召喚術師と召渾士 12

 その後も、ルフェールディーズの指示を元に『歪み』への処置が行われ、『法王』の探知にかかる異変も順調に減っていった。


「ルフェールディーズ、なにかシンパイでもあるノ?」


 相変わらず何かを考えている風の彼に、ザラが声をかける。

 少しの間をおいて、静かに言葉が返ってきた。


「これは、『歪み』によって砂と化した植物だ」


 指先から、さらさらと砂がこぼれる。


「力の均衡が取り戻されたならば、『歪んでしまった』姿は元に戻るはずなのだ。だが、これは変わらず砂のままだ」

「デモー、まだまだ『歪み』は残ってるデショ? 全部やっつけたら、もどるんじゃないノ?」

「我もその可能性を考えている。しかし、これだけの『歪み』を処理しても変化が感じ取れない。事態は、思っていたよりも深刻かもしれぬ」


 ルフェールディーズはまたしばらく迷った後、意を決したように言った。


祥太郎しょうたろう。テルイとミザを連れ、城都へ戻ってくれないか。テルイ、ミザ、そなたらは、『魔王』以外の召渾術しょうこんじゅつを使用禁止とすることを周知するのだ」

「でも――『歪み』への対処はどうなさるおつもりですか? ナレージャは手助けなしでは、『魔王』を完全に制御できません」

「だから、我が『魔王』の力を使う。行きなさい」

「承知しました。ご武運を」


 テルイは言って頭を下げる。それから心配そうに様子を見守っていたミザの手を取った。祥太郎はうなずき、三人の姿はかき消える。


 ◇


「大丈夫ですか?」


 理沙りさが、そう口にする。繰り返される『歪み』との戦い。最初は、ささいな違和感だった。

 ルフェールディーズが、ゆっくりと振り返る。


「Oh、いつの間にか、オジサマになっちゃったのネ」

「ザラ、こんな時に何を言って――」


 呆れたように言ったマリーの表情が固まった。

 確かに目の前で起きているのは、そういう類の変化のようだった。知っているルフェールディーズの姿より、二十歳は年を取ったように見える。


「もしかして、私の代わりに『魔王』を呼び出しているせいで……?」


 震えるナレージャの言葉に、彼は答えない。


「あのっ――あのっ! マリーさんが前に言ってましたよね? ルフェールディーズ様が、私の術に影響を及ぼせるって。その方法だったら、安全に『魔王』を操れるんじゃないですか!?」

「……あの時はそう考えたけれど、事情を知った今となっては、ルフェールディーズが直接『魔王』に働きかけていたのだと思うわ」

「そ、そんな! このままじゃルフェールディーズ様が! ――何か他に方法があるはずです! 私も頑張りますから! お願いします! そうじゃないと私……私……!」

「落ち着くのだ、ナレージャ」

「だけど、私のせいで……!」

「違うのだよ。そなたのせいではない。我は残された時の使い道を考えていた。このやり方が最良だと判断したというだけのことだ」


 泣きじゃくる彼女の頭には、優しく手が置かれた。


「……我もまた、『歪み』なのだから」

「何をおっしゃるんですか!? ルフェールディーズ様は、『歪み』なんかじゃありません! 全然違います!」

ことわりから外れているという意味では同じだ。我はアーヴァーへと危機が訪れた際に皆を導くことができるよう、渾櫂石こんかいせきより力を取り込み続けた。そなたも知っての通り、人としての生はとうに終えているのだよ」

「でも、お話も出来て、触れられて……生きているのと一緒じゃないですか!」

「そうだな。目覚めてふいに異なる世界へと迷い込み、そなたとも出会い、様々なえにしを結ぶことができた。それは召渾士しょうこんしも同じだよ。そなたは『魔王』と『縁』があった。なればきっと、使いこなすことができる日が来るであろう。そなたにも、その先の子らにも、未来があるのだから。我はそのために、二度目の生を得たのだから」

「ルフェールディーズ様……」


 しんみりとした空気を振り払うかのように、彼はマントをひるがえす。


「では、次の場所へと向かおう。祥太郎、転移を頼めるか」

「あのー……すみません。あたし、ちょっと思ったんですけど」


 祥太郎が返事をするよりも早く、口を挟んだのは理沙だった。


「召渾術って、あたしたちも使えたりしないんですかね?」

「リサ、何言ってるの? そんなの――」

「無理かな? だって、一度も試してないんだよ? オーディションの審査員はやったけど」


 真顔で返され、マリーは口ごもる。


「そう言われると……可能性としてはゼロではないと思うけれども。だけど、異世界の技術でしょう?」

「さっきルフェールディーズさんが、召渾士には『縁』が大事だって言ったでしょ? それなら復活してすぐのタイミングで『ゲート』が開いてあたしたちの世界にやって来て、ナレージャさんまで来ちゃって、友達になって、こうやってみんなでアーヴァーに来てるのって、すごい『縁』じゃないのかな」

「そういえば僕も散々データ取らされて、『魔王』の分析もして、マリーだって対『魔王』結界みたいなの編み出したじゃん。そこまで深入りしてるわけだしさ」

「そうそう! 友達の友達は友達、みたいな感じで、『魔王』さんも力を貸してくれるかも!」

「そんな簡単に行くものじゃないと思うけれど……」


 視線を動かすと、ルフェールディーズたちは呆気にとられたような顔をしている。しばらく見つめ合い、どちらからともなく吹き出した。


「まさかそのような案が出るとは……いやはや、驚かされるな」

「わたしも、そんなこと考えてもみなかったわ。だけどわたしたちも能力者だし、どんな術も訓練で磨いていくのだから、試してみる価値はあると思うの」

「そうだな。異世界の友よ。そなたらにはまた負担を強いてしまうが、力を貸してもらえると助かる」

「まだ出来ると決まったわけじゃなし、気が早いわ」

「じゃあ、あたし! 言い出しっぺだから、あたしやってみたいです!」


 笑顔で手をあげる理沙へと、ルフェールディーズの持つ杖が渡される。――と同時に、近くで土煙が巻き上がった。

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