魔人とドールの狂想曲

ななくさ

 

或る舞台女優の死因

0.ミスティ・ラディ、本日の死因

 ミスティ・ラディは魅惑の舞台女優である。

 流れるような金色の髪。宝石よりもなお煌くレッドの瞳。透き通るほど清らかな白をたたえるそのやわらかく繊細な肢体は、世の男性にとどまらず、女性さえも魅了した。

 その誰もをひと目で魅せ落とす美貌。

 洗練された立ち振る舞い。

 そして、年齢不詳のミステリアスな雰囲気。

 優雅に妖艶に、愛のセリフを紡ぐ彼女の、その手をとるのは一人の男。

 今日の演目は恋愛劇。複数の男を手玉に取る、悪女の物語だ。

 誰もが食い入るように集中する中、ひどく退屈そうに舞台を見ている少女がいる。

 もはや白といって差し支えないほどに色白の肌に、墨で繰り返し何度も染め上げたようなセミロングの髪。血の気もなければ生気さえ感じさせない風貌の、まだ十五ほどの娘。

 白地に黒で模様を描いただけの、丈の短いワンピースがよく似合っていた。


 ――えぇ、実につまらない話です。


 手を膝の上でそろえ、微動だにせず彼女は心の中で呟いた。食い入るのでもなく、しかし完全に無視しているわけでもない。一応は、その舞台の内容を頭の中に入れてはいたのだ。

 淡々としているのは、他の客と違った理由でそこにいるからである。

 彼女が見つめる先で広がる物語は、終盤も終盤。

 ついに、見せ場のシーンに差し掛かった。

 悪行の限りを尽くした彼女に、一人の男が刃物を手に詰め寄る場面。逃げる彼女を男は追いかけて、そしてナイフで、何度も何度も繰り返し刺した。

 まるで本物と見紛う体液が舞台の上に飛び散り、よくできたセットを赤く染める。やがて男は自らの首を掻き切って、やや色の悪い体液を撒き散らしながら彼女の隣へと崩れ落ちた。

 観客の拍手は、いつまでも劇場の中に響き渡っていた。

 そんな中でさえも、あの少女だけは。


 ――ベタですね。うっかり起動停止しそうです。


 と、心の中でいいながら、ぴくりとも動きはしなかった。



   ■  □  ■



「こんにちは、お嬢さん」

 人々が嬉しそうに劇場を出て行く中、未だに席を立たない彼女の前に立つ一人の男。

 しばらく眺めて、それが先ほど女優を刺し殺した男だと気づく。

 正確には刺し殺す役を演じた俳優、だが。

「あなたには少し難しい話でしたかな」

 男の言葉に、少女は「そうかもしれません」と答えた。

 彼女はゆっくりを立ち上がると、男に向かって軽く頭を下げる。


「それでは失礼します、そろそろ出発しないといけないので」

「君は旅人さんだったのかな?」

「いいえ――我が主が知人を訪ねたいと申しまして、その付き添いに。演劇もよい経験になるだろうから見ておいでと。幸いにも、入場チケットを、そう、知人に譲っていただけたので」


 それでは、と背を向け去っていく少女。

 彼女の背中に向かって、男が言った。

「またこの町に来てください。ミスティ・ラディは、いつでもここにいますよ。その頃にはもっと魅力にあふれた、すばらしい女優になっているでしょうから」

 その言葉に少女は足を止めて、わずかに振り返って答えた。


「――そうですね」

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