15.駆除
「こちらです、冒険者様」
村人に案内されて、リックたちは目的の場所へと向かっていた。周りには、視界一面に畑が広がっている。まだ日が昇ったばかりだが、既に多くの農民が畑仕事を始めていた。
しばらく歩くと、畑はずっと続いているにも関わらず、徐々に人が減ってきた。手入れしていないのか、雑草が生え放題になっているところもある。
やがて、周りに誰もいなくなった。冒険者たちは、そこからさらに進む。村人の隣を歩く大柄な男が、遠くに見える一つの畑を指差した。
「あれか?」
畑の一角には、人間数人がまとめて落ちられそうな、楕円形の穴が開いていた。あまりに綺麗に地面が無くなっているので、目の錯覚かと思ってしまうほどだ。
「はい」
沈鬱な表情で答える村人。その後ろにいる細身の男が、辺りを見回した。
「今は外に出てきてないようですね」
村人たちから聞いたところによると、人の胴ほどの太さの大ミミズが、あの穴からたくさん出てきているそうだ。彼らも何匹かは倒したが、きりが無いらしい。穴自体は、ある朝畑仕事に来たら突然開いていたとのことだ。
大ミミズは魔力を持つ生物、つまり魔物の一種だ。通常のミミズより大きく、かつ動きも素早い。魔物の例に漏れず、人間を見つけると積極的に襲ってくる。さほど強い魔物というわけではないが、冒険者ではない一般人にとっては十分危険な相手だ。
やつらが地上に出てこないようにして欲しいというのが、村長から受けた依頼だった。穴の奥にいるであろうミミズの集団を殲滅するのか、なんとかして穴をふさぐのか、それは任されている。
「油断するなよ、ジャメル。近くの土の中に潜んでるかもしれん」
「ええ、分かってますよ」
大柄な男の警告に、ジャメルと呼ばれた細身の男は軽い口調で返した。
一方村人は、その言葉を聞いて不安になったらしい。立ち止まって、きょろきょろと辺りを見回している。
「すみません、ケビンさん。私はそろそろ……」
「ああ、ここまでで大丈夫だ。案内してくれてありがとう」
おずおずと尋ねてくる村人に、大柄な男、ケビンは首肯した。村人はほっとしたような顔で、来た道を帰って行った。冒険者たちは、穴の側へと向かう。
「おっきなミミズなんて見たくないよー」
リックの視界の左の方を、ティエルはひらひらと飛んでいる。
(見ないようにもできるんじゃないの? ティエルなら)
と、リックは心の中で話しかけた。べつに彼女はリックの心を読めるとかではないので、伝わりはしないのだが。
いつもの事ながら、ティエルに話しかけられないのをもどかしく思う。今、彼女の声と姿を認識できているのはリックだけだ。ティエルに話しかけても、他の人からすると独り言を喋っているようにしか見えないわけで、引かれること間違い無しだ。
もちろん、ちゃんと説明した上で会話するという手もある。だがなるべくなら、ティエルのことを他人に知られたくは無かった。意思を持つ魔剣を所持していることが知られたら、最悪の場合狙われるかもしれない。
(でも、ほんとに必要な時は説明したほうがいいのかな)
必要な時ってどういう時だろ、とリックは眉を寄せて考え込む。本来なら、ある程度事前に決めておくべきだろう。あまりパーティを組まないので、ついそのあたりを疎かにしてしまう。
リックは松明に火をつけると、穴の中を照らした。その下は、広い空洞になっているようだった。
近くの木にロープを結び、穴の中に垂らす。冒険者たちは、慎重に穴の中へと降りて行った。
三人が降り立ったのは、地面に掘られた筒状の通路だった。その太さは、ちょうどケビンを二人縦に並べたぐらいだ。周りの地面は、何かで塗り固められているように見える。
「穴の下は洞窟があると言ってたよな」
「ええ。しかし洞窟というより、人が造ったようにも見えますね。一種のダンジョンなんでしょうかね」
ジャメルは通路の壁をぺたぺたと触りながら、しきりに首を傾げていた。
「魔物が居るんだから、そうなのかもな」
