カウント10◆小さな正義と未来の不在
◇ ◆ ◇
事件解決後、俺が家に帰り着いた時には既に日付が変わっていた。
一応家のすぐ近くまでは車で送ってもらったが、ひとりでは帰り着けなかったかもしれない。
事件に関する面倒事は、すべて白瀬が引き受けるらしい。いろいろと面倒な聴取や取調べ等を覚悟していたが、俺たちは意外なほどあっさりと解放された。
俺たちの〝力〟に関することに関しても、その場に居た誰ひとり言及されなかった。人質だった一般人は優先的に避難させられていたし、残っていた大人の、おそらくあの現場に居たメンバーというのはそういうのに慣れている奴らなんだろう。
俺たちが巻き込まれた爆破未遂事件は、ニュースになる前に一部の事実を残してもみ消されたらしい。〝連続殺人犯、幼馴染みのいじめ首謀者断罪の後に自首〟というシナリオを経て一応の終止符を打ったかたちだ。学校爆破未遂には一切触れていない。
ただ唯一世間に公表された過去のいじめの存在と、学校・警察側の責任問題。マスコミがこぞって取り上げているこれが、今回の川津と入沢の戦果といえるだろう。当人たちからしたら不本意な部分もあるだろうが、それが俺たち〝子ども〟の限界なのだ。俺たちができることなんて所詮限られていて、世界はそう簡単には変えられない。
何にせよ翌日はベッドから起き上がる気になれずほぼ一日寝て過ごした。右手のケガはたいしたことは無かったけれど、簡単な処置と包帯だけ巻いてある。それよりも身体に残る力の反動の方がよっぽど影響を残していた。
篤人も入沢も同じような状態らしく、揃って学校を休むはめになった。次の日は土日なのでしばらくは体を休ませられる。学校があっても休んでいただろうけど。
休んでる間に篤人とはメールでやりとりしていたが、意外な人物からのメールも届いた。そのせいであわよくば月曜も休もうかと思っていたのだが、学校に行く用事ができてしまった。
断ろうかとも迷ったが、どんな顔で俺に何の用があるのかは気になったので行くことにした。
『昼休み、いつもの場所で』
まるで逢引のメールだ。
メールの差出人は入沢砂月だった。
◇ ◆ ◇
史学準備室の扉を開けると、しんと静まり返る無人の空気に出迎えられた。先客が居ないことに機嫌を良くし、扉を閉め鍵をかける。
待ち合わせは昼休みで今はまだ午前中なので人が居ないのは当然だ。体調はほぼ回復していたが何分やる気の起きない月曜日。午前の授業はサボることにしたのだ。
近くの椅子に荷物を置き、持参したクッションをふたつソファーに放る。来る時に少し寄り道して自腹で購入した。快適な環境作りの為には多少の出費は惜しまない。
俺は自分でも意外なくらいに、この場所を気に入っていた。
早速ソファーに体を沈め枕に頭を預けると、見立て通りで満足のいく寝心地だった。休みの間十分寝ていたので寝足りないわけではないのだが、眠気に襲われ俺は早々に意識を手放した。
ふ、と。瞼を開けるとそこはいつもの史学準備室。さっきまで寝ていたはずの俺が、ソファーから少し離れた場所に居た。ソファーにはふたつの人影。それを俺が見ている。
馴染んだ感覚。すぐに状況を把握した。
これは未来だ。あの部屋の。
メガネを外した覚えはないし、こんな無意識下で何の予告もなく未来を視るのはとても久しぶりだった。まだこの力を制御できていなかった頃、こういうことは度々あった。もう随分前の話だけれど。
内心舌打ちをする。やはり本調子ではないのか。なんにせよ気に喰わない。ここ数日でこうも自分の力の制御を見失うなんて。
不意打ちで視た未来は自分の意志では制御できず、途切れるのを待つしかない。
だからイヤなんだ。自分の意思以外で未来を視せられるなんて不愉快もいいところだ。
ソファーに寝ていたのは入沢砂月だった。
どれくらい先の未来だろう。感覚的に、そこまで離れた未来ではない。
