§2 大胆に、且つ繊細に

11.名前

翌朝。

「今日からこのクラスに新しい生徒が編入されます。自己紹介してもらいましょう」

コルダという若々しい女性の教官に促されてミクローシュは教壇の中央に歩み出る。

「初めまして、フェケテ・ミクローシュです。よろしくお願いします」

言いながらミクローシュは可笑おかしい気分になっていた。この教室にいる生徒の多くとは昨夜既に会っているのだ。

「適当なところに座って下さい」

コルダ教官がそう言うので、ミクローシュは人の数に対してやや大きすぎる階段教室を上がりながら座席を探した。生徒たちはだいたい三四人でブロックをなしながら点在している。彼は教壇から向かって右後方にアーグネシュ、エメシェ、ヴィオラの三人が並んで座っているのをみとめた。よく見ればエメシェとヴィオラが小さく手招きをしている。アーグネシュはといえば一番窓際に座ってわざとらしく外の景色に目をっていた。しかしミクローシュは教室中の好奇の視線が自分に集まっていることを感じて妙に恥ずかしくなってしまったので、彼女たちから二人分ほどの間隔を置いて座った。するとアーグネシュがぐるりと首を回して何やら物欲しげな表情でこちらを見てきた。

「アーちゃんはミー君にもっと近くに来て欲しいんだってさー」

一番ミクローシュの近くにいるヴィオラが小声で通訳する。アーグネシュは「なっ?!」というふうに口を開いてふたたびミクローシュから顔を背けてしまった。

「素直じゃないわね」

エメシェが呟く。仕方がないのでミクローシュは横滑りにヴィオラの隣まで移動した。その気配を察してアーグネシュがまた彼の方を見る。

「ある意味素直なのかしら」

エメシェの呟きにはやや呆れの色がにじんでいた。そうこうしている内にいつの間にか朝礼の時間が終わっていたらしい。鐘のにハッとしてミクローシュが教壇の方を見ると、コルダ教官はちょうど教室の扉に向かって歩き出したところだった。

「一応改めて、私はマダラース・ヴィオラ。これからよろしくねー、ミー君」

ヴィオラがにこやかに笑って言った。

「よろしく、ええと・・・ヴィオラ、でいいかな」

ミクローシュがたずねるとヴィオラはひらひらと手を振って答えた。

「うん、なんでもいいよー」

「それじゃあ私も、改めて、テナールキ・エメシェよ。よろしく。エメシェでいいわ」

エメシェも続いて自己紹介する。

「わかった。よろしく、エメシェ。僕のこともミクローシュでいいよ」

ミクローシュはさりげなくヴィオラを視界から外しながら言った。

「わかったわ、ミクローシュ。・・・・・・アーグネシュ?」

黙ったままでいるアーグネシュをエメシェが小突く。アーグネシュは肩をすくめてようやく口を開いた。

「バゴイ・アーグネシュだ。よろしくな、ミクローシュ。私のことはアーグネシュで構わない」

「わかった、ありがとう、アーグネシュ」

ミクローシュは思わず礼の言葉を添えていた。するとアーグネシュはツンとそっぽを向いて

「な、なぜ私がお前に礼を言われるのだ」

と一回り上ずった声で言った。

「え、ええと・・・ごめん」

「なぜ謝るのだ」

「ええ・・・」

視界の端ではエメシェがやれやれというように首を振り、ヴィオラが面白そうに笑っていた。

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