第11貸 レンタル魔法の検証報告会
「さて、いい加減落ち着いたかしら?」
「いや、私は……」
「落ち着いたかしら?」
「な、なんで僕まで……」
「落・ち・着・い・た・わよね?」
「「………」」
「落ち着いたのなら“はい”と言いなさい!もし落ち着いていなくても“はい”と返事しなさい!」
「「は、はい……」」
「よし。それじゃあ全員落ち着いたようだから、本題に移りましょうか」
神殿奥部のレベルアップの間。
備え付けのテーブルの上に仁王立ちして、床で正座をする犬頭族と鳥人族を見下ろす赤髪の人族の少女。
最初、悪魔か魔人かと思う程の怒気を含んだ表情は、正座する2人が素直に答えたのを見て、柔和な笑顔に変わる。
同時に部屋を満たしていた冷やかな緊迫した空気は消え去り、温かさを取り戻す。
「えっと、それでレンタルの魔法の……って何やってるの、2人とも?椅子に座れば良いじゃない?」
ふわりとテーブルから飛び降り、椅子に座ろうとする赤髪の少女・セフィーが床に正座していた2人にそう言うと、鳥人族の青年・ラースは様子を窺うように、どこかぎこちなくゆっくりと立ち上がってから恐る恐る椅子に座り、その横では犬頭族の神官・シンプティが背筋を伸ばして敬礼した後、キビキビと動いて椅子へと座る。
2人が座った事に満足したセフィーは自らも椅子に腰掛ける。
ラースのレベルアップの件で、シンプティが愚痴を喚き散らし、セフィーが一喝してから一体何があったのか。
当事者である3人が揃って口を噤んでいるので、そこで起こった事は一切不明だ。
ただラースとシンプティの間では、セフィーだけは絶対に本気で怒らせてはいけないという共通認識が生まれるのだった。
(うぅ~、2人ともごめんなさいね)
椅子に座ったけれど、どこか余所余所しい感じになってしまったラースとシンプティを見て、セフィーは内心で2人に謝っていた。
どうやら思っていた以上に彼女の中には、今日までの不安と鬱憤が溜まっていたようで、それが大爆発を起こしてしまった訳なのだが、半分以上は八つ当たりだったのではないかと思う。
冷静になって思い返しても、正直、自分がどんな事を言って、どんな行動をしていたのかあまり記憶に残っていないが、目の前の2人の様子から考えて、とんでもない暴言を言っていた気がする。
しかし、2人には悪い事をしたとは思うが、これまでの数日の全てのストレスを吐き出したおかげか気分自体は軽くなっていた。
「え~っと、それじゃあ、レンタルについて今日までに分かった事を1つ1つ説明していくから、何かあったら意見して下さいね」
セフィーの言葉にラースとシンプティが勢い良く首を縦に振る。
この状況でまともに意見してくれるかは分からないが、素直に聞いてくれているのでこのまま進める事にする。
「まずレンタルの魔法の基本だけど、これはレンタル自体のレベル…さっきのレベルアップで9にまで上がったから、私自身のレベルを9レベル分まで1人の相手に貸し出す事が出来る。その代わりに私のレベルは貸し出した分だけ下がる事になる。そしてステータスはそのレベルに準じたものに変更される。レベルが下がるとステータスまで下がるのは、結構辛いけど、メリットが大きい分、それくらいのデメリットは無いと釣り合わないのかもね」
セフィーは自分の意見も混ぜつつレンタルの魔法について分かっている事を列挙していく。
「あ、そうそう。魔法の説明にわざわざ、効果時間と対象人数が明記してあるから、もしかしたらレベルが上がっていけば、時間や人数が増えるのかもしれないけど、これはレベルアップした都度、確認していけばいいと思う」
「うん、そうだ…そうですね。セフィー様がレベルアップをした際は私も確認させて頂きます」
シンプティはセフィーに対する態度だけでなく口調まで変わっていた。しかも名前も“様”付けになっている。
犬頭族は信仰心が強く従順で敬謙な種族である。
先程の一件でセフィーに何かしら神懸かった何かを感じたのかもしれない。
「それからレベルを貸した相手の経験値の一部が手に入るんだけど、これは貸した分で取得経験値の割合が変わるのは分かるんだけど、まだ良く分かっていないし、暫くは続けるつもり」