ケビンがあごに手をやる。魔物が好むのは、魔力の密度が高いか、大きな魔力源が近くにある場所だ。自然の中にもそういった場所はあるが、最も一般的なのはダンジョンの中だろう。
リックは松明を高く掲げつつ、前後に伸びる通路の先をじっと見た。今居る場所が一番高い所らしく、どちら側も緩い下り坂になっている。
「とりあえず、どっちかに進んでみない?」
「分かった、俺についてきてくれ」
ケビンが先頭に立ち、通路の一方へと進んだ。地面は平らに固められていて、畑の道より歩きやすい。地上よりも温度が低いようで、ひんやりとした空気が心地よい。
少し進んだところで、壁に開いた穴から一匹の大ミミズが顔を出していた。話に聞いていた通り、人間の胴ほどの太さだ。全員が、それぞれの武器を手に取る。普段は剣と盾を装備しているリックだが、今日は片手に松明を持っているので剣だけだ。
「おっ?」
巨大な両手持ちのメイスを構えたケビンが、小さく声をあげた。ミミズがするりと穴から抜け落ち、素早い動きで近づいてきたからだ。
ケビンはミミズを引き付けてから、メイスを勢いよく振り下ろした。頭らしき部位が、べちゃっと潰れて体液を撒き散らす。
頭を潰された程度では死なないのか、ミミズはのたくるように動き続けていた。ティエルが嫌そうに顔を歪める。
細身の長剣を持ったジャメルは、壁の穴へと向かった。ミミズが襲ってこないのを確認していたケビンが、彼に目をやる。
「巣でも見えるか?」
「暗くてよく分かりませんね。明かりをくれません?」
「あ、うん」
唯一松明を持っているリックが、ジャメルに近づく。穴の中を照らしながら、二人で覗きこむ。
穴は左曲がりで、奥の方まで続いていた。途中までしか見えないので、最後が行き止まりになっているのか、もしくは別の空洞に繋がっているのかは分からない。
「中に入っていくのは無理かな」
「でしょうね。子供か華奢な女性なら、もしかしたらできるかもしれませんが」
穴はミミズの太さとちょうど同じぐらいだった。ケビンは言うに及ばず、細身のジャメルやリックでも途中で詰まってしまうだろう。もっと細い子供ならいけるかもしれないが、中を進むのはかなり辛そうだ。
「穴の中でミミズに会ったらどうしようもないぞ。熱湯でも流し込んだらいいんじゃないか。ミミズが居れば出てくるだろう」
「それはいいかもね。準備が大変そうだけど」
穴がどこまで続いているのかは分からないが、必要な熱湯の量はかなり多そうだ。村の人に頼めばできなくはないかな、とリックが考えていると、
「水では駄目でしょう。途中で上り坂になっていたらどうするんですか」
ジャメルが否定した。少し間を置いてから、言葉を続ける。
「煙なら可能かもしれませんね。魔物が嫌がる薬草でも燃やせば。ただし穴が行き止まりになっているというのが前提で、別の広い場所に繋がっていたらどうしようもありませんよ。そっちに逃げられるだけです」
「うーん」
リックは眉を寄せた。やはり穴の先がどうなっているかを調べたいところだ。
暇そうに飛び回っているティエルに目をやる。リックの視線に気づいた彼女は、可愛らしく小首を傾げた。彼女の大きさなら余裕で穴に入っていけるだろうが、その行為には全く意味が無いだろう。あくまで本体は剣の方なのだから。
「こういう穴がいくつあるか調べよう。百個もあったりしたら一つ一つ対処するのは無理だろう。最初の入り口を塞ぐことを考えた方がいいな」
「そうだね。まずは調査からって言うし」
ケビンの意見にリックは同意した。地上に穴が開く前は、大ミミズなど誰も見たことがなかったらしい。あれさえ塞げば、もう外に出てこなくなる可能性は高い。
ただし、それを保障するのはなかなか難しい。村人が納得してくれるのかどうかも問題だ。なんとかして大ミミズを全滅させられれば、それが一番いいだろう。
「んん?」
不意に、穴を覗き込んでいたジャメルが変な声をあげた。
「どうしたの?」
リックが問いかけると、ジャメルは穴の中を指差した。