入沢砂月は俺が持ってきたクッションを勝手に使用していた。俺は自分の物を他人に触られるのが嫌いだ。戻ったらきつく忠告しておく必要がある。
そう心に決めて視線をずらすと、そこには未来の俺も居た。ソファーで眠る入沢のすぐ脇に腰を下ろして見つめている。
どういったシチュエーションだ。理解に苦しむ。
ふと、視線の先の俺の体が傾く。その先には眠る入沢の顔があった。その距離がゆっくりと、近づいていく。その光景に思わず目を
「……や、いやいや、待て俺。ありえないだろ、それは…」
篤人と違ってこれは〝視て〟いるだけ。干渉はできない。わかっている。わかってはいるけれど、知らず口から漏れていた。
俺の手が入沢砂月の頬に触れ、目元にかかっていた髪を梳く。自分でも驚くほどのやわらかな手つきで。その目元には俺の影が落ちていた。
ありえない。俺がそう簡単に、他人に触れるなんて。
この、俺が。
「ちょ…っ」
距離が縮まり隙間を埋める。俺の髪が、入沢の頬にかかる。
入沢は目を覚まさない。
境界が、なくなる――
「――やめろ…!」
そこで漸く俺は、現実に引き戻された。
勢いのまま体を起こすと、間違いなく今現在の史学準備室。俺はこの感覚を見失うことはない。
息が上がり汗が滲む。心臓の鼓動がはやい。力を使った反動とは、明らかに別の。
夢? 違う、あの感覚を俺が間違えるはずがない。あれは、この部屋の、俺の――
「…大丈夫?」
その声に思わず一瞬呼吸を止める。
反射的に声の方に視線を向けると、少し離れた場所に入沢砂月が立っていた。
無表情でこちらをまっすぐ見据えている。
心臓が撥ねた。
「……、」
「…水、あるけど…」
表情は変えないが入沢なりの気遣いらしく、未開封のペットボトルを差し出された。頭で現状の整理をしようと努めながらも、ほぼ本能的にそれを受け取る。
キャップを回そうとしたが、上手く力が入らない。思わず舌打ちが漏れる。
視界の端から細い指先が目の前に現れ、ペットボトルを奪った。目で追いかけると、相変わらず無表情の入沢の顔がすぐ目の前にあった。その不意打ちにまた、心臓が。
入沢は俺の様子に構う素振りもなく無言でキャップを捻り、開いたペットボトルをもう一度俺に差し出す。俺も無言でそれを受けった。礼ぐらいは言っても良かったが、まだ体の感覚が上手く機能しない。思考が散漫でまとまらない。だけどとにかく喉は乾いていた。
水を体に流し込む。熱を持っていた体が少しずつ落ち着いていく。一気に半分くらい飲みほし、ようやく深く息を吐いた。
見計らっていたように、傍で立ったままでいた入沢がその場で膝を床に着いた。
思わずぎょっとする。さっき視た光景とどこか似た構図。ポジションが逆だけど。ていうかなんで俺がこんな気まずい思いをしなくちゃならないんだ。
無言で見つめる俺に、入沢は僅かに頭を傾けて、ぽつりと零した。
「…ごめんなさい」
少しだけ俯いたその顔は前髪に隠れてあまり良く見えない。さっきよりも距離が近くなったのに。長い黒髪の隙間から覗く右耳の赤いピアスに何かが疼いた。俺は入沢の謝罪に黙って応える。
「…シラセに、聞いた。いろいろ迷惑かけて、巻き込んで…危険な目に遭わせた」
「……まったくだ」
ぼそりと呟きながら、殆ど無意識にメガネのフレームを押し上げる。つい昔のくせが出た。
数秒の、間。
俯いていたその顔が少し上がり、ようやく目が合う。
「…でも、来てくれて…力を貸してくれて…川津雄二を、あなたが死なせないでくれたから…救ってくれたから。あたしも少しだけ、救われた」
表情は変わらないのにどこか泣いているようにも見えた。こいつは声を出して泣かないので泣いていてもわからない。あの日俺の腕の中で声を押し殺して泣いていた、きつく掴まれた鈍い痛みが蘇る。
「ありがとう」
…とりあえず、受け取っておいてやる。
今は文句を言う気力も無いので無言でそれを受け止めて、ふんと鼻を鳴らす。
でもひとつ気に喰わないのは。
「礼を言う顔じゃねーだろ」
