第146話 *1* 2月14日金曜日、朝8時
二月十四日金曜日、朝八時。
普段よりも賑やかな昇降口で、紅は
「おはようございます、
「おはよー、紅ちゃん」
「おはよう、光、真珠」
二人の視線は紅が持つ大きな紙袋に集中している。この紙袋の中身は昨晩焼いたクッキーだ。
「今年は随分と大荷物になりましたわね。紅ちゃんは貰うのがメインかと思っていたのですけど」
「フィーバー中ってのも大変なんやな。律儀に配らんでもええんやない?」
二人の台詞を聞きながら、紅は紙袋から二つのラッピング済みのクッキーを取り出した。ルビー色の光沢があるリボンで口を締めている。光と真珠に用意した友チョコだ。
「あたしの女の子らしいところを見せつける貴重な機会をみすみす逃す訳にはいかないわ――とでも答えておけばいいかしら?」
「あんまり期待させるようなことはせえへん方が、と思うんよ。――って、ウチらにもあるん?」
紅が差し出した紙袋を受け取り、真珠が驚いた表情を浮かべる。
「僻みそうな人には作ってきたのよ」
「あらあらまあまあ。わたくしにもありますのね。今年は戴けないものと思ってましたのに」
光も紙袋を受け取って、やんわりと微笑んだ。
「今年は美味しく仕上がったからね。珍しく蓮が誉めてくれたし」
「うふふ。恋する乙女は料理も美味しくさせるのですね。勉強になりますわ」
「で、そういう光は作らなかったの?」
光が料理を得意としていることは、幼なじみでもあるのでよく知っている。去年はバレンタインにクッキーとチョコトリュフを交換したはずだが、今日はそういう気配がない。
紅たちは上履きに履き替えて教室のある四階に向かう。
「わたくしはホワイトデーに紅ちゃんに返すだけですわよ」
のほほんと光は返事をした。今年はバレンタインにお菓子を用意しなかったということのようだ。
――おかしいな……光も恋しているはずなんだけど……。
探りを入れたつもりだったのだが、光は普段通りで動揺した素振りは見せなかった。
「そっかぁ。じゃあ、来月を楽しみにしているわね」
斬り返されるのも怖い。基本的にはおっとりしているくせに時々鋭い指摘をしてくる光だ。そんな彼女を相手にしていることを思い出し、紅は余計な詮索をするのを諦めた。
――ここまでは予定通りだとして、問題はここからよね……。
長い一日になりそうな気配を感じ取る紅だった。
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