「中の壁をよく見てくださいよ。我々が今いる通路の壁と同じく、塗り固められていますよね」
その言葉に、ケビンは首を傾げた。確かにそう見える。
「それがどうかしたのか? 両方ダンジョンの一部なんだったら、当たり前だろう」
「つまりですね」
ジャメルは穴から視線を外して、通路の先の方に目をやった。何かを思いつきそうで思いつかないといった様子だ。
改めて穴の中を覗いていたリックの目の前に、ティエルが飛んできた。切羽詰まった顔で、警告してくる。
「リック、危ないものが近くにいる!」
「え」
危ないものとは、大ミミズのことだろうか。しかしさっきミミズが出たときには、ティエルは何の反応もしなかった。
「…どこに?」
「わかんない!」
小声で問いかけるリックに、ティエルはぶんぶんと首を振った。忙しなくあたりを飛び回る。
「何か言ったか?」
ケビンが声をかけてくる。リックは彼の方を向いて言った。
「なんかちょっと……空気が変わったような気がする。どこからか分からないけど、何か近づいているかもしれない。気をつけて」
「ふむ」
その曖昧な説明を聞いて、ケビンは訝しげに眉を寄せた。だがリックの真剣な表情を見て、冗談を言っているわけではないということは伝わったようだ。
「ジャメル、穴の件は後だ。ここに何か近づいてきているらしいんだが、音が聞こえないか?」
「ちょっと待ってください」
ジャメルは、ケビンに手のひらをかざして、押さえるような仕草をした。目を閉じて、意識を聴覚に集中させる。
「あっちから土の上を引きずるような音がします。物はかなり大きいですよ」
少しして、通路の一方を指差す。地上からの入り口がある方向だ。残りの二人には何も聞こえなかったが、彼はかなり耳がいい。
「離れよう。ここでは身を隠す場所もない」
二人が頷くと、ケビンは早足で反対方向へと進みだした。緩くカーブする道の先に、ケビンはじっと目をすえる。
「前方に魔物がいないか、お前達も見ていてくれ。もし出会ったら、俺が一撃を加えて走り抜ける」
そう言いながら、彼は歩くペースを上げた。まだ走るつもりはないようだ。走れば後ろから来る何者かとの距離は取れるが、前方への注意が疎かになる。
「もう、すぐそこだよー」
不安そうな表情のティエルが、リックの肩にちょこんと座った。それと同時に、土を削るようなざりざりという音が、リックの耳にも聞こえてきた。
「近づかれていますよ。そろそろ全力で逃げた方がいいのでは?」
「…まあ待て」
走り出そうとするジャメルを、ケビンは制止した。
カーブが終わって、道が直線になった。かなり先まで見通せるようになったが、ミミズが出てきそうな穴は見当たらない。
直線を少し進んだあたりで、リックはちらりと後方を見た。曲がり道の奥から顔を出したものを見て、息を飲む。
「あれ見て!」
それは、今いる通路とちょうど同じぐらいの太さ、つまりケビンの身長の二倍ほどもある、巨大なミミズだった。その巨大ミミズが、かなりのスピードでこちらに近づいてきている。
「…走れ!」
ケビンが指示すると、三人は慌てて駆け出した。
冒険者たちの方が若干早いようで、徐々に距離は離れていく。だが問題は体力の方だ。重い装備や荷物を身に着けながら、今のペースをずっと続けるのは無理だろう。疲れて止まったとたんに追いつかれる。
「くそ、戦ったほうがいいか?」
「勝てるとは思えませんよ!」
ジャメルが叫ぶように言った。広間にでも居るなら倒せる可能性が無くはないが、ここは場所が悪すぎる。踏み潰されて終わりだろう。
はっと気づいて、リックは目の前を飛ぶティエルの顔を凝視した。
「ま、魔法を」
小声で伝える。ティエルは最初きょとんとしていたが、すぐに何を言いたいかが分かったようだった。すっと目を閉じる。
「……。……あんまり揺らさないでー。集中できないよー」
しばらくしてから、ティエルは情けない声をあげた。リックが腰に下げる魔剣の方を指差す。
(む、難しいこと言うなあ!)
