プロローグ~始まりと終わり~
―――始まりの記憶
それは、俺が5歳くらいの時に起こった……。
当時、俺が家族と住んでいた場所はとても広く、
多くの使用人達がいたのを覚えている。
父と母と妹、大勢の使用人達に囲まれて、何不自由なく暮らしていた。
幼い妹の面倒を見て、一緒に庭で遊んだ思い出。厳格な父を怖いと感じていた記憶。母は俺や妹を抱き上げて、いつも優しく微笑んでいた。
そんな日常が突然終わりを告げる。
魔物の大群が家に押し寄せ、多くの兵隊の様な人々が戦い、そして死んでいった。
俺と妹は使用人達に案内されて、地下にある安全な抜け道へと向かっていく。
だが、すでに抜け道への通路は魔物の手に落ちていた。
俺と妹を守ろうと、使用人達は応戦した。しかし、来た道からも魔物は迫ってきている。その場は乱戦となり、俺と妹は離れ離れとなり残った使用人たちと逃げていく。どこか隠れられる場所は無いか、逃げられる道はないか、
外に出ようにも魔物に包囲されていた。
……そして行き着いたのは、薄暗い物置。
走ってきた道からは、魔物の唸り声が聞こえて足音が迫ってきている。
最早、選択肢はなかった。生き残るためには時間が残されていない。
ここに隠れるしかないと、最後に残った使用人は俺を床下の保存庫へと隠した。
―――妹は無事だろうか、お母さんは何処にいるのだろうか、お父さんは生きているのか。ただ独りの暗闇の個室で、俺は震えるように家族の無事を祈った。
外から聞こえてくる魔物の唸り声、人々の悲鳴や何かが壊れる音。
全てを恐れ、ただ震え続けた。
どれくらいの時が経っただろうか……。
疲労からか、いつの間にか眠っていた俺は目を覚ました。
静かなものだった、何事もなかったかの様に静寂に包まれている。
俺は気配を探り、恐る恐る窺いながら外に出た。
そこは、命の気配を感じなくなった無人の世界。
俺は助かった。いや、俺だけが助かっていた。
辺りには血痕だけが残っており、人や魔物の死骸が見当たらない。
俺は絶望した。そして泣き叫んだ。
「……お母さあぁーぁん、どこぉー?」
返事はない。ただ、不安と悲しみの中で泣き叫び続けた。
母を、父を、妹を呼び続けていた……。
「シグルズの生き残りか……」
後ろから声を掛けられた。いつの間にいたのだろうか、音すらもなく男はいた。
「泣いても意味はない。お前の家族は既に死んだ……」
その言葉を聞いた瞬間、俺の意識は深海に沈み、長い眠りについた。
体中が重く、眠くてたまらない。
あの時の男の声と、女性の声が聞こえる。
魔石だの魔人だの、意味がわからない。
皆、死んでしまったのだろうか、もう独りなのだろうか。
幼い頃の記憶には、不安と2人の会話だけが染み込んでいった……。
そして、俺は目を覚ます。
混濁した意識の中、女性に話しかけられる日々を送った。
混沌とした記憶の中には、2人の自分が存在する。
自らの劣等感から全てを諦め、死によって完結した記憶。
自分への絶望、孤独を選んだ心境、全ては自分の記憶として思い出す。
そうか、俺は私になったんだ……。
私は社会から逃げ出して、日本という国で死に、何故かこの世界で転生を果たした。恐らくは魔法のせいだ、きっと召喚魔法で呼び出されたんだろう。
私の記憶には、異世界への転生を果たす物語がある。
そうだ、私は異世界に来たんだ。あの物語が本当になったんだ。
そうか、私は俺になったんだ……。
「いずれ、新しい「環境が貴方の」記憶を安定させるでしょう。
もしかしたら、大人になった時に本当の記憶を取り戻せるかもしれません。
さぁ、グレッタ村に行きましょう。そこで新しい「人生をお過ごしください」」
新しい人生……記憶の安定……。
わからない。眠くて分からない。
あぁ、全ては夢だったのか……。
そして、相反する2つの記憶は、脳内で辻褄が合うように改変されていく。
――遠くから、風で葉の擦れる音がした。
近くで、カサカサと何かが動く音がする。
体が重く、静かに座り続ける。意識には霧がかかっていた。
女性に連れられ、知らない草原を行く。
広い、広い、緑の草原の中を馬車で走る。遠くには山や森が見える。
見たことのある植物、俺が好きだった鳥、私が見たことのない美しい景色。
見知らぬ大地を走っていた……。
草原の中、小高い丘の向こうに村があった。
畑を耕し、家畜の世話をする人々。
とても
「おや、久しぶりですね。何時もの食料でよろしいですか?」
「村長、お久しぶりです。今回は頼みたい事があって参りました」
少年はグレッタ村に預けられ、混濁した意識の中で新しい生活を始める。
しかし、穏やかな日々は続かず、ゴブリンの襲撃を受けて村人達は斬り殺されていった。そして、少年は緑の少女に拾われた……。
―――俺は異世界の転生者などでは無かった。
そんなモノは存在しない架空の記憶。
召喚魔法で異世界からの物体を移動させる方法など存在しない。
死者を完全に蘇生させる事が不可能な様に、異次元の世界を行き来する事など人間には不可能だ。それは、夢想による願望でしかない。
鈴木遼一が見せた、夢物語。全ては幻。
俺は、オードラーニアの世界で生まれた一人の人間。
ジーク・ザイフリート・シグルズ
―――この世界の人間だ!
