098 - hacker.isSandwiched();
犯人を見つけると言っても、どうするべきだろうか。個人的な心象では、限りなく第一皇子が怪しいと思っているのだが、こういう事に先入観は禁物だ。
「はてさて。今度はどんなマギが出てくるのかな? 楽しみだのう」
「お、お待ち下さい! このような下賤の者に任せるなど……」
皇王は呑気にニコニコと笑っていたが、第一皇子デベスから異議が出てきた途端に表情が反転し、ギロリと厳しい表情でデベス皇子を睨みつける。
「はて? 聞き間違いかな? 私の命を救った恩人に向かって、なにやら聞くに堪えない戯言が聴こえたきたようだが」
「い、いえ……それは……」
皇王の威容に青くなってデベス皇子は黙りこんでしまう。普段は威張り散らしている皇子も、どうやら父親相手には逆らえないらしい。
「愚息が失礼したな、シライシ殿。どうか気にせずに続けておくれ」
「は、はい……」
そう言われても非常にやりづらい。デベス皇子は黙りこんだままだが、こちらをすごい目つきで睨みつけてくるのだ。それだけでなく、ジャワール皇子と薔薇姫も期待を向けてくる。もはや無理だなんて絶対に言えない状況である。必死に頭を巡らせるしかない。
えーと、嘘発見器のマギはどうだろう? いやいや、どうしたって100%の精度は無理だ。それに嘘が嘘であると判定するためのサンプルが必要だ。さすがのマギでも人間の思考を読んだりする事はできないようだし。脳細胞が複製できない事と何か関係があるのかもしれない。
そもそも、主治医の証言が正しい事がわかれば十分なのだ。つまり重要なのは「娘が人質にとられている」という点が本当なのかどうかだ。
「えーと、主治医の……」
「はい……。ニムロと申します」
僕が呼びかけると、主治医の男性ニムロさんは顔を上げる。つい先ほどまで皇王の激励によって泣いていたため、目が真っ赤になっている。先ほどまでの態度とはうってかわって随分としおらしい。これも皇王の人徳のなせるわざという事だろうか。
「娘さんが人質にとられているとの事でしたが、どこにいるかはわかりますか?」
「いえ……それがさっぱりで……。娘のマリーダには一年前に会ったきりです」
「そうですか……」
仮に皇子が彼の娘を人質にとったとして、どこに置いておくだろうか。
城の中は少し近すぎる。ニムロさん自身が見つけだすかもしれないし、何かの拍子に他の皇族に露見するかもしれない。そうなれば人質の証言によってデベス皇子に容疑が掛かるのは避けられないだろう。他の兄弟ならともかく、皇王に知られればタダでは済まない。
かといって、あまり遠くに置いても人質の意味がない。電話マギサービスを使えば遠距離の連絡も可能だろうが、この国ではまだ提供していない。
目を閉じてコードを組み立てはじめる。脳内のスクリーンで開いたのは、先ほど皇王の体内から毒を見つけ出した『
このマギは範囲内で条件に合致する対象を探しだすというもので、『オブジェクトファイル』を利用して検索している。パソコン内からファイルを探しだすのと同じような仕組みだ。物体をファイルとして扱えるというのは、非常に利便性が高いと実感する。
そして面白いことに、このオブジェクトファイルというのは『物体』だけではなく『人間』についても存在している。ヒトもモノもオブジェクトの一種に変わりないという事だ。人間のファイルには、その人物の名前や生年月日、身長や体重といったデータが含まれていて、まさしく個人情報の塊といえる。
ここに来る前に自分の『ファイル』の内容を確認して、あまりの詳細さと正確さにひいてしまったが、一方でこのデータの項目に既視感を持っている事に気がついた。
どこで見たんだっけと思い返してポンと膝を打つ。シィと初めて会った時の『透明な壁』、その管理用と思われる画面で『壁の中に存在する人たち』の詳細なプロフィールが表示されていたのを思い出したのだ。恐らくあれは、彼らのオブジェクトファイルの内容を表示していたのだろう。
透明な壁のマギはシィの父親が創ったものだった。その秘密の一端が解明できて少し嬉しい。
ここまで詳細なデータを見られるファイルにも関わらず、他人のファイルも見放題になっている。他の人に試してもらったわけではないが、少なくとも僕が試した分ではボスやシィのファイルも開く事ができた。もちろん開けるのを確認しただけで、中身は誓って見ていないが。
