05.わくわく

「けど、さっきの勝負はヤバかったっすよー」


 落ち着きを取り戻した夏香は話を戻した。


「箕面が最後コケなかったら、もしかしたらもしかしてたかもだよな」

「夏香ちゃんのアドバイスのおかげだよ、ありがとう」


 礼を言う律儀な箕面。


「箕面っちなら、私のぶんまでやってくれそうだねっ」

「夏香ちゃん……」


 言い様のないモヤモヤ感に包まれる。


「ほらほら! なんすか皆そんな顔! わたしゃ、平気だっつーの!」


 いつものちゃらけた小躍りで元気アピールする夏香。


「夏香、頼むわ。箕面を仕込んでやってくれ」

「ボクも、勝ちたい。夏香ちゃんのぶんまで……って言えるほどのもんじゃないけど、夏香ちゃんみたいに走りたい!」


 俺も箕面と同じ気持ちだ。


「しょうがないなぁもう。とりあえずビシバシしごくから覚悟だよー」

「はい! お願いします!!」


 夏香に指導してもらったら箕面もレベルアップできそうだ。


「よし、じゃあまずはフラフープから」

「はい!」

「それ、意味あんの?」


 横やりをいれるようだが、聞いてみる。


「や、関係ないけど、楽しいのだよ」


 聞かなきゃよかった。


「……ま、頑張れよ箕面」

「が、がんばる!」


 そうして夏香の特訓が始まった。

 犬と小鳥、相容あいいれないと思っていたが、楽しそうにたわむれているじゃねーか。


「スタートのコツはねー、飛び出す姿勢と、スターティングブロックの位置合わせが結構重要なのだよ」

「ふむふむ、これをこうして……」


 なんだかんだでじゃれあいながらやっていけそうだな。


「じゃ、俺は帰るわな」

「あ、ゆーま、ありがとー付き合ってくれて!」

「あぁ、練習頑張れよ」


 手をあげて背中で挨拶をする俺。


「うん! それから……さっきの告白は忘れてね!」


 ハッ!

 告白だと!?

 ナンノコトダカワカラナイネ!

 パニック!


「おおお、おう……あはははは」


 はぁ……

 マジで忘れよう!

 なっ!

 我が親友、箕面ひなた!

 頑張れよ!

 あばよ!



