4:中ボスってなあに? その1
「この度は、本当に申し訳ありませんでした」
VRE研の面々へ、
―――その手には、赤い機器。
―――その
「いやー、正直、面食らったぜ。いったい何だったんだぜ?」
「まだ、原因不明で、調査中です。直接的には戦闘フィールドの設定を、”許容範囲最大”にしました。ARコントローラー使用の為に必要だったもので」
―――それは、特区内での特権的な科学技術を指し示す赤色ではない。
―――普通の、レギュラータイプを指し示す
「でも、おかしいんですよね。規模こそ大きいけど、……申請さえ出せばいつでも可能な、通常のタスクの一つなんですよねー。というわけで、解析結果が判明次第、お伝えいたしますので、何とぞ、ご容赦を」
「いきなり、
「何せ、あのNPC達の目的が解らないので、取りあえず、基幹フレームにアクセスできる、この
「面白かったけどな!
「私も、結構、楽しかったから、気にしないわよ」
「そうねぇー。こんなにーお金がぁ掛かりそうなぁー、採算度外視の、超高負荷アトラクションなんてぇー、
なぜかドヤ顔の、VR専門家にして、特別講座専任特別講師。
子供みたいな声に見合った
しかし、VR周りの習熟には、ここ特区でさえ結構な額の
給料日前の金銭への興味は並々ならぬもので、多機能な会計用の演算パネルを小さく展開して、今回の『キャリア中型試験』の、総費用を算出したりしている。
「そう言っていただけると、助かります」
やや、バツの悪そうな
ここは
「じゃあ、設計スケールの、規定値まで、注ぎますよー」
ミミコフの背中、エプロンドレス結び目のちょっと上あたり。
そこへ、女史は、手にしたノズルを差し込んだ。
がっこん。特に、穴が開いている訳ではないが、金属がぶつかる効果音。
投入口の感触も、ノズルやホースに伝わっているっぽい挙動を見せる。
女史が手を離しても、給油ノズル(物体)が、猫耳メイドの背中に(映像)くっついたまま。給油ホースは、AR対応する為の機構が、備わっていると思われる。
ミミコフの映像をカットしたら、何もない空中に、給油ノズルが浮かんでることだろう。
恍惚とした表情のミミコフが、Orz(手を突いてへたっている)。
その
さっきまでのチワワサイズが、いっぱしの成犬サイズになっている。
周囲には、特選おやつのパッケージ。
小柄な少女が、拾い集めている。
「すみませぇん。うちの
「いえ、今回の騒動で、下手したら
話しているのは、ミミコフのサイズのことだろう。
女史は、”あら、そうね……”と、突き刺したばかりの給油ノズルを引き抜いて、黄色のノズルと取り替えた。
女史が降りてきた”壁がせり出して出来た階段”へ、指を押し当てる。
課金用の小さいパネルと、供給量などを示す表示部分が、壁から数センチ浮き出ている。その隣にはエネルギー的なものを、供給するための2つの
赤色と、黄色のものがあり、赤い方には『レギュラー』。黄色の方には『ハイレゾ』と表示されている。
この
空間に定着される光の粒子、”画素”。量子的な演算処理の副産物だが、それ自体を演算素子として再実行する事もできる。
そして、余剰リソースとは、VR空間や、”画素”の、空間占有予約、の事だ。
通常デジタルデータをどれだけの高品位な経路を通過させたところで、データ自体の優劣は発生しない。だが、”画素”とは、演算素子でもあるため、この高品質は如実に、より多く、より早く、より鮮明に、算出結果が導き出されるのだ。
VR空間内で実質的な経済活動を実現しているのは、『宇宙ドル』という仮想通貨だ。
そして、実利的な資源価値は、『余剰リソース』と言う形で、VR空間やAR物体として、NPCやプレイヤーに消費され、目減りしていく。
だが、その『余剰リソース』は余剰ってくらいだから、余っているわけで。
それはどこからくるのか。
「―――中型モンスターや、初期フロアなどから自動的に生成され、生態系を形成しています。初期フロアで生成された、菌糸類に似た最初期のリソースは、生物濃縮の後、スターバラッドへ、転送されます」
それを見て、笹木
「うに゛ゃーーーーーーーーーーーーーーーッ」
ゴウーーーーーーーーーーーーーーーーー。
大きさの変化にあわせて、給油ノズルの刺さった位置が、ゆっくりと上昇していく。床にぺたりと座るその首に下げられた、『耳コフ』と彫金された”掛け札”が小刻みに揺れている。
メイド服も、掛け札も、本体に合わせて大きくなっていく。
ゴコン!
