第六話
万物の構成要素である『因子』と『力』は、土と水の関係に似ている。『因子』と『力』が適度な割合で混ざり合うことで、あらゆるものは存在することが出来ているのだ。もし『力』が枯渇したら、残った『因子』は存在を維持出来ずさらさらと崩れるだろう。逆に『力』をため込みすぎると『因子』同士の結びつきが弱まり、どろどろのスープになってしまう。
この、『因子』が『力』に溶け込んだものを魔力と呼び、魔術や異能の駆動力として使われている。これに対し、世界樹によって魔力が濾過されたものは理力や法力と呼ばれ、法術や武法術の駆動力となっている。原理は不明だが、理力は世界樹によって特殊な加工がされており、魔力と混ざりにくく、『因子』を溶かしにくいものとなっている。
ちなみに世界の『外』は濃密な魔力で満ちており、『外』に浮かぶ数多の世界は常に魔力による侵食を受けている。そして過程は不明であるが、『外』に満ちる魔力自身が意志を持ち、動き始めたのが
そもそも生態と呼んでいいのかすら定かではないが、魔物の生態は謎に包まれている。言語を有しているのか、どのような社会性を構築しているのかなど、全く分かっていない。だが、唯一はっきりと断言できることがある。それは、彼らの行動原理である。
彼らの行動原理。それは、仲間を増やすことである。そして彼らは魔力が意志を持ったものであるが故に、仲間を増やすということはあらゆるものを魔力に帰すことと同義である。そして、彼らは存在そのものが『外』と繋がっており、ただ在るだけで緩やかに世界を侵食する、世界の敵なのだ。
そのため魔物を倒すことは、世界に生きる全ての者にとっての義務である。だが、厄介なことに彼らは明確な構造を持たず、物理的な死というものがない。故に銃弾などの物理的な攻撃は意味を成さず、魔物の種類によっては敵に力を与えてしまうことにすらなる。
倒す為には魔術や法術で、彼らを構成する魔力を削り取らなければいけないのだが、さらに厄介な問題がある。魔物にも格があり、格上の魔物なるほどにその身を構成する魔力の量と密度が上がっていく。魔術で敵を削る場合、敵の格が上がるほどに下級の魔術は魔物を貫けなくなり、吸収されて敵の力とされてしまうのだ。
一方法術で削る場合、魔力と馴染まないという理力の性質から、確実に敵の身を削ることが出来る。しかし、敵の格が高いほどに魔力による世界の浸食が強くなり、その分だけ魔物の周りに存在する理力がはじき出されてしまう。高位の法術士ともなれば、その身を世界樹と繋げて直接理力を引き出すことが可能だが、そんなことが出来る法術士は限られている。
これらの理由から、魔物は格が上がるほどに数による制圧が効きにくくなり、倒すのが幾何級数的に難しくなる。同ランク内でも個体差はあるが、一般的にランクAで手練れの冒険者一パーティー、ランクBで手練れ冒険者三十人が討伐に必要と言われている。
ランクCからは数が通用しなくなり、対抗戦力がいない場合小国程度なら軽く滅ぼされてしまう。ランクDともなると、人間の可能性を突き詰めた達人をかき集めねば対処が出来なくなり、過去に三例しかないが、ランクEは聖獣や神獣の力を借りねばならなかったようだ。
そして俺たちの目の前に現れたのは――
「だ、誰か! 魔物の詳細を調べろ!」
いち早く正気を取り戻した前線指揮官の声を受け、兵士の一人が懐から魔導具を取り出し、魔物に向けてかざした。
「カテゴリー6! タイプ、ビースト! ランクは……Dです!」
兵士の報告により、辺りに絶望が満ちる。
ランクDの魔物ともなれば、位階の低い人間は不用意に近づいただけでその身が魔力に侵され、魔物に同化されるであろう。
もちろん四大国の軍隊ともなれば、対魔物用の部隊や装備も取りそろえられている。だが、この場に居合わせてしまったのは対人装備の兵士達であり、目の前の魔物には手も足もでないのが、あらがうことの出来ない現実である。
アルフォンスが、敵が魔物と繋がりがあるかもしれないと言っていたことを、重く受け止めていればあるいはこうはならなかったかもしれない。目の前の敵の強大さから、思わず考えても仕方ない後悔へと逃避してしまう。
予想外の事態に直面すると思考が硬直、空回りする。俺の悪い癖ではあるのだが、直そうと思って直せるものではない。そもそもこの考え事態が空回りしている証左でもあるのか。
(とにかくどうにかしないと。敵わないなら逃げてみる?)
そんな堂々巡りした思考をしていたら、フミヤにたしなめられた。
(魅力的な提案ではあるんだが、天狼のことや龍脈のこともある。ここは足止めに徹して、対魔物部隊の到着を待つ方向性で行くしかないだろう)
危険は未然に防ぐという俺の信条からすると、今回の事態は著しく不本意である。とはいえ、起こってしまったことに対して何らかの指針を示さなければならないのが、指揮官の辛いところである。
「総員五十メートル後退。敵が動きを見せるまでは手出しするな」
魔物は召喚されてからまだ一歩も動いていないが、既に浸食の兆候を見せ始めていた。彼我の距離は二十メートル程。抵抗力の無い兵士達をここに留まらせておくのは、無駄死にさせるだけだろう。
俺は後退しながら、つけっぱなしだったインカムに向かって話しかけた。
「エミリア、そちらでも見えているとは思うが、残念ながら想定通りの結果が出た。ランクはD。攻撃か足止めが出来る者は何人居る?」
『D……ですか』
インカムの向こうから息を呑む音が聞こえる。
『まともに攻撃を通せる者はおりません。足止めが出来るのも私くらいでしょう』
「そうか。彩花はどうしている?」
『休息をとっています。少々お待ちください』
エミリアがそう述べると、走る音がインカム越しに聞こえた。
その間に俺たちは後退を完了させた。敵を見据えると、未だに動いてはいなかった。
顕現直後の魔物を見るのは初めてだが、ありがたいことに直ぐ暴れるというわけではないようだ。とはいえ、敵の温情に胡座をかくわけにも行かない。いつでも動けるように、指示を出しておく。
『ある程度魔力が回復するには、あと十五分ほど要するようです。それまでは召喚獣に足止めをお願いしたとのことですが、フミヤ様は彩花殿の召喚獣についてご存じですか?』
そういえば、雷伯は姿を隠したままだったな。偽装が掛かっているとは言え、出来ることなら多くの人の目に触れさせたくはなかったのだが、この非常時にそうは言ってもいられないということか。
「ああ。ありがたい。雷伯の力があれば何とかなるだろう」
『それ程ですか。それでは、私も部下に指揮を任せてそちらに参ります』
雷伯が来るのであれば、攻撃の目処は立った。あとは、魔物の進行と浸食を防げるかである。
「『聖域結界』を張れる者は居るか? もちろんあの魔物に効くレベルでだ」
味方を見回すと、カーマインだけが手を上げていた。
「張る分には問題無いでしょう。ただし、あのデカ物相手では術式維持に専念せざるを得ません。また、一人では保って十分でしょう。安定して拘束するためにはあと二、三人欲しいですな」
「ライアン、フレッド、やれるな」
「問題ありません」「もちろん」
「よろしい。あとはクロックフィールド侯爵が援護に駆けつけてくれる。彼女と併せて四人で結界を維持してくれ」
そんな話をしていると、ちょうどエミリアが駆けつけてきた。
「エミリアはライアン達三人と協力して、結界を張ってくれ。冒険者諸君は彼ら四人の護衛を頼む。兵士諸君は敵の残党狩りだ。残り少ないが、油断せずに当たってくれ」
特に意図したわけではないのだが、一度目の『天墜』で敵の数はだいぶ減っていた。ここまで来ればさほど時間も掛からずに討伐できるだろう。
「フミヤ王子はどうなさるおつもりですか?」
エミリアの問いかけに俺は右手の虚空に腰掛け、返事をした。
「僕は雷伯と一緒に敵を攻撃して引きつける。魔物に直接攻撃されたら、聖域結界といえど破られるだろうからね」
俺は姿を消していた雷伯に跨がり、背を叩いた。雷伯は俺の意図を汲んでくれたようで、隠行を解いて皆の前にその姿を現した。
雷伯を初めて目にした兵士達は、その格に圧倒されてどよめいた。
「フミヤ様、その虎はいったい……?」
「彼が彩花の召喚獣である、雷伯です。雷伯ならあの魔物に対しても有効打を与えられますし、浸食されるおそれもありません」
雷伯の頭を撫でながらそう言うと、当然だとでも断言するかのように唸り声をあげた。
「その虎があの召喚士のお嬢さんの相棒ですかい。しかし、ちょっと前に見かけたときと比べて、だいぶ雰囲気が違うようですが?」
カーマインの言葉を受けて雷伯を見下ろすと、彩花の魔力が切れたからなのか、はたまた雷伯の戦意がみなぎっているからなのかは分からないが、偽装術式が溶けていた。
予想外の出来事に内心で頭を抱える。が、ここまで事態が大きくなってしまえば、ばれたところで結果は変わらないだろうと、腹を括る。
「良いところに気がついたね、カーマインさん。聞いて驚け、なんと雷伯の正体は幻獣が一つ、白虎族なのだよ。ランクD程度の魔物には遅れをとりはしないさ」
「グルゥアァウ」
幻獣の参戦という知らせに、沈みかけていた士気が持ち直す。そして、冒険者の多くが探検家としての本能からか、幻獣というレアな生き物を撮影しようと懐から協会員証を取り出した。
「ストップ! 今回の出来事は甲種非常事態ということで、情報規制が敷かれる。申し訳ないが、君たちには後ほど部外者に口外しないように、誓約の魔術を交わしてもらうことになる。また、異界管理協会との取り決めにより、君たちの会員証に保存された記録は国に提出後、削除される。ここで雷伯の姿を撮影したところで無駄だよ」
俺の忠告に、兵士を含めた周りの人間が落胆する。よく見ると、冒険者に混じって兵士達も撮影しようとしていた。あとで風紀の取り締まりを徹底することを心に誓い、皆に発破をかける。
「だから、この場で起きた出来事はここに居る俺たちだけの秘密だ。もちろん流せる内容は協会を通して吟遊詩人に提供するが、これほどの大事件だ。噂好きな酒場の連中達は真実を知りたがるだろう。そんな奴ら相手に自慢するためにも、生きてこの場を切り抜けるぞ!」
箝口令が敷かれる事件など、めったに起きるものではない。そしてそんな事件に居合わせ生還したという事実は、戦闘を生業とする者達にとって同業者に誇ることが出来る勲章に等しい。義理と名声を何よりも重んじる彼らにとって、能力と誠実さを同時に示す事が出来る誓約を国と交わすということは、何よりの褒美となるだろう。
実際この発破は冒険者達に有効だったようで、士気を目に見えて上げることが出来た。
「箝口令のことはよろしいのですが、フミヤ様が魔物を相手取るのは承服しかねます。攻撃は雷伯殿だけに任せて、フミヤ様は指揮に専念することは出来ないのですか?」
盛り上がる冒険者を余所に、ライアンがそう問いただしてくる。
「魔物への攻撃は倒す為のものというよりは、敵の意識を逸らして結界に負担をかけないためのものだ。敵を引きつけるためには、攻め手が複数居た方がいいだろう?」
俺の言葉にライアンが渋い顔をする。あの顔は承服しかねるというよりは、自身の不甲斐なさを攻めている感じである。自分がもっと上手く結界を張れれば、多少の攻撃をものともせずに足止めが出来たのに、なんて考えているのだろう。
「それに……ね、これは自分の責務でもあると思うんだ」
「責務ですか?」
そうとも。決して君の自省の念を和らげるために言い出したのではない。
「ああ。神童として生まれた僕の責務だとね」
この世界における神童の意味は、前世のように神のように優れた才を持つ子供を指す言葉ではない。生まれながらにして霊魂の格が人の枠組みを超えている者を指す、文字通り神の子、あるいは神の生まれ変わりを意味する言葉である。
そして俺は前世においてノイエ達に魂を拡張され、
「神童として生まれたことで、僕は様々な恩恵を受けている。この戦場において皆が素直に僕の指示に従ってくれたのは、神童であるということも無関係ではないだろう。神童として皆を率いてきた以上、神童だからこそ出来る役割を果たしたいんだよ」
俺のように前世の記憶を残す者はいないらしいが、それでも、生まれながらにして位階が高い神童は世界樹の恩恵を受けやすく、成長が著しい。世界樹に刻まれた過去の技術や知識と繋がりやすい神童という肩書きは、それだけで一定の発言力を持つ。
そして位階が高い故に存在も強固であり、魔物による浸食を受けにくいのだ。ここまで恩恵が大きいと、ずるをしているような気分になるが、れっきとした
「わかりました。王子は昔から、言い出したら意見を曲げないですからね」
「言っていることが正論なのも質が悪いよな。神童だからって、そんなところまで頭が回らなくても良いのにさ」
「俺はそこまで言っていないぞ、フレッド。ともあれ、くれぐれもお気をつけください。王子や神童といった肩書きとは関係なく、我々にとってフミヤ様は大事なお方なのです」