普通こういう情報は、本人しか見られないように制限が掛かっているはずだ。または、他人のファイルを開く事ができる『権限』が必要なはずなのだ。そんな権限を付与された覚えはないのだが、誰の情報でも見放題だなんて、なんだか権限が広すぎるな。
そんな事をつらつらと考えながら、組み上がったコードを実行する。
検索対象は、人質になっているニムロさんの娘、マリーダ。
検索範囲は、この皇都すべて。
そして僕は、脳内のマップにポツンと輝く光点を見つけたのだった。
//----
事態はあっという間に進展した。
僕の言葉に従って、皇王が兵士達を派遣。皇都内のスラム街の一角にある屋敷で、無事にマリーダが発見された。ゴロツキ達が見張りに立っていたようだが、正規の兵士達が殺到した事で数人は逃走。残りは観念してお縄についた。
人質のマリーダ、そしてゴロツキ達の証言から第一皇子であるデベスによる犯行であると確定。主治医のニムロさんの証言もがぜん真実味を帯びて、デベスは皇王暗殺の容疑と誘拐監禁の罪で逮捕された。最後まで「俺は次期皇王だぞ!」と言いながら抵抗していたが、皇王は問答無用で逮捕を命じた。
第二皇子に引き続き、第一皇子の不祥事。さすがに関係者には緘口令が敷かれたが、人の口に戸は立てられない。しばらく城内は騒がしいままだろう。
「父さん……!」
「マリーダ! すまなかった……!」
抱き合いながら無事を喜び合う親子の感動の対面に、立ち会った僕達は惜しみない拍手を送る。主治医の娘であるマリーダは、まだ成人していないポニーテールの活発そうな女の子だった。ゴロツキ達による人質の扱いを心配したが、特に怪我や病気もなさそうで安心した。
「マリーダ。こちらの方が、お前を見つけ出してくれたのだ」
「え、そうなの? ……あ、あの。ありがとうございました!」
僕の元に挨拶にやってきた二人は、改めて僕に礼を告げてくる。大した事はしていない、と返すと父親のニムロさんが「陛下の難病を治した」だの「薔薇姫の危機を救った」だの、ペラペラと僕の事を大げさに娘に吹聴する。おかげで娘のマリーダの僕を見る目がキラキラと輝き始めた。
「あ、あの、ニムロさん。そのへんで……」
「あれは実に見事なマギで――む、そうですか?」
父親の講釈は止まったが、娘は一層と目を輝かせて僕に近づいてきた。
「シライシさんってスゴい方なんですねっ! あっ、バンペイさんってお呼びしてもいいですか……? そ、その、もしよければ、お礼を兼ねてごちそうさせてください! ぜひおうちに――」
マリーダは頬を染めながらグイグイと僕に近づいて迫ってくる。僕を見る目がキラキラしていると思ったが、むしろ今はギラギラと言った方がいいほどの勢いだ。
これはもしかして、世に言う『肉食系女子』というやつだろうか? 典型的な草食系男子である僕では、簡単に食べられてしまいそうだ。
危機感を感じ始めたところで、僕とマリーダさんの間に誰かが割り込む。腕に柔らかい感触を感じた。
「ふふ、バンペイさんが困っていらっしゃいますよ。その辺りにしてはいかがですか?」
「ば、薔薇ひ……皇女殿下。ま、まさかお二人は……そう。そういう事なんですねっ!」
僕の腕を抱くようにくっついている薔薇姫は、マリーダの言葉を否定せずにニコリと微笑む。僕は突然の出来事に完全に固まってしまった。マリーダは何かを勘違いしたまま、キャーキャーと騒いでいる。ボスに助けを求めたいところだが、彼女はちょうど席を外しているところだった。
「そ、その……皇女殿下、離していただけますか?」
「あら……そんな呼び方、よそよそしいです。マリアと……呼んでくださいませ」
薔薇姫は僕を上目遣いで見ながら頬を赤く染める。僕はウッと言葉に詰まってしまい、何も言い返す事ができない。薔薇姫はますます密着してきて、コテンと僕の肩の上に頭を載せる。
「バンペイさんのおかげで……私も、父も救われたのです。私……バンペイさんでしたら……」
薔薇姫が小声でつぶやいている内容が、聞きたくなくても聞こえてくる。マリーダはそんな薔薇姫の様子を見てさらにテンションを上げている。
ポン、と薔薇姫の反対の肩に手が置かれた。
誰の手なのか何となく予想がついて、ギギギ……と音が出るようなぎこちなさで振り返ると、そこには予想通りニッコリと笑うボスが立っていた。
「あ、あの……ボス。これは……」
「フフフ……バンペイ。わかっているさ」
「ボ、ボス……!」
よかった。信じてもらえた……!