「
特選おやつや、それに
「そうでもないですよ。リソース不足で縮小しちゃうタイプのNPCは、おやつでサイズを回復してからじゃないと使えませんし、HPゲージ減ってるならその治療と同時に、勝手に充填されますしね」
そりゃ確かに、それほど必要じゃねーな。そうね、それほど必要じゃないわね。ヒソヒソ。
ふりふりふりふりっ、ブルブルブルン!
毛先や、衣類の隙間から、
映像とか仮想アイテムが破棄される時と、同じエフェクトだ。
手の先や、ブーツの先から飛び出していた爪が、引っ込む。
「ぷわっ! まぶしっ」
光る粒子を全身に浴びた少女は、それを手で払った。
「あらら、そのうち消えますから、安心してください」
両手を振り回してみるも、一度くっついてしまった、キラッ☆キラッは、なかなか落ちないっぽい。
じゃ、しょうがないと、背中を
印刷品質で浮かび上がる店員さんは、平面だったが、立体視対応で、視線の向いた主観の数だけ、異なるパースで再現されている。たとえ平面でも、旧式なホログラフィー程度に、多数の主観情報による視差に同時に応対している。
「ふにゃっはっはっはーーーーっ! 主にサイズ的に、ミミコフは復活しましたコフー! ご主人っー!」
人間サイズの猫ミミコフは、誰もいなくなった、戦闘フィールドへ振り向いた。
天井は鋭意修復中で、大穴があいているが、地面はすっかりまっ平らになっている。壁や床や天井と同じ色の箱が、穴の縁の部分を行ったり来たりしている。
猫耳メイドの視線の先。戦闘フィールドを挟んだ、出入り口。機密性の高そうな自動ドアが、プシュプシュ言いながら開いた。
ピンポーン♪
「プレイヤー2名が入場いたしました」
無機質な感じの
「あ、今頃来たわね、
「そうだな、折角、『トグル<鬼>オーガ』のキャラが目の前にいたってのに、勿体ねー事したぜ!?」
女史は、自分が降りてきた階段を壁の凹みに収納して、リソース・スタンドをしまっている。
それを背後から手伝う、天性のイケメン。イケメンは女史の耳元へ問いかける。
「なあ? あの、キャラクタたちは、アンタ等が、なんかの目的で用意したもんか?」
「いいえ、……トグルオーガでしたか? 対戦型ゲームのVR・AR化の予定は全くございません。ぶっちゃけ、現在
「ふーん、……あいつらの
「それはかまいませんが、また、どうして?」
「
「では、手配しておきましょう」
女史は、トグルオーガに対して、特に興味はないようだ。
リクルートスーツのポケットへ、手を突っ込んで、ジジッービリッっとレシートを千切る。プリンタが内蔵されてるっぽい。
それ、予約券になります。3Dスキャナに通せば、対象の情報にアクセスできるようにしておきますので。
サンキューと受け取る
ドアの向こうに現れた男女セットの片割れ。
女性の方がドアの横に向かい、壁から棒を引き抜く。そして一気に加速して、数秒で、そこそこある戦闘フィールドの横幅を駆け抜け―――何もない空中をドロップキックして急減速。
「ふぅ……遅うなって……しもて、えらい……すんません……どしたなあー」
その前髪ぱっつん美少女は、モデル体型の特別講師へ向かって、到着の遅れを報告した。
男性の方は、きょろきょろと周囲を観察してから、小走りに駆けてくる。
そのスピードは、歩いた方が早いのではないかと思われ。
「ちょっと、
「えー? そんなはず、無いですけど? 現に先生、先にいらっしゃってましたし……」
「それは、先生の荷物を、……
背後を指さしたサマーコートの少女は、白衣を着込んだ科学者のようにも見える。
が、手に持っている風呂敷包みから、
女史の耳に装備されているインカムの表示部分が
「え? 第
何かの異常事態では有るっぽい。緊急の通話を終了した彼女は、再び、
「……ハードウェアに直接介入可能なデバッグ装備が、持ち込めなかったのは―――仕様です。”キャリア中型試験”の案内に注釈付ける様にいたしますよ。……小さいフォントで……ボソッ」
ニヤリ。
業界以外の人間には解らない、ちょっとした官民の確執が、再び顔を覗かせる。
美少女は、食ってかかることはせず、口元をひん曲げ、ぐぐぐっと耐えた。
さて、遅れること1分弱。”
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