第三話 恵子と麻美の正体 利佐子にもばれちゃう?
翌朝、七時二〇分頃。由希江の自室。
「あ~、よく寝た。二十一世紀のベッドは快適やね♪」
恵子は昨日と同じくらいの時刻に目を覚ました。
「由希江お姉さん、朝ですよ」
まだすぐ隣でぐっすり眠っていた由希江の体を揺さぶって起こす。
「んにゃっ、おはよう恵子ちゃん」
「もう七時二二分です。急がないと遅刻しちゃいますよ」
「ありがとう。でも今日は朝一の哲学入門の講義休講だから、あと一時間半くらい寝てても大丈夫なの」
「そっか。大学は授業が休みになると自習じゃなくて、授業自体がないんやね」
「うん。ワタシ、もう一眠りするね」
その頃、晴和の自室では、
「晴和お兄ちゃん、おはヨーグルト!」
麻美のこんな威勢のいい声が響き渡った。
「いってぇぇぇーっ。麻美ちゃん、その起こし方は止めてくれっ、重い」
晴和はすぐに目を覚まし、苦しそうな表情でお願いする。彼の腹の上に思いっきり乗っかられたのだ。
「もう、晴和お兄ちゃん、女の子に重いは失礼だよ。アタシまだ二〇キロ台なのに」
「いってててぇ~」
さらに強く密着されてしまった。
「ごめんね晴和お兄ちゃん」
麻美がのいてくれたので布団から出て起き上がろうとしたら、
「えいっ!」
麻美にパジャマズボンとトランクスを同時にずるりと脱がされてしまった。
「ちょっ、ちょっと麻美ちゃん」
晴和のお尻だけでなく前側のあの部分も丸出しになる。
「もしもこの世に、パンツがなかったら、好きなあの子に、どうして会いに行こう♪」
麻美は楽しそうに歌いながら、晴和のトランクスをぶんぶん振り回して遊び始めてしまった。
「こらこら、麻美ちゃん。俺のトランクス、返して。ていうか、どうやって俺の部屋に?」
「さっき実果帆お姉ちゃんのお部屋から屋根を伝って来たの」
「……やっぱり」
「晴和お兄ちゃんちと実果帆お姉ちゃんちは明るい窓のお向かいさん同士だね」
「麻美ちゃん、それ、危ないから二度とやっちゃダメだよ」
晴和がちょこまか動き回る麻美を捕まえようとしながら困惑顔で注意したところへ、
「麻美ちゃん、晴和お兄さん困ってはるやろ。きゃっ!」
恵子が扉を開けた。部屋に一歩踏み入った途端に軽く悲鳴を上げる。晴和のあの部分をばっちり見てしまったのだ。
「ごめん恵子ちゃん」
晴和はとっさに手で覆い隠した。
「いえいえ、ノックもせずに入ったあたしの方が悪いから。むしろ一番悪いんは晴和お兄さんのトランクス脱がしちゃった麻美ちゃんやね」
恵子は麻美にゴチンッとゲンコツを食らわす。
次の瞬間、
「いったぁーいっ!」
叫び声。
麻美ではなく、恵子の声だ。恵子は今にも泣き出しそうな表情だった。彼女のこぶしは野球のグローブ大にふくれ上がり真っ赤になっていた。
「アタシ、石頭だからそんなの効かないよ♪」
麻美は得意げに笑い、あっかんべぇーのポーズ。
「恵子ちゃん、大丈夫?」
晴和は心配そうにする。
「平気、平気。もう治ったから」
恵子の手は瞬く間に元の大きさと色に変わっていた。
「回復早っ。さすがは漫画キャラだな」
晴和は思わず笑ってしまう。
「麻美ちゃん、晴和お兄さんにパンツ返してあげなさい」
「やーだ。恵子お姉ちゃん、今、晴和お兄ちゃんと、ともだち○こ出来るよ」
「麻美ちゃん、女の子がそんな下品なこと言っちゃダメよ」
恵子は頬をカァッと赤らめる。
「……」
晴和は苦々しい気分で衣装ケースから新しいトランクスを取り出そうとした。
その時、
「晴和、さっき女の子の悲鳴がしなかった?」
母が扉を開け、入り込んで来た。
「かっ、母さん。さっきのは、テッ、テレビの、音声だよ」
晴和は慌てて答える。
「そう? それより晴和、なんでお○ん○ん丸出しになってるの?」
「いや、これは、その……」
「ひょっとして」
母はにやりと笑う。
「母さんの来るタイミングが悪過ぎなんだよ。早く出て行ってくれ」
晴和は母の背中を押し、廊下へ追い出した。
「はいはい、晴和も年頃の男の子のだからいろいろあるだろうけど、実果帆ちゃんを悲しませるようなことはしちゃダメよ」
母はにこにこ微笑みながら、すみやかに一階へ降りていってくれた。
「危なかったね、晴和お兄さん」
「間一髪だったね」
恵子と麻美は先ほど布団に隠れてやり過ごしていた。
「あの、俺、これから学校行くから、二人で静かにお留守番しといて」
例のトランクスをようやく返してもらえた晴和は穿くと休まず制服に着替え、いつものようにキッチンへ。
「晴和、母さんさっきのことは実果帆ちゃんにはヒミツにしておいてあげるからね」
「母さん、早く忘れてくれ」
気まずい気分で朝食を取る。
「晴和くん、おはよう」
八時頃。昨日とほぼ同じ時刻に実果帆が迎えに来て、いっしょに仲良く登校する。
「麻美ちゃんって、すごくやんちゃな子だね。私、寝てる間に油性マジックで眉毛を太く描かれたよ。村山総理大臣って言ってた。あとトイレで大きい方してる時に覗かれたよ。う○こ臭いの野望大作戦って言ってたな。イタズラも子どもっぽくってかわいいよ。私のお母さんが生み出したキャラクターだから、私の妹みたいなものだし」
実果帆は嬉しそうに言う。
「実果帆ちゃん、ひどいことされたら叱っておいた方がいいと思うよ」
「叱ったよ。そしたらすごくいい子になってくれたの」
「そうなんだ。麻美ちゃんは石頭だけど、怪我しなかった?」
「頭は叩いてないよ」
「それじゃ、ビンタ?」
