第一章 漆黒の傭兵と伝説の秘宝
第一話 釣れた魚に正しい対価
「なに仏頂面してるんですか、グランさん」
案内された部屋の椅子に勝手に腰をおろすと、やたらに元気な声のエレムがおかしそうに声を掛けてきた。グランは不機嫌そうに行儀悪く足を組み、
「だって、俺達は念のための身代わりで、ただおとなしく馬車で西エゼラルまで行けばいいって話だったじゃねぇか。なんなんだよ、とっかえひっかえハエみたいに湧いてくるあの盗賊だとか泥棒だとか詐欺師だとか」
「しょうがないですよ、餌にしたのが『ラグランジュ』だったんですから。グランさんだって、『ラグランジュ』の噂くらい聞いたことがあるでしょう?」
「そりゃそうだけど、どんなに有名でも、誰も正体を知らないっていうんだろ?」
「手に入れれば、それこそ歴史に名を残すほどの成功が約束されるという話ですからね。手がかりが近くにあると思えば欲も出ますって」
「そんなもんか? しょうがねぇから相手にしてやるかと思えばえらい弱いのばっかりだしさ。あんなの相手に暴れても気晴らしにもならねぇよ」
「そんなこと言ったら可哀想ですよ、皆さんそれなりに一生懸命だったんですから」
げんなりした様子のグランを、エレムが苦笑いで諫めているうちに、部屋の外が騒がしくなった。自分たちが通されてきた廊下側ではなく、奥からまた別の部屋へ続く立派な扉が開かれる。青い豪華な上着を羽織り、おしゃれなひげを蓄えた恰幅のいい中年の男が一番に現れた。
「いや、エレム殿、グランバッシュ殿! 話には聞いていたが、期待以上のお手並み、お見事です!」
二人を見るなり、ひげの男は大げさに両手を広げて近寄ってきた。
割と情勢の安定した大陸北東地区の国々のなかでも、道楽者、洒落者として有名な西エゼラル領主のリルアンザ公だ。その後ろに、穏やかな笑顔の白い法衣姿の老人が、更にその後ろには、港からここまでの旅の間、二人を乗せる馬車の御者を務めていた若い男が続いている。
「道中の話は、そこのアラスから聞きました。いやいや、あの手この手で『宝物』を奪おうとする賊達を、来るそばから二人で返り討ちにしておられたとか。それも、護衛につけた兵士達にはほとんど出番がなかったと。かように優れた武人、エルディエルやサルツニアにもそうそうおらぬだろうと、今も噂しておったのです」
「あ、ありがとうございます……」
抱きつかんばかりの勢いで近寄ってくるリルアンザを見て、グランは露骨に嫌そうな顔でそっぽをむいた。椅子の横に立ったまま身をひくのが一瞬遅れたエレムは、がっしり両手を取られてしまい、精一杯社交的な笑顔を見せる。
最終目的地であるリルアンザ公の館に着いた二人は、学者とその側付きという服装から、普段の服装に戻っている。麦の穂のような柔らかな金髪に、人の良さそうな顔立ちにのエレムは、白を基調としたレマイナ神官の法衣姿だ。ただし、通常レマイナ神官の装備にはあまり見られない、大振りの剣を背中に背負っている。
グランは執事風の上下揃いの服から一転、黒い皮で補強された肩当てと胸当て程度の軽鎧、それに黒革のブーツに指先のない黒革のグローブを身につけていた。腰に帯(は)いた剣の鞘も黒。防具が黒を基調にしているのは、自身の持つ長い黒髪と黒い瞳に合わせたこだわりなのだろう。顔立ちだけはひどく整っているので、武術の稽古に行く若い貴族と名乗っても誰も疑問に思わないかも知れないが、彼の職業は傭兵だ。
二人に今回の依頼を持ちかけてきたのは、他ならぬレマイナ教会だった。
メロア大陸の主神である大地の女神レマイナは『地上にある全ての命の護り手』で、神官達はすべて医療術を身につけている。レマイナ教会は日々、新しい医療法の確立や薬の開発にも力を注いでいる。
そのレマイナ教会が、このメロア大陸内では特定の区域にしか生息しない希少な薬草と、ほぼ同じ効用の実をつける植物が、南大陸に存在するという情報を得て、これの入手に成功した。しかも、栽培が容易で、一度土地になじめば多少の寒暖の差にも堪えて繁殖するのだという。
しかし量産できるようになれば当然薬の値段は下がる。巨額の収入を得ている産出地域の貴族や商人達が、温かく見守ってくれるとは思えなかった。
それで、レマイナ教会は、ちょうど同じ時期に南大陸に滞在していた、リルアンザ公の調査隊を隠れ蓑にすることを思いついた。
なにをしたかといえば、「リルアンザ公の調査隊が、『ラグランジュ』に関する品物を発見して持ち帰って来たらしい」という噂を少しだけ流し、それらしく人を揃えて、薬草の搬入と同時期に『調査隊』を船から降ろしただけだ。
公式にはまったく発表していないのだが、噂が噂を呼び、隠れ蓑としての効果は絶大だった。
ただ、偽の調査隊にも護衛はつけるとしても、どうしてもある程度の危険は予測された。それに、言語学者を中心にした調査隊という設定なので、移動途中に外部の者と交流があった場合、学術的な知識がないとぼろが出てしまう。
この計画で、偽の調査隊員役、特に隊長役を演じる者には、信用できるのはもちろん、古代語や古代文献に関する知識をある程度持ち、危険にもそれなりに対処できる者を選ぶ必要があった。それで隊長役の候補に挙がったのが、エレムだったのだ。
