第四章 終わりの始まり
陸緒のベットに腰掛けると、ナナは一息ついた。
「さて、物語はそろそろクライマックスだな。今日は時間一杯までここにいてやるよ」
「うん!」
ナナは隠していた小さな箱を取り出すと言った。
「今日は私の所にいる娘から、陸緒にプレゼントがあるんだ」
中を開けると、そこにはガトーショコラが入っていた。
「ハンバーグの大食いで賞金を得てな、何に使うかと思ったら、陸緒の為にケーキを買ってくれってな」
目を輝かせながら、陸緒はお礼を言った。
「先生の娘さん、名前は何て言うの?」
「あぁ……言ってなかったな。リリトだ」
「すごい! ゼッハのリリトと同じ名前だ」
興奮する陸緒のふとんをかけ直すと、ナナは言った。
「おいおい、明日は手術だぞ、あんまり騒動するな」
「でも、すごいよ」
「そうだな。なぁ、ケーキを食べようか? 美味いぞ」
ナナはフォークと紅茶を用意すると、それを差し出した。
「ありがとう先生」
味わって食べている陸緒を見ながら、ナナは話し出した。
「これからの話の続きは、聞かない方がいいかもしれない。陸緒の思っている最後じゃないかもしれないんだ。それでも聞きたいかい?」
上品に口を拭き、紅茶を一口飲むと頷いた。
「聞きたい。僕に勇気をくれた人達がどうなったのか、知らない方が僕、嫌だ!」
「分かった。その前に私の名前を言ってなかったな」
「先生ってナナさんじゃ?」
くすりと笑うナナ。
「ナナはニックネームだ。私の名前はゼッハ・ガブリエラ、ゼッハは日本語で数字の七なんだよ。私のお父さんが私をそうよく呼んでいた」
「えっ……じゃあ」
「あぁ、聞いてくれ、陸緒以外誰も知らない、話していない。私とリリトの物語を」
★
ブリジットのつてで、車庫を借りる事が出来た。
そこで一日、過ごす事になる。リリトはゼッハの勉強を見たり、遊びに付き合っていた。
ブリジットはその様子を微笑みながら、食事を作ったり、ゼッハのおやつを作っていた。恐らくは、この三人でまともに食べる最後の食事が今日の夕食であった。
ブリジットは襲われたとはいえ、ここで人を殺している。ゼッハ達と一緒に暮らす事はもう出来ないであろう事は理解していた。
「お嬢様、約束していたハンバーグを今日は作ってみました。お口に合うかどうか?」
「うわぁ、すごい!」
ゼッハだけでなく、リリトも関心して皿を覗いた。
「ほう、これは中々素敵ですね」
皿にはハンバーグとミートソーススパゲティ、そして、ドイツ国旗の小さな旗が刺さったピラフであった。
「デザートにはプリンもありますからね」
「何これ? ブリジット?」
頭をかきながらブリジットは答えた。
「日本に行けば本物が見れたと思うのですが、子供がレストランで必ず注文するスペシャルプレートです。私も遠目から見た物なので、少し違う所があるかもしれませんが」
ブリジットはリリトの席にもハンバーグを用意した。
「では頂きましょう」
祈りを済ませると、食事が始まった。
「叔父さんの所に行ってもブリジットやリリトのご飯が食べれるんだよね?」
ブリジットは戸惑っていた所、リリトが代わりに答えた。
「えぇ、もちろんです」
プリンまで美味しそうに食べ終わると、リリトがゼッハに声をかけた。
「明日はすごい早いのでシャワーを浴びてもう休みましょう」
「うん」
顔を赤らめて、ブリジットが裏返った声で言った。
「あのぉ、お嬢様! 私が髪を洗います」
シャワー室に入ると、備え付けではなく、ブリジットが用意した高級なシャンプーを手に取り、優しくゼッハの髪を洗った。
「ブリジットどうしたの? 今日はなんか変だよ?」
「緊張してるんですよ。それはそうと、お嬢様は夢とかあるんですか?」
少し考えると、ゼッハは答えた。
「病院の先生かな?」
「なぜですか?」
「私はブリジットやリリトみたいに強くないし、人を守る事ができないでしょ? でも、病院の先生なら強くなくても病気や怪我を治して助けてあげれるから。助からないって言われている人もみんな、助けてあげたい」
ブリジットは泣いていた。
何で自分が泣いているのかも分からなかった。
「どうしたの? ブリジット?」
「いえ、シャンプーが目にしみました。それは、素晴らしい夢です。是非叶えましょうね?」
「うん!」
丁寧に髪を乾かすブリジット、ホットミルクをリリトが渡すと、それをゆっくりとゼッハは飲む。