「なにせ、相手は皇国一の美女と名高い薔薇姫様だからな。健全な男であるバンペイが鼻の下を伸ばしてしまうのも仕方ないだろう! ああ、わかっているさ!」
「ええっ!? 違いますから! 誤解ですから!」
「だがな……もう逃げるのはやめだ! 私は私らしく、真っ正面から戦うまでだ! だから、皇女殿下! バンペイは絶対に渡しません! バンペイは私のものだ!」
そう宣戦布告して、ボスは僕のもう片方の腕に抱きつくようにして薔薇姫を威嚇する。薔薇姫も薔薇姫でボスに不敵な笑みを浮かべて相対する。間に挟まれた僕は、もはや身動きがとれない。
「す、すごい……! 三角関係だわ! きゃー!」
マリーダのテンションはどんどん上昇して、もはやとどまるところを知らない。
どうしてこうなった。
空を仰いでも、見えるのは皇城の美麗な天井だけだった。
//----
「こちらが件の『本』が見つかった遺跡ですわ」
騒動の熱が冷めやらぬ中、僕達は接待役の薔薇姫の案内を受けて、本来の目的だった『本』こと『犬でもわかるオブジェクト指向』が見つかったという遺跡を訪れていた。ジャワール皇子はまだまだ後始末にかかりっきりだ。
薔薇姫は相変わらず僕に密着しており、反対側にはボスが密着するという状態が続いている。他の人が見たら『うらやまけしからん』なサンドイッチなのだろうが、もしそう思うなら代わってほしい。間に挟まれた僕は胃痛に悩まされているからだ。
「おにーちゃんとボスとお姫さま、とっても仲良しだね!」
一緒に来ているシィの無邪気な言葉が胸に突き刺さる。僕の中では相手は決まっているのだが、それをなかなか態度で示す事ができずにいるのだ。また、薔薇姫の攻勢が思ったよりも強い。
遺跡の外観は何の変哲もない洞窟だった。皇都から馬車で1時間ほどの場所に存在しており、街道から少し外れた目立たない場所にそれはあった。すぐ側には見張り用の小屋が建てられており、見張りの兵士達は薔薇姫の姿を見てカチンコチンに緊張している。その薔薇姫が密着する僕には針のむしろのような視線を感じるが。
洞窟の入り口の穴は人が4、5人並んで入っても問題ないほどに大きい。3人分の幅が必要な今の僕にはありがたいのか、ありがたくないのか微妙なところだ。
「洞窟ですね……。こんなところに、あの本があったんですか?」
「はい。発見されたのは……口で説明するよりも、見て頂いた方が早いですね。参りましょう」
そう言って薔薇姫は僕の腕をグイグイと引っ張る。僕は反対側のボスを気遣いながら、薔薇姫に連れられて洞窟の内部へと進んでいく。後ろにはシィとエクマ君が物珍しそうにキョロキョロと洞窟を見回しており、その二人を見守るように最後尾をバレットが追従してくる。
洞窟内部は湿気が強く、カビ臭い匂いが鼻をつく。マギで灯した明かりに照らされた壁は凹凸が大きいため、人工物ではなく天然に作られた洞窟であると思われた。
本当にこの洞窟の中で本が見つかったのだろうか? 本は多少黄ばんでいたものの、状態はそこまで悪くなかった。こんな湿気の多い環境に置いてあったら、すぐにカビが生えたり紙がゴワゴワになってしまいそうだ。
「本当にこのような場所に本があったのですか?」
僕と同じ疑問に至ったらしいボスが胡散臭そうな目で薔薇姫に問いかける。敬語ではあるものの慇懃無礼な態度だ。ボスらしくないが、どうやら薔薇姫を完全にライバル視しているらしい。薔薇姫は余裕の態度で対応するので、ボスが「ぐぬぬ」となる構図が何度となく展開されている。
「ええ。見て頂ければわかると思います」
「むむむ……」
薔薇姫はニコリと笑って答え、ボスは唸りながら黙りこむ。どうやらまたしても薔薇姫の優勢らしい。ちょっと子供っぽいところがボスらしくて、思わずニヤニヤしてしまう。
そのまま無言で数分歩くと、前方に何か銀色のものが見えてくる。近づいていけばいくほど、徐々にソレの姿が明らかになっていく。
「着きましたわ」
「これは……」
それは、非常に見覚えのあるものだった。
「むぅ……扉、か? だが、取っ手がないな」
「ねーねー、なにか数字が書いてあるよ?」
銀色の扉らしきもの、そしてその上に書かれた数字。
「レイルズさんの仰る通り、これは扉なのです。ここを押せば……」
扉の横についている三角形のボタンを薔薇姫が押すと、「ポーン」という音とともに銀色の扉が左右に開く。
「おお! 開いた! ……ん? な、なんだこの部屋は。狭すぎるぞ。物置か何かか?」
「いえ、違うのです。これは――」
僕は薔薇姫の言葉を引き継ぐように、ポツリとつぶやく。
「移動用の乗り物。これは……エレベータです、ね」
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