9:優等生と小鳥とブラックボックス、その8

 ここは学園と隣接している、公園サイドのカフェテリア。座席数はカウンター席も入れて30。4人掛けの丸テーブルが6卓と言ったそこそこの規模。大きめの自販機が3台、併設されている。

 向かいにある学園サイドの購買部で買ったものを、食すためにも自由に利用できる。公園の客と学園の生徒が半々くらいで、いつもどこかに空席がある程度の混雑具合。

 近くの外灯の柱に表示されてる現在時刻は12:38。本日はすでに放課後ということで、利用客は少なく、シルシ達以外に数名の利用者がいる程度だ。


「……なんか、昨日から、食ってばっかじゃねぇ?」


「ひはっ!? 忘れてたぁ! 今日からDIETドワィエットするはずだったのにぃー!」

 かっこんで食べてた、ジャンボパフェの底深の器を大慌てで放り出す、笹木環恩ワオンさん推定25歳。


 笹木環恩ワオンさん推定25歳の首には、オレンジのネックストラップがかけられている。

 その紐の先には、四角い瓶の突いた装置が取り付けられている。

 瓶の中に、鎮座ましましセットされているパーソナル・ブレイン・キューブは、陽光の下でも蛍光グリーンに光り輝いている。その輝きは脳を平行投影した意匠をしていて、若干グロテスクだ。


 カタカタタタタタタン! テーブルの隅で手乗り宇宙服が何かやってる。

■健康管理フレームニ進入シマシタ。笹木環恩ワオンサンノ腰囲ウェスト58.9セン


 電光石火、バシーンとメニューで叩かれる。宇宙服は手にしてた光る表示面とともに消失する。

「ワールーさぁぁーん? 今後ぉ、健康管理フレームへの進入はぁ禁止しまぁす!」

 朱に染まる推定25歳は、子供のような声で命令した。


 ペラペラに潰れた宇宙服がヒラヒラと、メニューの下から滑り出てきて、ポコンと形状を取り戻す。


 カタカタ

■イエス、ミス環恩_


 口調はいつもの子供声環恩だが、底冷えのする、氷穴のような視線を、宇宙服は見事に感じ取った。通常レベルのAR表示という存在では、なかなか視線入力は敷居が高いはずだ。ましてや、視線の湛える色を評価し、的確な応答を返すっていうのはなかなか芸当として立派だった。

 遠くを見るときのポーズの両手版、両手で眉毛に手刀を当てるようなポーズ。そのまま、膝を開いて重心を下げる。

 まるでバカにしてるようなその仕草は、彼が所属している、宇宙軍の正式な敬礼らしかった。


 宇宙服は入手したデータ表示をつかんで、即座に鍵箱へ放り込んだ。鍵箱というのは、宇宙服が左腰に下げた、黒い箱の事だ。側面に投函口スリットがあり、その下に黄色で南京鍵のロゴが書かれている。


ソレ・・、ちゃんと守らないと、特選おやつの支給も無し、バトルレンダの起動ロック解除も無しです・か・ら・ねぇ!?」

 黒い箱鍵箱を指さすミス環恩ワオン

 首に下がってるパーソナル・ブレイン・キューブが、1回点滅ブリンクした。


 カタカタ

■イエス、ミス環恩。環恩謹製ノ”禁則事項リストボックス”ハ、大変使イ勝手ガヨク、実世界ヲ見聞スル上デ、非常ニ、防壁・・、モトイ有益デ有ルト思ワレマs_


 ビシッ!

