第8話 二度目

 放り出された掴は叫び声を上げながら地面に激突。身体中が悲鳴を上げて痛みを訴え思わず悶絶するが、一応強化皮膚と生体装甲により肉体が多少強化されているので重傷を負う事は無かった。


「ぁが……や、やばいやらかした……!」


『なんてことを! 君は無意識に自分が奴を倒そうと思ってしまっただろ!?』


「だ、だってアイツが教授を……」


『いいか! インタフェイサーは一度装着するとアバターに支配されない力が備わるんだ! だから君が奴を倒そうと強く思い過ぎた瞬間その力が働いてナミヲを追い出してしまったんだ!』


「じゃ、じゃあもう一度ナミヲを……」


『見ろ! 君が無理矢理弾き出したせいで彼はグロッキー状態だ! ステータスで表現するならHP体力は半分になってしまったぞ!』


 少し離れた位置にナミヲが仰向けで倒れていた。弾き出された際にそのまま2階から落下してしまったのだ。相当の負担が掛かったのか気絶しており指一つ動かさない。ディスプレイに映るスウェンの感情と表情を表した顔文字はいわゆる怒り顔を表していた。微妙に可愛く表現されてしまうのは仕方ない。

 アバターは自分の意思と関係なく憑依状態を解除されてしまうと、電流態・粒子状態が強制的に電子態に戻されるので身体に負担が掛かり、体力を消耗してしまう。


「ああやっちまった! でもしょうがないだろうが、アイツは仇の一人なんだぞ!」


『君の為に言っておくがアバターが憑依していない電装態は一般人より少しだけ強い程度だ!』


「ええっ!?」


『不利な状況ではなかったのにこんな失態を犯すとは万死に値する!』


「ああもう感情的になった俺が悪かったよごめん! ってか佐伯さんと水島さんはどうしたんだ? とにかくアイツが来る前に……」


『待て。人の熱源反応を2つ確認。違う! この反応はアバターに憑依されているぞ! しかも1つこちらに近付いて』


 その瞬間、後ろで砂利を踏みしめる足音が聞こえた。即座に危険を察知した身体は反応し、急いで起き上がりながら振り返って身構えた。


 一瞬時が止まり絶句する。


 視界に入り込んだのは、小悪魔的な笑みを浮かべた愛くるしい少女の姿。その少女の事を掴は昔から知っている。途惑いで思考が僅かに揺らぐも、思わず彼女の名前を呼ぶ。


「あ……あいちゃん……!?」


「あ、どうも夢緒さん。こんな所でどうしたの~?」


 だが、声を瞬間に違和感を感じ取る。否、正確には一目彼女の姿を見た時点で奇妙な違和感に気付いていた。髪型と不自然な色のメッシュに瞳の色。その存在を主張するかのような奇妙なアクセサリー。

 誠と遭遇した時と似たような状況に遭遇している。嫌な予感しかなかった。半分やけくそ気味に苦笑いを浮かべて溜息交じりに尋ねた。


「今日は先輩って呼ばないんだね愛ちゃん。髪もワインレッドに染めて同じ色のカラコンまで入れて。なんか魔女みたいな帽子まで被っちゃってどうしたのさ。イメチェンでもしたのかい?」


「そうですよ。イメチェンです。似合ってますかせんぱ」


「いつもの甘ったるい口調じゃない時点でバレバレなんだよアバター」


 掴とスウェンの指摘に、正体を知られて観念した彼女は不気味に口角を上げて笑みを浮かべた。それは掴の悪い予感が的中した事を証明する行為だった。


「きゃっはっはっ! 何言ってんのよ~? あたしだってば」


 愛くるしかったあいの顔で、可愛くも邪な笑みで下品な笑い声を上げる。三条さんじょうあいを穢している行為に我慢ならず拳を強く握りしめる。そして彼女に憑りついているアバターの正体も予想できていた。意を決してその名を口にする。


