3:驗(シルシ)とプロトタイプ(巨大おはぎ) その1

鋤灼スキヤキ君、鋤灼スキヤキ君」


「ミソシル!」


「は? お味噌汁なら、隣のコンビニに売ってますよ? VR嗜好品おやつじゃなくて、ちゃんと、お湯入れるやつ」


「―――いっけねっ! 俺、寝落ちしてたっ!? いつの間に?」

 少年は、パイプ椅子の背もたれから、飛び起きた。巨大おはぎ最初期型VRHMD”の両側面に、赤い輪が点滅している。


 ”こってり豚汁”に固形コンソメを一個足して、お湯たっぷり目で作ると、ちょうど2人前出来て・・・・・・・・・・、しつこくないお味になるので、オススメで、

「―――お疲れですか? 若っいのに」

 自慢の味噌汁改造レシピを聞いていない少年に、詰め寄った白焚シラタキ女史が、”おはぎ”後頭部の可動部分を掴む。


 後頭部と連動してるっぽい、あごにも付いてる可動部分が、パシャリと開いた。

 無造作に持ち上げられる、”真っ黒く無骨なVRHMD”。

 たとえ稼働ダイブ中の、フルダイブHMDを、いきなり取り外したところで、まったく問題はない。その軋轢あつれきは、すべて、パーソナル・ブレイン・キューブが肩代わりしてくれる。もっとも寝ている人が、叩き起こされる程度の不快さ・・・は生じるので、あまり、良い行いとは呼べない。

 ただ、VR専門家である笹木環恩ワオン特別講師も、誰彼かまわず、いきなりVRHMDを、取り外してるところを見ると、慣れた人ほど乱暴に扱う傾向がある。

 ソレは、朝起きられない子を、叩き起こすオカン的な・・・・・感覚なのかもしれない。


「―――だってあの、でっかい機械マシン、すっげーいー感じに揺らしてくるんすよ」

 ボッサボサの髪を左右により分けながら、少年は自分の眼で周囲を見渡した。

 眼のすぐ前に吊り目美人の、細い腰。車座くるまざになったパイプ椅子。ぽっかりと空いた中央。巨大おはぎを手にした女史が、目の前に立っている。

 ち近い近いと、ガタガタと後ろへ下がる少年。少年の右眼の上辺りを、ピンク色のウサちゃんが飛び跳ねているが、絆創膏の柄は少年ほんにんからは見えない。


 あら、カワイイと、指先でウサギを突こうとするが、猛烈な勢いでダッキングさ避けられる。残念そうに肩をちょっと落とす彼女シラタキは、巨大おはぎ・・・・・と壁を繋いでいる導念SuperEEGケーブルをさばきながら、少年の背後に回った。

「強制ダイブアウトの原因は、パーソナル・ブレイン・キューブ、の比重がゼロになったからですね」

 VRHMDおはぎから、朱色の小さな箱PBCを取り出した。


「おっかしーな、これ、一昨日おとといおろしたばっかりっスけど……」


「どこか、お体の具合でも悪いんですか?」

 女史の声色が、柔らかいものに変わる。


「超ー、健康すよ? おっかしーなー?」

 腕組みして左右に首を傾げる少年。


「それなら良いですけど、どうします? クエスト形式で受けた特典がなくなっちゃいましたけど?」

 女史の声色が普段の、無機質なものへと戻る。


「クエストの特典・・って、結局何でしたっけ?」


「は? トポロジックエンジンが自動作成する、”チャレンジポイント”の獲得に決まってるじゃないですか?」

 女史は、何バカ言ってるんですか、と首を小さく横に振っている。


「チャレンジポイント? そういや、ワル……アイツがなんかフザケてやってたの見たな……」


「フルダイブVR中に、行った動作の全てから、言語化できる行動や状況に付随したポイントが、支給されるアレですよ」


「えっと、そのポイントは、何に使えるん―――?」

「今のところ、特に、使い道は有りませんが、―――何か?」

 喰い気味に即答する女史から、あつのようなものがズゴゴゴゴッと立ち上っている。”オウガ▲▲ニャン”や”ミミコフ”をたりにした時の、笹木特別講師のごとき、こだわり。


「……へ、へぇーっ。それは、―――お、面白いすねぇーーーっ」

 白焚シラタキ女史から、巨大おはぎを渡された少年は、口の端をゆがめながらも、ここ数日で刀風イケメンから学んだ処世術を披露した。その手本となった、刀風イケメンは、隣のイスに座って、何かうわ言を呟いている・・・・・・・・・


