第34話
テツの姿が見えなくなったのを確認して、晴仁は看護師の耳元に唇を寄せた。
「ありがとう。君のおかげで彼も納得してくれたよ」
「い、いえ! わ、わたしはただ患者さんのことを第一に思って言ったことです。当然のことですっ」
先ほどまでの厳格さはどこにいったのか、彼女は顔を赤らめながら首を横に振った。
「さすが看護師さん。患者さん想いだ。僕も病気になったらここでお世話になりたいな」
晴仁は甘さを醸し出す手つきで、彼女のナースキャップを指先でなぞった。
彼女の顔がますます赤みを増した。
「そ、それを言うなら晴仁さんの方こそ、お友達想いですっ。ブラック企業の雇い主からこうやって守ってあげるなんて……」
うっとりとした目でこちらを見上げる看護師に、晴仁は内心苦笑した。
普段少しの不正も見逃さない彼女の鋭さは浮かされた熱ですっかり溶けきっている。
だから晴仁の嘘も気づかないのだ。
「そんなことないよ。……ただ、いつも幸助は仕事や雇い主の愚痴ばかり言ってたからね。今は会わせるべきではないと思ったんだ。誰とも会いたくなくてもそれをなかなか自分から彼は言えないんだ。幸助は僕以外になかなか本音を話さないから……。でも貴方に話してよかった」
ぎゅっと看護師を抱きしめると彼女の体が強ばった。
それは抱かれなれていないためだろう。
驚きと緊張でみなぎっている。
「ありがとう、僕のわがままに協力してくれて」
頭の上にキスをして、体を離すと彼女の目はすっかり蕩けていた。
しかし、廊下の角から足音が聞こえると彼女はハッとして、慌てて表情を取り繕った。
「な、なにかまた協力できることがあったら言ってくださいね」
そう言って彼女は足早に立ち去った。
--ええ、何かあれば協力して頂きますよ。……利用できるものは何でも利用させてもらいますから。
晴仁はフッと口元に暗い笑みを零しながら彼女を見送った。
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