第2章 配達へ行こう!
配達へ行こう! (1)
品物 : 結界切断フルーツナイフ
おところ : 世界と世界の境界たる結界の前
お届け日時 : 冒険者一行が途方にくれた瞬間
配送方法 : お急ぎ便
「という訳で、『結界切断フルーツナイフ』、配達完了しました!!」
後輩、
どんな結界でも、たちどころに切断してみせる果物ナイフ。
それはもう果物ナイフじゃねぇだろと思うこと請け合いのチートアイテムを、異世界への結界を前にして困り果てていた冒険者の一団に無事届けたのだ。
そこに至るまで様々な困難があったが、俺のテクニカルな判断力と、ガジェットの適切な利用によって、問題なく配達は完了したのである。
「そんな事言って。先輩は逃げ回っていただけですよね?」
「うるさいな」
「姿を消すガジェットとか、他人に化けるガジェットとかを使って、テクニカルに逃げ回っていただけですよね」
「だからうるさいな」
「先輩、ガジェットの扱いは天才的に上手なのに。どうしてそんななんですか?」
呆れたように告げるコハネ。
しかし、今はそんな後輩からのディスりも気にならない。無事に配達を終えたという達成感で、俺の心の中は満ち溢れている。
俺達の所属する多元世界干渉通販会社『Otherwhere Zone』、通称『OZ』の業務によって配達した、この世ならざる力を秘めたチートアイテム。
そのチートアイテムを届けた時点で、俺達のするべきことは既に終わっている。
届けたチート果物ナイフによって、この世界がどうなるのか、とか、そもそも何を守る為の結界なのか、とか、そういった些事に興味はない。
今、俺の興味があるのはただ一つ。
この手の中にある、白い小箱だけなのだ!!
「……また何か貰って来たんですか。そういうのは止めた方が良いって言ってるじゃないですか」
「何だよ、やらんぞ」
こちらを覗き込んで来るコハネをけん制するように距離を取る。
いくら後輩といえど、邪魔はさせない。
そう、これは配達したお礼として、冒険者の一団から、俺が個人的に受け取ったものなのだ。あくまで個人的に、友好的に、だ。
「という訳で早速確認だ。いいか、邪魔するなよ。これは神聖な時間なんだからな」
「いくらで売れるかを確認するんですよね?」
「バカ野郎。神聖な時間だと言っているだろう、俺が、そんな即物的な価値観しか持っていないと思っているのか?」
「むしろ、それ以外に何かを持っていたら驚きなので教えて下さい」
コハネは相変わらず呆れた瞳でこちらをみているけれど、気にするものか。
小箱には、細かい意匠が彫り込まれており、間違いなく中身は宝石やアクセサリーといった高価な品に違いない。
売れば、さぞかし良い金になるだろう。
ああそうだ、必要なのはお金だ。
別に芸術的価値を欲している訳ではない。
必要なのは金だ。
俺には金が必要なのだ。
俺は、気持ちを落ち着ける為に一度深呼吸をしてから、そっと小箱の蓋を開ける。
そこには。
「……無い」
無い。
無い。
無い。
白い小箱の中には、何も無かった。
「いや、おかしいだろ!? 何で何も無いんだよ!?」
輝く宝石も、煌めくアクセサリーも、何だったら現ナマも。
何一つ入っていない。
逆さにして振ってみても、何も出て来ない。
「そ、そんな、どうして!?」
「あ、先輩終わりました? じゃあ、次行きますよ」
「コハネ! 大変だ! 何も入っていない!」
「はぁ? 何を言っているんですか……」
「ほ、ほら! これを見てみろよ!」
「ん? ちょっと失礼しますね、先輩……っと」
コハネは、小箱に手を伸ばすと、中から何かを取り出した。
蓋の裏に貼り付いていたらしいそれは、名刺ほどのサイズの紙片で。
「えっと、何か書いてありますね。夢現怪盗・プリズマ?」
「……はぁ!?」
慌ててコハネから奪い取った紙片には、怪盗の名前らしき『夢現怪盗プリズマ』と、怪盗を示すと思しきマーク。その下には、メッセージが書かれている。
『お宝は頂いた』
その一文だけ。
簡潔に、俺の宝を奪ったと、そう書かれていたのである。
「お、俺の宝が!!」
「いや、別に、先輩のものではないですよね……?」
「お、おのれ、俺の金を、俺の未来を奪いやがったな! 怪盗の野郎が……ッ!!」
「はいはい。じゃあ、そろそろ次の配達先へ行きましょうか」
「って、どうしてお前はそんなにドライなんだよ!」
「いやあの、先輩が勝手に貰ったものを、勝手に盗られただけなので、別にどうでもいいっていうか……」
「お前は何も分かっちゃいない!!」
「ひゃあ!!」
軽トラックの運転席に乗り込もうとするコハネに食って掛かる。
そう、これはまさに、俺に対しての挑戦……いや、問題は俺だけでは止まらない!
