9.少女
突如ミクローシュの編入が決まったニュゴットヴィーズ学園は、もう夜も遅いというのに少々慌ただしくなった。学園は全寮制であり寮室にはかなりの余裕があったが、空き部屋はどこもしばらく使われていなかったために埃がちになっているだろうことが予想された。そのうちの一室を選んで急遽大掃除が始まることになったのである。アンジャル学園長はもう一晩宿直所で寝れば良いと言ってくれたが、ミクローシュは二晩続けて宿直の教官(週番制とのことだった)から休まるところを奪うのもあまりに申し訳なかったので、あくまで寮室を掃除することにしたのである。幸いなことに多くの同級生たちが手伝ってくれた。アーグネシュも、「誰があいつの手伝いなどするものか」などと言っていたが、結局エメシェとヴィオラに連行されて来ていた。
実際、部屋を開けてみるとかなりの埃だった。床は灰色に見え、壁の色もくすんでいる。
「これは・・・相当だな」
アーグネシュが呟いた。
「魔術でばーっとできないかなー」
とヴィオラ。だがアーグネシュは即座に首を横に振った。
「現実的ではないな。この部屋を満たすだけの量の水を生成し、更にそれを乾かすための熱量を発生させなければならない。大きな魔力が必要だ。それぐらいなら普通に掃除した方が良い」
「ふーむ。そんなもんかー」
ヴィオラが唸る。
「ヴィオラ、理解していないわね。いつも魔術理学の授業を寝ているからよ」
「いやー、ははは・・・」
だがすかさずエメシェに突っ込まれて彼女は頭を掻いた。
「魔術を使うというのも何だか色々大変そうだね」
ミクローシュがしみじみと言った。
「そうだな。魔力があればすなわち魔術が使えるということではないからな。魔術を使うためには己の魔力を一度安定させなければならない。だが人間は安定化の過程で大量の魔力を散失させてしまう。どんなに安定化の技術を高めた者でも五分の四以上の魔力を散失させていると言われる。その点でパーンツェールの発明は画期的だったのだ。パーンツェールは装着者の魔力を原状態のまま吸い上げて安定化を代行するが、これによって散失率は三四割程度に抑えられる」
アーグネシュが立て板に水で答える。それから思い出したように「そんな事も知らなかったのか」と言った。
「普通知らないよ」
それに答えたのはミクローシュの背後から注がれた快活な声だった。振り返ってみると赤毛の眼鏡を掛けたスラリとした長身の女の子が腰に手を当てて立っている。
「まあより細かく言うと、パーンツェールの代行する安定化は人体内部で行われる安定化に比べて不完全だから、パーンツェールが安定化させた魔力は基本的に身体強化系の術への利用にしか向かないのよね」
「は、はあ」
確かに細かいのだろう、ミクローシュは彼女の言っていることがあまりよく理解できなかった。
「て、ごめん、自己紹介してなかったね。私はアンナ・フォン・ローゼンシュティール。シャーフェランツェ公国出身なんだ。よろしくね、ミクローシュ君」
アンナは明るく笑って言いながら右手を差し出してきた。ミクローシュも反射的に右手を出して二人は握手を交わす。
「あ〜、アンナ、なにサボってるんですか」
そこにいま一人の女の子がニュッと現れてアンナの肩を捕まえた。翡翠色の髪が目を惹く女の子である。だが視線を少し下げればその豊かな胸元も劣らず印象的だった。
「パーンツェールの話が聞こえたものだからさ、つい。あ、こっちは・・・」
「リーズ・ド・モンターニュです。アハクロン自由国出身です。よろしくお願いします」
翡翠色の髪の少女がアンナの言葉を引き取って自己紹介する。
「私とアンナと二人、パーンツェールの改造なら任せて下さいね」
「か、改造?」
続くリーズの言葉にミクローシュは驚きの声を上げた。
「そう、私ら二人にかかればどんなガラクタパーンツェールだって一流の専用品並にできるよ」
アンナも自信満々という調子で胸を張った——正直に言ってこちらはそれほどでもない。
「この二人そう言って共用パーンツェールを勝手にいじっちゃうからしょっちゅう怒られているのよ」
エメシェが淡々と付け加える。アンナとリーズは何か言いたげだったが、何者かがパンパンと手を叩く音に妨げられた。それはアーグネシュだった。いつの間にか傍らに箒と雑巾を用意して臨戦態勢である。
「私たちもさっさと作業を始めるぞ」
そう言って彼女は既に開始されていた大掃除の渦の中にスタスタと入っていった。ミクローシュは突然アーグネシュが掃除に積極的になったことを不思議に思ったが、エメシェ、ヴィオラ、アンナ、リーズが一様に苦笑しながら後に続いたので、ますます疑問に思いつつも黙って埃舞う部屋へと踏み込んでいったのであった。
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