「違う、違う。そんなかわいそうなことは出来ないよ」
「どうやったの?」
「おしりぺっちんだよ、五回くらいやったよ」
「それかぁ。あれは確かに効果あるよな」
「うん、私も昔、晴和くんのお部屋に屋根伝いで行ったら、お母さんからそれやられてすごく反省したもん」
「懐かしいな。でも麻美ちゃん、あのあと俺の部屋に来てイタズラしたから、あまり反省はしてないみたいだな」
「あらら。でもそこも麻美ちゃんらしいよ」
二人が一年三組の教室に入ると、
「おはようございます晴和さん、実果帆さん」
いつも通り、利佐子が挨拶して来た。
「おはよう利佐子ちゃん」
「おはよう一番ケ瀬さん」
二人もいつも通りに挨拶を返したのち、
「あのう、晴和さん、恵子さんと麻美さんは、いつまでいるのでしょうか?」
こんなことを質問され、
「えっと、明日には帰るみたい」
晴和は三秒ほど考えてから答えた。
「そうですか。今度の土曜にいっしょに科学館に誘いたかったのですが残念です。あの、実果帆さん、晴和さん、今日の放課後、コニちゃんのえさを買いに行きたいので、付き合ってくれませんか?」
「もちろんいいよ。私も金魚のえさが少なくなって来たからそろそろ買おうと思ってたところだから」
「俺も、かまわないけど」
「ありがとうございます。秀一さんもどうですか?」
利佐子は彼のそばへ近寄って、誘ってみるも、
「ボクは、今日は忙しいからやめておくよん」
秀一は手をぶんぶん振り即拒否。
「そう言うと思ったよ」
利佐子はちょっぴりがっかりした。
コニちゃんとは、利佐子が小学三年生の頃から飼っているペットのクサガメの名前だ。
八時五五分頃、恵子と麻美は由希江の自室で由希江が用意してくれていた朝ごはん、菓子パンを食べている最中に、
「おにぎり持って来たよ。ワタシの手作りよ」
キッチンで朝食を取り終えた由希江が戻ってくる。海苔が巻かれふりかけのまぶされたおにぎりが四つ、お皿に乗せられていた。
「サンキュー、由希江お姉さん。なぜかお○んの大根めしを思い出したよ」
「ありがとう由希江お姉ちゃん、これって日本米だよね?」
「そうよ」
「よかった、去年の冬から春はタイ米しか食べられなくてうんざりしたよ。不味くは無かったんだけど、やっぱり日本米が一番だよ」
「麻美ちゃんの時代って、そんな大変なことになってたんだ」
「米騒動が起きたん?」
「うん、お店からお米がほとんど無くなっちゃったの。一昨年冷夏だったからお米が取れなかったんだって。ママとお買い物行った時、お米を買うのに行列が出来てたよ」
「あたしがちっちゃい頃にオイルショックになった時も、トイレットペーパーの買い占めがあったってお母さんから聞いたけど、それと似たような状況みたいやね」
「何年か前に新型インフルエンザが流行った時、マスクの買い占めがあったのを思い出したわ。それじゃワタシ、大学行ってくるね。お母さんに見つからないようにね」
「はーい。いってらっしゃーい」
「いってらっしゃいませ由希江お姉さん」
九時頃、麻美と恵子は由希江を見送った後、
「麻美ちゃん、今日はあたしと遊ぼうね」
「うん、でも家の中だけじゃつまんなーい。お外行こう」
「いいけど、二十一世紀の世の中もけっこう危険だよ」
「大丈夫。じゅうぶん気を付けるから」
「どこへ遊びに行く?」
「アタシ、ゲームセンターで遊びたいな」
「そこはダメ! 不良の溜まり場だからね」
「そうだよね。不良の人達にとってアタシ達は歩く身代金だもんね」
由希江の自室でこんなことを打ち合わせた。
「録画機能が本当にめちゃくちゃ便利になっとるなぁ。見たい番組が簡単に探せるし」
「一度これ使ったら、もうビデオテープには戻れないね」
「うん、うん。巻き戻しが面倒で、結露でテープが絡まって再起不能になることもあるビデオテープは原始人のアイテムやで」
続いて由希江が今日の深夜二時台に録画していたアニメを一本視聴。
このあとは晴和のお部屋へ移動し、
「晴和お兄ちゃんの部屋、ゲームソフトがいっぱいあるね。これは、二十一世紀のゲームボーイかな? ペンも付いてる」
「エロ本を一冊も持ってないとは――同い年設定のあ○るは持ってるのに。いや、この時代だとデジタルデータをパソコンに保存してるとも聞くし。イラストノートも見当たらんね。晴和お兄さんは絵描くの好きじゃないんかな? あっ、習字が出て来た。行書体で書かれてるから上手いんか下手なんか分かりにくいなぁ」
「恵子お姉ちゃん、お写真があったよ。晴和お兄ちゃんと実果帆お姉ちゃんがいっしょに写ってる」
「さすが将来結婚が約束されてる仲やね。小学生の頃の写真かな? おう、テストの成績表も出て来た。二学期課題の個人成績表か。総合順位三一二人中三八位って、晴和お兄さんめっちゃ良いやん。現代社会は一三位だし。部屋にこんなに娯楽品とテレビとパソコンまであるのに。いや、成績良いから買ってもらえたんかな?」
「答案も出て来たよ。国語七三点か。アタシこの間の国語のテスト八〇点取ったよ。晴和お兄ちゃんに勝った」
「麻美ちゃん、百点も簡単に取れる小学校のテストと高校のテストをいっしょにしたらあかんよ。中学のテストも百点はそう簡単には取れんで」
「確かに難しいね。アタシこの国語のテストならの○太くんみたいに0点取りそう。漢字も全然分からないよ」
ベッド下や本棚、机の本立てや引出などをガサゴソ物色する。
そのあとはこのお部屋で、
