第8話 チャンピオン/デューク

 デューク。

 青色を基調とした丈の長いコート風礼装に身を包み、背後に絢爛な装飾を付けた王者の品格を漂わせるアバター。


 スコーピオンのセカンドキャラチェンジスタイルであり、ファンタジア勢とギャラクシア勢双方が参加できる闘技場エリアのデータ計測の為に設定されている。


 育継からテスターとしての参加を頼まれた当初、紅蓮クレンでの失敗に懲りた掴は中々首を縦には降らなかった。しかし、データを取るだけならそれっぽく振る舞っておけばいいと説得され渋々引き受ける。


 あくまで闘技場に訪れるアバターのデータ集めを目的としているため、参加者ランカーに混じって様々なアバターと対決し続け順調にデータ収集を行い、会場の雰囲気やプレーヤー同士の交流様子や会話などもチェックしていた。


 バトルスタイルには特徴があり、積極的に攻撃を仕掛けず遠距離からの魔法攻撃と防御、相手が接近してくると縮地走行クイックジャンプで瞬時に移動して大剣の一撃で仕留める戦法。それに加え言葉巧みに相手を惑わす口先の上手さも利用。


「ふむ。この夜空に妖しく煌めく月の如く、実に麗しいお嬢さんだ」


「え、ええ!?」


 双剣を構えた軽装備の女性プレーヤー。やる気全開だった彼女に対し、デュークは大剣を地面に突き刺して手を放し、彼女の瞳を見つめて優雅に語り出す。

 予想だにしない行動に彼女は構えを緩め、それまでかけられたことのなかった甘い言葉に戸惑い、プレーヤーの心情を感知したアバターの頬が赤く染まる。


「ここで出会ったのも何かの縁。戦いなど放り出して一緒に月夜のデートを楽しみませぬかレディ?」


「な、な!? 何言ってんだアンタ……?」


「活発そうな見た目に反し、照れる姿も実に可愛い。君の中の隠れた女に惚れたよ」


「えぇぇぇ!? そ、そんな……ア、アタシはお、女らしさなんて……ああ……」


 デュークの口説き魔術に捕らわれた女性プレーヤーは完全に狼狽し、顔全体を真っ赤に染めて戦意を失う。

 デュークは相手が女性とならば口説かずにはいられないジェントルマン。

 気品溢れる動作と物腰柔らかな紳士スタイル。アバター越しに見つめて囁きかける心地良い低音ボイスに、たちまち目を輝かせてときめき虜にしてしまい、戦う気力を失う。


「武器事戦意を置いて、君の可愛さを間近で感じさせたまえ」


 そのまま腰に手を回して指で顎を持ち顔を近づけると止めの言葉を掛ける。


「はぅ~ん!!」


 まるで絵に描いたように目をハートマークにした女性プレーヤーはそのまま轟沈。戦わずにしてデュークは勝利を得た。

 会場からは女性客からの黄色い声援が上がり、何故か魅了された男性客からも熱い声援が発せられる。


 ――はいはい、堕ちた堕ちた。ったく、こんな言葉で堕ちるなんてこの人リアルでどんだけ男免疫無いんだよ……――


 とは言っても"そういうキャラ"を演技ロールしているに過ぎず、この時期心が廃れていた掴は本気で口説く気など毛頭無かった。どうやったら女性が口説き落とせるか心理や声色・所作などを徹底的に調べ上げ、"ネットをしている大半の女性は口説き慣れていない"という大変失礼な前提のもと行っているのだ。


 日頃は普通に見えて、この頃から心の一部が荒んでいたのである。酷く言えば完全に冷めきっている。


「ところで、良い武器を持っているね?」


「ぁあ? はぁ、はいぃ!!」


 もはや呂律さえまともに回っていない彼女に対し、デュークは追い打ちをかけた。


「よろしい。では武器事置いて下がりたまえ」


「はい喜んでデューク様!」


 彼女は躊躇する事無く、苦労して手に入れた双剣をデュークに差し出してしまった。その表情はもはや天にも昇る心地良さのよう。


 これがある意味最後の戦法。相手から戦意を奪った上に武器まで頂戴して戦う力を失わせるのだ。これも掴が考えた立派な戦術であり、対戦相手の武器とアバターのレベルや技術等を分析し、闘技場に訪れるプレーヤーの平均を調べているのだ。

 勝った相手に好きな武器を献上するという宣言もしているため、自然と挑戦者が集っては敗北して気が付けばレア武器が溜まり武器コレクターとも呼ばれるようになった。


 男性の場合はこのような口説きは通用しないので正々堂々戦う。重点的に強化した魔法スキルにより、中距離遠距離からの魔法攻撃だけで相手を一切寄せ付けずに勝利することも多い。広範囲に渡る雷属性魔法の稲光に撃たれれば麻痺に陥り、無軌道に発射される炎属性の火炎は火傷を負う。フィールド全体に冷気を漂わせる氷属性で凍結させて身動きを取れなくする等様々。

 対戦相手が攻撃を当てられずに魔法に晒されるのは、常に足元に展開している移動魔法陣の恩恵。ぬるぬると這うように無軌道で動き回るため焦点を定められないのだ。さらに接近できたとしても、瞬時に離れた位置へ移動してしまうクイックダッシュ。攻撃すれば防御魔法を展開して防ぎ、油断した隙を突いて大剣による強力な一撃を叩きつけて勝利する。


 ただし、武器押収時の言葉は女性と違い容赦無く。


「よろしい。では武器事置いて下がりたまえ」


 相手を跪かせ、下を見さげて言い放つ。無論、女性相手でもたまにこうする。


 こうして、ドライな思考と感情で割り切りつつ淡々とデータ観測をしていた掴だが、内心バトルバトルの連続で気分が高揚し、憂さ晴らしも出来ていたので年相応に楽しんでもいた。最も口説く度に愉悦に浸って愉しむというえげつない部分もあったが。


 しかし、デュークにとって不幸なことは、彼意外に強いプレーヤーが存在せず、なし崩し的に初代チャンピオンの座に君臨してしまったことであろう。

 これでも真面目で律儀な一面があったため、データ観測だからといって手を抜く等出来ず、父の作りだした世界でそのような真似は絶対にしたくなかったからだ。


 結局、これ以降のタイトルマッチを完全に拒否。スコーピオンと同一人物のため強制参加や消去は出来ないため、闘技場永久名誉チャンピオンとして現在も君臨し続けているのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る