鋤灼スキヤキ君、『安全・安心・長時間ダイブ可能な”視覚野経路ビューリンク隆起ユニット・ダイブ型”のVRデバイス』、唯一の欠点・・とは?」

 横に屈み込み、少年に顔を近づけた、女史の瞳が細められる。


「なんすか? いきなり……励起れいき状態の”パーソナル・ブレイン・キューブが無ければ、フルダイブできない」

 寄り添う女史から最大限、身体を避けながら解答する。


「はい正解。鋤灼スキヤキ君、コレ、再充填リチャージするのに、半日くらい掛かりそうですよ?」

 女史は、立ち上がって、首から下げていた、オレンジ色の”V.O.I.Dチャージャー”を操作した。その透明じゃない瓶の基盤部分のフタに付いたコネクタに、差し込まれた導念SuperEEGケーブル。その反対側は、彼女のリクルートスーツの腰に付けられた、パズルゲームのブロックのような逆L字型の機械に繋がれている。


 シルシの、脳内における量子状態を丸ごと複製した、朱色の箱PBC。この中には、少年の最も個人的パーソナルな、人格情報こころ……厳密に言うなら、”人格こころを再構成するすべての要素魂のソースコード”が入っている。


 但し、朱色に変わってしまった部分。つまり、現在の本人のニューロンにおける量子的状態から、大きく変化してしまった”差異さい”の認められる部分の比率・・

 それが比重0%・・・・になってしまっては、如何いかに、簡略化された”全脳モデルもぞうひん”と言っても、同期シンクロさせるのは難しい。特別講座『VRエンジン概論アウトライン』で、今まで習ってきたところなので、始めたばかりの少年にも、理解はできる。


「あれ? そんなに時間掛かるんすか!?」

 慌てるヴォサ髪。


「はい残念ー! 急速充填機クイックチャージャーなら、3分も掛からないはずだったんですけど、比重10%・・・・・以下にまで、落としてしまうと、コレ使えないんですよね」

 首から下げていた、オレンジ色の”VOIDチャージャー”を軽く持ち上げてみせる。


 「俺、今回、役立たずだから、せめて探査棒ダウジングロッド持って、GPSの役くらいしたかったんだけどな」

 ボサボサ髪の少年は、片手で顔面を覆った。


「あら? これ、ウチの倉庫から、お出しした実証機プロトタイプですね?」

 巨大おはぎをペタペタと撫で回す女史。

 女史が触りやすいように、宝物を扱うかのごとく、両手で巨大おはぎを掲げる少年。


「はい、さっそく使わせてもらってます―――ました」

 特区及びスターバラッド運営が蔵出しした・・・・・型落ちの製品デッドストック。巨大おはぎも、その中の1つだ。

 それらの運用には、有る程度の技術力が必要らしく、譲り受ける際に、

「その覚悟・・はあるのか?」

 と白焚女史かのじょは、おどすように念押ししてきた。そして、

有る・・なら力添えいたしますよ」

 と、言ってしまったがゆえの、逡巡しゅんじゅんかもしれなかった。


 今日はもう、リダイブする事ができないと判明し、意気消沈するシルシを、眺めていた女史が、よし、と意を決してから、急にそっぽを向いた・・・・・・・・・


「ん゛っん゛ー。えー、コレは私の独り言ですがー、本来・・、管理者サイド的には推奨すいしょう出来ませんがー」

 女史は、壁から小さなテーブルを、引き出している。この作りはシルシの部屋のテーブルと同じだ。


「こほん。―――笹木先生せんせいと、設計師カイロさんなら、ソレ・・使えるように出来るかも-、知れませんねー」

 あー、んっんっー。芝居がかる女史だいこんやくしゃは、とても不自然だったが、少年は即座に壁の有線接続用のHUBコネクタに、自分シルシの各種IDが登録済みの、空間認識用アダプタドングルを差し込んだ。

 歯車の付いた凝った作りのソレを経由すれば、笹木環恩ワオン特別講師、希代にして凄腕らしいVR専門家への、”音声通話”を開く事が出来る。


「音声入力―――」


「じゃーわたくしは、戻りますよー」

 女史は、シルシ少年の、朱色になったおとといのPBCこころ”をテーブルの上に置いた。



   ◇◇◇



「ここんとこ、魔法なんて使ってなかったぜ。……えっと」「詠唱入力」

 もう、地表までの距離は、それほど残っていない。


「タバスコ:タバスコ:悪夢:空豆」

 言葉が発せられる度に、杖の先に付いた魔法素子ダイオードが稼動し、空間を大きく波立たせていく。彼女かれが手にしているのは、真空管が先端に埋め込まれた簡素な魔法杖ロッド。その形状や型番から、整流用二極管レクティファイアと呼ばれる、効率化支援補佐を目的とした一般的な杖だ。

 電気的な作動条件は、物理法則に沿っているが、ソレが制御しようとしているのは電子流・・・ではない。惑星ラスク上に無限に分布している、既に設定されている存在確率の雲・・・・・・だ。

 内部処理的には、凄まじく高度な処理を行い、導き出されている結果だが、使用法も、効果も、『魔法・・』、と思って何の差し支えも無い。


 杖が発する気配を感じ取った、青い逆算角形が、刀風カタナカゼを睨みつけ、拳を地につけたタッチダウン

 ソレは、魔法少女カタナカゼ迎撃のための予備動作・・・・だったと思われるが、蒼鬼の足下で蠢いていた樹の根の動きが停止した。

 チュイーン、チュイーン、チュイーン、チュイーン、チュイーン、チュイーン、チュイーン、チュイーン!

