第88話 渡したかったのは

「これね、あの日渡そうと思っていたプレゼントなんだけど」

吉澤が、カバンの中から取り出した、プレゼント用に包装された包みをぼくに見せた。

「一ヶ月以上、経っちゃったね」

彼女が申し訳なさそうに言った。いや、吉澤が悪いわけじゃないんだけど。


「航平くんけっこう落ち込んでたから、なかなか渡せなくって」

落ち込んでいた?ぼくが?そんなに?

自分ではよくわからなかったけれど、吉澤が言うならそうなのだろう。

「開けてもいい?」

と尋ねると、彼女が頷いたので、ぼくは包装紙を留めてあるテープに手をかけた。


包装紙を剥がすと出てきたのは、いくつかの書籍だった。

来年の、手帳?それから、資格取得とか、文字の踊る、本。

「ずっと家にいるのも暇かと思って。手帳はね、時間の管理ができるように」

なんだかあの日、どうしても航平くんに買ってあげたくなって。

「ありがとう」

ぼくが言うと、吉澤は心底びっくりしたような顔でこっちを見た。

「なんだよ、その顔は」

「いや、だって、絶対煙たがられると思って」

「まぁ正直、 そうなんだけど。でも、おれのこと考えててくれて、嬉しいよ」

吉澤はなにやら居心地が悪そうに身をよじった。

「航平くん、なんか、変わったね」

「変わった?そうかな」

「そうだよ。素直になったね」

素直になったと言われて、思わず吹いてしまった。

「大の大人に素直とか、いうもんじゃないでしょ」

「いやいや、大人だからこそ」

素直って、大事よ。そう言ってぼくを見る吉澤の目は優しかった。ああ、この人はきっと、子供が生まれたら、こういう目をして彼を育んでいくんだろうな。そういう風に感じた。


「じゃあね、ここ、私の休日」

手帳をぼくからもぎ取って、彼女が来月のページに何かマークを書き入れている。

「呼んでね、私のこと」

彼女はそう言ってぼくに手帳を返し、微笑んだ。



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