43.ギミック

(くそっ!)

 自分の身長ほどもある石壁を乗り越えながら、ザックは心の中で毒づいた。登るのにかなりの時間をかけてしまった。ここまではいいタイムで来れたのに、台無しだ。

 長い直線を走る。細い通路の奥の方で、鉄製の落とし格子がゆっくりと降りていくのが見える。もうほとんど閉まりそうだ。最後の力を振り絞って、さらにスピードを上げた。

 鉄格子が目の前に来た時には、残った隙間は膝の高さほどしか無かった。滑り込めるか、と一瞬考える。

 が、結局実行はしなかった。勢い余って鉄格子に突っ込むと、ガシャリと大きな音が鳴った。直後、隙間は完全になくなった。

「くそ……」

 精魂尽き果て、倒れ込むようにして仰向けに寝転がった。荒い息をきながら、高い天井を見つめる。

 この仕掛けギミックを失敗したのは、これで何度目だっただろうか。離れた場所にある開閉装置レバーを作動させて、閉まる前にここまで辿り着く、という簡単な仕掛けなのだが、とにかく時間がぎりぎりだ。毎回直前で閉まってしまうので、そういう風に仕組まれているのではないかと疑ってしまうほどだ。

(二人でやりゃあ簡単なのにな……)

 片方がここで待機し、もう片方が装置を作動させればいいだけだ。残された方はどうするかという問題はあるが、鉄格子の向こう側にもレバーらしきものが見える。あれもこの鉄格子の開閉装置になっていて、一度誰かがあちら側に行けば、あとは簡単に行き来できるんじゃないかとザックは思っていた。

 だが何にせよ、今ここに居るのはザック一人だ。仲間たちとは早々にトラップにはまって分断されていた。落とし穴で下の階層に落ちた二人と早く合流したいのだが、下の階層への階段はまだ発見できていない。他の落とし穴すら見当たらなかった。

(合図ができる魔道具でも買っときゃよかったな)

 今の状況では、二人が無事なのかどうかすら分からない。水に落ちたような音だけは聞こえたので、大事は無いと思うのだが……。

 少し体力が回復してきたザックは、身を起こして、近くに置かれた背負い袋に手をかけた。走るのに邪魔になるのでここに置いたままにしているのだが、鉄格子をくぐる際に回収する必要があるのが鬱陶しい。いっそのこと先に向こう側に投げ込んでおいてもいいかもしれないが、もし落とし穴でも見つけた時には放棄していくしかなくなる。

 ザックはふと手を止めて、鉄格子と地面の境目に目をやった。完全に閉まってしまう前に、あそこに荷物を挟んでしまえば安全に抜けられるんじゃないだろうか。

「ふむ」

 袋の中を漁ってみる。いや、だめか。鉄格子が閉まる力に耐えられるほど、硬いものは入っていない。多分潰されてしまうだけだろう。近くに石でも転がっていればよかったのだが、残念ながら見かけた記憶はない。

 荷物を挟む案をあきらめると、袋の中から地図を取り出した。地図はほとんどザックが自分で描いたものだ。全くの手付かずのこのダンジョンを発見したのは幸運だったが、早速探索に入ったのは早まったかもしれない。

 やはり、この鉄格子の先以外は調べ尽している。落とし穴がもう一つ無いかと思って、大体の範囲の床は踏んで歩いたが、無駄骨だった。どこかに隠し扉がある可能性はあるが、ノーヒントでそれを探すには厳しい広さだ。

(やっぱこれを抜けるしかねーな)

 鉄格子に視線を向ける。とても壊せそうにないのは確認済みだ。

(となると、どうやって時間を短縮するか)

 ルートはよく吟味したつもりだ。あと考えられるのは、石壁を登らなければいけない厄介な地点をなんとかするぐらいか。足場でも置けば楽になるだろうが、ちょうどいい物は思いつかない。

(こういうのはローレンツの方が得意なんだがな)

 ザックも考えるのがそれほど苦手というわけではない。が、一つの物事を熟考するという意味では、ローレンツに負けるだろう。

 オリビアも、時々他の二人が思いつかないようなアイデアを出してくれる。彼女のおかげで、何度も助けられた。

 せめてどちらかがここにいてくれれば、と一瞬思ったが、そもそも二人居ればすぐに解決するのだ。誰であれ、開閉装置を作動させてくれさえすればいい。

(待てよ)

 本当に二人必要なんだろうか。要は、自分がこの場所にいる状態で、装置を動かすことができればいい。道具を使えば、できなくはないんじゃないだろうか。

 少し考えてみるか。そう思って、荷物を背に、装置のある場所へと向かった。


 壁から突き出たレバーが、縦に細い穴に沿って、上下に動くようになっている。穴はザックの腰ぐらいの高さから、床のすぐ近くまでの長さだ。レバーは今は一番下に位置していた。

 軽い力でレバーを押し上げる。壁の中がどういう仕組みになっているのかは分からないが、ほとんど抵抗なくするすると動く。

 一番上まで行くと、遠くの方でガチャンと大きな音がした。これで、さっきの場所の鉄格子が開いたはずだ。

 手を離すと、レバーはゆっくりと下がり始める。遠くの音は、ガラガラと鳴っている。確かめたわけでは無いが、レバーの動きと連動して、鉄格子が閉まっていっているのだろう。

