「聖夜さん、すごいですね!」


幸助が目を輝かせて尊敬の眼差しを向けてくる。

これがお世辞でも、オーバーリアクションでもないから困ったものだ。

嬉しいようないたたまれないような恥ずかしさで胸がこそばゆくなる。


「……別にすごくねぇよ。普通に記憶力があれば覚えられるだろう」

「その普通の記憶力が僕にはないんですよ」


あははは、と頭を掻きながら笑う幸助に、笑いに似た溜め息が口から零れる。

幸助のこういったところが好ましいと思う。

年齢を重ねるほど変な見栄をはる人が多い中、彼のように等身大の自分を笑って曝け出せるのはすごいことだ。

自分も幸助と出会うまでは変な見栄をはって、オタク趣味をひた隠しにしていたから、なおさらすごいと感じるのかもしれない。


「まぁ、アンタも三十五だしな。老化じゃねぇの?」

「ち、違いますよ! 年齢は関係ないです! 僕の記憶力が悪いだけで年齢に罪はありません!」


歳のせいにしてしまえばいいのに、三十五という年齢を庇う幸助の変な真面目さに苦笑する。


「いや、俺より十年以上古い脳みそだからな。ガタがきてるんじゃねぇの?」

「僕のはそうかもしれませんが、みんながみんな僕みたいというわけじゃないですよ! 晴仁は同い年だけど記憶力すごくいいですし」


幸助が誇るようにして言った“晴仁”という名前にピクリと眉が動いた。


「……そういえばハルヒトさんってよく名前は聞くけど、友達?」


幸助の会話でよく出てくる名前だ。

恐らく友人だろうが、他の人間の名前より遙かに頻出するので何となく気になっていた。


「そう、僕の自慢の友達です」


恥ずかしげもなく、誇らしげに言い切る幸助は可愛いが、それでも胸がもやもやする。


「ふぅん、仲いいんだな」

「はい!」


にこにこと笑顔で即答する幸助に胸のもやもやは霧のように濃くなっていく。


「意外だな。アンタくらいの歳になるとみんな家庭や仕事が大変で友達とは疎遠になるものだと思ってた」

「あはは……、悲しいことに僕も晴仁も結婚していないですから」

「つまりモテない男同士でつるんでるってことか」

「いやいや! 晴仁はモテるんですよ! ものすごく!」


聖夜の毒を含んだ冗談に、幸助が珍しく反論した。


「へぇ、そんなにモテるんだ」

「モテモテです! この仕事につくまで晴仁以上にモテる人を見たことがなかったくらいですから」


なぜか当人でない幸助が得意げに胸を張った。


「なんで、アンタが自慢げなんだよ……。じゃあ。アンタは暇だろうけど、ハルヒトさんには彼女いるんじゃねぇの?」

「それがいないんですよ。驚きでしょう?」

「いや、俺はハルヒトさんがどんな人か知らねぇし」

「たぶん聖夜さんも会ったらびっくりすると思いますよ。この人に恋人がいないなんて……! って」

「会う予定ねぇし」

「じゃあ今度うちにぜひ遊びにきてください! きっとびっくりしますよ」


さらっと家に誘われて、ガラにもなくドキッとしてしまったが、すぐに話の流れの違和感に気づき首を傾げた。


「つーか、なんでハルヒトさんに会うのにアンタの家に行かないといけな……って、もしかしてアンタ、その男と一緒に住んでるのか!?」


驚いて最後の方はほぼ叫び声に近いものになってしまった。

そのせいで周りの視線が集まったが、それどころじゃない。

幸助は聖夜の驚きようにきょとんとしていたが、すぐに笑顔を浮かべ頷いた。


「そうなんですよ。あれです、ルームシェアというやつです!」

「いやいやいやいや、三十五にもなった男がルームシェアって……」


お金がない若者がするならまだ分かる。

しかし、幸助はともかく、三十五でしかもモテるとなれば少なくとも一人で暮らせるくらいのお金はあるはずだ。

それなのになぜわざわざ一緒に住んでいるのか……。

その答えはすぐに幸助から提示された。


「あはは、僕があまりお金がないので、晴仁の家に住まわせてもらってるんです」


頭をかきながら幸助が説明した。

なるほどと納得しかけて、また首を傾げる。


「うちは確か寮があるよな。あそこに住めばいいんじゃないか」


売れて金回りのいいホストなどほんの一握りだ。

売れないホストのために寮があるホストクラブも少なくない。

パラディゾも例に漏れずそういった売れないホストや新人ホストのために寮を準備しているはずだ。


「最初はそうしようと思ったんですけど……その、晴仁に引き留められて……」

「はぁ?」


金のない友人を住まわしてやるというのはまだ理解できる。

しかし、一人立ちの目途がついたのにそれを引き留めるというのは、果たして友情の範疇の行動なのだろうか。

晴仁という男に対して疑念が強まる。


「あ、いや、それにはちょっと事情がありまして。でも、一緒に住ませてもらって本当に助かってるので」


あからさまに慌てて弁解のように言葉を連ねる幸助に眉を顰める。


「……まさか、アンタ、その男に弱みでも握られてるんじゃないだろうな?」

「え?」


幸助が目を丸くした。

それが図星をつかれた戸惑いのように見えて、聖夜は思わず幸助の手を取った。


「そんな男のところ早く出ろよ。そんなんじゃいつまでもその男の元から逃げられないだろ」

「い、いや、逃げるもなにもそんな、晴仁にはお世話になっていますし……」


男を庇うような言葉に苛立ちが胸をかすめる。


「そんなんだから弱みを握られるんだよっ。……逃げるところがないなら俺の家に来てもいいし」

「え?」


勇気を振り絞って出した言葉は、店内に流れるアニメ的な音楽にかき消されてしまった。

特に最後の方は、言葉の裏に潜む期待にもにた下心が漏れてしまいそうでおもわず声が小さくなってしまったので、聞こえなかったのも無理はない。

聖夜は間の悪さと自分の意気地のなさに苛立ちながら、再び口を開こうとした。

しかし、


「あれれ~? もしかして青りんごと聖夜~?」


聞き覚えのある独特の間延びした声に、幸助と聖夜は声の方を振り向いた。

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