 地面から突き出た根っこの先に巻き付けられている、まるで爆薬のような何か。

 その起動音と共に、小さな赤い光が、蒼鬼を取り囲んでいく。

 背後からの振動タッチダウンに驚いた”ラケルタ”は、岩石に隠れようとして、大きく迂回し、チョロチョロロッ。


 ボボボボボボボボムン!

 突如立ち上る、カラフルな爆煙。

 狛丑コマウシの背後から周囲を取り囲むように、時計回りにピンク、赤、橙、黄、黄緑、緑、青、紫、計8つの狼煙のろしが立ち上った。

 今この場には、4勢力が集結していた事になる。

 トグルオーガ勢。カタナカ勢。ラケルタ勢。

 そして新勢力、

 ―――広域攻撃を持つ、おそらくは中ボスクラス・・・・・・、爆弾をくっつけた根っ子勢。


 その蒼鬼の足下、十数メートルに及ぶ広い攻撃範囲・・・・・・に、驚く魔女っ娘カタナカゼ。しかし、彼は詠唱中えいしょうちゅうだった。地表は眼前。


「ッ―――ベーコン:電球:トルティーヤ」

 顔をひきつらせつつも、少女は、途切れること無く詠唱えいしょうを終え、|た。

「発動」

 魔法杖ロッドを構えたまま、実行命令を出す。

 先端の整流用二極管レクティファイアは、爆煙で彩られた中央、狛丑コマウシへ向けられている。

 内部の、フィラメントが熱電子を放出し、光量を最大にした。

 携帯用に折り畳めるようになっている箇所以外には、特に動作部分のない杖から、カチンッと鉄板が鳴るような音が発せられた。


 ぽこ、ぽこ、ぽここ、ぽここここここここぶわわわわわわわっ!

 狛丑コマウシが、見上げていた刀風カタナカゼの落ちてくる空。

 その視界全てを覆い尽くす、大量の風船が・・・・・・現れる・・・


 杖先端の30センチ前方。空中の一点から、吹き出すように出現した、黄緑色の大量の風船。風船同士がバラバラにならずに、ボギュギュギュッとくっついたまま、円形に広がり平面となった。直径は5メートルほど、蒼鬼で言ったら2個弱くらい?


 ボギュッボムン!

 魔女っ娘は、空中に出来上がった、風船の絨毯じゅうたんに飛び込む。


 パパパンッ!

 杖の先端が当たった箇所の風船が数個割れる。

 風船の平面は、厚みが50センチほども有って、それ自体が空気抵抗を受けて、刀風カタナカゼの弾丸のような勢いを受け止めた。


 急に出現した、風船の平面。

 その影になった直下。アッパーを繰り出す狛丑コマウシ

 だが、蒼鬼ヤツの足下はうごめく樹の根で埋め尽くされている。

 ウゴゾゴゾ、ウゴゾゴゾッ。

 波打つ地面に、足を取られ、突き上がる拳が空を切った。


 バランスを崩す蒼鬼に覆い被さる、無数の風船で出来た、黄緑色の絨毯バリュート

 ブモォーーーーッ!

 狛丑コマウシは吠え、風船の中央が彼の巨体で持ち上がる。小柄な刀風魔女っ娘は、風船の斜面を跳ねて転がっていく。


 ゴゴゴパッァァァァッ!

 風船の絨毯の周囲に点在している岩石の1つが、宝石のように光り輝き、地面から浮かび上がる。

 ウゾゾウゾゾウゾゾッ!

 輝く岩石は宙に浮いているわけではなかった。岩石から生えた樹の根っこのような触手によって、持ち上げられていたのだ。岩石の底から、荒縄のようなものが生えていて寄り集まって、大樹の根っこのようになっている。


 光る岩に驚き、回避行動中の猫耳娘オウガニャンが、根っこに足を取られた。

 ゴロゴロゴロロッ!

 転がっていくトグルオーガ人気ナンバーワン。

 そこへ、跳ね回ったあげく錐揉きりもみ状態で、すっ飛んでくる、魔女っ風。

 フッギャッ! 痛っで! ゴン! ばたり、ばたり。

 仰向けに倒れるミス物騒・・・・。物騒な外見に似合わず、中身は案外ドジっ娘かもしれない。魔法少女も反対側に倒れ、魔法杖ロッドを落とす。


 ボムン!

 魔法杖ロッドの真下へ走り込んで来た、チョロチョロが不運にも撃破・・される。

 ”ラケルタ最弱エネミー”は、素材アイテムとなり、ミス物騒と魔女っ風は、目を回したピヨった

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