 やがて、レバーは一番下まで戻った。同時に、遠くの音が止んだ。感覚的にも、鉄格子が閉まるまでの時間と同じぐらいだ。

「ふーむ」

 改めて構造を確認して、ザックは唸った。このレバーを上に固定することができれば、鉄格子を開けたままにできるんじゃないだろうか。

 もしレバーの上下が逆なら、話は簡単だ。重い物を吊るしておけば下に固定できるから、その間に戻ればいい。だが、上だとそうはいかない。

 天井に目を向ける。ロープを引っかけるところでもあれば、レバーを上に引っ張ることもできるかと思ったのだが、そんな都合のいい物は無いようだ。

(遠くまで延々引っ張るか?)

 と思ったが、よく考えたらそんなに長いロープは持ってきていない。一度帰れば調達できるだろうが、二人が行方不明の状態ではさすがに却下だろう。

 代わりに使える物は無いかと、荷物を漁ってみる。毛布や予備の服などの布類は、結んで繋げばそれなりの長さにはなりそうだ。

 周囲を見回す。見える範囲だと引っかけられるところは無いが、遠くに見える角を曲がった先に、乗り越えられる石壁があったはずだ。あそこの上を通して引っ張れば、レバーを上に固定できそうだが……

「……だめだな」

 手持ちのロープと布を全部繋いでも、長さは到底足りそうにない。毛布なんかを切り裂いて使えばかなり伸びるだろうが、それでも足りるかどうか。

(引っかけるだけが手段じゃねーよな)

 もう一度考えてみよう、とザックは腕を組んで唸った。レバーが上から下に戻ろうとするのを、何らかの方法で妨げることができればいいわけだ。

「ふむ」

 もう一度レバーを上げ、その下に荷物を置いてみる。レバーはじりじりと下がっていき、

「お?」

 やがて、いい具合に荷物に引っかかって止まった。一番下までは、まだ少し余裕がある。これなら大丈夫そうだ。

「よーし」

 ザックは意気揚々と鉄格子のある場所へと向かった


 目的の場所が見えてきて、ザックは訝しげに眉を寄せた。鉄格子は、閉まる途中で止まっている……かと思ったのだが、何事も無かったかのように一番下まで降りている。

 荷物が倒れでもしたのかと思いながら、来た道を戻る。壁を登ったり、逆に低い天井をくぐったり、うんざりするほど通った道だ。そろそろ目を瞑りながら進めるかもしれない。

 だが実際戻ってみると、レバーは中途半端な位置で止まったままだった。記憶が正しければ、少しも動いていない。

(まさか……)

 嫌な予感と共に、もう一度レバーを上げた。遠くに聞こえる鉄格子が開く音に耳を澄ます。

 やがて、レバーは下の方で荷物に引っかかった。そのまま動かずにじっとしていると、遠くの音はガシャンと少し大きくなり、そして止んだ。どう聞いても、鉄格子が閉まり切った音だ。

 そろりそろりと荷物をずらしてどける。レバーは再び動き出したが、遠くの音は聞こえないままだ。やがて一番下まで到達した。

「……そういうことかよ」

 ザックは思わず嘆息した。レバーを上げれば鉄格子が開くのはその通りだが、下がるのと閉まるのが連動しているわけではないのだ。単に、レバーが下がるまでの時間と鉄格子が閉まるまでの時間を、だいたい揃えているだけなのだろう。

 つまり、何とかしてレバーを一番上に固定しても、何の意味もない。鉄格子はさっきまでと同じ時間で閉まるだけだ。

「くっそ」

 腹立たし気にレバーを上げる。やっぱりズルはできないようになってるのか、そう思ったのだが。

「ん?」

 レバーが止まったまま下がろうとしないのを見て、ザックは首を捻った。なんなんだ、と不思議に思って手を伸ばしかけ、

「……」

 ゆっくりと慎重に手を戻す。

 こういう状態は初めて見た。この仕掛けギミック突破の糸口になるかもしれない。迂闊うかつにいじって手掛かりを失いたくない。

(何をしてこうなった?)

 単にレバーを上げただけのはずだ。特殊なことは何もしていないのに、さっきまでとは違う結果になった。上げる時の動作が違ったのだろうかと、思い返してみる。苛立ちに任せて速く動かしたような気もするが、それが影響しているのだろうか。動く速さを変えて何度か試してみてもいいが、とりあえず後回しだ。

(他に何か違いがあるか?)

 レバーを上げた時ではなく、その前にやった何かが影響している可能性もある。直前には、荷物を使ってレバーの動きを妨げていた。それが原因か?

(壊れたんじゃねーよな……)

 その可能性に気づいて、ぎくりとした。レバーを動かして動作を確かめたい衝動に駆られたが、止めておいた。もしそうだとしても、慌てたところで意味は無い。今は考えないでおこう。

「……レバーを上げ切ると、鉄格子が開く音がする。そして、レバーは徐々に下がる」

 さっきまでは、そうだ。ザックは口に出して確認を始めた。

「だが今は、レバーを上げ切っても、音はしないし、レバーは動かない……ん?」

(……上げ切る?)