「記憶が蘇り、熱くなりました。つまらない話をしてしまい、ごめんなさい」
「……いえ、えっと、なんと言えばいいのでしょうか」
グリーナは困惑した様子で黙ってしまった。他の皆も、それぞれが難しい顔をして彼を見つめている。嫌な空気だが仕方がない。本当の自分を知って貰い、前に進みたい。もう少し、順を追って話すべきだったかもしれないが、想像以上に熱が入ってしまった。ジークはそう反省する。
「……ジークと呼んだ方がいいですか?」
「はい。それが本当の名前です」
「では、ジーク。一つだけ質問させてください」
「何なりとどうぞ、師匠」
「私の弟子になって、後悔はありませんか?」
「ありません。今までも、これからも」
ジークは断言した。
当然の事だろう、最愛の人との出会いに後悔を覚えるはずがない。
その言葉を聞いたグリーナは、安心した様に微笑みを浮かべてジークを見つめた。
「ジーク! ジークって呼べばいいんだね」
「そうだよ、プリシャ」
「わかった! ずっとおかしいと思ってたんだ。変な名前だし」
プリシャはそう言うと、何時もの無邪気な笑顔を作り一人で納得している。
「今のジークの記憶は正しいのですよね?」
「はい。今は断言できます」
「そうですの、それなら問題ありませんわ。私の自慢の兄弟子ですもの」
そう言うと、ハリティは微笑みながらジークの隣に行き彼の手を握り締めた。
握られた手からは優しい温もりが伝わってくる……。
「色々と合点が行きましたわ。何にしても、これからが貴方の人生ですわ」
「はい、頑張ります」
「もう成人ですし、独り立ちでもするのかしら」
セドナがそう言うと、グリーナの顔が曇り始める。
弟子の変化に驚き、記憶の話を聞いて戸惑ったものの、彼女にとってジークは手放したくない存在にまでなっていた。その感情は禁忌と理解していたが、
眉目秀麗に育った弟子を見るたびに、ジークに対する情念は強くなっていた。
「独り立ちは考えていませんが、行きたい場所はできました」
独り立ちは考えていない。
その言葉を聞いたグリーナは、心の中で胸を撫で下ろした。
しかし、行きたい場所とは何処なのか、再び不安が心を包む。
彼女は恐る恐る弟子に質問した。
「何処に行きたいのですか?」
「すぐには行けませんが、滅びた故郷を見つけて家族を弔ってやりたいです」
「……そうですね。それが良いでしょう」
「まずは故郷があった場所を調べたり、やりたい事は色々とありますからね」
そう、ジークにはやりたい事がある。親しい間柄の人と接する時にさえ、
心の中で距離を置き本音をあまり言わなかった。
魔石に刻まれている鈴木遼一という架空の記憶がそうさせていた……今までは。
だからこそ強く思った。これからの尊い時間は、皆と本音で接していきたい。
心の壁を壊し、今までの時間を取り戻すように皆と一緒に過ごす事、
それが彼の一番やりたい事なんだと……。
「じゃあ、ジークは暫く一緒ってこと?」
「そうだよ、プリシャ」
「フフフ、改めてお祝いをしましょう。今日はジークの誕生日なんですから」
「そうですわね、師匠。あ、でも……誕生日は正しいのかしら?」
「多分ね。5歳までの記憶だとこの日のはずだよ」
「あら、それなら問題ないわね。改めておめでとう、ジーク」
「おめでとう!!」
「おめでとう、ジーク」
「おめでとうございます。ジーク」
心からの幸せを感じたこの日を、彼は一生忘れないだろう。
彼が自分を取り戻し、偽りの記憶と決別した日。
彼が師弟との絆を、もっと深めたいと思った瞬間。
15歳の成人を迎え、皆から祝われたこの時を。
忘れない。
決して忘れる事はない。
彼にとっての最高の記憶……。
第0部完結。ご愛読ありがとうございました。オマケの閑話をお楽しみください
続編は新タイトルで細々と投稿していきます。処女作をここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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