次元を股に掛ける通販会社『OZ』の配達員に対して盗みを働くということは、会社そのものに対して牙を剥いたのも同じと言うことになるのだ!
「その理屈、絶対におかしいですよね。ちょっとは落ち着いて下さいって」
「これが落ち着けるかよ! いつもお世話になっている立派な先輩が、怪盗の被害に遭ったというのに、お前は何も思わないのか!!」
「……まず立派な先輩ではないですし。何か瞬間的に立派さの片鱗の可能性を見せることがたまにありますけど、それ以外は基本的に駄目な先輩ですし」
「そうか。ならしょうがないな」
「おや、反論は?」
「特にない」
「悪口言われることに慣れ始めていますよこの先輩……!!」
慣れてしまったものは仕方がない。
ともかく、この悔しさをどうしたら良いのか。
おのれ怪盗め、今すぐに俺の前に現れやしないだろうか。
そうしたら、俺の思いの丈を物理攻撃でお届けしてやると言うのに!!
「その情熱、仕事の方に向ける気はないんですか?」
「はぁ? 何を言っているんだお前は」
「あ、本気で考えていないって顔ですよこの先輩。ほら、盗まれてしまったものは、しょうがないじゃないですか。今は次の仕事ですよ!!」
コハネは軽トラックの運転席で、カーナビを操作しながら、次の届け先の配達伝票を確認している。
一見して単なるカーナビにしか見えないが、その実態は、配達に関するあらゆるデータを搭載した、『OZ』特製の万能カーナビなのである。
とは言っても、俺は基本的にコハネに任せているので、あまり使ったことは無い。精々、最寄りの飲食店と金券ショップと古物商を探す時くらいだ。
「……あれ?」
と、そこでコハネが疑問の声を漏らした。
「何だ、どうした」
「いえその……先輩がしてやられた怪盗って、何て名前でしたっけ。怪盗二面相とか、そんな感じでしたっけ?」
「いや、夢現怪盗とかいうふざけた名前のやつだ」
「あの……その名前が、配達伝票に書いてあるんですが……」
「何ィ!?」
コハネの手の中から、配達伝票を奪い取って見れば。
そこには、次の届け先の詳細が記されている。
品物 : 堅牢鉄壁 アスガルズ
おところ : メトロポリリリズム美術館
お届け日時 : 秘宝『炎の女王』を盗みに夢現怪盗プリズマが現れる前に
配送方法 : お急ぎ便
「こ、こいつは……」
僥倖。
圧倒的僥倖。
何て、都合の良い展開なのだろうか。
早くも、かのにっくき怪盗に、リベンジのチャンスがやって来たというのか。
そうと分かれば、こんな所でウダウダしている暇はない。
「良し、コハネ。今すぐに向かうぞ!」
「え? どうしたんですか、何でいきなり勤労意欲に目覚めたんですか」
「何を言っているんだ。俺はいつも真面目に働いているぞ」
「というか、ぶっちゃけ私怨ですよね? あと金目当て」
「私怨だろうがなんだろうが、俺が珍しくも仕事をすると言っているんだ、何も文句を言われる筋合いはないだろ?」
「あ、開き直りましたね。それは確かにそうなんですけど」
「ほら、何をグズグズしているんだ! 行くぞ!」
「全く、普段からやる気に溢れていれば、少しは尊敬出来るのに」
なおも、ぶつぶつと不満そうに呟くコハネを急かして、出発させる。
怪盗だか何だか知らないが、こうして尻尾を掴んだ以上、逃げられるだなんて思わない方が良い。
俺の物に手を出したことが、ヤツの敗因だ。
「くくく、待っていろよ、怪盗何とかズマ!! 俺のものを盗んだことを、死ぬほど後悔させてやるからなァ!!」
「……やる気があるのは良いと思いますけど、ねー」