「確か、最初に僕に1レベル分貸した時は2%くらいで、2レベル貸した時は3%。3レベルで8%くらいの差だったよね」
ラースが補足してくれる。
探索前と後で2人の冒険者カードの経験値にどれ程の差が出るかで検証をしているが、経験値はモンスターとの戦いで得られる分と、自身が経験して得られる分が存在する為、この差にレンタルの効果がどれ程及んでいるかは今の所分からない。
同じレベルを貸しても取得経験値に差が出たりしているので、検証を続けていったとしても正確な割合が判明するとは限らないが、毎日のように記録していけば、ある程度の割合は導き出せるだろう。
途方も無い時間を要するだろうが。
「貸した相手からレベルを返して貰う事でその経験値を得られるんだけど、それは経験値という数値だけじゃなくて、本当にその人が経験した事が得られるんだよね。分かりやすい所で言うと、これかな?」
そう言うとセフィーは冒険者カードを出し、職業の欄を2人に見せる。
その欄には《魔法刀剣士》と書かれてある。
「確か、セフィーさんの職業って魔法戦士じゃなかった?」
「正確に言いますと初めて私がセフィー様のレベルアップ作業をさせて頂いた以前は、魔法戦士見習いでした」
「うん。多分、刀剣士であるラースさんにレベルを貸してるから、そうなったんじゃないかって思ってる。技能の方にも刀剣士の素質っていうのが追加されてるし。後、シンプティさん。なんか調子が狂うので今まで通りの口調で話して下さいよ」
「いえいえ、滅相もございません。そもそもセフィー様に先程まで無礼な暴言の数々を口走っていたこの口を恨めしく思っています」
どうやら口調を戻す気は無いようなので、仕方が無くそのまま進める。
「後、ラースさんの経験値を得てるから速さのステータスにも補正が掛かっているんじゃないかな?レベル10で大幅に上昇したから、何となく分かりづらいけど」
「それならば今、ラースくんに1レベル貸して、9レベルに戻してみてはいかがでしょう?もし元々のステータスに補正が掛かっているならば、それで分かるはずです」
シンプティの言う通り、基本値に補正が掛かっているならば、それで分かるはずだし、もしレベル上昇時のステータスに補正が掛かっているならば、ステータスは変動していないはずなので、どちらにしても判明する部分があるのは大きい。
「うん、そうだね。試してみようか」
どうせ試しなので、ついでに9レベル分を一気に貸し出してしまおうと考える。
もし基本値に補正が掛かっているならば、ユリイースから経験値を得た際の補正も分かるかもしれないと思ったからだ。
もし補正が付いていた場合、ラースの分とユリイースの分の割合がどれくらいなのかは分からないが、それは次にレベル9に戻して確認をすれば自然と分かるはずだ。
「それじゃあ、ラースさん、試しますね。あ、今回は全レベルを一気に貸し出します。私のレベル1のステータスはオール1だったから、その方が分かりやすいと思いますので」
そう言ってセフィーはラースの手を取り、9レベル分を渡す。
これまで一気に貸し出したのは3レベルまで。
その時はあまり感じなかったが、今回は力が一気に抜ける感覚を感じる。
体力や魔力をはじめとした全ステータスが一気に下がった事が冒険者カードを見るまでも無く実感で分かる。
対称的にラースの方はレベルがほぼ倍になった為か、驚いた様子で自身の手を見つめ、握ったり開いたりして溢れる力を感じている様子だ。
それを横目にセフィーは自身の冒険者カードに視線を落とす。
レベルは当然のように1になっている。
表示を下にずらしながらステータスの項目を探す。
冒険者カードに表示されるステータスは体力と魔力以外には4つの項目で表される。
腕力、速力、耐久力、精神力の4つだ。
人の全能力がこの4つだけで出来ている訳ではないだろうが、最低限この4つが分かれば、おおよそその人の能力を理解出来ると、冒険者カードという魔法装置を生み出した人物は思ったのだろう。