「…もとからこういう顔なの。察しなさいよ」
その顔はすぐにいつもの入沢に戻った。
やっぱり、可愛くねぇ。
「わざわざそれ言う為だけに呼び出したのかよ」
「…もうひとつ、ある」
「へぇ?」
「…お願いが、あるの…」
ここまできて意外な流れだった。篤人ならともかく、俺への依頼。ということはおれの力を使いたいということ。
先日白瀬にまんまと利用された件もあった手前、不愉快さは隠さない。体勢を整え、改めて入沢と対峙する。
流石に頭も冷えてきた。さっき視たものに関してはまるっと保留だ。考えるのは後回しにする。
「内容にもよるし、俺はタダでは動かねぇぞ」
「……」
俺の言葉に少しの沈黙。それから意を決したように、顔を上げ俺を見上げた。目と目が合って、だけど入沢は逸らさなかった。
「篤人の、知りたがっていること…過去を、視ようと思う。篤人の望みを…叶えてあげたい」
「……へぇ…?」
篤人の望み。それは一番最初、この教室で語られていた。
篤人の幼なじみの死の真相。自殺と言われているが遺書はなく、篤人は自殺だとは思っていない。篤人はその死の理由が知りたくて、あの日俺たちを呼び集めた。
それが俺たちのはじまりだった。
なるほどそういえば、今回の事件とどこか似ている。感化されたかほだされたのか。こいつもホント言いように踊らされてるなと思う。というより懲りてねぇ。
「お前くだらないとか言ってなかった?」
「…そう、思ってたわ。幼なじみなんてしょせん他人だって。でも」
入沢はまだ、目を逸らさない。言葉の端が少しだけ震えていた。
「幼なじみと恋人は、違う」
その言葉に僅かに目を瞠る。篤人は、幼なじみとしか言っていない。
「篤人がそう言ったのか?」
入沢はふるふると首を振った。
「…今回の件で、過去の自殺の記事を調べていた時…篤人の話を思い出したの。篤人の幼なじみが亡くなったのも、2年前だったから…」
篤人の出身中学は調べればすぐにわかる。そこから辿る過去に、
新聞記事には篤人の幼なじみと思われる同級生…
当時の日記から村上佳音は幼なじみであり恋人のファンから痛烈な嫌がらせを受けていたことが判明。村上佳音の恋人は幼少の頃から有望なバスケットボールプレイヤーだったらしく、周囲の注目度が高かった。広く顔が知れ人気もあり非公認のファンクラブまであったという。家や学校にも押しかけてきたほど熱烈な。
恋人の名前は公表されていないものの、そこまで書かれていたらそれが誰のことだかは容易に想像できた。
入学当初、隣りのクラスの俺のところにも篤人の噂は聞こえてきていた。挫折したイケメン天才バスケットプレイヤーが、スポーツヘタレ校のウチに逃げてきたと。関わるようになった今でもその真偽に興味はないが。
「…恋人、か」
岸田篤人という人間を、俺は充分に知り理解しているわけじゃない。
だけど俺なんかよりはよっぽど誠実に、相手を想い築き上げた関係があるのだろうと思う。
おそらくそれは、目の前の入沢も同じ印象なのだろう。
「この前の件で…思ったの。あたし達の力はひとりひとりだと一方通行でしかない。だけど、それぞれベクトルの異なる力の干渉が引き起こす可能性を、あたし達は身を以て体験した。ひとりでは無理だと思っていたことでも、不可能ではないと知った。あたしにとってこの世界は随分一方的で理不尽だと思っていたけれど、それだけでは無かったわ」
「お前それ思い上がりだって気付いてる?」
「…自覚はある。でも、可能性っていうのは時に希望のことよ」
僅かに逸らしたその瞳が、濡れている。
あの事件を経て何かが変わったのだろう。それが良いことなのか悪いことなのか俺には分からないし、口出すことでもない。
「できることなら、篤人を過去へ…恋人が死んでしまうその直前まで、送りたい。だって例え過去の出来事をあたしが視て伝えたって、結局は他人の言葉でしかないから…だったらいっそ、本人の目で見て、知って、変えられる過去があるなら…生きていて欲しかった人が居るなら、救ってきた方がいい…あたしは、そう思う」