走りながら、リックは剣を手で押さてなるべく動かないようにした。今はこのぐらいしかできない。
それでもさっきよりはましになったのか、ティエルはもう何も言ってこなかった。そろそろ走り疲れてきたところで、彼女は手をリックの後方にぴっと伸ばした。
「……えいっ!」
その掛け声以外に、何も変化は起こらない。魔法が失敗したのか、とリックは疑ってしまった。だがちらりと後ろを見ると、ミミズは徐々に減速し始めていた。
ティエルが使ったのは、相手の感覚を乱す魔法だ。魔物の動きが鈍ったのは、追っていた人間を見失ったからか、もしくは単に混乱したからだろう。知り合いの魔術師に手伝ってもらって覚えた魔法だが、なかなか役にたつようだ。
「と、止まったみたいだよ」
荒い息をつきながら、リックは仲間たちに話しかけた。二人も一瞬後ろを見る。ミミズはもうこちらを追ってきてはいなかった。
「もう少し離れよう」
ケビンの提案で、冒険者たちは走り続けた。魔物から十分に離れたところで、ようやく立ち止まる。
「助かりましたね」
「…だな。少し休もう」
そう言って、ケビンは腰を下ろした。残りの二人も、それにならう。
リックの目の前を飛んでいたティエルが、地面に着地した。その場にぺたんと座り込むと、口元に手をやる。
「ごめんね、リック。眠くなっちゃったから、また……ふぁ……」
その言葉を残して、少女の姿がぱっと消えた。リックが何か答える暇も無い。
(大丈夫かな)
実践で魔法を使わせるのはこれが初めてだ。上手くいったのはよかったが、負担が大きかったようだ。焦って魔力を消費しすぎたのかもしれない。
(うーん、使う時は気をつけないと)
有用ではあるが、一回使うとしばらく使えないようだ。それにさっきのティエルの様子からすると、剣を振りながら同時に魔法を詠唱させるのは無理だろう。
「どうして急に止まったんでしょうかね」
「他の獲物でも見つけたんじゃない?」
ジャメルが首を捻っていたが、適当に答えておく。
「それより、あれどうするの? 倒さなきゃいけないのかな?」
「見なかったことにして、入り口を埋めてしまうというのも手ですね。もしくは、いっそのこと依頼は諦めた方がいいかもしれません。あんな魔物の事は説明されていませんし、違約金は取られないでしょう。逆に迷惑料でも貰いたいぐらいですね」
「そうだね。次は止まってくれるか分からないし」
というか、止まってくれないだろう。少なくともティエルが起きるまでは。
少しの沈黙の後、ケビンが大きく息を吐いて言った。
「そろそろ行こう。まずは避難できる横道でも探すべきだ。いつまた追われるか分からないんじゃ、おちおち相談もしてられない」
「分かりました。すぐに地上に戻るのは難しそうですしね」
来た方向を見て、ジャメルは顔を歪めた。入り口まで行くには、巨大ミミズが止まった場所を越えていかなければならない。
「ああ、そうか」
「どうした」
立ち上がりながら、ジャメルがぽつりと呟いた。ケビンが彼に視線を送る。
「この通路とさっきの穴が似ていたわけが分かりましたよ。どっちもダンジョンなんかではなく、ミミズが掘った穴だったんだ。ミミズの大きさが全然違うだけで」
「…それは最初に気づいて欲しかったな。行くぞ」
「そう言われましてもね」
ぼやきながら、ジャメルは肩をすくめた。
三人は、再び通路を進み始めた。壁面に開いた穴はいくつか見つけたが、大ミミズには出会わなかった。時折ジャメルが耳を澄ましていたが、巨大ミミズが近づいている様子も無いようだ。
「うーん、ずっと一本道だね」
「ふーむ」