「お前はあいが作ったアバター、ラブだな?」


 ラブ。

 三条さんじょうあいのアバター。

 トラインブラザーズの末っ子。月桂樹のマドンナ的存在。腕と足、胸元の谷間を露わにした露出箇所の多い紫の衣装の上に白いローブを羽織り、ツバの大きいとんがり帽子を被っている。色気を宿した小悪魔的な黒魔女っ子的外見。人懐っこさにお色気が加わっており、ゲーム内でもよく男性プレーヤーに話しかけられている。

 回復魔法をメインにサポート魔法で後方支援を務めメインウェポンを大杖にしている。しかし、双剣スキルを持ち、大杖を双剣に切り替えて奇襲攻撃を仕掛ける戦法も得意としており接近戦も得意としている。


「やっだ。あたしだってばればれぇ~?」


「くそ、マコピーのパターンでもしかしてと予想したら予感的中かよ……」


三条さんじょうまことに続いて三条さんじょうあいまで敵の手に落ちていたとは……』


「でも、どうして喋っただけでわかったの?」


「どうしてわかったって? わかるに決まってんだろ。喋り方も雰囲気も仕草も、何もかもが違うんだよ。外見はあいだけど、あくまで演じている感が丸出しだ」


『創作物で偽物と本物の見分けがつかない事がある。だが実際は掴の様に違和感に気付いて本人でないとわかるものだ。親しい関係なら尚更だ。そもそも憑依状態の特徴が出ている時点で正体が露見している』


「それと姿だろ。おまけに俺があいの名を呼んだだけでお前は普通に答えてしまった」


 掴は電装態となった自分の身体を得意げに親指でつつく。違和感に気付いた時点でカマをかけておいたのだ。


「カマをかけたの? えげつないですよねせんぱい。あ~あ~この憑依能力って案外使えないのね」


「俺の事を知っている様に言ってんじゃねえよ」


「だって記憶共有してるもん。さっき怖いお姉さんたちとドンパチしてたんだけど~。もう飽きちゃったからアンタから先に殺してあげる」


「なに? お前佐伯さん達と戦ってたのか!?」


「ちょっと足止めさせてもらったから助けは来ないよ~?」


 LVあいが言い終えると同時に背後から地面に着地する音が聞こえた。瞬間的に理解する。SSまことがこちらに降りてきた事を。


「あ、シン兄~♪」


「おおラブ、アイツらどうしてやったんだ?」


「瓦礫を落として埋めちゃった」


「お~お~えげつねええげつねえ」


 ――な……何なんだこいつら……――


 双方の会話が耳に入る度に感じる不快感が身を蝕む。まるで破壊と殺戮を楽しむかのような口ぶりと態度。人を瓦礫に埋めておいて平然としており笑っている。

 誠心誠意を信条とするまことと、愛情を信条とするあいとはかけ離れ過ぎている。声も口調も似ているが明らかに歪みきっている。人格形成に失敗したとしか思えなかった。


「あのキョウジュってのを葬った時みたいにやっちまうか。神様に対して誠心誠意込めて蹂躙してやらねえとなぁ」


「お~け~♪ あたしがたっぷり愛してあげるから、きゃっはっはっ!」


 SS誠は大剣を構えて舌なめずる。LV愛が手を翳すと光に包まれ、両先端が鋭利な形状をした大杖が出現する。彼女はまるで獲物を狙うかのような不気味な笑みを浮かべる。


 ――やめろ……! まことあいの身体でそんな言葉を喋るな! 2人をこれ以上穢すな……!――


『掴! 怒りで我を忘れるな!』


「こいつらを2人の身体から追い出してやる!」


 スウェンの忠告も聞かず、掴は気絶したナミヲを強制的に自分に憑依させ、再度ハルモニアフォームへ変化する為にインタフェイサーの緑ボタンを押す。

 待機音がインタフェイサーから発せられ、同時に倒れていたナミヲの身体が半透明な緑色に変わり、電装プラットフォームに引き寄せられそのまま強引に憑依させられる。一瞬で粒子に包まれハルモニアフォームへの再変身が完了した。


