CoffeeBreak 02 - c.apologize();
おにーちゃんがいつものようにソファに腰掛けてスクリーンにむかっています。それを見守るのが今のシィの日課だよ。
マギデバイスでコードを書いている時のおにーちゃんは、いつもとちょっと違ってるの。いつもはシィにとっても優しいし、誰にでもすっごく丁寧なんだ。あ、でもボスだけは別みたいだけど。
でも、ひとたびマギデバイスを握ったら、本当に何にも聞こえないみたいにすっごく集中しちゃうの。それに、時々ブツブツとつぶやいてみたり、ニヤリと笑ってみたり、なんだかとっても怪しい感じです。
だからシィは、そんなおにーちゃんを邪魔にならないように横から見ておいてあげるの。その時はバレットも一緒にいてくれて、ふかふかの毛皮を触らせてくれるんだ。
おにーちゃんはほうっておくと、朝から晩までずうっとスクリーンに向かっているので、お昼ごはんや晩ごはんの時間になったら「ご飯の時間だよー!」って言ってあげるのもシィのお仕事。
ご飯はシィがマギデバイスで出してもいいんだけど、おにーちゃんが「マギデバイスに頼りきるのはよくないよ」って教えてくれたんだ。なんかね、「便利なのに慣れすぎるとダメになっちゃう」んだって。
それで「おにーちゃん達は世の中を便利にしたいんでしょ?」って聞いたら、「それはそうなんだけど、便利すぎるのもダメ」なんだって。どうしてなのかな? みんながご飯をマギデバイスで出せるようになったら、みんなお腹いっぱい食べられて幸せになれないのかな? むずかしくて、よくわかんなかった。
がんばってお料理も勉強してるんだけど、全然うまくならないよ……。なんで、野菜ってたくさん種類があるんだろう? 切り方がいっぱいあって、覚えるのが大変だよね。ボスもお料理は苦手みたい。ボスが野菜を切ると全部つながってるんだ。思わず笑っちゃったら、「シィと大して変わらんだろう!」ってボスに怒られちゃった。
だから最近は、ボス達が『社員食堂』って呼んでいる、キャロルちゃんのところの食堂でご飯を食べるのが楽しみ。あ、そうそう! キャロルちゃんとはお友達になったんだよ! えへへ、シィの初めてのお友達なんだぁ。そのことを言ったらすっごく驚いて、シィの頭をなでてくれたの。みんなシィの頭をなでるのが好きみたい。不思議だね。
おにーちゃんに会った時は、こんな楽しい生活が待ってるなんて思ってなかったんだ。あのね、一人ぼっちが当たり前だと、さびしいって思わないんだよ? シィにはおとーさんがいたけど、今はいなくて一人ぼっちになっちゃったから、ちょっと寂しかった。
バグを閉じ込めるお仕事だって、一人でやるのは初めてだったから、うまくできたかなってすっごく緊張したの。でもやっぱり全然ダメだったね。おにーちゃん達がいなければ、ひどい事をしちゃったと思う。
あの時のシィは壁を作るのだけでせいいっぱいで、他のことを考える余裕なんてなかったんだけど、それじゃあダメだったんだ。バグの魔核をどうにかしなくちゃ、壁の中の人はみんなしんじゃうんだよ。
どうして、バグなんてこの世にあるのかな? この世界はきっと神様が作ったのに、神様でもバグはなおせないのかな?
おにーちゃんに聞いたら「神様でもバグをなくすのは不可能だろうね」って笑いながら言ってたよ。おにーちゃんの知り合いにバグをとる名人がいたんだって。
その人に教えてもらえば、シィも上手にバグがなおせるようになるかな?
