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蜜缶(みかん)

前編

(BLですが序盤は彼女がでてきます。苦手な方はご注意を。)





オレはこの前事故にあった。


学校帰りに軽自動車にはねられて頭を打ったらしく、半日程意識を失ってたらしい。

気づいたらベッドの上だったからオレはあんま覚えてないんだけど。

意識を失ってた割に、打撲とかすり傷以外大した傷もなく、精密検査を済ませてちょっと様子見たらあっという間に退院になった。

入院中わざわざ見舞に来た大学の友人に「お前半日って…意識失ってたんじゃなくてただ寝てただけじゃねえの?」と言われたほどに、オレはすこぶる元気だ。


入院は短い期間だったが色んなことがあり、案外楽しかった。

隣の病室が同じ大学の人で意気投合したり、その隣人を見舞いに来た大学のイケメンが病室間違えてオレのとこにきたり、

心配して実家から駆けつけた父さんがいきなりカツラになってたり。


そしてなにより、人生初の彼女ができたのだ。

大学のサークル仲間の桜ちゃん。

「このまま大和くんが死んだら一生後悔すると思った」らしく、病室で2人きりになった時に泣きながら告白された。

それまで桜ちゃんのことサークル仲間としか思ってなかったけど、かわいい桜ちゃんにそんな告白されてときめかない男はいまい。

他に好きな子もいなかったオレはその場でOKして、余計に泣き始めた桜ちゃんをハグをした。

女の子はこんなに華奢なのかと驚いたが、オレの胸で泣く桜ちゃんがとても愛おしく感じた。これが恋ってものなのだろうか。


事故にあったと理解した時には「ついてない」と思ったけど、怪我も大したことないし彼女もできたし、不幸中の幸いというのか、意外についてるんじゃないかと思う。

だけどそんな中でただ1つ、事故で困ったことがあった。


それは、携帯のパスワード。


事故後に携帯を開こうと思ったら、なぜかパスワードがかかってて開かない。

初期設定にありそうな1234、0000、自分の誕生日、それから念のため桜ちゃんの誕生日。

いろいろ試したけど、どれを入力しても全くもってびくともしない。

(事故でパスワードだけ忘れたとか?んな馬鹿な…)

事故った時にへこんだり画面にヒビが入っったりしてるから、そのせいで誤作動でも起こしてるのだろうか。


流石に使えそうもないし機種変更したが、オレが事故から生還した証のようなものとして携帯自体は取っておくことにした。










退院して数日。オレは桜ちゃんと順調なおつきあいをしている。

といっても、まだ付き合い始めて数日だからデートも近場だけだし、やっと昨日手をつないだくらいだ。

そして今日初めて、桜ちゃんをオレの一人暮らししてるアパートに誘った。


「…散らかってるけど、どうぞ」

「おじゃましまーす…え、全然綺麗じゃん!」

「そう?」

「大和君てモノをあんまり置かないんだね!ごちゃごちゃしてなくてすごい。私の部屋なんか物だらけなのにー」

へー…と言いながら桜ちゃんは周りをきょろきょろ物色する。


「あ、これが事故の時に持ってたっていう携帯?ホントぼろぼろだね。

こんな衝撃あったのに大和君が無事でホントよかったよ。」

「うん、ありがとう。あ、飲み物とってくるから適当に座ってて」


1

人冷蔵庫のあるキッチンへ移動し、桜ちゃんの好きな炭酸をコップに注ぐ。

…散らかってるとは言ったけど、ホントはちょっと片付け頑張った。もともと物は少ないからそこまで酷くなることはないけど、埃とかあって引かれたくないし。

(桜ちゃんが、もし今日泊まってくとかなったらどうしよう…)

付き合い始めてまだ数日なのに、そんなことを考えてソワソワしてしまう。


「おまたせー。ポテチもあったけど、食べる?」

「…あ!え、うん」

「?」

さっきまでワクワク物色を楽しんでた桜ちゃんが、急にそわそわしている。

オレが飲み物とってくるまでのたった5分の間に一体何があったというんだ。


「……どうかした?」

「えと…ごめん、ついついベッド下に何かあるかなーとか覗いちゃってさ…」

「あ、そうなの?別に何もなかったでしょ?」

多少荷物置いてあるけど、エロ本とかはそんな「見てください!」と言ってると同然な場所に隠したりはしないし。何もやましいものはない筈だ。


「えーっと…これ、でてきてた」

「…え?」

恐る恐る桜ちゃんが取り出して広げたのは、何枚かの写真だった。


(何かヤバい写真でもあったっけ…)

他の女の子の写真とか、バカやってる昔の写真とか…。

そう思って少し焦ったが、覗いてみると、それはオレには全く見覚えがない写真だった。


見覚えはない。だけど写っているのはオレと、もう1人…


「これって、同じ学年のあの有名な有馬君だよね!有馬君って割と友達少ないっていうか1人でいるのが好きって噂だけど…これってこの部屋だよね?大和君仲よかったんだ、知らなかったー!」

「そ…うなの、かな?」

「かなって何よ?だって有馬君のこんな笑顔、誰も見たことないよー」


オレと一緒に写っていたのは、大学内で知らない人はいない、陰で「クールビューティー」と呼ばれている有馬だった。

有馬は「クールビューティー」と呼ばれる通り、綺麗で凛々しくて、割と無表情なヤツだが、それ以上に周りに人を寄せ付けないことで有名なのだ。

彼女になりたくて近寄る女も、合コンのために群がる男子も有馬は軽くあしらい、講義も基本的に一人で受ける。挨拶や軽い話くらいはしてくれるらしいが、有馬が彼女どころか友人を連れているところを、オレは見たことがない。


そう、見たことがないのだ。


なのになんだこの写真は。

あの有馬が、オレと頬を寄せ合い、笑顔を振りまいている。

あの有馬が、あっかんべーをしている。

あの有馬が、オレのベットで気持ちよさそうに寝ている。


オレは有馬と講義がいくつかかぶってるくらいで、ロクに話したこともないはずだった。



だけどふと思い出す。

有馬はオレが入院した時に、1度病室に来てたじゃないか。

だけどオレは有馬と親しいどころか話なんかしたことなかったから、てっきり隣の病室で同じ大学の卓也を見舞いにきてたと思って

「あれ?有馬だよね。オレ同じ大学でさ、有馬有名だから知ってるんだ。ここオレの病室だけど。あ、卓也の病室なら隣だよ」

そう言ってすぐさよならしたはずだ。その時有馬がどんな顔してたかわからないが。



だけどこの写真は、この顔は。

(あの時有馬は、オレの見舞いにきてたのか…?)

オレは有馬と仲が良かったのか?そんな記憶はないのに。

…もしかしてオレが有馬のことを忘れたとか? まさかそんな。

他のことは何でも覚えてるのに?

事故をして、何も異常はなくって、元気で、困ったことと言ったら携帯くらいだった筈で…

(…もしかして、携帯も壊れたんじゃなくて、オレがパスワードを忘れてるだけなのか?)




隣で桜ちゃんが、有馬を好きな友達がいるから紹介してほしいだの今日は泊まっていこうかだの言い始めたが、

オレの頭はとてもそれどころじゃなくって、とりあえず帰ってもらった。

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