4:中ボスってなあに? その1

「この度は、本当に申し訳ありませんでした」

 VRE研の面々へ、謝罪すペコ白焚シラタキ女史。

 ―――その手には、赤い機器。

 ―――その引き金トリガに指を掛けている。


「いやー、正直、面食らったぜ。いったい何だったんだぜ?」


「まだ、原因不明で、調査中です。直接的には戦闘フィールドの設定を、”許容範囲最大”にしました。ARコントローラー使用の為に必要だったもので」

 ―――それは、特区内での特権的な科学技術を指し示す赤色ではない。

 ―――普通の、レギュラータイプを指し示すカラーリングだ。


「でも、おかしいんですよね。規模こそ大きいけど、……申請さえ出せばいつでも可能な、通常のタスクの一つなんですよねー。というわけで、解析結果が判明次第、お伝えいたしますので、何とぞ、ご容赦を」


「いきなり、武器コントローラーを渡されて、戦わせられたときは、驚いたぜ!」


「何せ、あのNPC達の目的が解らないので、取りあえず、基幹フレームにアクセスできる、この作戦テーブル・・・・・・を死守しないといけなかったんですよ。正直助かりました」


「面白かったけどな! 鋤灼スキヤキ居なかったのが、勿体無ぇーぜ!」

「私も、結構、楽しかったから、気にしないわよ」


「そうねぇー。こんなにーお金がぁ掛かりそうなぁー、採算度外視の、超高負荷アトラクションなんてぇー、一介いっかいの雇われ特別講師じゃ、とても、連れてきてぇあげられませんでしたからぁーねー。えっへん!」

 なぜかドヤ顔の、VR専門家にして、特別講座専任特別講師。

 子供みたいな声に見合った温和おんわさ。ちょっと猫耳マニアすぎるのがたまにキズな推定年齢25歳。


 しかし、VR周りの習熟には、ここ特区でさえ結構な額の高課金演算対価が必要となるため、サイドビジネスへの夢が常日頃から暴走気味だ。

 給料日前の金銭への興味は並々ならぬもので、多機能な会計用の演算パネルを小さく展開して、今回の『キャリア中型試験』の、総費用を算出したりしている。


「そう言っていただけると、助かります」

 やや、バツの悪そうな白焚シラタキ女史の手には、―――赤い持ち手の給油ノズル・・・・・


 ここは白焚シラタキ女史が居た、高い台の真下。


「じゃあ、設計スケールの、規定値まで、注ぎますよー」

 ミミコフの背中、エプロンドレス結び目のちょっと上あたり。

 そこへ、女史は、手にしたノズルを差し込んだ。


 がっこん。特に、穴が開いている訳ではないが、金属がぶつかる効果音。

 投入口の感触も、ノズルやホースに伝わっているっぽい挙動を見せる。

 女史が手を離しても、給油ノズル(物体)が、猫耳メイドの背中に(映像)くっついたまま。給油ホースは、AR対応する為の機構が、備わっていると思われる。

 ミミコフの映像をカットしたら、何もない空中に、給油ノズルが浮かんでることだろう。


 恍惚とした表情のミミコフが、Orz(手を突いてへたっている)。

 その全長サイズは、約60センチ。

 さっきまでのチワワサイズが、いっぱしの成犬サイズになっている。

 周囲には、特選おやつのパッケージ。

 小柄な少女が、拾い集めている。


「すみませぇん。うちの猫耳ミミコフちゃんがぁ、おやつ沢山頂いちゃってぇー」


「いえ、今回の騒動で、下手したら消滅ロストの危険すら有った訳ですから、NPCさん達へは、私の裁量の範囲内で、いろいろ便宜を図らせていただきますよ。それに、小さいままじゃ、”画素”の一括補充もできませんしねー」

