3:黒猫Ⅸ
息を飲む。僅かに電灯で照らされただけで、すぐに普通じゃないと紗希は確信させられる。
並ぶ尖った牙。鋭く光る眼光。恐ろしく研ぎ澄まされた爪。その姿はまるで……恐竜だ。風貌はまさに、ティラノサウルスだった。ただし大きさは、実際の恐竜よりそれほど大きくない。それでも、紗希やギルも見上げる程はある。
そして、ボロボロではあるが、こちらの世界のものではない衣類を着ている。両手には大刀が二本、器用に握り締められていた。
「何だこいつ?」
ギルは紗希のように恐れはない。ただただ冷静だった。
「俺の名前はガロン。てめえこそ何だ? 泥棒猫にでも助けを求められたか?」
「ふざけるな。私は助けなど求めていない。それに、泥棒はお前たちの方でしょ」
身を低くし、既に戦闘態勢の黒猫は異議を申し立てた。
「あぁ、お前か。殺気を出しては消えてやがったのは。挑発の腕だけは認めてやる」
ようやく合点がいったと、ギルは岩のような巨躯を相手に睨みを利かせる。両手をズボンのポケットに入れ、余裕を見せていた。
「何のことか知らねぇが。気に入らねぇな。その上から見たてめえの態度は」
ガロンと名乗った恐竜は、紗希たちを見下ろす鋭い視線を、より一層鋭利なものへと変えた。
「……へぇ。気に入らないならどうする?」
笑みを浮かべながらギルは訊いた。それに扇動されてか、問われた方もまた、笑みを浮かべて応えた。
「斬り刻んでやるぜ」
無風だったこの場に、風が舞い起こる。両者が戦闘を始めたが故だった。
「……今のうちに」
「あ、あれ。どこ行くの?」
干渉せずに背を向ける黒猫に、紗希は声をかけた。
「私には関係ないことだから。お互い潰しあえば儲けもの」
そう言い放つ黒猫は本当に興味がないようで、戦況には見向きもしない。
「ガアアアァァアアァ!」
「…!?」
突如として響き渡るその大声は、ガロンと名乗った恐竜のものだった。同時に、紗希の目の前を何かが通り過ぎる。
金属音がして、それが地面に落ちたのだと分かる。
「……!」
どうやら、ガロンが手にしていた大刀の折れた刀身だったようだ。危なかっと紗希は冷や汗を流した。
「ハァ、ハァ……」
「どうした? もうおしまいか?」
意外にも早く勝負がつきそうだった。折れた大刀を手にする敵はボロボロだ。
「くそがぁっ!!」
口を大きく開いて叫ぶ。けど叫ぶためだけに開いたわけじゃなかった。妙な振動音がしたかと思うと、口から炎が燃えあがった。恐竜ではなく、ドラゴンかもしれない。標的とされたギルはまともに喰らい、止まることを知らず炎は勢いを増すばかりだ。
「ハハァ。どうだ。俺の炎の味は」
「ギルッ!」
得意気になって勝ち誇るガロン。燃え盛る炎を背に、すぐに紗希たちを見据えた。
「さぁ、返してもらおうか」
ジワリジワリと近付きながら言ってきた。黒猫はそれを軽くあしらった。
「返すわけないでしょ。それに、まだ終わってないみたいだしね」
「何……!?」
ガロンの背後で、メラメラと紅く燃え続ける炎。その中からギルが出てくる。ゆっくりと、熱がる素振りも全くなく。
「これが炎、だと? あんま笑わせんなよ」
乱れた髪を右手で押さえている。変化があるのはその乱れた髪と、身に付けている衣服が所々燃えたこと。火傷など損傷は一つもなかった。
「あ、う……」
さっきまでの殺伐とした雰囲気が、ガロンから一気に消え失せていた。
それもそのはずだった。気付けばギルの右腕は、低姿勢から突き上げるように、ガロンの左胸を正確に貫いていた。
「……!?」
決まったと思った。けれど、ガロンはその時残像に過ぎなかったようで、貫かれたガロンの姿は霧散した。
「誰だ? お前」
ギルの攻撃を避わしたのはガロン自身じゃなかったのか。ガロンよりは小さく、ギルと同程度の体長の恐竜が引き連れていた。
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