その45 魂の消滅
「なんであんたがそこに……」
操縦席であぐらをかいていたのは、“造物主”と呼ばれる少女であった。
「おっ、来たかね」
“造物主”は、寝ぼけ眼でひらひらと手を振っている。
「ギリギリセーフだったな。偉いぞ、まるで物語の主人公のようだ」
光久はその言葉を無視して、
「なんであんたが、……そこにいる」
もう一度訊ねる。
「なんで、と言われても。別に休みの日をどこで過ごしたっていいじゃないか」
休み? と、頭の中で疑問を唱えて、
――そういや今日は、
と、思い出した。
「あっ。ひょっとして君、全ての黒幕は“造物主”であるところの私であったぁー、……みたいな、なんかそーいうこと考えてる?」
素直に首肯する。
「それは違うぞ。もうぜんぜん違う。君なんか騙しても、ちっとも面白くない」
――それって、面白い場合は騙すこともあるってことか?
「それと、ひとつ忠告しとくぞ。あの魔衣とかいう”かんなり”には、二度と“瞬間移動”を頼まないことだ。君、土と融合しているところだったんだぞ」
「……助けてくれたのか?」
「アホ言え」
“造物主”は顔を背けた。
「私が“かんなり”に手出しすることはない。失敗することも含めて“試練”だからな」
「じゃあ、誰が」
「……ふん。お節介焼きが手を貸したようだ」
“造物主”は、吐き捨てるような口調で言う。
光久にはその“お節介焼き”が誰か、なんとなくわかる気がした。
――サンキュー、死に神のおっさん。
「だが、次はない。ヤツには厳しく言っておいたからな」
「なんだよ。意地悪だな」
不敵に言うと、一瞬、幼子の目に明確な殺意が宿る。
「神に減らず口をたたくのはあまり感心せんな。炎の蛇に喰わせるぞ」
「悪かったよ……」
光久は何気なく謝りながら、話題を変えた。
「それで、お休み中の“造物主”様は、何してるとこなんです?」
「君を待っておった。あるいは、美空らいかを」
「らいかを?」
「君が間に合わなかったら、世間話とかして引き延ばそうと思っておったのだ」
「……手出ししないのでは?」
「手出しはせん。ただ、口出しはする」
――相変わらず読めないヤツだな……。
「ちなみに、らいかはどこに?」
「さっきギリギリセーフだと言ったろ。すぐそこだ」
耳をすますと、どこか遠くで、がりがりがりがり、と、何かを削るような音がしている。
「シェルターの最下層から、ここまで掘ってきている。ものすごい勢いだ。”勇者”を利用して、新しい力を得たらしいな」
“造物主”が忌々しげに言った。
それと同時に、光久がいるちょうど反対側の壁が、轟音と共にひしゃげる。
続けて、どん、どん、という爆裂音。
制御室の壁を、滅茶苦茶に叩いているらしい。その様子はまるで、巨人が癇癪を起こしているかのようだ。
自然、光久は“造物主”を庇うように立つ。
壁の外で暴れる、らいかと推定される者は、もう一度だけ壁を叩いた後、ギィン! と、そこから一本の銀色の剣のようなものが生えてきた。
剣は、ものすごい力で操縦室の壁を引き裂き、ゆっくりと人一人通れるくらいの穴を形作っていく。
銀の剣は、よくよく見てみれば、鍵の形をしていた。
――あれが“心の鍵”ってやつだろうか。
あれを破壊すれば、美空らいかは、普通の女の子に戻る、と。
猫頭の男は、そう言っていたが。
「なあ、一つ、聞いていいか」
「なにか?」
「ここでらいかが死ぬと、――どうなる?」
「魂が消滅する」
“造物主”は、さも当然のように言う。
「君もうすうす気付いている通り、この世界における“死”は、厳密に“死”とは言わぬ。一度、肉体を離れた魂は、死者の門を通って、安息地を見いだす。そこで、終焉を待ち続けるのだ。――夢を見るようにな」
「ちなみにその、“魂の消滅”っていうのは……」
「当然、存在の消滅と同義である。その後、そいつのことは他者の記憶に語られるのみとなり、どこにもいけず、また、何を感じることもない」
「そうか……」
“造物主”の言葉は無感情だった。ルールブックを読み上げる、審判のように。
シビアな現実を突きつけられた気分である。
そしてそれは、――今から光久が向き合わなければならないことでもあった。
その時。
ぎぃいいいいいいいいいいいいいいい、と、耳をつんざく音が当たりに響き渡る。
制御室の壁を、無理にこじ開けようとしているようだ。
目を焼くような火花が散り、土煙が舞う。
一拍遅れて、昏く歪んだ形の穴から現れたのは。
埃にまみれたピンク髪の”魔女”。
「……けほっけほっ。……アァ、しんどかった」
美空らいかの登場だ。
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