 話しているのは、ミミコフのサイズのことだろう。

 女史は、”あら、そうね……”と、突き刺したばかりの給油ノズルを引き抜いて、黄色のノズルと取り替えた。


 女史が降りてきた”壁がせり出して出来た階段”へ、指を押し当てる。

 課金用の小さいパネルと、供給量などを示す表示部分が、壁から数センチ浮き出ている。その隣にはエネルギー的なものを、供給するための2つの噴出口ノズル

 赤色と、黄色のものがあり、赤い方には『レギュラー』。黄色の方には『ハイレゾ』と表示されている。

 この黄色・・高解像度ハイレゾのリソースが供給されることを表しているようだ。


 空間に定着される光の粒子、”画素”。量子的な演算処理の副産物だが、それ自体を演算素子として再実行する事もできる。

 そして、余剰リソースとは、VR空間や、”画素”の、空間占有予約、の事だ。

 通常デジタルデータをどれだけの高品位な経路を通過させたところで、データ自体の優劣は発生しない。だが、”画素”とは、演算素子でもあるため、この高品質は如実に、より多く、より早く、より鮮明に、算出結果が導き出されるのだ。


 VR空間内で実質的な経済活動を実現しているのは、『宇宙ドル』という仮想通貨だ。

 そして、実利的な資源価値は、『余剰リソース』と言う形で、VR空間やAR物体として、NPCやプレイヤーに消費され、目減りしていく。

 だが、その『余剰リソース』は余剰ってくらいだから、余っているわけで。

 それはどこからくるのか。


「―――中型モンスターや、初期フロアなどから自動的に生成され、生態系を形成しています。初期フロアで生成された、菌糸類に似た最初期のリソースは、生物濃縮の後、スターバラッドへ、転送されます」

 白焚シラタキの解説を、おとなしく拝聴はいちょうする、神妙な顔の生徒達。

 それを見て、笹木環恩ワオン特別講師は、うんうんうなずいた。


「うに゛ゃーーーーーーーーーーーーーーーッ」

 ゴウーーーーーーーーーーーーーーーーー。

 大きさの変化にあわせて、給油ノズルの刺さった位置が、ゆっくりと上昇していく。床にぺたりと座るその首に下げられた、『耳コフ』と彫金された”掛け札”が小刻みに揺れている。

 メイド服も、掛け札も、本体に合わせて大きくなっていく。


 ゴコン!


 規定値・・・まで充填じゅうてんされ、自動的に供給が停止する。

 白焚シラタキ女史が、メイドさんの背中から無骨なノズルを、引っこ抜いて、”リソース・スタンド”へ戻した。


それ・・すっげー便利そうじゃね? 始めて見たぜ、俺」

 特選おやつや、それに類するもの余剰リソースを奪い合わ無くてもよい、夢のような供給方法も有るようだ。


「そうでもないですよ。リソース不足で縮小しちゃうタイプのNPCは、おやつでサイズを回復してからじゃないと使えませんし、HPゲージ減ってるならその治療と同時に、勝手に充填されますしね」

 そりゃ確かに、それほど必要じゃねーな。そうね、それほど必要じゃないわね。ヒソヒソ。


 ふりふりふりふりっ、ブルブルブルン!

 実物大になった・・・・・・・猫耳メイドは、四つ足で地面に爪を立て、体全体を震わせた。

 毛先や、衣類の隙間から、きらびやかな光が空中へ放出される。

 映像とか仮想アイテムが破棄される時と、同じエフェクトだ。

 手の先や、ブーツの先から飛び出していた爪が、引っ込む。


「ぷわっ! まぶしっ」

 光る粒子を全身に浴びた少女は、それを手で払った。


「あらら、そのうち消えますから、安心してください」

 白焚シラタキ女史に心配される、全身ラメ入りの禍璃マガリ


 両手を振り回してみるも、一度くっついてしまった、キラッ☆キラッは、なかなか落ちないっぽい。


 じゃ、しょうがないと、背中を刀風カタナカゼに擦り付けてから、集めた空袋パッケージを、レジカウンターへ持って行く。

 印刷品質で浮かび上がる店員さんは、平面だったが、立体視対応で、視線の向いた主観の数だけ、異なるパースで再現されている。たとえ平面でも、旧式なホログラフィー程度に、多数の主観情報による視差に同時に応対している。


