父親とハフリ
——ひな鳥は、かあさん鳥の歌を真似て歌えるようになるんだって。
天から降り注ぐ木漏れ日に目を細め、樹上を仰いでいた幼い娘が落とした言葉に、男はこたえる言葉を持たず、曖昧にわらうことしかできなかった。
すこやかな寝息を立てる子どものやわく淡い金色の髪にそっと触れながら、日なかの言葉にどう返せばよかったのかと、男はそればかり考えている。
伝えたいことを言葉にするのは容易でありそうでとても難しい。いっとう大切なものごとというのは言葉にすると、かたちなきものにかたちを与えた罰かのように、薄れたり、沈んだり、迷子になったり、消えてしまう。正しく伝わらなくなってしまう。
——雛鳥は、母鳥の歌を真似て歌うことを覚える。
娘は母親の歌はおろか顔すら覚えがないだろう。父鳥でも母鳥の代わりになれたかも知れないが、生憎男は歌うことが出来なかった。そもそも、彼女に出会うまで歌など知らなかった。
何故歌うのか、と彼女に問うたことがある。彼女らにとって歌と言うのは傷や病を癒す「手段」であり「道具」に過ぎないはずなのに、彼女がいつも歌っているのが——笑いながら歌っているのが心底解せなかったのだ。はじめは理解不能を通し越して苛立ちすら覚えていた。
彼女から返ってきたのは、男の予想とはすこしずれた答えだった。
「歌は、大切なひとに贈る祈りと祝福だから」
今もまだ、理解できたとは言い難いけれど。
眠る子どもに布を被せ直しながら、男はおのれも身を横にする。小さな身体を引き寄せて、守るように抱きしめて目を伏せる。言葉にできないことを少しでも言葉にしようと手繰りよせ、足掻き。
彼女の言ったことが真実ならば、既にきみは、彼女から歌を受け取っているんだよ。
だからきみも歌えるはずなんだ——ハフリ、と。
おのれが抱くその感情が、ひどく歌に似ていることも知らず、ただ。翼を持たない男は、小さな白い額にそっと口づけを落とした。
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