第21話
「ば、ばかっ! そんなクサいことよくシラフで言えんな! ホストかよ!」
「……一応、僕もホストです」
指名はまだないけど……。
恥ずかしいので小声で反論した。
「ああ、そういえばそうだったな。忘れてた」
「忘れてたって……」
同じ職場なのにホストだということを忘れられるなんて、僕はホストとしてどれだけ存在感が薄いのだろう。
でもホストらしい仕事をしていないのだから思われるのも無理はない。
「つーか、普通に考えてこのオタクっぷりは弱み以外の何ものでもないだろ」
テーブルに肘をついて、メニュー本をめくりながら聖夜さんが言った。
「オタクっぷり、ですか?」
「そう。いい歳した大人の男が子供向けのアニメ観たり語ったり、グッズ買い込んだりとか、普通にキモいだろ」
そういった人をバカにするように聖夜さんは鼻で笑った。
けれど口の端に漂う笑みは、自嘲的でどこか悲しげでもあった。
「聖夜さんはそういう人たちを気持ち悪いって思うんですか?」
「俺じゃなくて世間一般的にだよ」
「……僕が世間一般的なのかは分からないですけど、僕は気持ち悪いとは思いませんでした」
そう言うと、メニュー本に視線を落としていた聖夜さんが顔を上げた。
目を丸くして僕を凝視していたけれど、すぐに怪訝そうに目を細めた。
「……それ、マジで言ってんの?」
「はい、マジです!」
「気遣いとかそういうのいいから。俺みたいなオタクが世間一般的にどう思われるかなんてよく知ってるし」
「世間一般ってだれですか?」
「は?」
聖夜さんが顔を顰めた。
馬鹿な質問をしていることは重々承知だ。
だけど僕はもう一度訊いた。
「聖夜さんの言う世間一般ってだれですか?」
「いやいや誰とかそういんじゃないだろ。一般的にみんなオタクはキモいって思ってるってことだよ」
そんなことも分からないのかと呆れた風に聖夜さんが溜め息を吐いた。
確かに自分が子供のような質問をしている自覚はある。
でも、聖夜さんの自嘲的で断定的な言葉に胸の底がムズムズした。
それを取り除きたくて僕は聖夜さんにおずおずと反論した。
「……僕、思うんですけど、“世間”とか“一般”とか“みんな”とか、そういう誰の意見か特定できなくなった意見って、それはもう自分の中で作り出した化け物じゃないかなって」
「は? 突然なに?」
聖夜さんの眉間の皺がますます深まった。
訝しむのも無理はない。
僕は苦笑しながら続けた。
「僕の昔話になってしまうんですけど、高校の時、僕映画同好会に入っていたんです。ただ映画を観て感想を言い合う地味な会だったんですが、『根暗な奴が集まってそう』『映画とかつまんねぇ』とか言われることもあったんです」
部活勧誘の時に、実際に言われた言葉だ。
その言葉を裏付けるように入部希望者はなかなか現れなかった。
悔しかった。
大好きな映画を馬鹿にされたみたいで、すごく悔しかった。
そして、“みんな"が映画に対してそういう印象を持っているのかと思うと悲しかった。
「悔しかったし、悲しかったです。でも一番嫌だったのは、映画を好きなことが他の人には根暗に見えたり、映画がつまらないと思われてると思うと、映画が大好きなのに、なんだか映画を好きなことが恥ずかしいことのように思えてきたことでした」
映画を好きな気持ちは変わらなかったけれど、でも映画好きということを恥じることが、映画に対して失礼なような裏切ってるような気がして、そんな自分が嫌だった。
「でも、そんな時、テツ君……あ、オーナーが無理矢理でしたけど映画同好会に入ってくれて、それで僕が勧めた映画を観て『映画ってこんなに面白いんだな』って言ってくれたんです」
テツ君のその言葉に、笑顔に、ハッとした。
「その時、気づいたんです。僕を傷つけた言葉を“みんな”が思っているわけじゃないんだ。何人かが言った言葉が僕の中で大きくなって、勝手に“みんな”がそう思っているって思い込んでいただけなんだ、って」
その証拠に、目の前のテツ君は笑って面白いと言ってくれた。
「目の前に映画を面白いと言ってくれる人がいること、僕が映画を大好きなこと、それだけは間違いなく事実で、知らない人の、ましてやみんななんていう姿形のない人の意見に振り回されて、映画好きなことを少しでも恥じたことが、すごく時間の無駄に思えました」
そんな時間があるなら一本でも多く映画を観るべきだった。
「確かに映画をつまらないと思う人もこの世の中にはたくさんいると思います。でも、それはいろんな人がいっぱいいるから仕方ないことだし、悪いことじゃないと思います。だからといって、自分と違う意見に合わせる必要もないと思います。僕は映画が好き。そして同じように映画が好きな人も僕の周りにいてその人と映画の面白さをわかり合えること。それだけで十分、そう思うんです」
いろんな人がいて、いろんな意見が無数に存在するこの世界で、どれかひとつだけを正解だとか真実だとかにすることは不可能だし、そうする必要なんてない。
自分が感じることが自分の中の正解で、誰かの中の不正解。
知らない誰かの正解に合わせる必要もないし、そもそもそんなこと不可能だ。
だから、自分が大好きという自分の中の正解をとことん信じて貫き通す。
きっとこれが趣味を楽しむ最大のコツだと思う。
「今日の聖夜さんは、すごく素敵でしたよ。好きなものについてあんなに熱く、しかも分かりやすく話せるのもすごいですし、映画館で泣いていた女の子を笑顔にできたのも聖夜さんが持っていたグッズのおかげですし。それにフラキュアは本当に面白かったです! 今まで子供向けだからと言って観ていなかったのがもったいないくらいです! ……だからもしフラキュア好きなことが『一般的にはキモいって思われてる』って思うなら、その時は今僕が言った言葉を思い出してください。それで“みんな”がキモいと思っているわけじゃないことを思い出してください。あと、フラキュアが大好きだという聖夜さんの気持ち。それが何より大切で、大事にするものだと思います」
たくさんの意見が混在する世の中で、自分の気持ちこそ何よりの道しるべなのだから。
それさえ見失ったら僕らはきっと迷子になってしまう。
聖夜さんが大きな溜め息を吐いた。
聖夜さんの眉間からは、いつの間にか皺は消えていた。
「……アンタ、熱く語りすぎ」
「あ! す、すみません! つい自分の過去と重ねてしまって……」
聖夜さんに指摘されて恥ずかしくなった。
若い子からしたら説教好きのおじさんに見えたかもしれない。
「語り好きのオタク顔負けだ」
そう言って、聖夜さんは笑った。
そこには自嘲の色は微塵もなかった。
「……つーか、頭にそんなのつけてたら、いい話も台無しだな」
「え? ……あ!」
言われて、自分がウサギ耳をつけていることを思い出して、顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなった。
顔を突っ伏して恥ずかしさに悶えている僕に、聖夜さんは喉の奥で堪えるように笑った。
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