「あたし、宿題を片付けていかないと、先生にビンタとゲンコツ食らわされる」
「アタシもやっとこうっと」
学生らしくお勉強タイム。自分の描かれたノートに手を突っ込み、恵子は英語のプリント、麻美は漢字ドリルと算数ドリルと専用のジャポニカ学習帳を取り出しベッドにうつ伏せに寝そべって、おしゃべりしながら宿題を進めていく。
「ねえ、麻美ちゃんは、お母さんから成績下がったらファ○コン禁止とかって言われんかった?」
「何度も言われたよ。それに、ゲームは土日祝日お正月誕生日のみ一日一時間以内って決められてるの。アタシ平日にこっそりやって、ママにマ○コレとかスト2とかFF5とかマ○ー2とかがんばれゴ○モン2とかロッ○マンXとかワ○オランドとか、嵌ってたゲーム隠されたことが数え切れないほどあるよ」
「麻美ちゃんもあたしと似たような経験してるね。あたしはスーパーマ○オブラザーズにめっちゃ嵌って夜更かししたから、お母さんに一週間くらい没収されたよ」
「あのゲームめちゃくちゃ面白いよね。恵子お姉ちゃんのママもひどいことするね」
「まあでも、勉強せんかったら不良ばっかりの高校にしか行けんようになってまうから、お母さんの気持ちはよく分かるよ。話変わるけど、麻美ちゃんの通ってる小学校では、シャーペン禁止されてるん?」
「うん」
「あたしが小学校の時もそうだったけど、麻美ちゃんの時代でも相変わらずなんやね」
「キャラクター物の鉛筆や消しゴムも禁止されてるよ。PTAの会議でそうなったみたい」
「麻美ちゃんの時代でもPTAは子ども達の敵みたいやな。この悪の組織のせいでまいっちんぐマ○コ先生が放送中止に追い込まれたみたいだし。めっちゃ好きで毎週放送楽しみにしてたのに。8時だョ! 全○集合が終わるんもきっとPTAの陰謀やな」
「アタシの時代だとお○っちゃまくんとク○ヨンしんちゃんと家な○子と志村けんのバカ殿様がPTAの目の敵にされてたよ」
「PTA、許せんな」
「アタシもーっ! 二十一世紀のPTAはより凶暴に進化してそうだね」
二人とも宿題が一段落つくと、恵子が晴和のパソコンの電源を入れた。
「麻美ちゃんはインターネットって知ってる?」
「うん、聞いたことあるよ。実際に触ったことはないけど」
「さすが九〇年代の子や。この時代では普通のおウチでもインターネットが楽しめるようになってるんだって」
「本当!」
「あたし一昨日も昨日もやったけどめっちゃ楽しかったよ。なにしろ遊べる範囲が有限なテレビゲームと違ってどんどん新しい情報が入って来て飽きんからね」
いっしょにウェブサイトの閲覧を始める。
「泣き虫愛ちゃんって、あのまま卓球続けてオリンピックにも出たんだね。すごい!」
「た○し軍団のそ○まんま東、政治家になってたんか」
「ダ○トをさがせの司会者、芸能界引退してるみたいだね」
「この人、オレたちひょう○ん族にも出てたよ」
「風船おじさん、この時代でもやっぱりまだ見つかってないんだね」
「植村直己さんもやっぱ消息不明のままみたいやね。うちの時代に甲子園で優勝して大活躍したPL学園のKKコンビの清原くんと桑田くんは、あれからどうなったんやろ?」
「その二人、あたしの時代じゃ大人気のプロ野球選手だよ。清原くんはコロコロで『かっとばせキヨハラくん』って漫画にもなってたよ」
「やっぱ二人ともプロ入りしたんか。ファンやったお母さんに伝えたら喜びそうや」
二人のいた時代に話題になっていた人物が、その後どんな人生を歩んで来たのかなどを調べたり
『新しい元号は、【令和】であります』
「このなんか気弱そうなおっちゃんが平成の次の元号発表したんか。菅って人であたしの時代でも政治に詳しい人には有名な政治家なんやろうけど、あたし政治には全然関心ないからこの人知らんわ~」
「アタシのクラスに同じ漢字で令和(れいな)ちゃんって子がいるよ」
「おう、平成の次の元号と漢字だけでも同じになるなんて、その子光栄やね」
「アタシ元の時代帰ったら令和ちゃんに教えてあげようっと。まあ絶対信じてもらえないだろうけどね」
新元号発表時の動画を視聴したりなんかして一時間ほど楽しんだ頃には正午をちょっと過ぎた頃。
「この時代って、笑っていい○もやってないの? タ○リのおじちゃんどんな風になってるか見たかったのに」
「二〇一四年三月までやってたみたいよ」
「この時代って、笑っていい○もやってないの? タ○リのおじちゃんどんな風になってるか見たかったのに」
「二〇一四年三月三十一日までやってたみたいよ」
「そうなんだ。けっこう前に終わったんだね」
「ちなみにいい〇ものあとは、『バイキング』っていう、かわいらしい天才子役やったのにめっちゃ人相の悪いおっちゃんに育ってしもうた坂上忍が司会の番組を二二年の三月までやってたんやって」
「坂上忍って、酔っぱらってお巡りさんとカーチェースして逮捕されたのが話題になってたよ。震災が起きてあっという間に話題から消えちゃったけど」
「坂上忍、香織ちゃんの時代にはすっかりワルになってしもうとるんか」
「今やってる番組もつまらないよ。笑っていい○もの方がいいよ。そういえばアタシのお友達、タ○リンピックっていうスー○ァミソフト持ってたよ。アタシもやらせてもらったけど、ものすごーくつまらなかった」
「そのゲーム、ちょっと気になるな」
お昼のバラエティ番組を見ながら由希江が用意してくれたお昼ご飯を食べ、午後一時頃、母が買い物に出た隙を狙って二人は晴和のお部屋をあとにし、玄関から外に出た。