「なっ! 俺だけ悪者にすんなよ。言ってないだけで内心思ってんだろ? あ、フミヤ様、いざとなったら逃げてきて大丈夫ですからね。ある程度なら俺たちだけで保たせられますから、危なくなったり休みたくなったら結界から出てきてください」
相変わらずこの二人の組み合わせは、愉快である。
「しまらないなあ、君たちは。さて、敵さんもそろそろしびれを切らして動き出しそうだ。総員配置に着け。指示があるまではその場で待機。浸食が拡大の兆候を見せ始めたら、結界を展開しろ」
俺の指示に従って、七人ずつの集団が魔物を四方から取り囲む。相手を見ると、微動だにしていなかったのが、僅かではあるが身体を小刻みに揺らすようになっていた。
雷伯に指示を出して敵の三十メートル前方に陣取り、改めて敵の様相を観察する。
魔物特有の認識阻害により細部まで視認することは出来ないが、形は人型でその身長は三メートル程である。色は魔物特有の混沌色。見るたびにその色が変化するが、ベースは人の脳で処理できない為にそう見える、『不可知の黒』である。
そしてその身体のあちこちから、様々な武器の先端が飛び出していた。恐らくは祭壇に捧げられていた供物をベースとした物だろう。ただのオブジェなはずもなく、ゆらゆらと身体に引っ込んだり、出てきたりしていた。不用意に近づいたら串刺し間違い無しである。
魔物はまだ動かない。叶うのであれば、このまま対魔物部隊が到着するまでおとなしくしていて欲しい。
だがそんな俺の、いや、皆の総意が届くはずもなく、魔物は背筋を伸ばしたかと思うと、声なき咆哮を響かせた。
「っ! 結界展開急げ!」
魔物が放った咆哮は、魔力の津波であった。それは魔力を有する万物全てに作用し、物理的な圧力を伴ってこの地の全てを襲った。そして触れたもの全てを激しく揺さぶり、『因子』の結びつきを弱めて存在を危うくし、意志持つ者であれば精神を汚濁させた。
幸いにも俺が付与していた補助魔術が機能し、即座に『聖域結界』が発動して敵の咆哮を遮った。だが、補助を受けていなかったエミリアだけは行動不能に陥り、そしてその分の負担が他の三人にのしかかった。
とはいえ、彼女も中佐。高次の位階と鍛え上げられた精神力は、常人であれば容易く命を落としていただろう咆哮を耐えしのぎ、意識を保っていた。
「エミリアの回復を急がせろ!」
俺が手ずからに治療を施したいところであるが、覚醒した目の前の魔物はそれを許してくれそうにない。
咆哮と同時に急速に広がった、せっかくの
「雷伯!」
疾風迅雷。三十メートルの距離を刹那に満たぬ時間で雷伯は駆け抜ける。慣性制御と防風の術式を発動するも調整が間に合わず、置いて行かれそうになる身体を無理矢理引き起こす。
気がつけば目の前に居た敵に対して抜剣。魔力を込めて柄を伸ばし、槍へと形態変化させつつ敵の脇腹に突き入れた。穂先が敵に触れた瞬間、これまでとは比べものにならない勢いで浸食が始まった。あまりのおぞましさに叫びたくなるのを堪え、魔力による武器の保護を強化する。一瞬の交錯ではあるが、それは武器を通した霊格のぶつかり合いであった。
「らぁっ!」
気迫と共に槍を一閃。僅かではあるが、魔物を削り取ることに成功した。
「はぁ、はぁ……」
たった一合。いや、敵の意識が結界に向かった隙を突いた、一方的な奇襲であったにもかかわらず、人生で最も気力を消耗した瞬間だった。それでいて、敵に与えられた損害は微々たるものである。このままでは、彩花の到着まで保たないだろう。
(源太、ジョン、起きろ。能力の統括は任せるぞ、フミヤ)
俺は内心に呼びかけ、人格を起動させる。
(お、また出番かい。今日は忙しいねぇ)
(僕が呼び出されるとは、だいぶ事態は逼迫しているようだね。まかせてくれ)
(りょーかい。以後能力の配分は僕がやるよ。みんな節約出来るとことは節約して、僕の仕事をふやさないよーに)
(文句があれば目の前の魔物に言ってくれ。苦情は受け付けん)
俺のぼやきに源太とジョンが内心で同意する。源太は武法術の扱いに、ジョンは術式制御に特化した人格である。
(それが出来てたら、今ここで苦労してないよ! 世界が平和だよ!)
おっしゃるとおり。とはいえ、敵の結社は魔物とコンタクトを取る術を持っている様子。それによってこんな事態が引き起こされているあたり、魔物と対話できても平和は遠そうである。
魔物を見ると、こちらのことを敵と認識したようであった。相手の目は見えないが、敵意が交差した、そう感じた瞬間――雷伯は飛び跳ねるように右へと回避した。
先ほどまで俺たちが居た場所には、敵の右膝から飛んできた剣が突き刺さっていた。剣の柄と敵の身体は繋がっており、うねうねと揺れ動いていた。
想像以上の攻撃速度と初動の掴めなさに、敵の脅威を上方修正。
弓を構え、さらに攻撃される前にこちらから攻め立てる。
(出し惜しみは無しだ!)
とはいえ、周囲は味方の結界で覆われている。貫通系の攻撃は控えた方がいいだろう。使うとしたら炸裂型か、落下型の攻撃だろう。
俺は上空に矢を放つと同時に、魔術の射出陣を八門展開。八属性の魔力弾を発射した。
敵は迫り来る魔力弾に対して武器で迎撃する構えを見せる。そこへ上空で無数に分裂した矢が降り注ぐ。敵の武器の幾つかは矢の直撃で逸らされ、迎撃を免れた魔力弾が次々と着弾した。
個々の威力を高め連射頻度を落とした魔力弾は、それでもなお痛手を負わすことが出来ず、表面を削るだけであった。
「やはり、手数で制圧するのは難しいか。となると、ヒットアンドアウェイで攻めるしかないな。雷伯、頼むよ」
「グァゥ」
魔力弾が炸裂した余韻を引き裂き、三条の武器がこちらに迫る。
すかさず金剛でその内一つを迎撃。はじき飛ばして生じた隙間に、雷伯が身をねじ込んだ。今度は慣性制御も上手く調節でき、体勢を崩すこともない。攻撃をかいくぐる際に、行きがけの駄賃とばかりに伸びきった触手の一本に斬りかかるが、見た目以上に表面が硬く刃を通すことが出来なかった。
やはり突進の勢いを乗せるか、武法術を使わないと削ることは難しいだろう。
敵の周囲にはいつの間にか無数の武器が展開されており、近づくこちらを手ぐすね引いて待ち構えていた。
「行くぞ! 雷伯!」
未来予知を全力稼働。飛んでくる武器の弾道を計算。雷伯が理想のルートを進めるようにあるものは魔術で弾き、またあるものは長柄の剣で切り払う。
雷伯もこの一日の経験から、俺の重心の変化や攻撃の手段から語らずとも俺の意図を察してくれ、包囲攻撃を危うげなく突破していく。
その姿はまさに人馬一体ならぬ人虎一体。長年連れ添ったかのような安心感と共に、敵の懐を目指した。
敵もさせじと弾道や誘導を巧みに使い分けてこちらを居着かせようとしてくるが、それらを随時織り込んで予測を補正。かすり傷ひとつ負うことなく、こちらの間合いに捉えることができた。
(源太!)
(おうよ!)
