【23】宿営地からの使者
「インディラ様、ムサビ様!」
突然、隊列の前の方から、兵士の大声が聞こえてきた。
馬が
「どうした? 敵襲か!?」
「て、天空城宿営地より使者が参りましてございます! ですが、息も絶え絶えに!」
「なんと!?」
インディラとムサビがすぐさま、行軍の先頭へと駆けて行く。
「わたくしも参ります!」
近くにいた兵士に馬の手綱を任せると、
ロコアもすぐに、そのあとを追う。
事態を察した
隊列の先には、一人の兵士が地面に横たわっているようだ。
その横でインディラとムサビが
周囲を取り囲む兵士たちは、皆、うなだれていた。
どうやら、横たえられた兵士は、すでに息絶えた様子だ……。
「いかがですか、インディラ、ムサビ」
慌ただしく、雨巫女ウズハが駆けつける。
インディラとムサビが同時に振り返るが、ゆっくりと頭を横に振った。
2人はそっと立ち上がると、雨巫女ウズハにその場を譲る。
雨巫女ウズハは沈痛な面持ちで兵士の横に跪くと、腰の神楽鈴を手に取った。
目を閉じ、神楽鈴をシャンシャンと小さく振りながら、哀悼の言葉を紡ぎ出す。
「────清らかなりし聖なる泉に湧く水に、あまたの峠を越ゆる力を
汝、天空に赴きし時は、雨粒となって大地の乾き、心の闇を潤さん────」
誰もが皆、
晴矢とロコアもそれに習って、そっと胸に手を当てる。
やがてどこからか、ポツリ、と雫が落ちてきて、横たわる兵士の胸を小さく濡らした。
その雫はジワリと広がって、兵士の中へと染み込んでいった。
しばらくの沈黙の後、ゆっくりと雨巫女ウズハが腰を上げた。
「この者も連れて行きますか?」
「いえ、ここに埋葬して行くほうがよいでしょう」
「ならば埋葬を始めてくださりませ」
ムサビが顎をクイッと動かすと、兵士たちは押し黙ったまま、使者の遺体に手をかけた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「これを携えてきたそうじゃ」
ムサビが土埃まみれの書状を、雨巫女ウズハに差し出した。
「文字からすると、グリサリからでございますね」
「そのようじゃ」
雨巫女ウズハはそっと受け取ると、丁重に書状を広げた。
「『緊急にて、使いを出す次第にございます。
半月ほど前より、激しい炎天のため、天空城宿営地にて渇水が発生しております。加えて、皇都からの兵糧輸送が途絶え、厳しい状況となりつつあります。また、宿営地周辺にて怪しい人影の報告もございます。おそらく、魔人の手の者が迫っているのでしょう。
つきましては、修験場の水・兵糧・兵を宿営地に回して頂きたく。
事、急也と思う次第にございます。 グリサリ』」
手紙の内容に、その場がしんと静まり返る。
「……すでに、魔人軍が宿営地まで迫っておるか」
「宿営地の兵の逃げ場を失くし、水や兵糧が枯れるのを待っているのでござろう」
インディラの言葉に、雨巫女ウズハが真っ青になる。
「あそこには、巫女見習いのマヨリンとルナリンもおります。なんとしても助けねば」
「案ずるな雨巫女よ。少なくともこの書状を書いた折には、まだ囲まれておらなんだわけじゃ。整備隊のゴラクモもおる。宿営地の防衛がすぐに崩壊することなど、なかろうて」
「だが、押し寄せる魔人軍の数よっては、すでに宿営地は壊滅状態にあるやもしれぬ。それに、兵糧と水が足りておらぬでは……」
「これ、インディラ」
叱責するムサビを、インディラがキッとばかりに睨み上げる。
「最悪の事態は常に想定すべきでござろう?」
「ふん、手の打ちようのない事を考える必要もなかろうて。頭を使うべきは……」
「決して無駄ではござらん! 大惨事を目にしても動じぬ……」
「おやめくださりませ」
雨巫女ウズハの制止に、二人が押し黙る。
重苦しい雰囲気が、一同を包み込んだ。
「こういう時こそ、晴矢くんの出番ね。1人で先に行ってもらうのが、良いみたい」
「……え?」
ドキッとしてロコアを見ると、自信あり気な表情で晴矢を見上げていた。
つられるようにして晴矢を見上げる雨巫女ウズハも、何か思い当たるような表情だった。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。だって俺1人で……その、天空城がどこにあるかだって知らないしさ」
「大丈夫よ、晴矢くん。晴矢くんには飛翔力があるから、目的地まで真っ直ぐ飛べば、すぐにたどり着けるわ」
「そ、そうかもしれないけどさ……」
ドギマギするしか無い晴矢に、ロコアがニコリと微笑みかける。
そして自信あり気な眼差しを、雨巫女ウズハたちに投げかけた。
「ウズハさん、インディラさん、ムサビさん。ひとまず、ここで休憩にしましょう。兵士のみなさんも、この強い陽射しで疲れてるみたいだし。それから、わたしたちはちょっと、作戦会議を」
ロコアの言葉に、3人は力強く頷いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「天空城墜落場所はここ、我らは今、この辺りじゃろう。どんなに強行軍でも山裾を下るにあと半日、平地を1日半じゃ。この一団ではそれが限界じゃろう」
地図を広げて、ムサビが現在位置と天空城宿営地を指し示す。
『巫女の修験場』は南東の山際、『天空城の宿営地』は南西の森の中にあった。
「じゃあ、使者の人が出たのは2日前ぐらいになるの?」
「うーむ、どうじゃろう。馬を飛ばせば半日と少しで来れるはずじゃが……問題は、どこで魔人の手の者に襲われたか、じゃろうな」
「グリサリさんが手紙を書いた時には、まだ包囲はされていないはずだから……もし、攻撃を受けているとしても、長くて丸1日ほどでしょうね」
「うむ、妥当じゃろう」
「持ちこたえられていると思う?」
「天空城には防護シールドもございます。それを維持するため、巫女師範グリサリに、巫女見習いのマヨリンとルナリンもおりますゆえ」
「その防護シールドが保っていれば、大丈夫ってことね?」
「はい。……今は信じましょう。グリサリたちが、天空城で耐え忍んでいることを」
「御意」
「それしかなかろう」
3人頷き合うと、サッとばかりに晴矢を見上げる。
その視線は、期待に満ち満ちていた。
「事態が急を要することと、天空城が落ちている場所は分かったでしょ、晴矢くん?」
「ああ、まあね」
「そこで晴矢くんに、3つ、お願いしたいんだけど」
言いつつ、ロコアがピッとばかりに指を3本立てた。
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