「アタシ、二十一世紀の電車に乗ってみたいな」
「あたしも昨日そう思ったよ。一駅だけ乗ってみよう」
まっすぐ最寄りのJR駅へ。
「切符の買い方は大きく変わってないみたいだね」
「ボタンが増えて、未来って感じや」
券売機で、恵子が麻美の分も合わせて次の駅までの乗車券を購入した。
「自動改札や。あたし、生まれて初めて実物を見た」
「アタシの時代でも自動改札がある駅、あまりなかったよ。この時代はどこの駅にもあるのかな?」
二人は恐る恐る購入した切符を自動改札機に通す。
「わぁ、すごい! さすが二十一世紀やー」
恵子は出て来た切符に感激し、じーっと観察する。
「恵子お姉ちゃん、早く取り出さないと後がつかえちゃうよ」
何回かは使ったことのある麻美は微笑ましく眺めていた。
階段を駆け上がり、ホームへ上がると、
「恵子お姉ちゃん、女性専用車両だって」
麻美はホーム上にあるそのマークにすぐに気が付いた。
「女性専用車両か。この時代って、女性優位の社会なんかな?」
この二人の時代にはなかったものに驚かされる。
『まもなく、三番線に、電車が参ります。危険ですので、白線の内側までお下がり下さい』
このアナウンスが流れ、予定通りほどなくして電車がやって来た。
停車して自動扉が開くと、
「いよいよ二十一世紀の電車、初体験や」
「車両きれいだね。楽しみだなぁ」
二人はわくわくしながら電車に乗り込む。
平日昼間のためガラガラな車内だったが、
「痴漢とかおらんよね?」
「たぶんいないと思うよ」
少し警戒しながら横向きの席に着いた。
ほどなく扉が閉まり、電車が動き出す。
「乗り心地は、あまり変わらんね」
「でも電車のデザインは未来って感じで乗れて嬉しい♪」
二人は二分ほどで着いた次の駅で下車し、駅の近くをてくてく歩いていく。
すると突然、
「きみたち、ちょっといいかな?」
背後から声をかけられた。
「うわっ!」
「ひゃっ!」
恵子と麻美は思わず振り返る。
そこにいたのは五〇歳くらいの男性警察官だった。
「きみたち、どこの学校?」
「あのね、犬みたいなお顔のお巡りさん。アタシ、二〇年くらい前から来た子なの」
「この子、設定上はあたしの妹なんです」
麻美と恵子は慌てて答えた。
「とにかく、学校名とおウチの連絡先を」
警察官に呆れ顔で求められると、
「麻美ちゃん、逃げよう」
「うん!」
一目散に走り出した。
「こらーっ、待ちなさーいっ! はやっ! ん? なんか足が昔のマンガみたいに渦巻きになってるような……」
追ってくる警察官を、百メートル十秒を切るような猛スピードで振り撒いて、何とか無事逃げ切れた恵子と麻美。
「あんなに早く走れるとは思わんかった。カールルイスに勝てるかも」
「アタシもびっくりだよ。これならかけっこクラスで断トツ一等賞間違いなしだね」
「あたし昨日もお巡りさんに声かけられたよ。やっぱあたし達が平日の昼間に街ん中うろうろしてるのはやばいよなぁ」
「恵子お姉ちゃん、学校の近くにいたら怪しまれないんじゃないかな?」
「確かに、理科の授業とかで学校の周辺散策とかやるし」
安堵した様子で次の計画を練る。
「恵子お姉ちゃん、昨日晴和お兄ちゃん達が通ってる学校入ったんでしょ。アタシも二十一世紀の学校見たーい」
「相変わらずの黒板にチョーク書きだし、それほどは二十一世紀っぽくなってなかったよ」
「そうなんだ、でもちょっと気になるぅ」
「変わった点といえば、トイレは明るくてめっちゃきれいやったね。あたしの時代だと学校のトイレは薄暗くてきたなくて小学校の頃は花子さんの噂が流行ってたよ」
「アタシの時代でも流行ってた。ポン○ッキーズでアニメもやってたよ」
「この時代の小学生はみんな二十一世紀生まれになってるけど、トイレの花子さん知っとるんかな?」
おしゃべりしながら歩き進み、近くの中学校横の路上へ。
「そこぉっ! 揃うとらんやないかぁ。何べんやったら揃うねん。特に一年六組の男子、名前は言わんけどおまえ一人のために、みんな入場する所からやり直しやっ!」
こんな怒声を拡声器越しに聞き、
「二十一世紀になっても体育教師は相変わらず強面なんやね。ゲンコツは飛ばんなってるらしいけど」
「あのおじちゃん、せがた三四郎に似てる。運動会の行進の練習って、たった一人が出来てないだけで関係ない他の子達にもやり直しさせるよね」
恵子と麻美は同情する。
「あんなことさせたら絶対人間関係に亀裂が生じるよ。おまえのせいやとかって。それがやがていじめにも発展すんねん。教師も間接的にいじめに加担してるねんで」
引き続きしばらく観察しているうち、恵子は怒りもあらわにした。
さらに移動して辿り着いた小学校の前では、とある音楽が聞こえて来た。
「ここも運動会の練習やってる。この曲は、A○Bの歌やね。いまどきの小学生は運動会でこんなのに合わせて踊るんか。何年生の演技やろ? 四年生くらいかな? あたしの時代じゃ全校ダンスはア○レちゃん音頭だったよ」
「アタシの学校はちびま○子ちゃんのおどるポン○コリンだった」
「ちびま○子ちゃんか。一昨日ネットで調べたんだけど、あたしのいた時代よりちょっと後からり○んで原作漫画が始まって、九〇年にアニメ化されて一回終わってツ○シしっかりしなさいとかいうのやって、また始まって、以降はこの時代でも日曜夕方六時からやってる人気アニメやね。サ○エさんの前座みたいな感じで」