//----
あの後いっぱい考えて、おにーちゃんともお話した後、ブライおじさん達と会ったんだ。私が壁の中に閉じ込めた人たちに会いたいってお願いしたんだ。
おにーちゃんが色々と説明してくれていたから、怒ってるわけじゃないみたいだけど、やっぱりちゃんと自分で謝らないとダメだって思ったんだよ。
ブライおじさんのお店に行くまで、おにーちゃんがついてきてくれたけど、謝るのは自分でやるからって外で待ってもらってる。
「やぁ、シィちゃん。久しぶりだね」
ブライおじさんはいつも通りの笑顔だった。閉じ込めてしまった人達とお話したい、という風に話したけど、まずはブライさんと一対一でお話するみたい。
ブライおじさんとは、壁から王都へ帰ってきて以来だ。
「お、おひさしぶり、です」
謝る場だから慣れない敬語を使ってみたけど、やっぱり声が震えてる。
「おやおや、シィちゃんどうしたんだい? そんなに固くならなくていいよ。普段通りの言葉でしゃべってごらん」
「う……うん。ごめんね、シィ、『けいご』ができないから……」
「ははは、君くらいの子供が気にすることじゃないな。それよりも今日はなんのご用件かな? あの騒ぎの関係者を集めてほしいということだったが」
「う、うん。あの、その、あのね。あの壁を作ったのがシィだったって、ブライおじさんはしってる、よね?」
「ああ、一応ね。さすがに具体的な内容は緘口令……つまり、しゃべらないように秘密にしているが、壁の中にいたものたちには伝えてある」
「それで、閉じ込めちゃった事をあやまりたくって……」
謝らなくちゃいけないのに、声がどんどんしぼんでいっちゃう。勇気がでてこない。おにーちゃんも時々こういうふうになってるけど、やっぱり人と話すのって勇気が必要だよね。シィはずっと一人ぼっちだったから、あんまり会話に慣れてないんだ。
シィが口ごもってると、ブライおじさんは立派なおひげをなでて「ふむ」って言った。きっとシィの臆病さに呆れてるんじゃないかな。
「シィちゃん。君はなんで『あやまる』んだい?」
「えっ、うーんとね、あのね、シィがわるいことをしちゃったから、だよ」
「ふむ。それはバンペイ君がそう言ったのかな?」
「え、ちがうもん! おにーちゃんは『悪い事なんかしてない』っていってたもん。でも、閉じ込めちゃった人たちには『わるいこと』だってシィがおもったの。いっぱい、いっぱいかんがえたんだけど、ちゃんと謝ろうっておもったんだよ」
「なるほど。しかし、バンペイ君が言っていたように、私も君がした事は『わるいこと』だとは思わないね。もし君が閉じ込めていなければ、きっと多くの人が傷ついたり死んでしまったりしただろうからね」
「でも、もしおにーちゃんが来なければ、ブライおじさんの仲間の人たちもきずついたりしんじゃったり、しちゃうんだよ? そしたら、ブライおじさんはきっと悲しくなったでしょ? う、うう、シィはわるい事したよ?」
おにーちゃんの胸の中で出し尽くしたと思った涙が、また頬を伝って流れ落ちていく。シィの目はいくらでも涙がでてきちゃうみたい。こわれちゃってるのかな?
ブライおじさんはシィの目元を優しくハンカチでぬぐってくれた。こういうところは、おにーちゃんと違って大人って感じがするよね。おにーちゃんもがんばって。
「いいかい、シィちゃん。確かに君のした事は、最善ではなかった。例えば、閉じ込めるにしても一人だけで済んだかもしれないし、事情を説明して協力してもらうという手もあったかもしれない。でも、それは過ぎたことに後からとやかく言っているだけなんだよ。人間なんて間違える事はしょっちゅうだ。いっつも後から『ああしておけばよかった』なんて思うだろう? シィちゃんの場合、それがちょっと大げさになってしまっただけだよ」
「で、でもぉ……ぐすっ……シィは……シィはぁ」
「うーん、わかったよ。そこまで謝りたいと思うなら、私にとやかく言う権利はないからね。部下達の元に連れていってあげよう。ただ、あまり気分を悪くしないでほしいね……」
//----
「ひぃっ! でたぁっ!」
ブライおじさんに案内されて、ブライおじさんの部下の人が集まっている休憩室に連れて行ってもらったよ。でも、とびらを開けたらいきなり変な声が聞こえてきたの。
「幼女怖い幼女怖い……」
「ああ、透明の壁に! 壁に!」
シィがはいったとたん、そこにいた人達のうちの何人かが急に暴れだしてびっくりしちゃった。口を開けてぽかーんと見てると、ブライおじさんが手を顔にあててぼそっと「やっぱりこうなったか」って言ってた。
「お前たち、落ち着きなさい。シィちゃんはこんな可愛いいたいけな女の子だぞ。失礼だとは思わないのか」
「あわわわ、幼女怖いって言ったら近づいてくる! 幼女怖くない! 幼女怖くない!」
「透明ということはつまりそれは見えないし近づいてきてもわからないし知らない間に閉じ込められるしああもう壁がはいよってくる! 壁に! 壁に!」
「……ダメだな。すまないね、シィちゃん。どうも君との一件があって以来、幼い少女に拒否反応がでるようになってしまったんだ」
「……え、えーと?」
「君が謝りたいというのなら止めないが、恐らくこの状態で謝っても無駄になってしまう気がするよ……」
「えっと、その……」
勇気をだそう。魔物に向かっていく、おにーちゃんの姿を思い出して。
「あの……商人さんたち! とじこめてしまって、ごめんなさい!」
いっしょうけんめい、あたまを下げて、ごめんなさいした。
そしたらね、みんなしずかになっちゃったの。
「ぎ……」
「ぎ?」
「ぎゃああああ幼女が謝ったあ!」
「ええっ!?」
まさかあやまったらこわがられるなんて思わなかった。こっちが驚いちゃった。でも困っちゃうよ。
「はぁ。シィちゃん。ちょっと外に出ていてもらえるかな?」
なんだかブライおじさん、すこしおこってる? 顔はいつもの笑い顔なのに、なんだかブライおじさんのまわりだけ『重たい』みたい。
シィはすぐに「う、うんっ!」って言って部屋の外にでたよ。
部屋の中からは最初はブライおじさんの声が聞こえてたんだけど、ドタバタした足音とか、なにかがたおれる音とか、いろんな音がきこえてくる。
なにをやってるんだろう? みんなで、おいかけっこ、かな?