リックとケビンが揃って唸り声をあげる。横道だか分かれ道だかがすぐ見つかるかと思っていたのに、あてが外れてしまった。示し合わせたわけでもないが、自然と全員が立ち止まる。
「ミミズの通り道ですからねえ。しかしどうしますか? 入り口からはどんどん離れていきますよ」
「そろそろ戻ってみてもいいかもな。こっちには来てないようだから、逆側に行ったんじゃないか?」
「同じ場所に留まっているだけかもしれませんけどね」
楽観的な意見を述べるケビンに、ジャメルが釘をさした。
「やっぱり依頼をどうするつもりなのか、先に決めておくべきじゃない? あいつは無視して、他のミミズを倒して依頼達成っていうのはありなのかな」
「我々が受けた依頼は大ミミズの駆除ですからね。あんなでかいやつは対象外だと言えなくは無いですか」
そこまで言ってから、ジャメルは大きくかぶりを振った。
「いや、やめておきましょう。後々問題になったら厄介だ。忘れた頃に、報酬を返して違約金を払えなんて言われたくないでしょう」
「じゃあ入り口を埋めてしまうか?」
「それもやめた方がいいですね。畑のあの穴が開いたのは、多分巨大ミミズが近くを掘ったからでしょう? 埋めても他の場所でまた同じことが起こりますよ」
「やっぱり問題になるってことか」
ケビンは腕を組んで考え込む。
冒険者たちが受けたのは、『大ミミズが地上に出てこないようにする』という依頼だ。永遠に現れないようにするのは不可能だから、じゃあいつまでもてばいいのかというのは難しい。だが
「私としては、依頼は放棄してさっさと帰りたいところですね。村長とギルドには私から報告してもいいですよ」
「僕もそれに賛成かなあ」
ジャメルの意見に、リックも同調した。
「分かったよ、ただ働きになるが仕方ない」
ケビンは渋い顔をしていたが、結局は諦めたようだった。大きくため息をつく。
「じゃあ脱出を最優先にしよう。とりあえず戻ってみるのか? 先に避難場所を確保しておきたかったが……」
「戻りましょう。このまま進んでも、横道なんてどこにも無いかもしれませんし」
「うん」
意見が一致したところで、三人は来た道を戻り始めた。が、すぐにジャメルが立ち止まる。
「いや、待ってください」
「なんだ? 他にいい案でも思いついたか?」
ケビンは期待を込めた顔で、ジャメルの方を向いた。だが目を閉じる彼を見て、頬を大きく歪めた。
「おい、まさか……」
「だめだ、あっちから来てます。さっきより動きが速いですよ!」
その言葉の直後、ケビンとリックにも巨大ミミズが進む音が聞こえてきた。三人は身を翻して走り出す。
「どんどん入り口から離れていくぞ、どうするんだ」
「他の脱出方法を考えた方がいいかもしれませんね」
話している間にも、音は徐々に近づいてきているようだった。
「横道があるぞ!」
ケビンが前方を指差した。壁の一部が崩れたようになっていて、そこから道が続いている。道は高さがケビンの身長より少し上、幅は人が二人ぎりぎり並べる程度だ。巨大ミミズは入ってこれないだろう。
三人が横道に飛び込むと、少し遅れて巨大ミミズがやってきた。振り返ったリックの目の前を、頭の部分が通り過ぎていく。だが途中でミミズは止まり、横道の入り口はぶよぶよとした体で塞がれてしまった。
「行き止まりみたいだぞ。ミミズをやりすごしたら戻るのが……」
道の先を見にいっていたケビンが戻ってきた。入り口の状況を見て、言葉を失う。
「閉じ込められましたね」
ジャメルがぽつりと言った。ケビンはがくりと肩を落としたあと、巨大ミミズの体に近づく。
「行き止まりの上に入り口まで塞がれるとは、ついてないな」