死んだ人間を、過去に戻って救ってこいと言っている。
それは過去を大きく変え、未来のすべてを変えるということだ。
それが一体どういう意味なのか、わかっているのかこいつは。
「そんなことして、許されると思ってんのか」
「…許す? 誰に許しを請うのよ。この世界は一度だって、あたしを許したことなんかないわ。そしてあたしも、許されたいなんて思ったことない。そんな不透明で理不尽な存在に、自分の意思も希望も可能性も、委ねない」
それは小さな虚勢のようにも、世界という絶対的な存在への反抗のようにも思えた。
「だけど…悔しいけどやっぱり、あたしひとりでは無理なの…ひとりでは、戦えない。挑めない。だから…」
「もういい」
遮るように口から零れた言葉は、自分で思っていたよりずっと棘のあるものになっていた。
目の前の入沢がびくりと肩を揺らし、それからわずかに俯く。
俺たちみたいな人とは違う何かを持って生まれた人間は、一度は考えるんだ。願うんだ。
世界を変えること…運命に逆らうことを。
なぜならあらかじめ用意された世界も待ち構えている運命も、呆れるくらいにくだらないものだと知ってしまうから。
そこに希望は、見出せなかった。
…ひとりでは。
「お前が俺に何を求めてるかはわかった。でもお前、この前はひとりでも篤人を過去に跳ばしてただろ。俺に頼らなくてもひとりでもできんじゃねーのか」
「…あの後あたしも、試してみたけど…殆ど精度は上がってなくて…以前よりは余計な情報は視なくてすむようになったけど、あれから一回も成功してないの。直近ならだいぶましになった。だけど過去に遡るほど、特定の時間を掴むのがどうしても上手くいかなくて…」
入沢が悔しそうに唇を噛みしめる。
以前俺自身が試した時も、成功したわけではない。篤人を跳ばすまでは確かに俺の中で座標地点を掴んでいた。
だけど実際は、かけ離れた未来に篤人は跳んだ。結果は残ったが成功とは呼べない。成功しているのは入沢の一回だけになる。きちんと目的の時間と場所に、送り届けられたのは。
「ようは俺に、舵とり役をやれってことか」
「…シラセから聞いた限りだけど、あなたの時間を特定する能力の精度は確かだしすごいと思う。あたしが、遡った過去の地点から…正確な時間帯に更に時間を進めてもらいたいの」
口にした入沢自身、まだその完成図が描けていないのが分かる。それでもできると思っているのが不思議だった。
俺が力を貸す以前に、入沢自身の力の制御力の脆さを甘く見過ぎている。
「お前さ、過去を視る時対象の情報を掴みきれないって言ってたよな。それがどうしてで、逆にどうすれば掴めるのかを考えて改善しない限り、そもそも無理だと思うぜ」
「…どういうこと?」
「結果だけ言うと、俺が特定時点の未来を視ることができるのは、自分の〝時間知覚〟を把握し、操作しているからだ。わかりやすく言うと体内時計みたいなもので、その絶対的な感覚で以て時間を認識している。だから十秒先だろうと十年先だろうと、俺の体はそれを〝知覚〟できる。時間の経過を感覚的に理解し、それを未来に向かって広げ、目的の地点で定める力量がある。これはお前にも当てはめることができる。俺と逆の方向にいくだけで、やろうとすることは同じだからだ。だけど現状のお前は、知覚的処理というより認知的処理だ。対象の今現在から過去に向けたすべての情報を取り込んで、その情報量で時間を認識してる。経過したすべての時間を捉えてる。だから、特定の時間を定められない。負担ばかりが大きくなるんだよ。そんな状態で逆の性質を持つ力同士が作用し合ったら、それこそどうなるか予測もつかねぇし、そんな危険な賭けには乗りたくない」
「……えっと…」
俺の説明に入沢が目を丸くしたまま固まる様子が見てとれた。こいつのこんなまぬけな顔を見れるとは思わず不覚にも笑いそうになるが、同時に伝わらないことへのもどかしさに苛つきもした。