 明日は俺も接骨院初出勤の日よ。

 頑張ろう――



   §



「こんちはっす!」


 影月接骨院に入るなり、元気に挨拶してみる。


「お、来ましたね百瀬君。こんにちは」


 院長だ。

 色んな意味でも今や我が師匠。


「今日からお願いします!」


 魔王の手先にでも何でもなってやるさ。

 楽しみにしてます。


「ほんとにこのチャラ男やとったんですか先生!」


 エリカが奥から出てきていきなり言い放った。


「まだ信じてなかったんですか上原さん。同じ職場仲間、仲良くやってくださいね」

「よ、よろしくな!」

「え、ええ……よろしく」


 目を逸らしながら、手を差し出す俺と握手を交わすエリカ。

 院長の前だから邪険じゃけんにされることもないだろう。

 ああ、エリカと毎日一緒にいられるなんて幸せだ。


「なにだらしない顔してんのよ! さっさと準備するわよ!」


 ヤバイ、顔がニヤけるがな。


「まずは上原さんに色々教えてもらってくださいね。先輩ですから」

「ういっす。エリカ頼むわ」


 とその時、パンが飛んできた。

 グーのやつだ……


「上原先輩と呼びなさい!」


 ニヤけながらエリカは腰に手を当てて言い放った。

 あー、なんかこれ尻に敷かれる系のやつですね。


「はいはい」

「はいは一回!」


 言うと思った。

 鉄板トークありがーと。


 そしてスタッフルームにて、白衣はくいに袖を通す。

 俺用に用意してくれてた制服だ。

 コスプレではない、本物だ。

 ふふふ。

 カッコいい。

 あはは。


「あっはっは!!」

「うるさい」

「すみません先輩……」


 エリカに基本的な雑務を教わりながら、出来るところからさせてもらう。


 そこへ患者さんの処置を終えた院長がやってきた。


「手が空いてきたので、早速なにか患者さんに出来るものを教えていきましょう」

「え、初日から!?」

「まずは『パートナーストレッチ』を教えていきますので、そこのベッドでやってみましょうか」


 俺の話は聞いちゃいない。

 院長お手製のストレッチプリントを貰い、説明しながら俺にやってくれる。


「人に教えるときはね、山本十五六さんの有名な言葉があります」


『やってみせ、言って聞かせて、させてみて、褒めてやらねば人は動かじ』


 その通りに院長は指導してくれた。

 さっきエリカが雑務を教えてくれた時もそうだった。

 すんなり入ってくるのには教え方にコツがあったわけね。

 まぁ、わかってても褒められると嬉しいものだ。

 盗み見て学べとか怒られて成長させるよいう時代ではないのだよ。


「では、このあと予約が入ってる陸上部の子にストレッチやってもらいましょうか」

「えええ! ちょい早くないっすか!?」


 なに考えてんだ院長は。

 バイトってこんなものなのか?

 自信つくまで教えてくれないの?

 まあ学校で授業料払って教えてもらうのとは違って、逆に時給が発生してんだから当たり前っちゃ当たり前なんだろうか。


「百瀬くんは意外とセンスあるから大丈夫ですよ。お金とるわけじゃなくてサービスでと言っときますし。あとは今まで教えた褒めキングや相槌あいづちなどを駆使してコミュニケーションをとることですね。レベル上げですよ、頑張りましょう。ストレッチに出会いを求めるのは間違っていますか?」

「そ、そうですよね……」



 カランコロン――

 そこへその予約者がやってきた。

 陸上部の子とやら。


「こ、こんちは!」


 ってこの人、夏香んとこのじゃん!


「あらあら、百瀬さん、でしたかしら?」

「はい、どもっす」


 緊張で背筋がピンと伸びる俺。

 いやいや、俺の背筋ストレッチしても意味ねーから。


「おっ、知り合いでしたか。ならちょうどいいですね、ストレッチしてあげてください」

「まぁまぁ、ではお願いしますね」


 ベットに寝転ぶ先輩。

 そして俺は慣れない手つきで先輩にストレッチをかけていく。


「あぁん……」


 先輩、エロいっす!

 でも、そっちの展開にはなりません。

 だって俺は必死でそれどころではないのだよ。

 緊張で汗が溢れ出てくる。

 なんか喋らねば。


「きょ、今日も暑いっすね!」

「はい、良いお天気でしたわ」

「そうですよね!」


 相槌……っと。


「箕面さん、頑張ってらっしゃいますよ」


 そうか、箕面は今日も練習行ってんだな。


「ありがとうございます! 夏香も一緒ですか?」

「はい、夏香さんも練習に来てくださって嬉しいですわ。百瀬さんたちのおかげです」


 逆褒めキング。

 先輩は女子だから褒めクイーンか、やられた。


「俺は何も……しかし夏香も本当は走りたいでしょうね」

「そうですわね……夏香さんは才能がありますから」

「やっぱり才能って必要なんですか?」


 才能か。

 俺には好奇心スキルぐらいしかないが。


「そうらしいですの。こちらの院長先生に教えて頂いたのですが、陸上競技は特に遺伝子的に向き不向きがあると。筋肉の質が生まれたときから大部分が決まっているそうですのよ。スピード用の白筋はっきんと持久力用の赤筋せっきんとの割合は、ある一定以上は遺伝子レベルでどうにもならないものがあるそうなのです」

「なるほど……だからケニアの人とかマラソン凄かったりするんですかね?」


 あの人たちは赤身たっぷりなんだろうな。

 マグロかな、カツオかな。

 すばしっこい箕面は白身のタイやヒラメ?


「だそうですわ。測定器で調べてもらいましたところ、私なんてなかなか短距離伸びない筋肉らしいのです。それでも短距離やりたいんですからワガママですわよね」

「いいじゃないですか、やりたいことやってて楽しいなら素敵ですよ!」

「あらあら、ありがとうございます。お優しいですわね」


 我ながら『素敵だ』とかどの口が言ってんだと思うが、会話が成立してるからいいんだよな。

 しかし、先輩は自然に同調とか褒め言葉とか出てくるんだなあ、これがリア充コミュ上手なのか……




 episode『わくわく』end...

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