「アタシ、ツ○シの最初のOP大好きだったな。学校でも流行ってたよ。そういえば、この時代の小学校ってなわとび検定ってあるのかな? アタシ、二年生の時には上級の一級飛べたよ」
「あたしはなわとびめっちゃ苦手や~。二重とびとか無理」
「コツを掴めばけっこう簡単だよ。恵子お姉ちゃん、ここの小学校に入ってみよう」
「いいねえ。正門は番人がおるやろうから裏門から入ろう」
二人は今いる場所から校庭に立てられたフェンスに沿ってぐるりと回っていく。
「あっ、英語が聞こえて来たよ」
「この時代は小学校でも英語習うようになってるんやって」
「そうなの? 国際的になってるんだね」
「ん? この歌は、九ちゃんの『上を向いて歩こう』や。きっと音楽室からやね」
「アタシもこの歌知ってる。去年学習発表会でも歌ったよ」
「あたしの時代ではつい最近、御巣鷹の飛行機事故で亡くなってしもうた九ちゃんの歌、この時代でも歌い継がれててめっちゃ嬉しいわ~」
校舎の中から聞こえてくる音に耳をそばだてつつ歩き進んで裏門前に辿り着き、
「ほよよ、ここも閉まっとる。想定外や」
「恵子お姉ちゃん、部外者の立ち入りは固く禁じますって看板があるよ」
「ありゃりゃ。由希江お姉さんが言ってた通り、この時代の学校はセキュリティーが厳しいみたいやね」
こんな会話をしていたところ、
「きみら、ここの学校の子か?」
警備員さんと思わしき五〇歳くらいの恰幅の良いおじさんが、門内側のプレハブ小屋から出てきて近寄って来た。
「あっ、はい。そうですよ」
恵子は慌て気味に答える。
「何年何組、お名前は?」
「六年二組の、恵子です」
「アタシは四年一組の、麻美でーす」
「苗字は?」
「あたしは、姫島(ひめしま)」
「アタシは、舎川(とねがわ)だよ」
恵子と麻美は落ち着いた様子で伝える。苗字設定もあったようだ。
「姫島恵子さんと、舎川麻美さんか。そんな子おったかな? 確認するからちょっと待ってて」
警備員さんは携帯電話をポケットから取り出す。
「麻美ちゃん、逃げるよっ!」
「うん!」
恵子と麻美はさすがにやばいと感じたのか、急いでここから立ち去った。
「あっ、きみたち」
唖然となる警備員さんをよそに、さっきの場所から二百メートルほど離れた場所まで逃げた恵子と麻美は、
「中に入れそうに無かったね。学校に入るのは諦めよう」
「その方が良さそうやね。麻美ちゃん、次はどこへ行きたい?」
「駅前にあったショッピングモールがいいな。二十一世紀のお店、いろいろ見たいもん」
こう打ち合わせて駅の方へ戻っていく。
「麻美ちゃんの時代は、忘れ物したら先生からビンタやゲンコツくらわされたりせんかった?」
「してくる怖い先生もいたよ」
「麻美ちゃんの時代でもやはりおったか」
「でもアタシの今の担任はとっても優しいから、ママにお電話して忘れ物持って来てもらうって言ったら十円貸してくれるよ」
「いい先生やなぁ」
「アタシが四年の時の担任は最悪だった。給食を三角食べしなきゃ怒るヒステリックなおばさん先生だったよ」
「あたしが小学校の時もそんなのおったわ~。守らんかって五時間目終わるまでずっと廊下に立たされてた子がおったよ。あたしもその先生に掃除の時間、焼却炉に三〇点の算数のテスト捨てたんがばれた時、なんでそんないい加減なことするんやっ! って叱られてビンタ三発食らわされたよ」
そんな会話を弾ませている時、
二人の身に予期せぬ出来事が――。
「あっ、あのう、すみませーん」
誰かに背後から、ぼそぼそっとした低い声で話しかけられたのだ。
「何や?」
「なぁに?」
恵子と麻美は思わず後ろを振り向く。
そこに立っていたのは、背丈が一六〇センチくらいで、三〇代くらいに見えるリュックサックを背負った小太りの男性。服装はジーンズに赤いチェック柄の長袖Tシャツ。白のスニーカー履き。
「写真、撮らせてもらっても、いいかな?」
高そうなカメラを手に抱え、にやにやした表情で、こんなことをお願いして来た。
「もちろんいいよ。おじちゃん、かわいく撮ってね」
麻美は快く承諾し、ポーズを取ろうとしたが、
「麻美ちゃん、このお方は危険人物やっ! 逃げるでっ!」
恵子は若干表情を引き攣らせ、こう警告する。
「逃げた方がいいのかな?」
こうして恵子と麻美は、足早にその男性から遠ざかっていった。
「ありゃまっ、逃げられちゃったよ」
男性は苦笑い。諦めて近くのマンガ喫茶の方へと向かっていく。
「二十一世紀に来て、初めて身の危険を感じたよ。さっきのおじさんはきっと変質者やな。見るからにそんな感じがしたわ」
「恵子お姉ちゃん、外見で判断して即逃げるのは失礼だよ。さっきのおじちゃん、変なおじさんバージョンの志村○んに似てて、面白そうだったでしょ?」
「あたしそのバージョンの志村○んは知らないなぁ。麻美ちゃんも、学校の先生とかから知らないおじさんについていっちゃダメって教わったでしょ」
「そうだけど、悪そうな人には見えなかったよ」
「まあ万が一のために逃げておいて良かったと思うよ。二十一世紀の世の中でもあんな感じの子どもを狙う不審者はまだおるんやね。ちなみに志村けんさん、残念ながらこの時代ではお亡くなりになってしまってるんや。二〇二〇年三月二九日に新型コロナウイルスっていう未知の感染症による肺炎で」
「えーっ! 志村けんさんがそんな風に死んじゃうなんて、かわいそう」