そしたらすぐに、なにも聞こえなくなって、扉がガチャリと開いてブライおじさんが顔を出した。
「やぁ、シィちゃん。待たせたね。もう入ってもいいよ」
「う、うん……」
ブライおじさんの笑顔がこわいなんて思ったのは初めてだよ。
部屋の中に入ると、さっきまで暴れてた商人さん達は床の上に座ってた。こう、膝をおりたたんで、足のすねを地面につける座り方だったんだけど、なんであんな風に座ってるんだろう? 足が痛くなっちゃうよ?
「じゃあ、シィちゃん。今度は大丈夫だと思うよ?」
ニコニコ。ブライおじさんが笑うと、商人さん達はビクリと震えた気がする。
「う、うん。あのね、商人さんたち、とじこめちゃって、ごめんなさい!」
がんばって頭をさげると、今度はさっきとは違う反応が返ってきた。
「こわがっちゃって、ごめんなさい」
商人さん達は座ったまま手を前につけて頭を下げる。不思議なかっこうで、あっちもあやまってきたってわかった。
シィ達はおたがいに頭を下げあってて、なんだか面白くなっちゃった。思わず吹き出して笑い始めちゃったんだ。
「あははっ! なんで商人さんたちがあやまっちゃうの! おかしいよー」
「……幼女が、笑った」
なんで『ようじょ』って呼ばれるのかわかんないけど、商人さんたちは顔を見合わせると、ボソボソと何か話し始めた。
「笑顔を見ていると癒される。あの幼女はきっと良い幼女なんだ」
「あれ? 俺、さっきまで何してたんだっけ? なんだか名状しがたいものを見たような……」
「俺……シィちゃんのファンになっちゃいそうだよ」
肩を組んでまるくなった商人さんたちはボソボソと相談を終えると、シィの方に顔を向けてニッコリと笑ってくれたよ。
「シィちゃん。あやまってくれて、どうもありがとう。閉じ込められたのは大変だったけど、シィちゃんもお仕事でやってたんだから、そこまで気にしなくても大丈夫だよ」
代表で一人だけ前に出てきた商人さんが、シィにありがとうって言ってくれたんだ。
ちゃんとあやまってよかったな。
//----
おにーちゃんの手を握りながら、いっしょに『オフィス』まで帰ってます。
おにーちゃんは、いっつも「はぐれないように」ってシィの手を握ってくれるんだ。やさしいし、まるでおとーさんみたいで、とってもうれしいよ。
「シィちゃん。ブライさん達にちゃんと謝れたのかな?」
「うんっ! あのね、あのね、シィがごめんなさいってしたら、商人さん達もごめんなさいってして、面白かったんだよー!」
「……?? そ、そうなんだ。でも、ちゃんとごめんなさいできて、偉かったね」
「えへへ……」
おにーちゃんがシィの頭をなでてくれる。おにーちゃんの手は不思議な手だね。マギデバイスをにぎれば、すごいコードをいっぱい書いちゃうし、手を握ってもらうと、とってもあったかい。
みんながほめるときにシィの頭をなでてくれるけど、おにーちゃんの手でなでてもらうとポカポカした良い気持ちになれるよ。毎日なでてくれればいいのになぁ。もっとほめられる事、いっぱいしよう!
「あ、あと、もういっこ、シィわかったんだよ?」
「ん? 何がわかったのかな?」
「ブライおじさんはね、おこらせちゃダメってこと」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます