069 - hacker.make(sense);
ボスのゴーも出たので、停止してしまった治療マギサービスの対処に取り掛かることにした。
シスター・エイダに先導されながら、オフィスを出て王都の中央にある教会を目指す。パールも連れて来ている。猫の手でも借りたくなるほど忙しくなるのが予見されたからだ。
パールには教会でコンペが行われた事や治療マギサービスの再現を目指している事は話してあったが、まさか自分が実際の治療マギサービスに携わる事になるとは思っていなかったのだろう。マイペースな彼女には珍しく緊張しているように見える。
たどり着いた教会は、まるで戦場の様相だった。
黒いローブを身につけたシスターや神父達が走り回り、患者たちを懸命に看護しているのだ。
治療マギサービスがあるとはいえ、倒れて動けない患者や看護が必要な患者なども存在する。病気や怪我を治せると言ってもやはり限界はあり、寿命が近かったり、生まれつき手足が不自由だったりするのを治すことはできない。あくまでも「後天的な異常を正常に戻す」のが治療マギサービスの本質であり、寿命による衰弱や生まれつきの障害は治す事ができないのだ。
そういった極一部の患者のために教会内にはベッドも用意されているのだが、今はそのベッドが全て埋まっている状態だった。それどころか床に布を敷いて寝かされている患者もいる。症状も、軽い者から明らかに重い者まで様々だった。
まだマギサービスが停止して数時間だというのに、すでにここまで影響が出てきている。
うめき声をあげる患者たちを前にして、立ち尽くしてしまった。しかし、すぐに気を取り直してやるべき事をやるのだと力を入れなおす。隣で同じように顔を青ざめさせているパールの肩を叩き、再びシスターに先導されながら教会の深部を目指した。
「こちらの奥に治療マギサービスに使われるマギデバイスが設置されております」
何の変哲もない扉に見えたが、シスターが扉を開くと地下へと階段が続いている。治療マギサービスのマギデバイスは地下に安置されているようだ。奥からひんやりとした空気が流れてくる。
「マギスター社の方達や、教会のマギエンジニアの方達もこの下ですか?」
「ええ、そうです。恐らくまだマギデバイスの前にいるはずですわ」
「……わかりました」
ついにご対面、というわけだ。コンペで負けた事は悔しいが、その事でマギスター社の人達に何かわだかまりがあるわけではない。受け取り方なんて人それぞれだし、投票で決めたのだと言われれば仕方ないとあきらめもつく。
だが。気になる点があった。
まるでタイミングを測ったかのように起きた今回の事件。治療マギサービスの停止など、これまでの歴史でも前例のなかった事だ。それが突然、治療マギサービス刷新のコンペの数日後に起きた。どう考えてもあのコンペで勝ち残ったマギスター社が関係していると思うのは穿ちすぎだろうか?
恐らく調査していく段階でマギサービス停止の原因が判明するだろう。その時、マギスター社がどのような反応を見せるのか。それが気になっていた。
果たして鬼が出るか蛇が出るか。この世界なら、もしかしたら魔物かもしれないが。
一抹の不安をいだきながら、僕はパールを連れて階段を降りていった。
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「しかしですねぇ! ここはステークホルダーからコンセンサスをしっかりと取って、エビデンスの確保をしてからでないと、こちらとしてはコンプライアンスの面で不安があるんですよ!」
「は、はあ。しかし、早く直して頂かないと困るのですが……」
階段を降りた先の部屋からそんな聞き覚えのある声が聞こえてきて、僕は選択を誤った気がしてならなかった。まさか、あのプレゼンをした男性はマギエンジニアでもあったのだろうか。相変わらず理解困難な言葉の羅列に頭痛がしてくる。
ここは異世界なので、実際にしゃべっているのはダイナ王国の標準語である。しかし、僕の脳内翻訳のところどころに地球で『ビジネス用語』と呼ばれていた横文字が混じっているのだ。恐らく標準語とは少し違う毛色の言葉が、ニュアンスそのままで訳されているのだろう。
「コンセン……? コンプ……? 師匠、今のが何を言っているのかさっぱり理解できないんですけど、あれも技術用語なんでしょうか?」
後ろをついてきていたパールが不安そうに尋ねてくる。技術者としてはビジネス用語と技術用語を一緒にしないでほしいが、どちらも知らない人からすれば似たようなものかもしれない。日本のIT業界では、あの男性のように意味もなく横文字を多用する人も多かった。
ちなみに彼が言っている事を翻訳すると「ここは『顧客や取引先などの利害関係者』から『同意』をしっかりと取って、『書面で言質』の確保をしてからでないと、こちらとしては『法令遵守』の面で不安がある」という意味だ。要するに「俺は責任をとりたくない」と言っているのに等しい。
前職でああいう人達を相手にした経験もあったので、多少のビジネス用語は理解できるが、それがこんなところで役立つとは人生わからないものである。
パールに説明してやると、首をかしげていたが理解したようだった。
「さすが師匠です! 難しい言葉もよくご存知なんですねっ!」
黒縁メガネの奥の目をキラキラと輝かせるパール。そんな事で褒められても、まったく嬉しくない。