「N〇Kのクイズ番組の連想ゲームとか、ドラマでもいろんな役やってはった岡江久美子さんもそれから少し後に新型コロナでお亡くなりになってもうたんやって。2020年は新型コロナウイルスのせいで世界中がヤバい状態になったみたいやで。世界のほとんど全ての国で感染者が出て、日本でも感染拡大防止のために、学校が三月から休校になって地域によっては春休みが夏休み以上の長さになったり、いろんなライブイベントやお祭りや高校野球とか、コミケまで中止になって、プロ野球や大相撲が無観客開催になったり、その年にやる予定やった東京オリンピックも延期になってしもてん。東京ディズニーランドや、デパートも長期休業になったりしてたみたいやで」
「え~!!」
「声優さんやスポーツ選手や芸能人も志村けんさん以外にも多くの感染者が出て、タッチの脇役の声やってた関俊彦さんや、暴れん坊将軍の松平健さん、あたしの時代では幕下力士で引退後は親方になった安芸乃島さんとかも感染したんやって。安倍晋三さんっていう総理が歴代最長までやってたんやけど、コロナ対応とかで心労が重なって持病が悪化して、任期の途中で辞めたそうや」
「……大変な時代がやって来るんだね。元の時代に戻ったらみんなに教えなきゃ」
どのように説明すれば二人のいた時代の人々に信じてもらえるかという会話も交えながら、恵子と麻美は無事、お目当てのショッピングモールに辿り着くことが出来た。
「麻美ちゃん、あたしから離れちゃダメだよ」
一階出入口を抜けて館内に入ると、恵子がいきなり手を掴んでくる。
「恵子お姉ちゃん、手は繋いでくれなくても大丈夫だよ」
麻美は照れくさそうにする。
「でも、めっちゃ広いから麻美ちゃん迷子になっちゃうかもしれないし」
恵子は心配そうな様子だ。
「アタシ、クラスで二番目に背がちっちゃくて三年生くらいに見られるけど五年生だよ。恥ずかしいから、子ども扱いしないで」
「じゃぁ離してあげるけど、あたしの目の届く範囲で歩いてね」
「うん!」
「それじゃまずは、どこから寄る?」
「レコード屋さんがいいな。この時代ではどんな歌が出てるのかアタシすごく気になるぅ」
近くに設置されてあった店内案内図を確認し、恵子と麻美はそのコーナーがある三階へ、エスカレータで移動した。
「レコードとか、カセットテープとか、レーザーディスクとかビデオテープとかが本当に全然売られてへんね。これも時代の流れかぁ」
「この時代のCDって、全部プラスチックケースに入ってるんだね。あっ、SM○Pだ。みんなおじちゃんになってるぅ。あれ? メンバー一人減ってる?」
「A○Bをおニャ○子以上の大人気アイドルグループに成長させるとは、秋元康さん恐るべしやな」
「秋元康って、あず○ちゃんとナースエンジェルり○かの漫画原作を書いてアニメ版のテーマソングの作詞もしてたよ」
「マジで!? 活動の幅、広いなぁ。どんな作品なんか気になるわ~」
「板野友美って、安室奈美恵みたーい。A○BにS○EにN○Bに、私立恵○寿中学にモー○ング娘にフェ○リーズにで○ぱ組.incにももいろク○ーバーにi☆R○sに、他にもいろいろ。この時代ってアイドルがいっぱいいるみたいだね」
「あたしの時代のアイドルは手の届かない場所にいる高嶺の花って感じやったけど、この時代のアイドルは身近な存在になってるみたいよ。どこにでもいる普通の女の子がアイドルやるようになってるんやって」
「そうなの? アタシもこの時代ならアイドルになれるかなぁ?」
「あたしが小学生の頃に引退したキャン○ィーズも、この時代ならあんな理由で辞めんで良かったよな。この時代は平成のキャン○ィーズ、キャン○ルズっていうのがおったみたいやね。すぐに消えたらしいけど」
レコード店にて、楽しそうに商品を観察。ここでは何も買わずに出て、続いて同じフロアにある大型書店へ。
「当たり前だけど見たことない本ばっかりだね」
「この時代はパソコンとか携帯とか専用の端末とかの画面で読む電子書籍っていうのも普及して来てるらしいけど、あたしは紙の本の方がいいわ。由希江お姉さんも紙の方がいいって言ってたよ」
「アタシも紙で読む方がいいな。そういうので読んだらゲームボーイみたいに目が悪くなっちゃいそう。あっ! こ○亀だ。これってまだやってたの? アタシの時代でも九十何巻かまで出てて、お友達もいつまで続けるつもりなんよって言ってたのに。二〇〇巻超えてるよ」
そのマンガの最新刊が目に留まり、麻美は驚き顔だ。
「二〇一六年の秋についに連載四十周年記念と共に、二〇〇巻で完結したみたいやで。昨日、ネットで知った」
「へー。こ○亀この時代じゃ終わったんだ! じゃぁ、この二〇〇巻が最終巻なんだね。元の時代に戻ったらお友達に教えよう」
「週刊連載としては完結したけど、それ以降も不定期に雑誌に載ってて、単行本も201巻以降も出してやるみたいや。ほら、そこにも置いとる」
「本当だ。じゃあ、、まだ一応続いてるんだ」
「それにしても、四〇年も週刊連載一度も休まんと続けることになるなんて、秋本治さんお疲れ様やで。
「あたしの時代でもすでにこ○亀三十巻超えてたよ。この時代は百巻越えのマンガ、けっこういっぱいあるみたいよ」
「へぇ。アタシの時代からあるマンガが、この時代でもまだ続いてるのがけっこうあるんだね」
「あたしはガ○スの仮面がまだ続いてるって事実に驚いたよ」
「アタシもガ○スの仮面知ってるぅ。この時代でも続いてるってことは百巻以上出てるんだね」
「いや、作者描くペースめっちゃ遅いからまだ五〇巻くらいまでしか出てないみたい」