どうせなら運とか賢さとか自分では分かりにくいものを数値化出来るようにして欲しかったと思うセフィーだが、そんな事を言った所で機能が追加される訳でも無い。
改めて自身のステータスを確認する。
《体力:30 魔力:3 腕力:6 速力:4 耐久力:2 精神力:1》
体力は確か20だったはずなので、それも上がっている事に少し驚く。
これまでレベルを貸した2人の人物がどちらも前衛だった為か、腕力の伸びが異常だったし、当然と言うべきか魔力と精神力は増えていなかった。
恐らく魔術師にレベルを貸したら、その辺りに補正が掛かるのだろう。
「どうやら基本値に補正が掛かるみたいです。体力まで補正の対象になっているのは予想外でしたけど、この能力値だと、レベル1なのに普通にレベル3の戦士と言われても信じるでしょうね。もしこの補正が何度も付くとしたら……」
ステータス補正が無限に付与されるのかはまだ検証の余地があるが、もしそうならばレベル1でも十分に戦える能力が得られる事になる。
そして元々の基本値が高いという事は、同じレベルでも他の人より強いという事にも繋がる。
そうなれば先日妄想した世界最強も夢じゃ無くなるだろう。
それどころか、神にも匹敵する力を手に入れる可能性さえ出て来たのだ。
どうやらラースもシンプティも同様の感想を持っているのだろう。
口をあんぐりと開けて呆けてしまっている。
「あっ、でもまだレベルアップ毎に補正が掛かるとは決まってないし、これも検証項目に入れておきましょう。私からはこんな所かな」
セフィーがそう締め括る。
しかしここまで改めてレンタルの魔法について分かっている事、新しく判明した事を列挙してみたが、相変わらずとんでもない能力だと実感する。
メリットの割にデメリットが小さい。
補正の事を考えると殆ど無いと言っても過言ではない気もしてくる。
「あの~、セフィー様。1つ宜しいでしょうか?」
シンプティがおずおずと手を上げて発言を請う。
相変わらずさっきまでとは態度や言動が違い過ぎて、調子が狂う。
「シンプティさん。お願いですからさっきと同じように普通にして下さいよ。なんか気味が悪いですし、なんかこう胸の奥がむず痒くなってくるんですよ」
「あ、あの…そのお願いというのは命令…でしょうか?」
その返答でセフィーは理解する。
今のシンプティは従順な奴隷、いやペットの様なものなのだ。
先の一件でセフィーにどんなものを感じたのかは分からないが、自分より上位、つまり主人と見做したのだろう。
上位存在である主人が下位の者に懇願する事など有り得ない。
王侯貴族を例にとれば分かりやすいかもしれない。
例えば貴族と奴隷が居たとする。
貴族は当然、どれに比べれば上位の存在となる。
だから貴族は奴隷に対して何か頼み事をする場合、お願いなど絶対にしない。それをやれと命令する。
当然、奴隷はその命令に逆らわないだろう。
逆らえばどうなるか、奴隷になった時に教育されているからだ。
つまり先のセフィーの怒りが身に染みて、逆らってはいけない存在だとシンプティの心の奥底に刻まれてしまったのだろう。
これは敬謙で従順な犬頭族だからこその弊害とも言える。
だからセフィーにはもう、こういう言い方しか無かった。
「シンプティさんに命じます。普段通りに振る舞い、普段通りに喋りなさい」
「はい、分かりま…うん、分かったよ。で、でもこういう口調だからって別にセフィー様を軽んじてるとか悪く思ってるとかじゃないんですからね!」
ようやくシンプティの口調は戻ったが“様”付けは変わらないままだった。
ただそれくらいならば許容範囲内だと思い、指摘する事はしない。
というか王族でも貴族でも無いたかが16歳の小娘である自分が年上に命令をするというのは、シンプティ自身が許しても、精神的にキツイものがある。
セフィーの性格的に人に命令するのは苦手なのだ。
「あ、それでシンプティさん。何を言おうとしたんですか?」
「ああ、うん。今、セフィー様ってレベル1の状態なんだよね?試しに今の状態でレベルアップ作業をしてみたいんだけど、どうだろう?」
やはりこの口調の方が違和感も感じず精神的に楽である。
「あっ、そっか。見た目上はレベル1だから、もしかすると少ない経験値でレベルアップが可能かもしれないって事か」
「うん、ラースくんの言う通り。確かまだ1000くらい経験値は残ってたはずだよね?」
セフィーにとってそれは盲点だった。
レベルアップに必要な経験値は人それぞれだが、低レベルの場合はレベルアップに必要な経験値は少なくて済む。
そうでなければ最弱モンスターのマウラットだけ狩り続けてレベルを上げるのに、何年掛かるか分かったものじゃない。
平均ではあるが経験値が500もあれば、レベル3からレベル4に上がるのに十分な経験値だったはずだ。
レベル1ならば、それよりもかなり少ないはずである。
「そうね。どうせやるのはタダだし、試してみる価値はありそうですね」
「「え?」」
セフィーの言葉にラースとシンプティの声がハモる。
そして2人は徐に椅子から立ち上がるとセフィーに背を向けて顔を付き合わせながらヒソヒソと小声で話し合いを始める。
男女としては成立はしなそうだが、男同士としてなら結構、相性は良いのかもしれない。
「もしかしてセフィーさん。気が付いてない…っというか知らない?」
「ほら、セフィー様ってレンタルのおかげで今はレベル10にまでなってるけど、確かまだ冒険者になって10日も経ってないはず……」
「というかシンプティさんが一番最初に担当したんですよね?」
「いや、だってあの時は経験値が1万を超えてたんだよ?驚いて説明どころじゃなかったんだよ」
「でもやっぱり説明不足はシンプティさんに非があると思いますよ。と言うわけで宜しくお願いしますね」
何かの相談が済んだのか、ラースはシンプティの背中を押して、セフィーの前まで押し出す。
「それで私が何を知らないんですか?」
「えっと…セフィー様……怒らないで聞いてよね」
未だ先の件が尾を引いているようで、そう前置きするシンプティの顔は強張っている。
わざわざそう前置きすると言う事は、セフィーを怒らせるようなものなのだろうが、流石に一度大爆発を起こして完全に沈静化した後なので、それほど沸点は低くないはずである。
だからセフィーはその内容を聞かぬまま、怒らないと明言する。
「え~、説明不足というか説明し忘れたというか…その……し、神殿も慈善事業でやっているわけでは無いので、人件費とか運営費とか色々必要になってくるわけですよ。地上であればレベルアップ作業後に御布施という形で貰うんですが、このセブンスヘブンでは冒険者カードにポイントとして入っていますから、作業時に自動的に引かれるようになっていて……あ、でももしレベルアップしなかった場合は手数料以外は取らない仕組みになってるから安心して」
なんてことは無い。
つまりレベルアップ作業をして欲しければ金を払えと言う事だ。
レベルアップしなければ手数料のみしか支払わないで良いのは良心的ではあると思う。
確かに知らなかったが、この程度で怒ったりはしない。
「そっか。つまり私がタダで出来ると思ったから2人とも驚いたわけね。あはははっ、確かに初めて知った事実だけど、大した金額じゃないんでしょ?そんなのでいちいち怒らないって」
初めてシンプティにレベルを上げて貰った時に、どれ程ポイントが引き落とされたかは確認して無かったので分からないが、冒険者支援協会から支援されたポイントで1泊分と、ある程度の日用品を購入出来たのだから大したポイントを消費するわけではないのだろう。
レベルも上がり、探索も順調。今ならばそれなりに稼げているのでその程度なら大したことは無い。
そういえば先程もレベルを上げたわけだからいくらか差し引かれているはずだ。
そう思い、セフィーは冒険者カードを確認してみる。
神殿に来る直前に冒険者支援協会で今日の分の報酬を受け取り確認しているので、ポイントはしっかりと覚えていた。
なのでセフィーは目を疑ってしまう。
現在ポイントが約半分になっていたからだ。
「え?なんでこんなに減ってるの?最初の時は全然減らされなかったのに……」
