023 - hacker.isLazy();
「な、なんだ……と!?
手紙を読んでいたボスがふいに声をあげて、手紙を落としそうなほどに愕然としているのがわかる。どうやら、父親の名前が手紙に書かれていたようだ。
「うむ。我輩も細かい事はわからんが、お主らを議会に喚ぶことになったのはデイビッド殿によるところが大きいと聞いているである」
「そ、そんな、父様。議会の召喚を私情に使うなんて、なんということを」
「いやいや、確かに親子ともなれば多少の私情も入ってはおるだろうが、お主らのなしたマギサービスの発明はまさしく議会で取り上げられる価値のあるものであーる」
「それは光栄なのですが、しかし私は……」
「とにかく、我輩は確かに召喚状を渡したのだ! 我輩は多忙ゆえ、これにて失礼するのであーる! ごめん!」
何かを言い募ろうとしたボスを後ろにおいて、あっという間にオフィスを出て行ったマスター・センセイことジャイルさんは、相変わらず嵐のような人だった。
一方の嵐に巻き込まれたボスはといえば、やはり以前の僕と同じように
「ボス、手紙にはなんて書いてあったんですか?」
「う、うむ。それがな、円卓議会にて我々のマギサービスが話題に挙がったらしい。まあこれはジャイル氏によるものだろう。そこで軍への全面採用が訴えられたわけだが、軍事だけではなく他の公的な連絡にも使えるのではないか、という意見が出たらしくてな」
「そ、それはまた。大げさな事になってきましたね」
「ああ、だが新参者の私達にとっては大きなチャンスでもあるだろう。そこで、詳しいマギサービスの説明を聞くために議会に召喚したいという形で記されている。だが問題は、議員を代表してこの手紙を書いたのが……私の父であるという点だ」
「ボスのお父さん……ベテランの議員というお話でしたね」
ボスの小さい頃の話にもちらりと登場した父親は、ボスにとっては理想像というか、まさに人格者の鑑のような好人物として語られていた。
「ああ。だが前にも話した通り、情けない話だが夢を追いかけたい私と口論になってしまってな。私は家を飛び出してしまったのだ」
「ボスのお父さんは、ボスが夢を追いかける事に反対していたんですか?」
「そうだ。小さい頃から父を見て育った私は議員の道を志していた。父は当然のように私が議員になると思っていたようだ。私がマギサービスの会社を起業したいと切り出すと困惑して、次には反対しだしたのだ。いや、反対といっても怒鳴ったりするわけではない。父は議員らしく冷静に私を説得しようとした」
「なんとなく話が読めてきました。それで反対されたボスはカッとして家を飛び出したわけですね?」
「なっ!? どうしてわかるんだバンペイ!」
そりゃあ誰だってわかるだろう。ボスの猪突猛進というか、後のことを何も考えずに突撃する性格からすれば。
僕はため息をつきつつ、ボスが飛び出したあとの父親の心境を想像して、心から深い同情を抱いた。きっと普段からこんな調子で、子育ても大変だっただろう。
「しかしだとするなら、恐らくボスがこうして僕達と会社をやっている事も、ボスのお父さんは最初からご存知だったんでしょうね」
「そんなはずが……いや、そういえばマギサービス登録所への申請が、途中から妙にスムーズに進み始めたような。担当者の態度が手のひらを返したように妙に愛想よくなっていた気がするし。あれはもしかして……」
「間違いなく、ボスのお父さんが裏で手を回したんじゃないですか?」
「そんな……」
これは明らかに把握されている。しかも、何も言わずに手を回して助けてくれるなんて、ますます父親の株は上がる一方だ。かたやボスの肩は下がりっぱなしだが。
どうやら親元を離れて自立したと思っていたが、実際には父親の助けがあった事にショックを受けている様子だ。
だが、会社を作るなんてチャレンジは、親の手でもなんでも借りないと成功するものもしなくなる。ボスの気持ちはわかるが、そもそも一人でどうするつもりだったのだろう。僕に出会っていなければ、マギサービスを作る事すら出来ていないのではないか。
しばらく肩を落としていたボスだったが、急にがばっと顔を上げた。
「むう、こうなれば仕方ない。腹をくくって議会に乗り込んでやろうではないか」
「その意気ですボス!」
「おー、がんばろっ!」
「がうっ」
ん? 聞き慣れた声が混じっていた。見るとそこには、バレットを連れたシィが玄関から入ってきていた。
「あれ、シィいつの間に」
「うん。ただいまー。あのね、さっきまでお客さんがいたから、シィがいちゃダメかなーと思ったんだ」
「ははは、そっか。ありがとうシィ。でもそんなに気を使わなくても大丈夫だよ。うるさくするわけでもないし、シィがいて困る事なんてないからね」
先ほどボスの奇声に驚いて庭から顔を出したシィだったが、来客中だったので気を使って離れていたらしい。こう見えてシィは気配りができる良い子なのだ。
「ねえねえ、ボスのおとーさんに会うの?」