 自分で自分の言葉に引っかかった。『上げる』ではなく、『上げ切る』?

 はっと顔を上げて、レバーを、特に壁の穴の辺りをじっと観察する。そして、レバーが下がり始まらない理由がようやく分かった。『上げ切って』いなかったからだ。雑に動かしたせいで、一番上の少し下で止まっている。

(これ、使えるんじゃねーか?)

 今の状態なら、ほんの少し下から衝撃を与えてやればレバーは上がり切るだろう。自分が鉄格子の側にいる状態で、何とかして実現できないか。

 しばらく荷物を漁りながら考えてみたが、いいアイデアは浮かばなかった。遠隔で発動できる魔道具でもあれば別だが、生憎そんなものは持っていない。

(くそ、駄目か……)

 解決しかけたかと思ったら、また振り出しだ。諦めてルートの見直しでもした方が有意義だろうか。

(いや、もう少し考えるか)

 ようやくレバーについて分かってきたところなのだ。まだ考える時間を投資する価値はありそうに思えた。

(まず何をすればゴールなんだ?)

 そこから考え直してみる。今までに分かっている限りだと、鉄格子はレバーを上げ切ってから一定時間後に閉まる。上げた後でレバーが下がるのはどうでもいいし、遮っても意味は無い。重要なのは、いつレバーを上げるかだ。

(俺が鉄格子のそばにいる時に、レバーを上げられればいいんだよな?)

 そうすれば、簡単に先に進める。だが、そんなタイミングよく遠隔で干渉できるのは、魔道具ぐらいでは……

(いや、タイミングは関係ねーな)

 鉄格子のそばで待つことはできるのだから、厳密なタイミングが要求されるわけではない。要は、自分がこの場を離れただいぶ後に、レバーを上げればいい。

(荷物がゆっくり倒れるようにしてみるか?)

 角度を調整して、倒れる時にレバーをかすめるようにすれば、衝撃で一番上まで持っていけるかもしれない。だが『ゆっくり』とは言っても、そんなに長期間持たせるのは難しそうだ。

「いや待て待て」

 何言ってんだ、とザックは首を振った。鉄格子のそばに居る時にレバーを上げる必要なんて無い。その時点で鉄格子が閉まっていなければそれでいいのだ。つまり、レバーを上げるのを少し遅らせれば、それで間に合うじゃないか。荷物を倒れるように細工して、あとは全力で走ればいい。

 早速荷物を使った仕掛け作りを始めたが、想像以上に難易度が高かった。仕掛けは斜め下に倒れようとするのに、レバーは上に動かさなければならないというのが矛盾している。かすめるようにすればいけるはず、と思っていたが、そんなに厳密に角度調整できないのだ。レバーに当たらないか、当たってレバーが下がるかどちらかだ。

「……あ」

 だが仕掛けを作っている間に、もっと簡単な手段があることに気づいた。レバーが上がり切るのを遅らせればいいだけなら、ロープを結んで遠くから引っ張ればいい。それで少しは時間を稼げる。

(……今度こそいけるよな?)

 いい加減自信がなくなってきた。何か見落としが無いかと考えそうになったが、途中で止めた。一度やってみた方が早い。

 荷物を鉄格子の場所に置きに行き、また戻ってきた。長いロープの片方をレバーに結び付け、もう片方を持って限界まで離れてみる。結構な距離だ。この距離を走る分だけ早く鉄格子の場所に着けるのだから、さっきまでのぎりぎりっぷりを考えると間に合いそうだ。

 ザックは脚を曲げ伸ばしして準備体操したあと、気合を入れてロープを斜め上に引いた。と同時に、全速力で走り出す。

 果たして、ザックの目論見は上手くいったようだった。鉄格子に着いた時点で、まだ腰の高さほどは開いている。荷物を引っ掴んで、隙間に足先から滑り込んだ。背後でガシャンと大きな音が鳴り、鉄格子が閉まる。

「やっとか……」

 床に寝そべりながら、ザックは長く息を吐いた。ようやく向こう側に行くことができた。

 のろのろと立ち上がると、そばにあったレバーを上げてみた。これでいま通ってきた鉄格子が開くだろうと思っていたのだが、

「げっ」

 鉄格子がぴくりとも動かなかったので、ザックは思わず声をあげた。その代わりに、遠くの方で大きな音が聞こえる。どうやら別の場所の鉄格子が開いたらしい。

(まさか、あっちで二人を待ってた方がよかったのか?)

 これではたとえ合流できたとしても、さっきの場所に戻ることができない。つまりダンジョンの出口に行くこともできない。もし他に出口が無いのなら、閉じ込められたことになる。

(……少し休んでから考えるか)

 今更嘆いても仕方ない。とにかく合流することが第一目標だ。

 三人揃えばいい考えも浮かぶだろう。もしくは、あの二人が別の出口を既に見つけているかもしれない。

 壁にもたれて座り込むと、ザックはごく浅い眠りに落ちた。

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