「そうなんだ。冨○先生、幽○の次はH○nter×H○nterっていうマンガ描くのかぁ。トランプマンを思いっ切り悪人顔にしたようなキャラクターもいるね」
「高○留美子先生やあ○ち充先生も次回作どんどん作ってるみたいやね」
「ド○ゴンボールって、アタシの時代で原作は最終回になったけど、この時代でもまだ売ってるんだ。デザイン変わったバージョンもある」
「○空が成長してはる! ってことはブ○マもチ○もおばさんに」
「ぬ~○~の漫画もあるぅ! ぬ~○~NEOだって! ぬ~○~に出て来るキャラが大人になってる! これ読みたい!」
「あたしはこれ知らんわ~。いつから始まったん?」
「確かね、二年前だよ」
「そりゃ知らんはずやわ~。あっ! お○松くんや。父さんが若い頃に嵌ってた言うてたよ。マンガ全巻持ってるで。あれ? お○松、さん!? これ、この時代のやつなん!? キャラデザもけっこう変わってはるし」
「お○松くんはアタシも知ってるよ。アニメで見たことあるもん。これ、二十一世紀のお○松くんみたいだね」
「大ヒットって看板に書いてるし。あたしの時代基準でも昔の作品言われてて、アニメや漫画始まったんはあたしが生まれるよりも前やのに。あれから五十年以上は経っとるこの時代でもまだ人気があるなんて、赤塚不二夫さんすご過ぎや~」
「アタシもお○松くん好きだよ。特にシェーッ! のおじちゃん。明石家さ○まに似てるよね。同じ作者のバ○ボンのレレレのおじさんも大好き♪」
「う○星やつらの漫画も豪華な感じになって売ってはるし、この時代、昔の作品大事にされとるんやね」
「ド○えもんの漫画もいっぱい売られてるもんね。スーパーマ○オくんの漫画も置いてる! 巻数がすごく増えてる。これもこの時代でもまだ続いてるの!?」
「マ○オはあたしも知ってるけど、漫画版は知らんで。これものちに始まるんやね」
「二十一世紀のセー○ームーンの漫画版も発見!」
「これもうちの時代じゃ未来の漫画やね。クッキングパパの単行本、初めて見たわ~。あたしの時代は一巻が出る前やからね」
「まことくん、大人になってるね。これが最新刊かな? 著者近影に載ってる髭もじゃのうえやまとちのおじちゃんはお爺ちゃんになってるよね」
「ゴ〇ゴ13も作者のさいとう・たかを先生はお亡くなりになってしもうたけど、さいとうプロダクションのスタッフ達の手によって連載はずっと続いてて、200巻台になってるみたいやで。この辺にありそうや。おう! あった」
「ゴ〇ゴ13、この時代でもまだ続いてたんだ! 100巻が出たのはゴ〇ゴの方がちょっと早かったよね」
二人は児童・少年・青年コミックスのコーナーを中心に楽しく過ごしたのち、隣接するゲーム関連商品売り場へ。
「スー○ァミもセ○サターンもバー○ャルボーイも、この時代じゃやっぱりもう売ってないね」
「麻美ちゃんの時代はそんなのも出てるんか。ファ○コンはより一層売ってなさそうやな。マ○オはこの時代でも大人気みたいやね。ゲームの種類めっちゃ増えとる。おう! スーパーマ○オブラザーズにNewが付いてはるやん。これめっちゃ欲しい。晴和お兄さんに頼んで買ってもらおうかな。いや、ひょっとしたら晴和お兄さんちのまだ探してないとこにあるかもしれんな」
「ドン○ーコングも大人気みたいだよ」
「ドン○ーコング、あたしも知ってる。ゲームウ○ッチとファ○コンで遊んだよ。こいつもめちゃくちゃ立体的なデザインになったなぁ」
「アタシの時代はスーパードン○ーコングっていうめちゃくちゃ面白いスー○ァミソフトが出てたよ。画面がコンピュータグラフィックで立体的ですごく迫力あったけど、この時代のはもーっと立体的だね。あっ、ド○ゴンボールのゲームだっ! この時代でも新作出してるんだ。何この紫のうさぎさんと青白い顔のおじさん!? 金色のフ○ーザもいるっ! ウルト○マンみたいなのも。くまの○ーさんみたいなのもいるぅ!」
「知らんキャラばっかりや。ヤ○チャさんは?」
「ソフトの値段も安くなってる。一万どころか五千円以下のもいっぱいあるぅ。本体が四千円安くなるクーポン券は付いてるのかな?」
ここでも何も買わずに店内から出てすぐ、
「二十一世紀のランドセルって、すごいカラフルだね」
「いまどきの小学生はこんなの背負ってるんか。ちょっと羨ましい」
向かいの文具専門店前に展示されてあったのが目に留まり、麻美と恵子はあっと驚いた。
続いて二人は一階食品売り場へ。
「Jリーグカレー、この時代じゃ売ってないね。シール集めるのが好きだったのに」
レトルトカレー売り場にて、麻美は残念そうに呟いた。
「そりゃぁ二〇年くらい経ってるし、さすがにないんじゃないかな」
「確かに、ぬーぼーも8分の5チップも売ってないね。あっ、チ○ルチョコは売ってるよ。種類すごく増えてるね」
レトルトカレー向かいの菓子類の棚でそれを見つけると、麻美の表情は綻ぶ。
「あっ、ほんまや。十円あったらチ○ルチョコ、この時代でも十円なんだ」
「恵子お姉ちゃんの頃でももうあったの?」
「あたしが小学三年生の頃にはもう発売されてたよ。あの頃のCM、さ○まさんと、麻美ちゃんと同じ年くらいの女の子が出てたような」
「へぇ。そのCM見てみたいな。いちご味の、美味しそう」
麻美はそう呟いた直後、大胆な行動をとった。
「フリフリフレーク、チ○ルチョコ♪ フリフリフリフリ、チ○ルチョコ♪ フリフリフレーク、チ○ルチョコ♪」