「皆様、お待たせいたしました。無理をいってマギシード社のバンペイ=シライシさんにお越しいただきましたよ。先日の陛下の演説で、『マギハッカーの再来』と認められたほどのお方です」
宗教の世界でも王様の威光とマギハッカーの称号は通用するらしい。シスター・エイダの口上を聞いて、その場にいた教会関係者の目が希望で明るくなる。しかしそれを気に食わない人物もいた。
「はぁ? 実にナンセンスですね。我々がいるのに、なぜわざわざ
そう異議を唱えたのは、コンペの時にマギスター社のプレゼンをしていた痩身で長身の男性だ。キリッと黒髪をオールバックにして、細身のメガネをかけている。なかなかの美形であり、見た目はいかにも「デキるサラリーマン」といった雰囲気を醸し出している。
近くでよく見ると、耳がとがっているのがわかった。どうやらエルフ族だったらしい。もしかして、彼の使うビジネス用語はエルフ族の間で使われる言語なのだろうか。
「あらあら。しかしですねぇ、あなた方は一向に動こうとしないではないですか。私が出て行く前からずっと、先ほどのように意味不明な事を仰ってばかりで……」
「だから、何度も申し上げている通り、我々は
キリッという効果音がしそうな顔で決め台詞を口にした男性だったが、哀しいかな相手には全く伝わっていない。彼の話を聞いた教会関係者達は困惑を深めるばかりだった。どうやらこの調子でずっと話が噛み合わずにいたらしい。
僕は溜息をついて、渋々、本当に渋々、男性が話している内容を翻訳してあげる事にした。こんな事をしている場合ではないというのに。しかし、筋を通さずに無理矢理押し通るわけにもいかない。
「シスター。彼は、上司や教会側の責任者にきちんと確認をとってからでないと、法的に問題がでる可能性があるため、マギシステムに手を入れる事はできない、と言っているんです」
「まぁ! 驚きました、シライシさんはこちらの方の仰っている事がおわかりになるんですね?」
「ええ……非常に、遺憾ながら……」
「
HAHAHAと英字で書かれそうな笑い声をあげて、僕の背中をバシバシと叩くエルフ族の男性。やめてくれ、僕を同属とみなさないでくれ。ああ、周りの人の目が「ああ、こいつも同類か」という生暖かい目に変わっていく。
あ、パールだけは相変わらずキラキラとした目で見てくる。きっと勘違いしていて「技術者同士の専門用語でのカッコいいやり取り」とでも思っているのだろう。
「ですが、責任者と言いましても、この場の責任者は私という事になるのでしょうか?」
「いえ、恐らく彼が言っているのは、『マギサービス取扱責任者』の事だと思います。法に触れる可能性があるとしたら、その辺りになるでしょうから」
「マギサービス取扱責任者……確か、登録所に登録する時の届け出に書かれているものでしたね。我々の治療マギサービスの登録主体はリンター教ですから……」
「はい。団体のトップ、つまりリンター教の教皇という事に……」
「やはりそうですか……。教皇は本日は外遊のために王都にいらっしゃらないのです。シライシさんのお作りになった電話マギサービスも登録されていなかったかと……」
「え、えーと、確か代理人が一人指定できたはずですが」
僕達の会社では、当然ながらマギサービス取扱責任者は社長であるボスで、代理人として
マギサービス取扱責任者は、マギサービスで何か問題が発生した際に、国から責任を負わされる立場の人物である。今回の治療マギサービスの停止による被害は、不在にも関わらず教皇の責任問題になる可能性があるという事だ。下手にマギシステムをいじって事態を悪化させる可能性もあるため、男性の「教皇に同意を得るべき」という主張も理解できなくもないのだ。
「代理人……誰かはわかりませんが、少なくとも私ではありませんね……」
シスター・エイダはそれを聞いて落胆した様子だった。
「いえ、シスター。人命がかかっている緊急事態なのです。一刻でも早く治療マギサービスを復旧させなければ、死人が出てしまってもおかしくありません。残念ながら、マギスター社のマギエンジニアの方はそこのところを理解されていないようですが、僕はシスターの一任でシステムの復旧に当たりたいと思います」
「シライシさん……。本当に、感謝いたします……」
シスターはまるで神に祈るかのように両手を組んでいる。
「ま、待ちたまえ! やっぱり君はビジネスの事を何も理解していないようだな! 責任者の
いざ治療マギサービスのマギデバイスに手をかけようとすると、エルフの男性が食いかかるように割り込んでくる。彼の言い分はルールの事だけ考えれば正しいのだろう。日本の法律だって、死にそうな人を助けるためだからといって全てが許されるわけではない。
例えば、海外ではすでに使われていて効果がある事がわかっているが、日本国内では未承認の薬品が手元にあっても、それを死にかけている患者に使う事は法律上許されないのだ。果たしてルールとは一体誰のため、何のために存在しているのか、非常に難しい問題である。
だが。
ボスの言葉が、気持ちが、僕に立ち止まる事を許さなかった。
彼女という存在は、いつだって僕の背中を強く押して、一歩前に踏み出させてくれるのだ。
「死にかけている人を目の前にして何もしない。その方がよっぽど
おっと。口調がうつっちゃったかな。
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