やる気に溢れた俺と、やる気のない後輩を乗せて。
軽トラックは、世界を駆ける。
◆ ◆ ◆
「着いたぞ!!」
「着きました、ね」
軽トラックで次元を越え、新たな世界へ到着する。
比較的文明レベルの高い世界。どうやら、俺達が普段暮らしている世界と、さほど変わらない文化を持っているようだ。
この世界にある『メトロポリリリズム美術館』が、今回の配達先だ。
早速、軽トラックから降りて、お届けする人物を探そうとしたのだけれど。
「超囲まれているな」
「超囲まれています、ね」
突き刺さる無数の視線。
軽トラックの周囲を十重二十重に包み込む、警備員らしき人員達。
要するに、凄くピンチっぽい。
軽トラックに乗っていきなり現れた俺達を警戒しているようだ。
どうやら、元々厳戒態勢だったところに、俺達が突然出て来てしまったらしい。
すぐに直接手出しをしてくることはないものの。
しかし周囲からは俺達に対して容赦のない言葉の嵐がぶつけられている。
『怪しい奴らだ!!』
『すぐに逮捕しろ!!』
『何だか得体の知れない車でやって来たぞ!!』
『妙な男女だ!!』
『どうしてくれよう』
『女の方はともかく』
『男の方はどう見ても犯罪者っぽいな!!』
『ああ、目つきが悪い!!』
『逮捕だ逮捕だ!』
『女の方はともかく!』
等々、どう考えても歓迎されているムードではない。
「つーか最後の方を言った奴はどいつだよ。しばくぞ」
「私はともかく、先輩はもう普通に不審者ですからね。目つきも悪いですし」
「お前も大して変わらないだろ」
「私はか弱い乙女ですし。むしろ保護されるべきキュートな天然記念物ですよ?」
「今すぐ絶滅させた方が良いような気もするが……」
学名・ニッポニアボウリョクとか、そういった種別の生物だろ、この後輩は。
だってすぐに殴りかかって来るし。
「全く、先輩は私に対して厳し過ぎるんですよ!」
「奇遇だな、俺も後輩が俺に対して厳し過ぎると思っていたところだ」
「いいでしょう。そんなに言うんでしたら、証明してあげますから」
「はぁ?」
不意に、コハネが決然とした表情を浮かべたかと思うと、そのまま軽トラックのドアを開けて、外に出てしまう。
瞬間的に、周囲の警戒網がざわついた。
「お、おいコハネ」
「大丈夫、見ていて下さいって」
コハネは手を大きく上に掲げる、いわゆる降参のジェスチャーをして、ゆっくりと包囲網の方に近づいて行く。
その意図が通じたのか、周囲の警戒レベルも幾分下がったかのように感じられる。
そんなコハネの動きに対応するように、包囲網の中から一人の人物が顔を見せた。
恰幅の良い身体に、ロングコートを着込んだ壮年の男性。
その表情は、岩か何かと見紛うばかりに厳めしい。
例えるならば、映画やドラマで見かける、偏屈な刑事といったところだろうか。
その刑事と、コハネが向かい合い、話を始める。
この場所から話を聞き取ることは出来ないが、手を挙げたままで何事か喋っているコハネに対して、刑事の方は大声で何かをまくし立てている。
対するコハネは、そんな大声に負けないよう、必死で訴えかけている。
俺達配達員は、どんな世界の配達先の人物とも会話が出来るよう、ガジェットの力で、自動的に言葉が翻訳されるようになっている。
ガジェット使用料はもちろん、俺の払いだ。
どうやらコハネは、自分達の立場を、必死に刑事に説明しようとしているらしい。
だが相手の刑事は、怒るばかり。その様子からして、コハネの言を信じずに、色々と罵詈雑言の類をぶつけているのだろう。
言葉が通じても、話が通じるかは別問題で。