リルアンザの後ろで、エレムと同じ、レマイナ神官の法衣を着た老人が、感服した様子で一歩前に出た。
「さすが、レマイナ教会でも高名なる法術師ラムウェジ殿よりの推薦。エレム殿は優秀な成績で神官学校を卒業されながらも、優れた武術家、剣術家であると聞きました」
「あ、でも、道中でほとんどの賊を撃退したのは、グランさんなので」
エレムは誉められすぎて居心地が悪い様子で、椅子に座ったままのグランに目を向ける。老人は心得顔で、
「それも承知しております。あの“緋の盗賊”エルラットが、グランバッシュ殿のことをこう語っていたそうですよ。『まるで風そのものが、黒い刃と化して吹き抜けたような強さだった、私は彼に敬意を表し“漆黒の刃”の名を贈りたい』と」
「そういう変な二つ名はいいから」
さすが自ら“緋の盗賊”などと名乗るだけはある。うんざりした顔で、グランは老人の言葉を遮った。
「さっさと報酬を支払ってくれないか? もう俺達の役目は終わったんだろ」
「これは失礼しました。もちろんお約束通り、一枚の銀貨も違えず用意しておりますよ。どうぞお確かめください」
老人の言葉にあわせ、御者役だった男が恭しく、持ってきた盆を二人の前に差し出した。盆の上に載せられた袋は小さいが、見るからにずっしりと硬貨が入っているのがわかる。
相手の信頼性にかかわらず、双方揃って中身を確かめるのは、契約完了のための形式として必要なことだ。が、エレムは袋に触りもせずに即答した。
「足りませんよ?」
「え? いや、そんなことはありません。教会の地区支部から私が運んできたのです。とにかく中を……」
「いえ、レマイナ教会からの報酬のことではありません」
エレムは人の好さそうな笑顔を、彼らのやりとりを機嫌良さそうに眺めていたリルアンザに向けた。つられて老人と、御者役だった青年も、中年の貴族に目を向ける。
全員の視線が自分に集まったのに気付いて、リルアンザは目をしばたたかせた。
「どうかしたのであるかな? 私は、レマイナ教会に依頼されて一芝居打っただけのことで、お二人の報酬に関しては無関係なのだが」
「今回の依頼の話とは、また別ですよ。確かこの一帯を騒がせていた“緋の盗賊”エルラットには、各方面から多額の懸賞金がかけられていて……」
そこで初めて、リルアンザはぎくりと表情をひきつらせた。面倒くさそうに話を聞いていたグランが、またかといった様子で溜息をついた。
「各国がお尋ね者として手配していた中でも、西エゼラル領主の掛けた懸賞金は桁違いだったんですよね? なんでも、苦労して手に入れた異国の珍しい品を、何度か“緋の盗賊”に横取りされて、腹に据えかねたとか。今回僕たちが”緋の盗賊”を取り押さえることができたのも、きっと教会への協力を惜しまれなかったリルアンザ公へ、レマイナからの祝福があったのでしょう」
「そ、そうでありますな、私も協力した甲斐があったというもので……」
「では、当然懸賞金は、僕たちに支払われて然るべきものですよね」
「……」
エレムは笑顔をまったく崩さない。リルアンザは引きつった笑顔のまま、助けを求めるように老人に視線を向けようとした。だがそれより先にエレムが、
「いえ、懸賞金を支払うのが惜しいというなら、それはそれでこちらも強く主張はしませんが。ただ、洒落者、豪儀と有名で人気の高いリルアンザ公が、仮にも自分で掛けた懸賞金を払い渋ったなどと世間に噂されでもしたら、多くの方ががっかりされるのではないかと思うのですが」
「お、惜しいなどととんでもない」
虚栄心を大いに刺激されたらしいリルアンザは、引きつった笑みのまま胸を張った。
「ただ、急なことで、全額をすぐに渡せる用意がないのだ。不足分を、換金できるような高価な品物で渡してもよいのだが、旅の生活をされているお二人に、荷物になるようなものを差し上げても困るだろうと思案を……」
「あ、いいですよそれで。ちょうど司祭様にもご同席いただいてますし、現物で頂く分は、かさばらないものだけいくらかいただきますから、残りはそのままレマイナ教会に渡してくだされば結構です」
さらっと言い切られ、リルアンザ公は今度こそ言葉を失った。今まで機嫌良くしていたのは、教会に協力して印象をよくした上に、懸賞金も払わなくて済むと思っていたかららしい。
それまであっけにとられていた老人が、感心したように笑みを見せた。
「さすが、そういう『しっかりした』所もラムウェジ殿の話通りだ。なんにしろ、懸賞金の支払いは、リルアンザ公が自ら世間に示した約束事ですからな。公が約束を必ず守る誠実なお方であると、世に知らしめるいい機会でもありましょう」
「はぁ……」
「ところで、グランバッシュ殿は今の話でよいのかな。“緋の盗賊”一味を取り押さえられたのは、お二人の働きがあってこそでしょう。懸賞金の半分は、当然あなたにも権利があるものです」
「どうせついでだ、好きなようにやってくれ」
すっかり飽きた様子で話を聞いていたグランが、投げやりに吐き捨てた。
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