「へえ……あれが」


「テレパシー魔法で聞いてたろ? 来るぜラブ」


 SS誠とLV愛は警戒態勢を取り得物を構える。

 強制憑依した衝撃で無理矢理意識が戻ったナミヲは頭を手で押さえて振り回し、周りの状況を確認して多少驚いた様子を見せる。


「まったく……強引に追い出されて寝ている隙に2対1とは……しかもラブまでいるとはな……」


「は~い、元スコーピオンせんぱい。本当に弱くなったんだねぇ~」


「彼女も同じか……」


 ――ナミヲ、とっととこいつらを追い出してくれ――


「自分がやろうとして私を追い出しておいて……」


 ――黙って言うこと聞け、スウェンに縛らせるぞ。こいつ等はブレイン教授の仇で、誠(まこと)と愛(あい)を穢した奴らだ!――


「少しは冷静になってほしいものだな……」


 溜息交じりに苦言を漏らす。SS誠が大剣を掲げてハルモニアフォームに向けて駆ける。LV愛は大杖を振り回し地面に突き刺す。発光した大杖と地面から大量の火炎弾が出現し、一斉に襲い掛かる。地面を転がるように避けながら大剣の一撃をもかわし、落下時に一緒に落ちていた箒を手に取り双剣へと変化させた。

 SS誠が大剣を横一線に振ると、三日月型の巨大なエネルギー波となり接近。咄嗟に跳躍して避けた後に、先に遠距離攻撃を止めるためにLV愛へと攻撃を仕掛けようと左右の刃を振り下ろすが、彼女は大杖を中央から割ると、その左右に分かれた鋭利な刃を持つ得物で斬撃を受け止める。


「忘れたのせんぱい? これ大杖に見せかけた双剣だよ?」


「忘れんぞこの小悪魔め!」


「後ろががら空きなんだよ!」


 背後に迫ったSS誠が大剣を振り上げるが、掴が潜在意識内でファイアーウォールをイメージして指を動かし手を翳す。電装態から突如炎の防壁が現れ巨大な刃の一撃を止める。


「ちっ、これが賢者スコーピオン様の創造主の力ってか? それともこの妙なカラクリの力か? まあどっちでもかまわねえけどな。テメエを半殺しにして連れ帰れば問題ねえからな!」


「誰がそんな簡単にやられるか!」


 3人とも跳躍して後方へ下がり距離を取る。ナミヲは双剣を構えてすぐさま攻撃態勢に入り駆けたが、SS誠とLV愛は構えたまま不敵な笑みを浮かべて動かない。


「左右に分かれて攻撃を仕掛けるつもりか?」


 ――先にラブの方を狙えよ。しょせんはサポートスタイルに過ぎないから嵌めれば勝てるだろ――


「おい掴いい加減に」


『待て! 後方から巨大な熱源反応を確認! 避け――』


 スウェンの警告が聞き終えるか終えないかのタイミングで、後方から凄まじい何かを感じ取り咄嗟に振り返る。視界を覆い始めたのは一筋の大きな光。体感したのは徐々に上がる熱。


 赤黒く禍々しい色合いの、それは熱線だった。


 反応が遅れて完全に避けきる事が出来ずに生体装甲と強化皮膚を焦がし、熱線の余波を食らい吹き飛ばされた。


 そう、敵は遥か後方にもう1人存在しており、掴達を虎視眈々と狙い撃とうとしていたのだ。掴とナミヲ、スウェンが同調していたなら完全に避ける事は可能であっただろう。


 そして、掴には後方射撃をしてきた相手の正体が、一瞬だけ脳裏を過ったが直ぐに否定した。その予想は最悪の状況を示しているからだ。

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