◆最終章 魔人討伐大決戦

【65】決戦の朝


 ────翌朝。

 雲海の向こうから、太陽が顔を覗かせようかという時刻。


「くっそ眠いぜ。ったくなんだってんだ、こんな朝っぱらからよー」

「まあ、そう言うなって」

「朝は寝る時間だっての、バーカ。オレはお天道様にゃ縁がね~んだよ」


 肩に止まって愚痴をこぼすグスタフと共に、凪早なぎはや晴矢はれや皇都おうと防衛ラインに向けて飛翔していた。


 雨巫女あめみこウズハが呼び寄せた雨雲のもたらすシトシト雨。

 まだ朝日が昇りきっていないせいもあってか、あたりはほんのり薄暗い。

 行く手の地表には、篝火かがりびが夜空の星のように広がって、チラチラと瞬いていた。

 そしてそれらを覆い尽くすようにして、白い靄がかかっている。


 その光景に、晴矢は初めて皇都へやって来た時のことを思い返していた。

 あの時すでに、防衛ライン城壁から皇都城門前までギッシリと、各国の兵で埋め尽くされていたはずだ。


「────我が領土に栄光と繁栄を!」

「逆賊アフマドの首獲らば、終身の出世を保障しよう!」

「他国の軍勢に遅れを取るでないぞ! 敵は四方に有ると思え!」


 防衛ラインに近づくにつれ、隊列を整える掛け声や一致団結を促す怒声が耳に届き始める。

 上空からでも、一戦交える気満々といった様子が伺い知れた。


 魔人討伐軍として集められたはずの大軍勢。

 今はどうやら、天空城を迎え撃つ敵として、そこに陣を構えているようだ。


「みんな、やる気満々か」

「にしちゃあ、見張りの目は節穴か? 誰もオレたちに気づかねーじゃねーか」

「それでいいじゃん。好都合さ」


 晴矢は五方豊穣連合軍に悟られないように気を配りながら、防衛ラインの端へと旋回していく。


「ロコア、そろそろ映像送るよ?」

「『うん、お願い。いつでもいいよ』」


 防衛ラインの端に辿り着いた晴矢は、スマホを取り出した。

 そして防衛ライン城壁に沿って飛行しながら、敵部隊の映像をロコアに送り始める。


「『……靄がかかってハッキリ見えないけど……杜乃榎とのえの旗印が、真ん中に陣取ってるみたいね』」

「この靄って『疑心の靄』とかいうやつだよな?」

「『……赤い目の人たちもいる?』」

「それは、もうちょっと近づかないとわかんないな」

「行け、晴矢。特攻だ」

「マジか!? 飛んで火にいる夏の虫になったりしない?」

「問題ねえ。そうなりゃ万事解決だ」

「『やめなさい』」


 声を潜めて軽口を叩き合いながら、舐めるようにして大軍勢の上空をかすめていく。


「投石機が等間隔でちょいちょいちょい、と」

「オーガとギリメカラもいるな。人の合間合間から、腐臭もしやがる……地中に何か潜ませてやがるな。デカブツだ」

「そんなのわかるんだ?」

「見ようとしても無駄だ。神経という神経を研ぎ澄まし、心の眼で……」

「『晴矢くん、グスタフは超音波と嗅覚で、暗闇でもモンスターを判別できるから』」

「そうなのか! さすがロコアの使い魔だ!」

「うっせー、バーカ。ロコアも簡単にバラしてんじゃねーよ」


 ヘッドセットの向こうで、ロコアが苦笑する声が聴こえる。


「『二人とも、楽しそうなのはいいけど、油断はしないでね』」

「それなら心配ねえ、大丈夫だ。いざとなったらコイツを囮にしてオレはトンズラするからな」

「それは勘弁だな……」


 そんな調子で、防衛ラインに沿って五方豊穣連合軍の端から端まで移動する。

 大軍勢に気づかれた様子はない。

 魔人軍も入り交じっていたようだがこんなに楽に偵察できていいものだろうかと、さすがの晴矢も、何か引っ掛かるものを感じずにはいられなかった。


「なんだか呆気ないよな。何か隠してんのかな?」

「『……何かおかしいところでもあった?』」

「確信があるわけじゃないけど、上手く行き過ぎてる感じがするっていうのかな?」

「『そう……。ひとまず、目的は達成したから戻ってきて』」

「了解。しっかし、薄暗いし靄もかかってるしで、ちゃんと参考になるのかな?」

「『うん、大丈夫。こっちで動画データの解析処理するから』」

