過去編

希望と絶望と

 僕が君に初めて会ったのは、小学校三年生の時。

 君が転校して来た時だった。

 先生に紹介されて、緊張した面持ちで入室して来た君に、僕は一目で恋に落ちた。


 それからは必死だった。


 君の視界に入れて欲しくて、君に笑って欲しくて。

 只々ただただ、必死だった。


 努力がむくわれて、君と名前を呼び捨て合う仲になって。

 告白は、まだだったけれど、男の中では僕が一番仲が良いと自信を持てる程になった。

 そうやって近くなる距離に、僕は心を喜びに震わせる毎日。


 ──そんなある日に、事件が起きたんだ。


 起こしたのは、僕の父親。

 あの男は元々どうしようもない男だった。

 家に寄り付かず、他で女を作り。

 父親らしい事をしてもらった記憶はない。

 母さんがどうしてあの男と結婚したのか、別居状態にあるにも拘らず、離婚しないのか、不思議で仕方がなかった。


 そんな男は、君の目の前で君の大切な両親を刺殺した。


 その場には僕もいた。


 君と一緒に帰路きろいたんだ。

 照れくさかったけど、手を繋いで、他愛たあいのない話をしながら、学校から君の家までの長いようで短い道程みちのりは、僕にとったら夢のような時間。


 だけど、それは悪夢に変わる。


 数ヶ月ぶりに顔を見た僕の父親は、君の家で、君の両親の身体に包丁を突き刺していた。


 目の前で繰り広げられる光景に、君は固まった。

 僕も、咄嗟とっさに理解出来ずに君と同じように足を止めて。

 包丁を振り下ろしていたあの男は、ぴたっと動きを止めたんだ。

 そしてゆっくりとした動作で此方こちらに顔を向けた。


 ──その時の、あいつの眼は今でも忘れない。


 その後は、無我夢中むがむちゅうだった。


 恐怖と絶望に呑まれて動けず声も出せない君を、ただ護りたいという想いだけで僕の身体は動いていた。

 男に飛び掛かり、君から遠ざける事に必死で。

 途中、腹部ふくぶに焼けるような痛みが走ったけれど、気にはしなかった。


 ──何時いつ頃だっただろうか。


 開け放っていた玄関から警察官が駆け込んで来て、あの男を取り押さえたのは。

 朦朧もうろうとする意識の中、大人に抱えられる君を見たのは。


 ──表情を無くした君を、見たのは。


 その後、僕は数ヶ月入院した。

 退院後、母方ははかたの祖父母に引き取られた僕は、数ヶ月ぶりに学校へ。

 とは言っても、入院中に進学していたから行くのは中学校だったけれど。


 そこで見た君は、やはり意識を失う前に見た表情を無くした君で。

 笑う事も、泣く事も、怒る事も、出来なくなった君で。


 ──僕は、死にたくなった。


 君の心を深く傷付けたあの男の血を引く僕という存在を、この世から消し去りたかった。


 だけど、それは出来なかったんだ。


 僕が入院中に、母は自殺した。

 あの男も、拘置所こうちしょ内で首をくくってみずから命を絶った。


 僕までいなくなれば、君が憎しみの心を向ける相手がいなくなってしまう。


 後から聞いた話、あの男には借金があったらしい。

 それで金に困っての兇行。


 ──そんなくだらない理由で、君は傷付けられたんだ。


 僕を引き取ってくれた祖父母は、マスコミに追われ、また、何処どこから出回ったのか家に送られてくる誹謗中傷ひぼうちゅうしょう罵詈雑言ばりぞうごんや殺害予告に心を悩ませ、程なくして心労で他界した。

 その後の僕を引き取ろうという親族はいない。

 世間体せけんていがあるからか、一応身元引き受け人となってくれた親族はいたため施設には入らなかったが、実質、祖父母の家に一人暮らし。


 僕自身、殺人者の子供と罵られ、殴られ。

 ──一人になったんだ。


 だから、もう君以外に失うものなんて何もない。


 僕は君への想いを封じ込めて、君の復讐ふくしゅう矛先ほこさきになるためだけに生きようと決めたんだ。




 それが、当時中学一年生だった僕の決意。




【希望と絶望と【完】】

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