NA 入学式

入学式で代表として壇上に上がったのは色白ですらりとした男子だった。大人しそうでいかにも聡明な顔立ち、さすが学年1位といった風貌だったが、発した声が予想外に凛としていて印象的だった。喉から出がでるほど羨ましい頭脳を持った男の子。同じ姓なのもあって彼の名前はすぐに覚えたけれど入学式以来見かけることはなかった。


 佐藤賢輔。


 試験のたびに張り出される上位成績者の特等席にはいつも彼の名前があった。


 クラス替えの座席表に彼の名前を見つけたときはどうしてだか緊張した。一つ前に記載されている漢字を思わず指でなぞる。


 HRまでの時間、近くの女子と談笑しているときも何となく前の席で静かに本を読んでいる彼が気になった。


「じゃあケンスケも二人いるからサトケンか。安直だな。」


 佐藤が多すぎるから付いた渾名の話をしていると男子が一人会話に混ざってきた。背が低くて目の細い茶髪の人懐っこい男子は前の席の背中を小突いた。こっち向くのかなとソワソワしたが背中はピクリとも動かない。


「こいつ昔っから愛想なくてさ。おれはコウって気軽に呼んで。市原孝介ね。」

「昔っからって二人は中学一緒なの?」

「いや、幼稚園。」


 市原君が昔話をしていることよりも、私は彼は振り向かないのかという事が気になってしまって、皆が笑っている内容がうまく耳に入って来なかった。


「おい、聞いてるのかよ。」

「煩い、黙れコウ。」


 不意に彼が口を開いた。友人を見上げて不機嫌そうに溜め息を吐いた。楽しげな雰囲気が凍りついた。彼がしまったとバツが悪そうな表情になって何か言いたげに口を開きかけた時、横やりが入った。


「学年1位様はお高くとまっていらっしゃる。」


 後ろの席の佐藤亮君が腕を組んで彼を見下ろしていた。優しい王子様と評判で、密かにファンである雪菜が嘘…とショックを受けた声を出した。威圧的なのに我関せずと彼は黒板の方へ顔を向けた。


「陰口とか嫌いだから、面と向かって言ってるんだけど聞こえてる?」


 佐藤亮君に右肩を叩かれ、彼はしぶしぶといった気だるげな動作で振り向き不貞腐れた表情で上を見上げた。


「聞こえないふりしてやったんだけど、何?」

「亮。」

「は?」

「だから、名前知ってるだろ。」

「知らない。」

「毎回お前の横に名前があるんだから知らない訳ないだろう?」


 訳が分からないうちに喧嘩が始まりそうで皆で困っていると、間を取り持ったのは市原君だった。


「ケンはさ、順位表何て見ないから知らないぜ。俺は知ってるけど。」


 やわらかな雰囲気でひょうひょうと笑って二人の肩を叩く。


「陸上部のイケメンエースだろ?こいつなんてただのガリ勉。脳味噌しか能がないの。張り合うだけ無駄だぜ。」

「なんだよお前。」

「市原孝介!コウでいいから。それより亮ちゃん。」

「りょっ……ちゃ……。」

「勉強教えてください。ケンが教え方下手だから今年こそ留年しちゃうううう…。」


 泣きまねをする市原君のペースに皆が乗っかった。ほっとしたのと申し訳ないのが混ぜこぜになったような表情を浮かべる彼がなんだか可笑しかった。

目があった一瞬で、そのほんの一秒もない間だったのに話しかけていた。


「びっくりした。」


 物静かで口数の少ない優等生、勝手にそんな人物像を抱いていた。


 大人しくて無口な知的な男子、そう思っていたのに全然違った。


 皮肉屋で、口下手で、気が強いのに自信がない。ぶっきらぼうな振りをして実は優しい。


 誤解されやすい彼の事、その数少ない笑顔が最後の瞬間に脳裏に掠め、それから私は落下していった。

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