「その程度の悪運は想定しておかないと、『引退』が早まりますよ」
「うーむ……確認もせずに横道に入ったのは失敗だったか」
「それは分かりませんがね。あのまま逃げていたら、追いつかれて全滅していたかもしれません」
何を言っても結果論でしかない。そして一度大失敗してしまえば、反省する機会も無いというのが冒険者だ。
「ケビンさん、上見て上!」
リックがケビンの真上を指差す。天井から大ミミズが垂れ下がっていた。ぼとりと落ちてきたその魔物を、ケビンは小さく跳んでかわす。素早く構えたメイスで冷静に一撃を加えると、魔物の頭が大きくへこんだ。
「むっ」
だが、魔物はまだぴんぴんしていた。よく見ると、最初に倒したミミズよりも太いようだ。噛み付こうとでもしているのか、地面を這うように動いてケビンの足に接近する。
リックはとっさに松明を差し出し、ミミズの体に押し付けた。魔物が大きく怯む。体表が焼け、嫌な臭いがたちこめた。長剣を抜いたジャメルが叫ぶ。
「どいてください!」
ケビンとリックが横道の奥へと下がり、代わりにジャメルが前に出た。剣を脇に構えると、体重を乗せて思い切り突く。刃は魔物の頭を貫いて、地面に縫いとめた。
傷口から体液が流れ出て、さらに悪臭が濃度を増した。閉じ込められているせいで、遠くに逃げることもできない。リックは顔をしかめる。
「こう狭いと戦いにくくて仕方ないな」
ケビンは眉を寄せながら、右手で足を払っていた。よく見ると、服が少し焦げている。さっき松明に近づきすぎたせいだろう。
「あ、ごめん」
謝罪するリックに、ケビンは首を振った。
「いや、気にするな。それよりどうやって出ればいいんだろうな、これは」
「徐々に追い詰められている気がしますねえ」
言葉の内容とは裏腹に、ジャメルの口調からはまだまだ余裕が感じられた。彼は口元に手をやると、何事か考え込んでいる。
ケビンは再び巨大ミミズに近づくと、ぶよぶよの体を指差した。
「今なら倒せるんじゃないか?」
「刺激するのは
「…そう言えばそうか」
巨大ミミズは、通路を完全に塞いでしまっていた。倒す倒さない以前に、とにかくどいてくれないとどうしようもない。
「もしかしたら、そこから出られるかもしれませんね」
ジャメルは、さっき大ミミズが出てきた天井の穴を指差す。ミミズが太い分、穴もそれなりの大きさではあった。だがその提案を聞いて、ケビンは渋面になる。
「俺を置いていく気か」
確かに二人はともかく、彼があの穴に入れるかは微妙なところだ。
「誰か一人があの穴から脱出して、巨大ミミズを通路の奥に誘導するという手もありますよ。道が繋がっていればの話ですが……」
「さっきも言ったが、穴の中でミミズに会ったらかなり危険だぞ。上手いこと追い払えるか?」
「そこはリックの機転に期待するしかないですね」
「え、僕?」
突然話を振られて、リックは目を丸くした。
「だって、穴に入るならあなたが適任でしょう。体の大きさから考えて」
「う、まあそうだけど」
リックは自分の体に目を落とした。細さで言えばジャメルと同じぐらいだが、背は向こうの方がだいぶ高い。
「まずはしばらく待ってみましょう。ミミズが通り過ぎてくれればそれが一番楽ですからね」
「そうするか。せめて奥に行こう、臭くてたまらない」
ケビンは鼻を摘むような仕草をした。三人は道の行き止まりまで進んで座り込む。
待機している間に、ここに来てから得た情報を纏める事にした。出合った魔物の特徴や、地形などについてだ。今居る避難場所の事なんかを記録しておけば、次に来る冒険者の役に立つだろう。