武法術の一つである。『旋風槍』と『金剛』を発動。武器の速度が増すほどに破壊力と干渉力、さらには武器の速度自身が増す『旋風槍』と、武器が持つエネルギーを着弾地点で打撃力として解放する『金剛』の組み合わせは、雷伯の圧倒的なスピードと振り回していた槍の旋回力を糧に、敵の身体を吹き飛ばした。
気を緩めることなく即座に離脱。振り返って弓を構える。
敵は胴体の三分の一ほどを削られていながら、攻撃の手を緩めることなく武器を飛ばしてきた。触手の隙間からは、既に再生が始まっている敵の脇腹が垣間見えた。
雷伯の雷撃と速射した矢で敵の攻撃を防ぎ、『天墜』を発動準備。敵の不死性にうんざりしながらも、確実に敵を削れているはずだと自分に言い聞かせ、魔術を発動した。
本日三度目の『天墜』を発動する。ジョンのサポートにより周囲の魔力を直接取り込んで放たれたそれは、確実に威力を増していながらも魔力の消費が抑えられていた。
術式で濾過されてはじき出された『因子』が、キラキラと光を放ちながら溶け消えた。その空間を後に、俺と雷伯は二手に分かれる。
雷伯は魔術の余波をものともせずに敵に迫り、高電圧を宿した爪を魔物に叩き込んだ。『天墜』で放たれた落雷を逆戻しするかのように、雷が天へと昇る。
少なからずその身を削られた魔物が、怒りを露わにその手に握る斧を雷伯めがけて振り下ろした。
だが既にその場に雷伯の姿はなく、残された雷球に引っかかった魔物は電撃の返り討ちを喰らう。
魔物を挟んで俺と反対側に姿を現した雷伯は、挑発するかのように魔物へ嘲りの鳴き声をかけた。
敵の殺意が完全に雷伯へ向いたのを待ち、俺は最終段階まで進んでいた武法術を解凍。術式に従い、俺の手元にある矢はこの一時だけ、世界樹の枝の現し身と化す。
ほんの一部だけでありながら、世界樹の枝が顕現したことで辺りの空気が一変する。枝から溢れた膨大な理力は魔物の浸食を押しとどめ、突如現れた
ただひたすらに無心となり、トリガーを引く。緩やかに迫り来る矢へ魔物は迎撃の武器を放つが、世界の理に守られた矢は敵の接触を許すこと無く、魔物の正中線に突き刺さった。
刺さった世界樹の枝は、魔物を構成する魔力を栄養として繁殖。みるみるうちに成長する。
魔物が初めて苦悶の叫びをあげた。敵は自身の身体を喰らおうとする木を両手で掴み、浸食を開始。暫くせめぎ合っていたが、武法術の効果が切れて世界樹との繋がり無くなると、木は魔物に浸食されて崩れ去った。
これだけやってもまだ敵に余力がありそうな事実と、大技を使った疲労がのしかかる。どう考えても今日の俺は働き過ぎだ。これが終わったら、暖かい布団でぐうたらしてやる。
そしてどうやら敵さんは、俺を放置してはまずいと考えたらしい。その身に宿す武器の全てをこちらに差し向けてきた。
まずい。完全にお冠である。魔物と戦うのはこれが初めてだが、ビースト型はここまで知能が高いのか。
雷伯には目もくれずにこちらへ迫る敵の武器。雷伯も慌てて助けに来てくれるが、このままでは間に合いそうもない。
腹を括って迎撃する。射出陣を十六門展開。敵の攻撃に対して真っ向から魔術をぶつけた。だが敵の執念も相当なもので、いくらはじき飛ばされてもその場で身を翻し、再びこちらへ迫ってくるのだ。
手数が足りず、次々と敵の武器が迫ってくる。そしてついに、一条の武器が魔術の防衛圏を突破した。傍らにまで駆けつけた雷伯。だが、一手届かない。この格の魔物相手では、障壁も紙切れ同然だろう。
目の前に死を突きつけられた……次の瞬間、不自然に敵の動きが遅くなった。
その隙に雷伯が俺を加えて離脱。結界の外に目をやると、復活して結界の制御に参加したエミリアの姿があった。
まさに間一髪。これで敵の動きはさらに妨げられる。余裕が生まれたことに、少し気が楽になる。
そしてさらに畳みかけるように、頼もしい援軍が到着した。
「すいません遅くなりました!」
彩花はそう言いながら、結界の中に飛び込んだ。
「助かる!」
敵の動きはさらに鈍くなり、こちらの手数は増えた。外で結界を維持している四人の体力が心配なので余り消極策はとれないが、これでかなり勝ちの目が見えてきた。
さあ、第二ラウンドの始まりだ。
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