第二章 ゼッハの買い物
リリトと手を繋ぎ、商店街の中を進むと、人混みが出来ていた。
リリト達もその人混みの方を見ると、十センチはある高い履き物を履き、頭には大きな髪飾りを付けた、黒い日本の着物を着た女性が、優雅に歩いていた。
「ゲイシャガールというものでしょうか?」
「綺麗だね。リリト」
初めて見た日本の着物に、ゼッハは正直な意見を述べた。
「そうですね。ゼッハ、今度日本に行ってみましょう。色々、事が済んだ後に」
「ホントに? 楽しみ!」
黒い着物の女性は、ゼッハと目が合うと、ゼッハの目の前まで来て、上品に微笑むと長い棒を取り出した。
「どうぞ、あげる」
不思議そうに棒を見つめるゼッハに微笑み、棒の先端を折って見せた。
「あっ!」
「甘いわよ。あーん」
言われるがままに、ゼッハは口を開けると、棒の先端を口に含んだ。リリトの制止もむなしくゼッハはそれを口の中で転がす。
「ゼッハ、そんな物口にしては!」
「これ、キャンディだ!」
リリトは黒い着物の女性に近づいた時、妙な匂いを感じた。
「お菓子を頂いた事はお礼を言います。有り難うございます。その、不思議な香りですね?」
見ず知らずの人に失礼だと思ったが、リリトは何処かでその匂いを嗅いだ気がした。それもあまりよくない場所で……
「日本の化粧品を使っております。恐らくその匂いでしょう。お買い物ですか?」
「そうです。日本の化粧品ですか、それは失礼しました」
「いいえ、こちらこそお買い物を邪魔してごめんなさい。それではご機嫌よう」
その女性は深々とお辞儀をすると、また優雅に歩み始めた。
「私の勘違いでしたか……」
ゼッハは棒状の飴を少し折ると、背伸びして、リリトに差し出した。
「リリト、あーん!」
あまりのゼッハの可愛さに、思考がストップし、リリトは口を開いた。
「ゼッふぁ、おいふぃでふね」
「うん!」
手を繋ぎ、いくつかの商店をまわり、生活に必要な物を買い揃えていく。大量の荷物を片手で持つリリトが明らかに目立っている事を本人達は気づかない。
「あとは……何か欲しい物とかありますか?」
少し考えると、ゼッハは言った。
「ブリジットとリリト用のカップ!」
「いえ、私達の物ではなく。ゼッハの」
「ううん、家族だもん。ちゃんと自分のがないとダメだよ」
ゼッハがそう言うので食器店に入ると、色々な形のマグカップがあった。
ゼッハがその中で気に入った物は、犬のイラストが入ったマグカップだった。
それを見ていると、店主が二人に声をかけた。
「姉妹でお買い物かな? どうだい? それ、三匹の犬の兄弟なんだ。まぁ二人だと一つ余っちゃうけどな」
目を輝かせてゼッハは言った。
「買います! もう一人いるんです。留守番してるから、今はいないけど」
店主は優しく微笑んだ。
「そうかい。じゃあコイツはおまけだ」
そう言って、店主はお揃いの小皿を三枚付けてくれた。
「ありがとう、おじさん!」
「留守番してるえらい子に宜しく言っておくれ」
ゼッハは何度も手を振り店を出た。
「良かったですね。では、家に帰りましょう」
リリトの手を握ると、ゼッハは満面の笑顔で返事した。
「うん!」
★
コンコンと病室の扉が叩かれる。
時間は昼の十四時、陸緒の薬の投与の時間であった。
「どうぞ!」
前までは、この薬の時間の入室者は憂鬱だった。
今の陸緒は、この時間の訪問者が待ち遠しくてしかたがなかった。
「陸緒、入るぞ」
ナナが小さな箱を持って陸緒に近づいた。
「マフィンを作ってきた。一緒に食べよう」
箱の中には4つのマフィンが入っていた。
「凄い! 先生が作ったの?」
「あぁ、口に合うか分からないけどな」
ナナはポットを取ると、紅茶を入れる。
マフィンを頬張り、陸緒の顔が緩む。
「おいしー」
「それは良かった。さて、手術まであと3日だ」
陸緒の食べる手が止まる。
「……そだね」
「私を信じろ! 必ず治す。だが、私一人では難しいかもしれない。陸緒、お前も必ず治すと信じろ! 二人がかりなら病気をやっつけれる」
陸緒の頭を撫でると、ナナは笑顔を見せた。
「うん、大丈夫! 僕、頑張る! 先生、お話の続き聞かせて」
「さてと、何処まで話したかな」
自分の紅茶を一口飲み、砂糖を足してナナは話し出した。
★
ブリジットはマフィンの下ごしらえを終えると、小麦粉を出して、さらに調理を始めた。
「少し、遅めのお昼かな」
オーブンのマフィンの様子を見ながら、各部屋の掃除を始めた。
自分とリリトが寝る部屋を簡単に掃除すると、次はゼッハの部屋に入った。
整頓された部屋。
子犬と一緒に映る幼いゼッハ、そして、父らしき人と映るゼッハ、ブリジットはその父らしき人に驚愕した。
「――シンゲンさん?」
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