「ふぁわぁ、何だか眠たくなってきちゃった。リリト、ブリジットお休み」
「お休みなさい。ゼッハ」
「お休みなさい。お嬢様」
少しの沈黙の後に、ブリジットは話し出した。
「明日、お嬢様が無事アーベル様のお屋敷に到着する事を確認したら、私はここから消えます」
「私からアーベル様に話をしましょうか?」
ブリジットは首を横に振った。
「お嬢様のこれからの弊害になります。身内に人殺しがいるなんてね。楽しかった。本当に」
「私も貴女に会えて楽しかったです。生涯で初めて、ゼッハ以外に友を得ました」
「全く堅いなぁ、メイド長とはもっと長く話したいですが、私達も寝ましょうか?」
「そうですね」
毛布にくるまっていたが、ブリジットは全く眠れなかった。気がつけば、時計の針は午前四時を指していた。
「そろそろ、向かう準備をしますか?」
毛布から出ると、それに合わせてリリトも着替えを始めた。同じく眠れなかったのかもしれないと思うとブリジットは吹き出しそうになる。
一通り、荷物をまとめると、リリトはゼッハを起こした。
「ゼッハ、ゼッハ! 起きて下さい。アーベル様の待つ、駅に向かいますよ」
「ううん、……分かった」
リリトはいつものスーツ、ブリジットはスカートスタイルのスーツを着て、懐に銃を入れたが、それを取り出して、リリトに渡した。
「これは返すよ。さすがに助けてもらう人に、武装して行く必要はないでしょう」
無言で受け取ると、それをテーブルに置いた。
「あげます。お守りです」
「……ありがと!」
涙を隠すように、ブリジットは元気よく言った。
「じゃあ! シュトットガルド駅に出発!」
歩いて三十分程の距離だったが、ミニカーに乗って、駅まで向かった。まだ、外は薄暗かったが、開いている商店があったので、そこで簡単な食事を購入し、車内で軽食を取った。
駅に向かうと、まだアーベル達は到着していないようだった。リリト達が到着して、二十分後に大きな車が到着した。
そこには、アーベル自ら迎えに来ていた。
「やぁ、ゼッハ! おはよう」
助手席から黒髪の着物を着た女性が降りる。サヤカと名乗る剣士であり、不思議な甘い香りが早朝の駅に広がった。
「この香り、何処かで?」
初見とリリト同様の反応を見せるブリジットは声に出して言うと、サヤカが反応し、答えた。
「私の香水の香りですね。キンモクセイという日本では有名な花なのですが」
「そう……ですか、私も日本にいた時期があったので、その時に覚えていたのかもしれません」
荷物を積み終えると、アーベルが言った。
「おっと、新聞を買い忘れてしまったようだ。ゼッハに会えると思って、急いで来てしまったからね。サヤカ君、すまないが買ってきてくれないか?」
「御意」
リリトが手を上げると言った。
「いえ、サヤカさんは傭兵と聞いております。そのような事は私、メイドが買って参ります。売店ならこの時間でも開いてると思いますので、しばしお待ちを」
アーベルは軽く手を上げて言った。
「すまないね。宜しく頼むよ」
「かしこまりました」
リリトは駅の中へと入っていった。
「ゼッハ、外は寒いし、まだ眠いだろう? 車の中へ」
「そうですね。車内で待たせてもらいましょう。お嬢様」
ミニカーから、ブランケットを取り出すとそれをゼッハにかけた。
「それとこれ、差し上げます」
テンの毛皮で作られた、動物の尻尾を模したアクセサリーをゼッハに渡した。
「何これ? ふわふわ」
「大事にして下さいね」
また、あの甘い匂いが漂ってきた。
そして、ブリジットはこの匂いが何か思い出した。
「この匂い……バーサーカーポーション!」
後ろを振り向こうとした時、背中が熱くなった。
「くっ、お嬢様、逃げてください」
「もう、遅い」
ブリジットの胸の辺りから鋭い刃物が突き出されていた。それが引き抜かれると、アーベルは、サヤカが車に乗るのを確認し、車を出した。
「ブリジット!」
ゼッハの叫び声を聞き、リリトが戻ると、血の池の中に倒れるブリジットの姿しかなかった。
「ブリジット……まだ息がある」
ただ、心臓を貫かれており、もはや手遅れであった。リリトは自分の腕の肉を食いちぎると、その血を吸い、ブリジットに口移しで飲ませた。
そこで止血を行い、ブリジットを抱えてミニカーに乗った。
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