「最初はなかなか稼げないだろうから、初めて神殿を利用する人だけは免除されてるんだよ。それ以降は現在のレベル×100ポイントが必要になるんだ。レベルが上昇しなかった場合は必要ポイントの5%が引き落とされるようになっている。セフィー様の場合はさっきレベルが上がった際に900ポイントが引き落とされているはずだよ」
言われて計算してみれば確かにセフィーの冒険者カードからは丁度900ポイント引かれている。
明日にでも回復魔法の一般魔導書を買いにでも行こうと思っていたのに、これではポイントが少し足りない。
「つまりもし仮に今の状態で試してみてレベルが上がった場合は100ポイント、上がらなくても5ポイントは引き落とされるという訳なんだけど、分かったかな?」
「う、うん、それは分かりました。900も引かれててちょっとビックリしちゃっただけだから大丈夫。ただどうせならレベルアップする前に教えて欲しかったかな。この費用も現在のレベルを基準にしているみたいだから、今みたいにレベルを下げた状態でレベルアップ作業をした場合、その費用がどうなるか検証出来たのに」
「し、しょうがないじゃないか。セフィー様がレベル1にしたから思いついた事なんだし……」
「あっ、でも今回試してみれば、もしかしてそれも一緒に分かるよね?レベルアップしなくても手数料は取られるんだし」
レベルアップしようがしまいが、ポイントは引き落とされる。
冒険者カードのレベルが基準となっていればレベルアップした場合は100、レベルが上がらない場合は5のポイントが消費されるはずである。
それにもし今回で分からなくても別に構わなかった。
検証しなければならない事はまだまだ多いし、補正についても次のレベルアップ時にしか確認出来ないのだから、これについても今すぐ分からなくても問題は無いのだ。
「時間も限られていますし、そろそろレベルアップ作業を試してみましょうか」
それまでシンプティに説明を丸投げして、後ろで控えていたラースが先を促す。
神殿には塔探索を終え、夕食を食べてから来ている。
その後、2人のレベルアップ作業をし、一悶着あり、それからようやくレンタルの検証結果の報告を行ったので、結構な時間が経過している。
そろそろお開きにしておかなければ、明日に差し支えるだろう。
「うん。そうだね。それじゃあ、シンプティさん。お願いします」
「うん、分かったよ」
セフィーはレベルアップ装置の端末に冒険者カードをセットして手を置く。
それに合わせてシンプティがレベルアップの詠唱を唱えるとセフィーの身体と端末が青い光を放つ。
しかし光は部屋を覆う事無く、一瞬輝いただけで収まってしまった。
「どうやら失敗のようだね。もしレベルが1だ見做されているとしたら経験値的には足りないという事は無いはずだし……」
「う~ん、やっぱりそうそう上手くは行かないって事よね。まぁ、元々から反則的な効果だし、これでレベルまで簡単に上げられたら、それこそ反則なんて言葉じゃ生温いもんね」
予想はしていた事だが、少しだけ期待していたのも事実だった。
「それでセフィーさん。ポイントの消費はどうなってます?レベルが上がらなかった時点でなんとなく予想は付くけれど」
ラースに促され、冒険者カードを確認。
右下に書かれてあるポイントは50ポイント減らされていた。
それはレベル10だった場合の手数料と同じ。
それが意味する所は、冒険者カードの見た目上はレベル1と表示され、ステータスも全てそれに引き摺られているにも関わらず、レベルアップの魔法装置は誤認せず、セフィーの本来のレベルをちゃんと判別したという事だ。
この部分だけ本来のレベルで判別するというのは何となく納得出来ないが、そういう仕組みである以上、納得するしかない。
「ズルが出来ないという事が分かっただけ成果だと思うとしよう。ただ経験値が足りないという事もあるかもしれないのでセフィー様がレベル11に上がれそう時にもう一度検証してみても良いかもしれないね」
まだ検証の余地はあるかもしれないが、今回を見る限り、次にやる時にはやっぱり駄目だったという事が分かるだけの様な気もする。