 見方によっては数字の”8”。季節によっては雪だるまを彷彿ほうふつとさせる。見方によらなくても、9割方、怒り出すこと請け合いの、”宇宙軍式正式敬礼”が炸裂した。

 本人ワルコフは普段はどこかふざけているが、事この敬礼に関しては、至って、まじめに敬意を表しているがあるので、VRエンジン研究部員及び顧問は、額面通りに”敬意”として受け取っている。


「もぉー! 怒ったら、甘いものが食べたくなっちゃったじゃないのぉー」

 ガシリと、放り出した器をつかみ、アイスの層の採掘を再開する。


「だから、笹ちゃん先生は、ぜんっぜんイケてるってば、なあオイ?」

「え? 何で私にふる―――姉さんは、区画外周アミューズメント施設のコンパニオンさん達にも引けを取らないくらいに綺麗なスタイルしてるわよ」

「え? は? オマエ、その具体的な根拠をだなあ、ちょっと言ってみたらいいんじゃないか? うん」

 鼻息を荒くしている生き物。

 コトン。

 鼻息が荒い生き物の、頭頂部に、自分の飲みかけのお冷やを置く、あどけないシルエットの颯爽とした生き物。


 颯爽とした生き物は、刀風カタナカゼの使っている割り箸をひょいと掴んで、立ち上がった。

「お、改心してコップ取ってくれんのか? 割ったりしたら迷惑だもんなー」

 と制服姿でもガタイの良さがよくわかる少年は、級友クラスメートに諭すような口調で言葉をかける。


 慎重に割り箸を頭のコップの上に揃えて置く級友。


「ハハハハッ てめえっ! これじゃ俺の箸、使えねえだろうが!」

 バランスを取って、顎を引いたまま、わめく刀風カタナカゼは、非常に姿勢が良かった。ソレを暫く眺めていたシルシ環恩ワオンは、自分の姿勢の悪さに気が引けたのか、ちょっと胸を張る。


 小鳥も真似るようなタイミングで、胸を張り首を伸ばした。上からコウベのおやつをかすめ取ろうとしている。


 背筋直立魔神と化デザインチェアと同化している生き物の前には、6個入り300円たこ焼き


「私が食べさせて上げるわよ。ほら」

 自分の使っていたフォークで、たこ焼きを一つ持ち上げる。

「あーん」

「ばかてめえ、笹ちゃんの前で、なんて事しやがるっ!」

 おおよそ、”友好”とか”好意的”とかそういうのとはかけ離れた、意地の悪い笑みを浮かべた、禍璃マガリが「あーん」を繰り返す。


 じーーーーっと教え子や妹の生態を観察していた、姉兼、特別講師は聞き慣れた科白を言う。

「いっつも仲良いわねぇ。大丈夫、お姉ちゃん、あっち向いてるからぁ」

 刀風カタナカゼ、は本日もブレることなく大爆発している。

 いや、禍璃マガリが、自爆もいとわずに起爆させているのだが。


 そんな3人を見たシルシは、特に興味がない顔で、首から下げた”四角い瓶の付いた機械VOID・チャージャー”を、手に持った。環恩ワオンの首に下がって居るものと同じものだが、瓶の外側に白いマジックで”メジロナイト”と書かれている。シルシが、時折、点滅する蛍光グリーンを見つめていると画素対応テーブルの上から声が飛んでくる。


「シルシ、シルシ!」

 なぜか、シルシに、千切った特選おやつを分けようとするコウベ。


「いらん。絵に描いた餅を、どう食えというんだ? オマエは」

「いや、俺も、絵に描いた俺になればフルダイブすれば、食えるが、今は無理だ」

 意気消沈し、再び座り込むコウベの背後から、抹茶色の丸っこい生き物が、首を伸ばし、よだれを垂らしている。


「小鳥に、分けてやれよ」

だい! 小鳥なんかにやるもんかっ!」

「……オマエ等、仲悪いのか?」

 つつきあうNPC達を、渋い顔で見下ろすシルシ


「さあー、話を戻しましょうかぁ?」

 カラン。ジャンボパフェ980円を完食。


「昨日からの騒動について、多少解ったけど、細かいところが、まだまだ謎過ぎるわね」

 刀風カタナカゼの抵抗に、フォークを自分の口に運ぶ禍璃マガリ

「てめえ! 俺のたこ焼きっ!」

「モグ……ちゃっちゃと、ハッキリさせて、コレ、決めちゃおうよ」

 禍璃マガリは、フォークを置き、昨日もらった”厚紙”を引っ張り出した。


「そうねぇ、急げば今日中の”配送シュート”に間に合いそうだしねぇ」

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