生憎俺も頭が良いほうじゃないので、噛み砕いた説明が見当たらない。だんだん面倒くさくなってきた。
「頼る感覚が、俺とお前とでは決定的に違うんだよ。お前には圧倒的に、時間知覚能力が足りない。その時点で俺とお前が一緒に何かをやり遂げることなんて、できない」
「…時間知覚…」
入沢は初耳だとでも言いたげな表情で俺の顔を見続ける。途方に暮れた猫のようだ。懐きもしない野良猫。なんで俺がこんな面倒くさいのを相手にしなきゃならないんだ。
「篤人から聞いてるかは知らねぇけど、俺ですら目的の時間を見失ったんだ。今のお前にそれができるとは思えない。…が、お前には成功例がある。できなくはないのも事実だ」
「あ、あの時はその、必死だったし…それに、あたし自身はずっと同じ場所に居たから、自分を軸にすれば絶対に外さないって、あの時はそう思ったら…できちゃって…」
「つまりそれが知覚的処理だよ。お前はお前が体験した時間を知覚処理して的確に過去を遡って掴んだ。5分前の自分を明確にイメージできていた。だから、外さなかった」
自分で口にしながらふと気が付く。
知覚処理は過去視の方が正確に働くのではないか。体感記憶という土台があるのだから。
そうすると後は…
「…
この状態の入沢自身を鍛えるよりは、確かに俺が合わせる方が話ははやいし現実的に思えてきた。ぼんやりとしかなかった、その
入沢が視る過去を、俺も共有できたなら。そこから俺が、舵をとることができるかもしれない。
感覚を共有できれば精度も上がる。精度が上がればおそらく、体への負担も減らせるはずだ。
「……?」
俺の意図を拾えない入沢が、怪訝そうに首を傾げる。
好奇心もある。今まで未来しか視れなかった俺にも、過去が視られるなら…やっぱり俺もそれを利用しようと思うのだろうか。白瀬や俺が今まで接してきた大人たちのように。
そうして俺も、そんなくだらない大人になるのだろうか。
「…ある程度の確証があるなら…協力してやってもいい」
「…! ほんと…?」
「だけど、お前もちゃんと覚悟を決めろよ」
口にしながら制服のポケットから携帯を取り出す。篤人の現状を把握する必要があった。
今さらながらに今はまだ入沢と待ち合わせていた昼休み前の時間帯で、篤人はおそらく授業を受けているのだろう。こいつもサボりか。人のこと言えないが。
「過去を変えれば未来も変わる。それは今現在も変わるっていうことだ」
メールの返事は意外にもはやく返ってきた。俺と入沢の不在と、放課後の約束を取り付ける。
さっきの仮説を試すにしろ場所は移した方が良い。なんせ初めての試みだ。何が視えるか分からない。この場所の過去も未来ももう視たくはなかった。
「放課後までに、どの程度使い物になるか確かめる。こういうのは早い方がいい。ある程度カタチになったらその感覚を忘れない内に実行する。だからお前もそれまでに、覚悟を決めとけ」
「…なん、の…?」
やっぱりこいつ、何も分かってなかったんだな。相変わらず突っ走るだけ突っ走りやがって。
だけどきっとこいつはこの先も、ずっとこうなんだろうな。
ぜんぶ
とっくに失ったその小さな正義は、今の俺には少し疎ましく、羨ましい。
呆れ混じりの溜息が零れる。だけど引き返す気はもうなかった。
「俺たちが関わったこの一週間が、全部なかったことになる。そういう覚悟だ」
言いながらそれは自分もだなと思う。
篤人の選択によっては、俺たちの今の世界は大きく変わるだろう。
…いや違う、戻るだけだ。一週間前…俺たちが出会う前の、俺たちが〝友達〟になる前のひとりだった世界に。
それでも、見てみたい気がした。
俺たちのこの選択が、どうやって世界を変えるのかを。
篤人がその瞬間、誰を救うのかを。
そしてその時俺がどんな指針を辿るのかを。
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