とはいえこれもデメリットという程では無いだろう。
「ところでここまでは私の見解なんだけど、実際にレベルを借りてるラースさんはどんな感じなの?」
これだけはセフィー自身では感じる事の出来ない部分だ。
「う~ん、どんな感じって言われてもレベルが上がって、その分、力が溢れてくるって感じ以外は今の所、特別に何かがあるようには思えないかな」
「私が持っている技能…例えば魔法が使えるような気がしたりとかはしない?」
「そういうのは特に感じないかなぁ」
シンプティが隣に居るのでレベル詐称がバレてしまわないように気を付けながらラースは自身の冒険者カードを眺める。
レベル上昇によるステータスの上昇はみられるが、技能欄にはラースがこれまで取得した技能しか表示されていない。
「経験値とレベルは厳密に言えば違うという仮説があるんだ。もしかするとそのせいじゃないかな。そもそもレベルは体内に内在する魔力の総量、経験値はその余剰だという説もあるんだ。ステータスに表示される魔力は、その表層部分でしか無いらしい。それにレベルアップっていう行為自体は経験値を魔力に再変換して体内に取り込む事だと言われているんだ。だから、レベルだけ貸すという事は、その魔力のみが貸し出されているという事になるのかもしれない」
シンプティの言う仮説は理に適っているように思える。
モンスターを倒した際に得られる経験値は、倒した魔物から出た魔力の残滓を吸収する事で得られるものだ。
つまり自身が持つ魔力以外の魔力が経験値になるという事だ。
いや今の仮説を正しいとするならば、魔力が“経験値”という名前の余剰魔力に変換されるという事になる。
そしてそれは逆も成り立つということではないだろうか。
自身の得た経験は“経験値”として表示される。
それはつまり、経験が余剰魔力に変換されているという事になる。
もしかするとレベルアップの際に青い光を放つのは、余剰魔力である“経験値”が純粋な魔力に再変換されている証なのかもしれない。
そして再変換された魔力が体内に取り込まれた瞬間に、そこに含まれている経験も体内に取り込まれる事となる。
レベルアップをしてから職業や技能が変化したので、経験を取り込む時期はその時でほぼ間違いは無いだろう。
だがレンタルでレベルを貸し出す際は、レベルアップ作業の時の様な青い光は発生しない。
つまりはレンタルで貸し出すレベルというのは魔力を指し、魔力そのものだけを受け渡ししているという可能性が高い。
魔力の総量を貸し出しているのだから、当然、貸した方は減った魔力分だけレベルが下がるし、借りた方はその分だけレベルが上昇する。
そして魔力総量によって能力値が決定するならば、ステータスが変動するのも当然だ。
更に言えば、魔力総量の変動でレベルというステータスに変化があったとしても、これまで経験した事が失われてしまった訳ではないので、冒険者カードには表示されていない累積経験値も変化している訳ではないはずだ。
累積経験値が一定値を越える毎に、レベルアップという余剰魔力の転換が行われるとすれば、レベル1まで下げてレベルアップ作業を行った所で、必要な経験値が減る訳でもないし、作業に必要な費用が下がる訳でも無い。
これならば色々な事に説明が付くし、納得も出来る。
その仮説を裏付ける事実は見つかっていないので現段階では想像でしか無い。
だがセフィーは学者でも研究者でも無いのでわざわざ実証実験をする必要も無い。
レンタルの魔法がどういう効果を与えるのか分かれば良いので、その原理や理論は分からなくても問題は無いのだ。
彼女の目標はレンタルの魔法の解明では無く、その力を最大限に利用して地上へと帰還を果たす事なのだ。
「うん。とりあえず、今の段階で分かる事はこれくらいよね。今後は検証の継続と新たに何か気が付いた事があったら、その時にまた、こうやって集合するって事でいいかな?」
セフィーが纏めるとラースとシンプティが頷く。
こうしてレンタル魔法検証報告会を終了となった。
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