「へえ、そんなこともできるのか、天空城って?」

「『うん、こっそりバージョンアップしてみたら上手く行ったから。今は、アプリの使い回しも効くの』」

「なるほどね。ロコアはさすがだな~」

「『ミュリエルのアドバイス通りにしただけで、褒められるほどのことじゃないけど……』」


 ロコアの照れたようなボソボソ声を聞きながら、晴矢はふと、大軍勢の向こうに視線を向けた。


 雨に濡れる皇都。


 やはり白い靄に烟っている。

 明かりはまだ灯っていないようで、昨晩までのお祭り騒ぎが嘘のように深閑として佇んでいた。

 皇都中央やや奥に鎮座する大社も、白い靄の中に霞んでいる。


 魔人は必ず、あそこにいる────。

 思わずクッと、眉を引き締める。

 出会った時が最大のチャンスだ。

 ────その機を逃さず、鬼人を解放する。

 胸に秘めた強い決意に、晴矢の体中に、熱い何かが込み上げてくる。


「んじゃ、オレはちょっくら行ってくるとするか」

「『よろしくね、グスタフ』」

「任せろ」


 力強い言葉を残して、グスタフがシトシト雨の中へと羽ばたいた。

 ロコアの指示で、グスタフには皇都への潜入・偵察の任務を課したのだ。

 使い魔として、ロコアの目となり耳となるために。


「敵に見つからないよう、気をつけろよ」

「『だからテメーに心配されるほど、オレはグズでもドジでも間抜けでもねーっての。晴矢が平伏して感涙に咽ぶほどの諜報能力見せてやんよ。ありがたく思え』」


 ヘッドセットから聞こえるグスタフの声に苦笑しながら、晴矢は手早くスマホをポケットにしまい込む。


 そしてもう一度、皇都に視線を走らせると、ひとつ大きく頷いて、天空城へと進路を変えた────。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「ひと思いに、超虹雷砲スーパーグライキャノンでぶっ飛ばしてやったらどうです?」


 晴矢はれやが撮影してきた映像をモニタースクリーンで見返しながら、ゴラクモがニヤっと笑ってみせる。

 ロコアによる解析処理が施された映像には、魔人軍と連合軍が、入り混じるようにして陣を構えている様子がハッキリと見て取れた。


 今は、天空城操舵室で、合戦に向けた作戦軍議中だ。


「このような密集陣形に向けて超虹雷砲スーパーグライキャノンを放ったなら、我らの勝利は近いが、連合軍の大損害は免れぬじゃろうな」

「此度の戦は、勝てば良いだけのいくさではござらん。魔人の手より杜乃榎とのえを取り戻し、なおかつ周辺国との調和をも取り戻す戦いにござる」

「うむ、インディラの言う通り。連合軍に損害を与えるような真似はすべきではないだろう。首尾よく勝利に辿り着いたとしても、今後に遺恨を残しかねない」

「それがヤツらの狙いじゃろうて。連合軍と皇都おうとを盾にすれば、ワシらが超虹雷砲スーパーグライキャノンを使うのを躊躇するであろう、とな」

「フフッ、サウドの考えそうな見え透いた手だ」

「反面、連合軍はあの場より身動きが取れないとも言える」

「討って出る必要もない、ということにござろう。我らの兵糧は今まさに、兵たちがすべてを平らげている最中にござる……」

「天空城の超虹雷砲スーパーグライキャノンが使えない上、短期決戦已む無しとなると、オレらが捨て身の白兵戦を仕掛けてくるだろう、ってわけですね」

「そうなれば多勢に無勢! 如何にワシらが獅子奮迅の働きを見せ鼓舞しようとも、兵士たちの士気を保つのは容易ではあるまいて!」

「さらに皇都防衛ラインの城壁までござる。真正直に正面から挑むとあらば、弓矢と石礫の雨あられでござろう」

「無理無茶無謀な白兵戦は、ヤツらの手に落ちたも同然ってわけですか」

「うむ。全てはサウドと父上の計画通り、ということだ」


 皇子アフマドの言葉に、操舵室がしんとなる。

 左舷と右舷の操舵席にそれぞれ控えるマヨリンとルナリンも、不安げな表情を浮かべていた。




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