しかし。
そんな話の通じない相手を前にしても、コハネはくじけない。
必死に訴えかけ、健気にも、耐え続け……。
「違いますってばッ!!」
いなかった。
急に叫んで、いきなりその責任者らしき刑事を殴り倒したのだから。
「って、何やってるんだお前は!?」
一気に緊張感が高まった包囲網。
それはそうだ、責任者と思しき刑事が思いっきり殴られたのだから。
しかしコハネは、そんな周囲の様子を気にすることなく、軽い足取りで軽トラックへと戻って来る。
反省の念は一切見られない。
「いやー、交渉失敗ですよ、先輩」
「いやいやいや、交渉なんてしていなかったよな!? 完全に暴力に訴えかけてただけだったよな!?」
「あんなにも誠実で正直な交渉を聞いてくれないなんて、さすがの私も我慢出来ませんでしたね。そんな人にはお仕置きですよ」
「今すぐお前にお仕置きしてやりたい気分だけどな俺は!!」
やっぱりこの後輩、おかしいよ。
人を簡単に殴ったらいけないって、学校で教わらなかったの?
実はゴリラから直接進化した生物だったりするのか?
基本選択肢が暴力って、それ人間社会で生きていけないタイプだろ。
そんな後輩の暴挙によって、周囲はすっかり警戒態勢。
完全にレッドゾーンといった感じだった。
こちらを遠巻きに眺めるだけだった警備員達も、今や拳銃のような武器をこちらに向けている始末。
もう、どう見ても、言葉で解決出来るような段階ではない。
「どうするんだよ、これ! まだ届け先の人間にも会っていないってのに!!」
「そんなに言うなら、先輩が交渉のお手本を見せて下さいよ」
「今出て行ったら撃たれるだろ」
「一発くらい平気じゃないんですか? 私は平気な気がします」
「お前と一緒にするなよ!!」
確かに、こいつなら拳銃で撃たれても何とかなりそうだが、俺はごく一般的な配達員なので、普通に撃たれて死にます。
ガジェットを使用していない配達員なんて、そんなものだ。
人は撃たれたら死ぬんだよ。
しかし、このまま軽トラックに立てこもっていても、何も解決しない。
この軽トラックなら、銃弾程度はまず通さないだろうが、チートアイテムを届けなければどうしようもないし。
何より、俺が怪盗からお宝を奪い返せない。
「……畜生。金は出来るだけ使いたくないんだけどな」
仕方がない。
ここは、先輩として、ビシッと決めてやろう。
制服に貼り付いているバッヂに念を込め。
そこに登録してある、5つのガジェットのうちの1つを呼び出す。
――強制友愛型ガジェット『アイフレン
そのガジェットの効果は、単純にして明快。
『対象に、自分が親友であると、認識させること』である。
人の精神面に影響を及ぼす、チートじみた力を持つそのガジェットの効果。
それは実に
「「「「……………………」」」」
一瞬にして、周囲を覆っていた敵意が、晴れた。
そう、この場に居る人間全てが、俺のことを親友と認識したのだ。
一緒に立ちションベンをするような仲の友人だったかのように、洗脳した。
複数人の意識を一気に改変するその様は、まさにガジェットの本領発揮だ。
とにかく、この場に、俺の敵はもういない。
それを確認して、ゆっくり軽トラックを降りる。
最早、誰も拳銃を向けるようなことはしない。
全員がにこやかな笑顔を浮かべて俺のことを待っている。
コハネのせいで、一悶着あったけれど。
これでようやく、怪盗退治の第一歩を踏み出したのだ。
つづく
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