第三十一話 逃走

 幸村ゆきむら佐助さすけは、厩舎きゅうしゃうまうばうと、深夜しんやのアズニア市街しがいを南へと走りける。

 南の街道かいどうへぬける城門じょうもんは、巨大きょだい木製もくせいとびらによって閉められていた。門の横の詰め所にいる門番もんばんが、椅子いすに座り居眠りをしているのがえる。

 二人ふたりは、馬の足音あしおとが響かぬように、下馬げばすると門へと静かに近づいて行った。

「佐助よ。この扉、門番に気づかれぬように開けたられるとおもうか?」

「わかりませんな。やってみんことには……」

「どうするかな……」

御館おやかたさま、ここは拙者せっしゃにおまかせを」

 佐助は足音を忍ばせ、門番に近づく。片手かたてで門番の口をおさえ、もう片手で背後はいごから右腕みぎうでをひねり上げた。

「アグッ……!!」

 眠っていた門番は、痛みに目を覚ました。険しい表情ひょうじょうで、目を見開く。佐助がう。

「門を開けろ」

「……」

 幸村が門番に近づくと、千子村正せんじむらまさをスラリと抜いた。月光げっこうを受けて、刀身とうしんがあざやかにかがやく。

「開けよ」

 幸村は、かたなの切っ先をその門番に突きつけると言った。ヒゲの剃りあとの青々とした口元くちもとに、濃い眉の門番は黒目がちなひとみで幸村を見る。佐助が門番の口を塞いだ手を離すと言う。

返事へんじは?」

「わかった!わかった!言う通りにする!命ばかりは助けてくれ、オレはしがない兵士へいしだ」

 佐助は、門番のびたけんり上げ、ひねり上げた門番の腕を離してやると言う。

はやく開けろ」

 門番の男は、手慣れた様子ようすかぎを開け、カンヌキを外すと扉を引く。重い木のきしむ音をたてて扉が開いた。

「開けたぞ……助けてくれ……たのむ」

 門番は、刀を突き付け鋭い視線しせんをおくる幸村に言った。佐助は二頭にとうの馬を引き連れて、幸村の元に来た。二人は素早すばやく馬に乗る。

 幸村が言う。

「用は済んだ。命まではとらん」

 佐助が門番に凄む。

「追ってくるなよ!くれば刀の錆にするぞ!」

 門番は、おずおずと言う。

「その片刃かたはの剣、あなたがジュギフぐん魔物まものを皆殺したという真田幸村さなだゆきむらさまか?」

(そう言われているのか)

 幸村は思いつつ応える。

「そうだ。すまなかったな。では、さらばだ」

 言うと幸村と佐助は馬を走らせた。


 門番の男は、ヒゲ剃り跡の青々とした口元をゆがめて笑う。

「ククク……ウェダリアへの遠征えんせいだというのに、こんな手柄てがらの立てようもない留守番るすばんをさせられて腐っておったが、このゲンさまにも運が向いてきたわい。幸村を捕られば、どれだけの恩賞おんしょうになることか!」

 ゲンと名乗なのった門番は、言いつつ手早てばややり、弓をつとさけぶ。

「門を破られたぞ!幸村たちがげた!」

 詰め所の奥に詰めていた兵たちが、次々つぎつぎきてきた。出てくると馬に乗る。

(味方は必要ひつようだが、手柄を奪われてはたまらんな!)

 ゲンは、先頭切って馬を走らせる。

「捕らえるぞ!殺してもかまわん!」

 起きて来た騎士きし一人ひとりが叫ぶと、幸村たちを追って馬にむちを入れた。


 佐助は、馬蹄ばていの音に後ろを振り返った。

「御館さま、追って来ましたぞ!あの青ヒゲめ!」

 幸村も振り返る。追って来たのはニ十騎ほどか。二人で戦うのは無理むりだ。

「逃げるぞ!」

 前を向けば、道が二手ふたてに分かれている。佐助が言う。

「左へ!左が旧街道きゅうかいどうです!」

 二人は旧街道へと馬を走らせる。追手おっての騎士たちもつづく。道幅みちはばは狭く、馬が二頭並んで走るのが精一杯せいいっぱいの道幅だ。

 距離きょりが詰まってきた。追手の馬のほうが脚が速い。徐々じょじょに騎士たちの姿が大きく見える。

「いかんな……」

 幸村は後ろを振り返ると言った。


 ゲンは、ニヤニヤと笑って弓に矢をつがえる。

「たのむぜぇ……当たってくれよぉ」

 弓を引き絞る。幸村の後ろを走る佐助を狙う。

「ははん!流鏑馬やぶさめでこの距離、当たるかよ!やれるもんならやってみろ!この青ヒゲが!」

 佐助は門番に向かって叫んだ。

「……それは、どうかな……っと!!」

 ゲンが矢をはなった。

─── ヒヒュン ンン!

 という風切かざきりり音が、佐助の耳元に明瞭めいりょうに響く。矢は佐助の顔の横を必殺ひっさつ速度そくどですり抜けていった。危ないところだった。

「オイオイオイオイ!アブねーじゃねーか、この青ヒゲ!さっき命は助けてやったろ!」

「知らんわ!おまえらみたいな美味びみしい奴ら、黙って見逃す兵士がいるかよ!」

 ゲンは次の矢を放つ。また佐助をかすめる。

「くそ!もう少し左か!」

「ヤメろ!この青ヒゲ!恩知らずが!」

 ゲンにつづいて追ってくる騎士たちも、次々と矢を放ち出した。

 幸村と佐助のまわりに矢が降り注ぐ。

「御館さま!マズイですな!これだけ撃たれると、当たるのも時間じかん問題もんだいですぞ!」

「オレは刀しか持ってないからな!刀じゃどうにもならん!何か手はないか!何かあるだろう、忍びの者なら!何かこういう時使える武器ぶきとか!道具どうぐとか!術とか!」

「え!?いや、そんなこと言われましても!何かあるかな!?」

 佐助は手綱片手に、才蔵さいぞうに渡された道具袋どうぐぶくろの中をさぐる。

「あー!あった!御館さま、地味じみですがいのありましたよ!」

「地味でも何でも良い!早く使え!」

「はっ!恩知らずの青ヒゲが!これでも喰らえ!」

 佐助は、袋の中から何やら取り出すと、地面じめんに次々とき出した。

「ああああぁぁ!!」

 追手の馬が次々と倒れ、兵たちも投げ出され悲鳴ひめいを上げて地にちた。

「あっ!撒菱まきびしか!卑怯ひきょうだぞ!!」

 地面に投げ出されたゲンが起き上がりながら叫んだ。

「卑怯なのはお前もいっしょだろうが!どうせ卑怯なら勝ちやがれ!」

 佐助は、馬を飛ばしながら叫んだ。

「御館さま、そうですよね!?」

「……そうだな。ミラナどのも待ってるし、今はまだ死ぬわけにもいかんしな。ここは道幅が狭く避けること横に避けることが出来できない。撒菱とは良い物を持っていたな」

「まぁ忍びの者は、備えが大事だいじです。こんなこともあろうかと持っておりました」

「うん……それならそれで、早く使ってくれ……」

 幸村は苦笑くしょうして言った。

 二人は旧街道を南へ。ウェダリアへと急いだ。


翌朝よくあさ───


「なんだか気になる。へんな感じがするのよ、そのはなし

 アズニア城にて、意志いしの強そうな目をした赤毛あかげの女は、城兵じょうへい報告ほうこくを受けると言った。

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