情報を冒険者ギルドに売れば、いくらかの金になる。ギルドでは、魔物やダンジョンに関する情報を積極的に買い取っていた。
「あのでかいミミズは、討伐依頼が出るかな?」
「そうなるでしょうね。あんなやつが地下に居るのに、無視して畑を耕すわけにもいかないでしょう。今まで何も無かったのが不思議なぐらいです」
「言われてみればそうだね」
リックは首を捻った。あのサイズの魔物が突然生まれるというのも変な話だし、どこか遠くからやってきたのか、それとも、今まではたまたま地下深くに居たのか。
突然、土を削る大きな音が辺りに響いた。冒険者たちは、はっとして立ち上がる。
横道の入り口まで戻ると、巨大ミミズが通路の奥へ移動していくところだった。やがて体全てが入り口の前を通り過ぎる。少し待ってから、ケビンが通路に出た。
「よし、急いで帰るぞ!」
彼の先導で、三人は走った。通路がどこでどう繋がっているのか、まだ全く把握していない。地上への出口に着く前に、また鉢合わせてはたまらない。
しばらくして、前方に地上へ続く穴が見えてきた。先頭に居たケビンが何かに気づいて、声をあげる。
「げっ」
何に気づいたのか、リックにもすぐに分かった。天井の穴から伸びたロープが、途中で千切れてしまっている。ロープの端は天井のすぐ下までしか無く、ジャンプしてもとても届きそうに無い。
切れたロープの残骸は地面に散らばっていた。巨大ミミズが通り過ぎたときにこうなったのだろう。穴の真下にたどり着いたところで、ジャメルは苦々しげに言った。
「しまった。これは考えていませんでしたね」
「どうする?」
「…よし、ケビン、肩に乗せてください。私が別のロープを結びましょう」
「了解」
荷物を下ろして身軽になってから、ジャメルは予備のロープを腕に巻きつけた。しゃがみこんだケビンの肩に、左足をかける。
「三つ数えたら立ってください。行きますよ、1、2、3!」
ジャメルが右足で地面を蹴るのと同時に、ケビンが立ち上がった。肩に乗ったジャメルの両足を、手で支える。
「届きました。ちょっと待ってくださいよ」
予備のロープの端を、ジャメルは元からあったロープに結び付けようとする。その様子をリックはそわそわしながら見ていた。いつ巨大ミミズが戻ってくるか、気が気でない。
「もう大丈夫です。離してください」
「おう」
ケビンが手を離すと、ジャメルはロープをするすると登っていく。やがて、地上まで到達した。
その後は簡単だった。まずロープを使って荷物を地上に上げ、最後にリックとケビンが登る。全員が地上にたどり着くと、三人は長いため息をついた。
タイミングを見計らったように、リックの目の前にティエルの姿がぱっと現れた。
「おはよー。ミミズは倒せた?」
大きく伸びをしたティエルが、そう尋ねてきた。リックは気の抜けた笑みを浮かべながら、ゆっくりと首を振る。ティエルは不思議そうに首を傾げた。
「帰りますか。村長に報告しなければいけませんね」
面倒そうに言うジャメルに、ケビンが突っ込みを入れる。
「ジャメルがしてくれるんだろ? そう言ってたじゃないか」
「…やっぱり覚えていましたか。仕方ないですね」
ジャメルは肩をすくめた。リックも覚えていたのだが、どうやら彼はごまかすつもりだったらしい。
荷物を身に着けながら、リックは穴のある方にちらりと目をやった。魔物を放置して帰るのは気が引けるが、仕方ない。自分たちにとっては、奴の退治は荷が重すぎる。別の冒険者が対処してくれることを祈りながら、帰路に着いた。
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