 ――――ダイナミック電柱キックを華麗にかわす。

「いいじゃないの!」


 猫耳メイドさんが、助走無しムーンサルト。

 ――――長い足を旋回させた、フライングニールキックで落とされる。

「だめだゼ!」


 猫耳メイドさんが、がに股になり、胸の前で柏手を打った。


「宇宙軍制式敬礼……と違う!? コレ・・かっ!?」

 ヴァリヴァリッジジジジップスン!

 メイドさんのブーツを伝って、地を走る青白い放電――――#013が崩れ落ち、地面の数カ所に青色のロックオンマーカーが出現する。


 ビロン。

 『ミミコフ【□□□□■】18【■■■□□】#013』

 #013にダメージも与えられたが、微々たるものだ。


 そして、ミミコフの体力ゲージの下に、いつの間にか出現していた、ゲージ枠。

 枠というか、それは、キラキラと輝くテキスト表示だった。


REPAIRリペアァ~!』

 かわいらしく舌っ足らずな声。ミミコフの音声データで再生されているが、かすかに合成音声っぽいノイズが入っている。


姉さん・・・の声そっくり」

「”にゃんばる”の声に、……クリソツどすな」

 ミミコフに設定されている声に、合成音声のエフェクトがかけられたのだ。それは、環恩ワオンのVR外装”にゃんばる”の声と、ほぼ同じだった。


「お? リペア? やり! ミミコフも、回復系のゲージ持ってたっぽ―――」

 リペアの文字から発せられたキラキラが、画面中央へ飛んでいく。


 カタカタカタッ―――。

 『ミミコフ【□□□□■】19【■■■□□】#013』

 なぜか、中央上部の残り時間カウンタが巻き戻っていく。

「ブュ!」

 奇声とともに、つまんでいたハッシュドポテトを、鼻から出す美女。

 美女にして、笹木環恩ワオン。希代のVR専門家にして、特別講師、兼顧問。

「は、はんへ、のほひひはんは、―――ブュブュユッ!」

 ごとん。

 彼女は、机に突っ伏した。


 そう、ミミコフは、『残り時間・・・・』を回復させたのだ。


「なんだゼこれ? ぶははっ、おもしれーけど、意味ねーゼ!」

 イケメン、刀風カタナカゼにも、ややウケた。

「いや、この際、無えよりましだ!」


 コカカカコカカッ。ラージケルタが指先を動かしている。

『■サッキハ、オウガニャンガ落トシタ、ダイナマイト使ッテナカッタ?』

 入力内容は、大会用文字チャットに書き込まれた。


 残り時間カウンタの増加は、58で止まり、再び減り始める。


「フーーンッ! し、死ぬかとおもいましたぁ……鋤灼スキヤキ君ー、ワルにゃんはぁー地形効果を利用してぇー戦う系統のぉー、NPCみたいですよぉーう!」

 盛大に鼻をかみ、復活した特別講師ワオンがスターバラッド愛好家ジャンキーとしての見解をのべた。


「地形効果?」

 ミミコフは木の葉のような動きで、慎重に間合いを測っている。

 増えたから時間的な余裕はあるのだ。


「ステージ固有のギミックを……使うってことやないどすか?」

 少年は”格ゲービュー”から目を離せない。

「あ、これか!」

 ミミコフの足もと、通常の三角形のロックオンマーカーとは別の、青色のマーカー。地面を三カ所、指し示しているソレをみて、彼は気づいたようだった。

 青いマーカーの上で、……投げ入力。

 すると、ミミコフが、地面からブロック状の物体を掘り出した。


「よし、なんか、見つけた!」

 現在、体力差は1対6。#013が圧倒的有利である。

 それでも、なにやら、突破口を見つけたらしい、シルシ少年の表情が輝いている。

 その顔を見て緊張が解けたのか、ほっと一息つく環恩ワオン

 そして彼女は、会議室の一角へおそるおそる声をかけた。


白焚シラタキさぁん、そのへんで許してあげてはいかがですかぁー?」


「そ、そうどすな、今は……こんな状況どすしな」

 苦しみもだえる男性の様子を見て、傍観ぼうかんしていた歌色カイロまでもが助け船を出した。


「あらやだ、私としたことが。鋤灼スキヤキP! すぐに彼女・・を止めてください!」

 女史が、ぽっちゃり背中と後頭部を歩いて、会議机へ降り立った。


「いてぇー! ―――彼女? 何の話だ!?」

 鋤灼スキヤキPが、タイトスカートの女史を見上げている。

 女史が持ち上げた親指は、背後の壁の中の戦闘用NPCダミーへ向けられている。


「!!?? ――バラクーダぁ!? なんだよ今日はシラタキといい、怖いねーちゃんばっかりじゃねーか―――痛でででっ!」

 女史が、ポッチャリあごを足先でグリグリ。


「だれが、怖いねーちゃんですか! 早くしてください。シルシ君の、面白案件には、このNPCたちが必要らしいですよ!」


「いや、怖いゼ?」

「そうよね、怖いわよね?」

「面白案件……だとっ!?」


「は? ……シルシ!? 居たのか!?」

 ようやく弟の顔を見た兄が驚く。

「居たよ。兄貴、何とか出来るなら早くしてくれ! もう、もたねえかも!」


 残り時間が増えたところで、この体力差はきびしい。


「じゃあ、―――シラタキがオマエにやった名刺だせ! 今すぐ!」


「名刺? 何でそんなもん!?」

「いーから! 持ってるならすぐにだせ! とっておきだが、いま使う!」


「わからんが、わかった。だれかたのむ、ズボンのポケットの中、俺の文庫本にはさんである」

 シルシはミミコフの操作に集中しながらも、カーゴパンツのひざを持ち上げて見せた。


「ここ!? 取るわよ?」

 小柄な少女がシルシの横にかがみ込み手を伸ばす。

 もものあたりにある大きなポケットを開け、無造作に小さな手を突っ込んだ。

「ば、ばかそこ違う、あはーぁ!」

 悶え苦しむ、シルシをひっぱたく、刀風カタナカゼ

「気色わっりーゼ! どけ! 俺がとってやるゼ!」

 少女を押し退け、大柄な青年が割り込む。


「うわ、ばがどこさわってんだ! あっはーーぁ!」


「あ、あほやなあ! ……アナタはんら、……なにしてはりますのや」

 少年少女たちの背後に回った歌色カイロが、難なく文庫本を取り出した。

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