「う、うむ。恐らく向こうへ行けば会う事になるだろうな。できれば会わずに済めばいいのだが……」
「えっ、どうして? ボスはおとーさんに会いたくないの?」
そうだった。シィの父親は天に召されてしまっており、父親に会いたくても会う事すらできないのだ。父親に会いたくないなんて、シィが怒りだしてもおかしくない言葉だ。シィの明るい態度に忘れがちだが、父親の話題こそこちらが気を使うべき内容だった。
思わず言葉をつまらせた僕とボスに向かって、シィは笑顔でこう言った。
「おとーさんに会えるなんていいなー。シィね、おとーさんに会えたら『ありがとう』って言うんだ。ボスはおとーさんに会ったらなんて言うの?」
「シィ……そうか。そうだな。私の場合、言うべきは『ごめんなさい』だろうな」
ボスの決意したような表情に、シィは再びニコリと笑った。
//----
「それで決意して議会へと向かったはずですよね。しかも、ついていこうとする僕を『バンペイは会社を守っていてくれ。外部との
そして話は現在へと戻る。ボスが円卓議会へと召喚されて電話マギサービスの説明へと向かい、帰ってきた後の話だ。
ちゃんと僕がいなくても電話の説明ができるように資料も万全に整えて、質疑応答も想定質問と回答例すら作成した。なにしろ前例のないサービスなので第一に利便性を、そして仕組みや安全性に至るまできちんと説明しなくてはならない。
準備万端だったおかげで、電話マギサービスのプレゼン自体は問題なく終える事ができたらしい。父親からの視線に緊張したものの途中でつっかえる事もなく、きちんと決められた時間内で説明を終える事ができた。議員達の反応も悪くはなかったとか。
さすがに王様が直接出てくるような事はないが、王直属の円卓議会ともなれば多数のお偉方が集結していたはずである。それでも父親以外の視線を気にしないあたり、さすがのボスである。僕だったらガチガチに緊張してしまってプレゼンどころではなくなる。
せっかくプレゼンの成功にボスを見なおしていたのに、その後の父親との話を聞いてみれば、いきなりボスから『新しいマギサービスを作ってくれ!』と泣きつかれた始末だ。まったく、僕は青いネコ型ロボットじゃないんだぞ。せいぜい、スマホの中に入ってるお茶目なパーソナルアシスタントぐらいだ。
「ううう、だって父様が……『本当にルビィに会社の経営ができるのか?』なんて言い始めるから、だったらもっとすごいサービスを作ってやるって思って……」
「ボス……あのですね、作るのは僕なんですけど」
「すまん! バンペイ! そこを何とか!」
「まあ、腹案の一つや二つはありますけど……」
手を合わせて拝み倒すボスの視線に負けて、ついポロリと口に出してしまったのが運の尽き。「本当か!?」と勢いよく顔を上げてぱっと輝かせたボスの笑顔に僕が押し切られてしまうのは、いつものことであった。
「それにしても、父親にはちゃんと謝れたんですか?」
「う……うむ。私は確かに『ごめんなさい』と謝ったぞ。家を飛び出して心配をかけてしまった事に対してはな。だが、夢をあきらめるつもりはないときっぱり宣言した」
「それで、なんて返ってきたんです?」
「それがな! ひどいんだ父様ったら! 私が本当に会社を経営できるのか心配だ、とか! どうせマギサービスの開発は他人任せなんだろう、とか! 開発者に迷惑をかけているんじゃないか、とか!」
「なんだろう……ボスのお父さんの言ってる事のほうが正しい気がしてきました」
迷惑を現在進行形でかけられている開発者の僕としては、ボスの父親の心配にはっきりと頷いてしまいたい。
「私がバンペイに迷惑なんてかけるわけないじゃないか! なあ、バンペイ?」
「はぁ……もういいです」
恐らくボスは自覚がないのだろうけど、人を巻き込む天才というか、とにかく引力がすごいのだ。まるで吸引力の変わらない掃除機のように、人もトラブルも吸い込みまくる。吸い込まれた哀れな僕はサイクロンに巻き込まれたチリのように、もみくちゃになるしかない。
だが、こういうのも面白いじゃないか、と思い直す事にした。そうでも思わないとやってられないというのもあるが、ボスに引っ張られて新しい事を始めるのは起業した時と同じである。その時だってなんだかんだ楽しんでいるのだ。
「それで、どんなマギサービスを作るんだ? バンペイ!」
僕に腹案があると知ってコロリと態度を変えるボス。その現金な変わりように思わずこちらも苦笑してしまう。
「もともと電話ができたら次に作ろうと思っていたものだったのですが、こうなったら仕方ないですね」
そういって、テーブルの上に置かれていた一通の手紙を指さす。それは今回送られてきた円卓議会からの召喚状だった。豪奢な飾りつけ、丁寧な細工、まさしく人の手がかけられた最高の手紙だ。
「ん? 召喚状がどうかしたのか?」
「こんな立派な召喚状はさすがに難しいかもしれません。ですが、せっかく作ったものを円卓議会で紹介できるのですから、議会の運営にも役立つサービスを作りたいじゃないですか」
「うんうん、確かにそうだな。議会に役立つともなればアピールもしやすくなるし」
「電話マギサービスを議会の公的な連絡に使うかもしれない、という話ですが、議会の連絡とは現在のところ、ほとんどが手紙です。違いますか?」
「確かに手紙が多いな。先日訪ねてきたジャイル氏のように、手紙と一緒に使者が来ることもあるが、なにせ議会では言った言わないを避けるために書類に残す習慣が根強いからな。自然と他の事にも書類が出てくるようになる」
「それです。議会の運営に役立ち、人々の生活にも役立つサービス。僕が考えたのは3つのマギサービスです」
三本指を立ててボスに示してみせると、ボスは口を大きく開けてポカンと呆気にとられたあと、大いに慌て始めた。
「な、なんだって!? 3つ!? いやいや、バンペイ、新しいマギサービスは一つだけで大丈夫だぞ?」
「僕だって無茶なのはわかってるつもりです。でも、これらは別々に作ってもあまり意味がない。どうせ出すなら一緒に出したいと思ったんです。それに3つも出せばボスのお父さんを説得するには十分でしょう?」
「そんな……それは3つもいっぺんに出したら衝撃はものすごいだろうが、本当に大丈夫なのか? 決められた期限は二週間しかないんだぞ? 電話だってあれほど苦労して十日、途中でブライさんの問題があったとはいえ、実質は八日間ぐらいだ。一つのマギサービスを作るだけでそんなにかかったのに、それが3つでは到底間に合わないんじゃないのか?」
「ふふふ、勝算はありますよ」
そう、勝算はある。今回の電話を作るにあたって苦労したポイントに、例えば『オリジナル高級言語』の開発や『
しかし、これらは一度作ってしまえば二度目からは流用できてしまうものなのだ。まるで決まったパーツを組み合わせて作品を作り上げるように、ある程度のパーツを作ってしまえば後の作業は楽になる。
このパーツ作りに一生懸命になって精を出してしまうのがプログラマの三大美徳の一つである『
がんばっているのに怠惰とは矛盾しているようだが、最初にがんばっておけば後は楽ができるのであればそうする。平均的に楽になるのであれば効率をよくするために手間を惜しまない。全体を通して消費するエネルギーを減らせれば良しとするのがプログラマの美徳なのである。
こんな童話がある。ある時、厳しい冬に向けて虫たちは支度を整えていた。冬の厳しさをよく知っているアリは、一生懸命になってエサを巣の中に運び入れていた。冬の間は外にでずに蓄えたエサで過ごすためである。
しかし、それを横目にキリギリスはエサも運ばずにのんきに遊び呆けている。そのキリギリスはなまけものな性格で有名だったのだ。
通りかかった一匹のアリはキリギリスに忠告する。そんな風に遊んでいると、冬になったら大変だぞ。痛い目にあっても知らないからな。
キリギリスはそんなアリの忠告に心配してくれてありがとう、でも大丈夫だから、と返すだけで遊び続けているばかり。これに呆れてしまったアリはキリギリスの事など忘れてエサ運びに一生懸命になるのであった。
ここでオチとして「その後、キリギリスは冬になるとエサもなく途方に暮れて、アリの忠告を素直に聞いておくんだったと後悔するのでした」と間抜けなキリギリスを描写して「なまけないようにしよう」という教訓を子どもたちに伝えるわけだが、このキリギリスは一味ちがった。
なんとアリの会話よりもずっと昔に、冬の間ずっとエサに困らないよう、冬に咲く野草や野菜のなる場所を一生懸命に入念に調べあげて、そこを住処としていたのだ。
だから、冬の前になる度に準備をしているアリを横目に、のんきに遊び呆ける事ができていたのだ。考えてみれば食べ物を用意するなど本能に根ざした行動であり、それに逆らう事など虫たちにできるはずがなかったのである。
このアリとキリギリスという童話は「怠け者はよくない」という一般常識を伝えるものだが、怠け者がよくないなど一方的な物の見方に過ぎなかったわけだ。
ただ、もちろんプログラマは自分が遊ぶために怠惰になるのではなく、空いた時間に別の作業を入れる事によって生産性を高めるためにやっているのであって、このキリギリスとも違うとだけ言っておこう。
「うむ……まあ、バンペイだからな。非常識なのは今に始まったことではないか」
そうした理由があって『3つの新規マギサービス』にも十分に勝算があると見込んだわけだが、ボスはなぜか納得したようだ。失礼な、僕が非常識なわけがない。いたって常識的な人間だ。
「それで、その3つのマギサービスとは何を作るつもりなんだ? いい加減、教えてくれたっていいじゃないか」
そのボスの催促に三本指を立てた僕はこう答える。
「『メール』、『スキャナ』、そして『データベース』です」
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