 刀風カタナカゼ少年の左側面が、キラッ☆キラッになり、禍璃マガリの懐から、手羽先の預り金の決済音が鳴るチャリーンッ♪


「ふにゃっはっはっはーーーーっ! 主にサイズ的に、ミミコフは復活しましたコフー! ご主人っー!」

 人間サイズの猫ミミコフは、誰もいなくなった、戦闘フィールドへ振り向いた。

 天井は鋭意修復中で、大穴があいているが、地面はすっかりまっ平らになっている。壁や床や天井と同じ色の箱が、穴の縁の部分を行ったり来たりしている。


 猫耳メイドの視線の先。戦闘フィールドを挟んだ、出入り口。機密性の高そうな自動ドアが、プシュプシュ言いながら開いた。

 ピンポーン♪

「プレイヤー2名が入場いたしました」

 無機質な感じの合成音声マシンボイスに、アナウンスされ、荷物を抱えた男女一式が姿を現す。


「あ、今頃来たわね、鋤灼スキヤキ


「そうだな、折角、『トグル<鬼>オーガ』のキャラが目の前にいたってのに、勿体ねー事したぜ!?」


 女史は、自分が降りてきた階段を壁の凹みに収納して、リソース・スタンドをしまっている。

 それを背後から手伝う、天性のイケメン。イケメンは女史の耳元へ問いかける。

「なあ? あの、キャラクタたちは、アンタ等が、なんかの目的で用意したもんか?」


「いいえ、……トグルオーガでしたか? 対戦型ゲームのVR・AR化の予定は全くございません。ぶっちゃけ、現在追跡調査トレース中です。彼ら・・が物理的に”どの量子サーバーに居るのか・・・・”って事しか、まだ解りません」


「ふーん、……あいつらの詳しい情報・・・・・、あとで鋤灼スキヤキも見られるようにしてくれねぇーか?」


「それはかまいませんが、また、どうして?」


鋤灼スキヤキが、あの格闘ゲーム、大好きだからってだけだけどな」


「では、手配しておきましょう」

 女史は、トグルオーガに対して、特に興味はないようだ。

 リクルートスーツのポケットへ、手を突っ込んで、ジジッービリッっとレシートを千切る。プリンタが内蔵されてるっぽい。

 それ、予約券になります。3Dスキャナに通せば、対象の情報にアクセスできるようにしておきますので。

 サンキューと受け取る刀風カタナカゼ少年。


 ドアの向こうに現れた男女セットの片割れ。

 女性の方がドアの横に向かい、壁から棒を引き抜く。そして一気に加速して、数秒で、そこそこある戦闘フィールドの横幅を駆け抜け―――何もない空中をドロップキックして急減速。


「ふぅ……遅うなって……しもて、えらい……すんません……どしたなあー」

 その前髪ぱっつん美少女は、モデル体型の特別講師へ向かって、到着の遅れを報告した。


 男性の方は、きょろきょろと周囲を観察してから、小走りに駆けてくる。

 そのスピードは、歩いた方が早いのではないかと思われ。


「ちょっと、白焚シラタキはん! ……あてえと鋤灼スキヤキはんの、……持ってた、デバッグツールどうぐ、……軒並み持ち込めん言われて、……立ち往生しましたえ?」


「えー? そんなはず、無いですけど? 現に先生、先にいらっしゃってましたし……」


「それは、先生の荷物を、……鋤灼スキヤキはんが、……持ってたからですわ」

 背後を指さしたサマーコートの少女は、白衣を着込んだ科学者のようにも見える。

 が、手に持っている風呂敷包みから、奇怪な黒い物体シルシのVRHMDが見えていて、怪しい研究をしているマッド科学者サイエンティストのようにも見えた。


 女史の耳に装備されているインカムの表示部分がまたたく。

「え? 第弌種いっしゅ警戒態勢発令中!? どういう事ですか……」

 何かの異常事態では有るっぽい。緊急の通話を終了した彼女は、再び、歌色カイロと見つめ合う。


「……ハードウェアに直接介入可能なデバッグ装備が、持ち込めなかったのは―――仕様です。”キャリア中型試験”の案内に注釈付ける様にいたしますよ。……小さいフォントで……ボソッ」

 ニヤリ。

 業界以外の人間には解らない、ちょっとした官民の確執が、再び顔を覗かせる。

 美少女は、食ってかかることはせず、口元をひん曲げ、ぐぐぐっと耐えた。


 さて、遅れること1分弱。”くだんのボストンバッグ”を、抱えた少年が、息を切らせながら到着した。

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