忘憂――碁会所にて

猫大好き

その一

「それはこうやって逃げられないから――」

 相手がそう言いながら私の黒石の塊の横に白石をぴったり付けて盤上に打つと、

「あっ」

と私は今日何度目だかわからない小さな声をまたあげてしまった。

 座った椅子から盤上に顔を覆い被せるようにして前に乗り出し、いつの間にかすっかり癖になった、腿に肘をついた右手を顎に当てるポーズで考え込む。じっと見てみたが、どうしても助からないようだ。まだ二手あるが、周りの白石はぴったり黒石を包囲してしまって、どう動いてもダメが詰まって逃げられない。

 私が目を開いてじーっと凝視していると、

「まだ置石の効力は十分あるからね。そこは仕方ないとして、もっと盤上全体を見渡して、広いところ、大きいところを探してみなさい」

穏やかな表情で優しく声を掛けられた。

 私ははっとした。そうだ、部分的には大損したが、はっきり負けと決まったわけではない。確かにまだ盤の他の部分には黒石がたくさんあるではないか。気持ちの切り替えという事を何度も言われた。碁を始めて、人生や仕事にも役立つかもしれないと思った言葉の一つだ。

 私はすーっと息を吸うと、きちんと両手を腿に当て、背を伸ばして座り直して、改めて碁盤全体を見回した。



 ――私、高橋豊は大学を卒業して新卒採用されたばかりの23歳の会社員だ。中くらいの規模の食品会社で、他の大企業ほど派手な実績を誇るわけでないが、長年安定した業績で、特に地元での名の通り方と信頼は厚く、ここと近隣県に徐々に販路を広げてゆき、数年前から本腰を入れ始めたインターネット販売も順調だ。私は採用後、特にそのインターネットでの通販業務の方に回されて活動している。

 この会社に採用が決まったが、実家から100キロ離れた場所のため、就職するとともに会社に通うために家を離れて、会社のビルがあるのと同じ都市部にアパートを借りて下宿することにした。様々な会社のオフィスビルや住宅が多く、広くてかなりにぎわった場所だ。日本や世界のあちこちからもそこそこの観光客が来る。



 私は盤の左の方を見回すと、すでにいくつかの黒石がある辺りにさらに一手加えて地をはっきり守ることにした。打ち付ける際、ピシッと音が鳴る。

「うん、いいところだ」

 向かいで相手が頷く。腕を組んで軽く身を乗り出しており、頭が動くたびに薄くなりかけた白髪頭の頭頂部がこちらを向いた。脂肪が付いてはいるが、横幅の広いがっしりした体格で、これも大きな顔はやや角ばっているが、穏やかに相好を崩した笑みのおかげで丸く、柔らかな印象を与える。見た感じ年齢は60過ぎというところで、この碁会所で六段で打っている多治見さんだ。

 私が打った直後は笑みを浮かべて頷いていたが、やがてじっと視線を私が打ったその辺りに集中させ、手を腿に当て、背を伸ばして前に身を乗り出し、じっと真剣な表情で考え出した。

 いつものことながら、この相貌の変化は下手したてである私に威圧感を与える。これだけ構えているのだから、荒らされるはずがないと思うのだが、いつも打ち込みやツケから手を付けられて、魔法のように逃げられるか生きられるかしてしまう。私もまた多治見さんの視線の先をじっと見つめ続けて、緊張して相手の着手を待った。またすらすら地を荒らされてしまうかもという恐怖心と、これだけ黒石があるのだからそう簡単に相手の上手くいくはずがないという両方の気持ちが混ざり合っている。先ほど石音を立てる強い着手をしたのも、自分の気を奮い立たせるためがあった。



 ――下宿先は都会の中にあり、買い物などに便利で、住む部屋の環境も満足いくものだったが、つい数か月前まで実家で家族に囲まれて安逸な生活をしていた身としては、環境の変化に戸惑うところがあった。炊事や洗濯といった家事は思ったより楽で、むしろ体を動かす作業感が家でのいい時間つぶしの気晴らしになったのだが、部屋にいる時の時間の大部が、特に何もすることが無くて、時間をぼんやり過ごすしかなかったのだ。特に仕事の無い休日が辛かった。一日がこんなに長いものとは思わなかった。今まで家で家族と触れ合ったりして暖かい感情の中で穏やかな日々を過ごしていたが、今になって、子供の時分から当たり前と思っていたあのコミュニケーションがいかに貴重で、ありがたいものだったかわかる。同級生でここに就職して下宿したのは私一人で、友人たちとのリアルの関係は断ち切れ、メールや電話のやり取りはしても、共に馬鹿をやって時間を過ごすようなことも出来なくなった。職場ではそれなりにうまく溶け込め、上司や先輩、同期の人とも仲良くはなったが、休日に一緒に出かけるまでの関係にはいっていない。

 初めの一月ほどはそれでも新しい環境に必死になじみ、仕事もがむしゃらに覚えようとして頑張ることで気を紛らわせてきたが、じきに、そういった仕事の無い空いた時間の空虚な気持ちが心全体を支配するようになり、本来仕事が無くて楽しいはずの仕事帰りの夜や、休日が徐々に忌まわしいものに思えてきた。いわゆる、五月病というやつだ。

 そんなおり、休日に何をするともなく、時間の過ごし方の先の見えない気持ちで(今にして思えば軽く鬱にかかっていたかもしれない)繁華街を歩いていると、白いタイル張りの壁面が汚れで黒ずんだ細長い雑居ビルの表に置いてある、高さ1メートルほどの持ち運び可能な折り畳み式の木の看板が目に入った。雨で濡れないように、四隅をビス留め加工されたフィルムに覆われ、木の板に貼り付けられた店舗宣伝用にプリントされた紙には大きく『碁』と書かれていた。

 見ると、ビルの壁面に書かれた入居テナント一覧のうちの一つに『囲碁 爛柄らんか』とある。

 私は子供の頃、私に何か習い事を覚えさせようとした母親に子供囲碁教室に通わされたことがある。そこそこは続き、7級までいったが、友達と外で遊ぶ方が楽しく、元々自分から通い出したわけではないので、小学校高学年の頃には自然に行かなくなっていた。

 雑居ビルの敷地内、人の行き交うすぐ脇に看板は置いてあり、上にある程度の雨風を防ぐ張り出しがあるとはいえ、長い間外気にさらされたせいで店舗宣伝紙の挟まれたフィルムの表面にはシミや汚れが付き、木の板も表面が軽くささくれ立っていた。しかし私はふと目に付いたその看板と、テナント一覧の所に書かれた碁会所名と営業時間の文字を、人が多く行き交う中でじっと立ち尽くしたまま見つめ続けると、何を決意するともなく、自然に足がその4階の碁会所に通じるエレベーターの方に向かっていた。

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