こんな歌を楽しそうに口ずさみながら、お尻を振り始めたのだ。さらには両手で自分のスカートを捲ったのである。
「麻美ちゃん、パンツまる見えやで」
恵子は慌てて注意する。
「去年、CMでやってたの。すぐにパンツ見せないバージョンになっちゃったけど」
「麻美ちゃんの時代だとそんな下品なCMやってたんや。人前でやるのはまずいよ」
「はーい。もうやらなーい」
「麻美ちゃん、う○い棒もまだ売ってるよ」
「本当だー。これも種類が増えてるね。ねるね○ねるねも売ってる! これ、CMでうまいって言ってたのに不味かったんだけど、二十一世紀のは本当に美味しくなってるのかな?」
「あたしそれは知らんわ。いつ頃発売されたんかな?」
麻美と恵子は欲しいお菓子類を買い物籠に詰めていく。
続いてアイスコーナーへ。
「あっ、ガ○ガリ君もまだ売ってるぅ! でもガ○ガリ君が変」
「二十一世紀のガ○ガリ君、野性味が薄れて、やけにきれいになっとるね」
「普通のジャ○アンがきれいなジャ○アンになったみたいだね」
「ネットの記事で見てんけど、この時代って、草食系男子っていうのが人気らしいから、時代の流れなんやろうね」
「アタシ、こっちのガ○ガリ君の方が好きだな。あれはまだ売ってるかな?」
麻美はシリアル食品コーナーへ駆けていった。恵子もあとをついていく。
「ケロッ○コンボ、アタシが一番好きなやつなのに売ってないよ」
「あたしも大好きだった。もう売ってないみたいで残念や」
いよいよレジへ。
「……大丈夫です。使えますよ」
恵子が伊藤博文の千円札を出したため、店員さんに不審に思われたが無事支払い完了。
近くの休憩所の長イスに腰掛け、
「麻美ちゃん、街歩いてみて、公衆電話全然見かけんかったやろ?」
「確かに、見なかったね。駅にも無かったし」
「この時代の人はほとんどが携帯電話を持ってて、公衆電話使う人がほとんどいなくなったからなんやって」
「そうなの? やっぱ未来だね」
おしゃべりしながらさっき買ったガ○ガリ君コーラ味を頬張る。
その時、
「あら、恵子さんと麻美さんじゃありませんか?」
「あっ、本当だ。やっほー」
「ここに来てたんだね」
利佐子、実果帆、晴和の三人と偶然合流した。
「あっ、晴和お兄ちゃん達だ」
「おう、奇遇やね。学校もう終わったん?」
麻美と恵子は彼らのそばへ駆け寄っていく。
「うん、今日は六時限目までで、私達は三時前には学校出たよ」
「実果帆お姉ちゃん、ここのお店、ものすごーく広いよね?」
「だってここ、県内で最大規模のショッピングモールだもん。十年くらい前に出来たんだ。私が幼稚園の頃からしょっちゅう行ってるよ」
「普通のお店以外に、映画館やボウリング場、スポーツクラブなども入っていますよ」
利佐子は加えて伝える。
「あたし、映画見に行きたいな。二十一世紀の映画が見たいから」
「アタシもーっ! きっとすごい迫力になってるんだろうな」
「それじゃ、行こうか?」
実果帆は誘ってみる。
「いいわね、わたしも久しく映画観てないから」
「俺も、せっかくだから付き合うよ」
そんなわけで、みんなで同ショッピングモール併設のシネコンへ。
向かっていく途中、
「えぃっ!」
「きゃっ!」
晴和のすぐ前を歩いていた実果帆は軽く悲鳴を上げ、慌ててスカートを押さえた。
今しがた実果帆の制服スカートが思いっきり捲られ、ショーツが露になったのだ。ちなみに地味な白だった。
「晴和くん、見た?」
「絶対見たでしょ? 晴和さん、正直に答えなさい」
実果帆と利佐子が上目遣いで問い詰めてくる。
「うん、でも、わざとじゃないって」
晴和は焦り気味に弁明する。
「分かってるよ。晴和くんは昔からそんなエッチなイタズラする子じゃないもん」
実果帆はにっこり微笑んだ。
その傍らで、
「こら麻美ちゃん、スカート捲りはあたしの時代でも大流行してるけど、そんなことしちゃダメって学校でも先生に再三言われてるでしょ」
「いたたたぁっ。痛いよ恵子お姉ちゃん。ごめんなさぁい」
恵子が麻美の両こめかみをこぶしでぐりぐりしている姿があった。
「まあまあ恵子ちゃん、麻美ちゃん反省してるから許してあげて」
「実果帆お姉さん心優しい、すぐにビンタしてくるあたしのクラスの担任とは正反対や」
実果帆の寛容さに恵子は感心する。
(麻美さんと恵子さん、言動から察するにどう考えても……ちょっと確かめてみなきゃ)
利佐子は疑問を晴らすべく、
「麻美さんと恵子さんは、映画館に来るのはいつ以来かな?」
こんな質問をしてみる。
「夏休みに観た耳をす○せば以来だよ」
「あたしは春休みにド○えもんの宇宙小○争観て以来やな」
麻美と恵子は楽しそうに答えてくれた。
「これではっきりしたわ。恵子さんと麻美さんは、過去の世界からタイムスリップして来た子ね」
利佐子はにこやかな表情を浮かべる。
「……ついにばれたか」
「分かっちゃった?」
晴和と実果帆は少し焦るも、
「そうだよ、あたしは晴和お兄さんのお母様が三〇年くらい前に描いたイラストから飛び出て来たからね」
「アタシは二〇年くらい前に描かれた実果帆お姉ちゃんのおばちゃんのイラストから」
恵子と麻美は堂々と伝えた。
「そういう方法でしたか。タイムスリップというより、永い眠りから目覚めたって感じね。いまいち信じられないけど」
利佐子は訝しげな表情を浮かべる。
「この子達の言うことは本当だ。俺、目の当たりにしたから」
晴和は真顔で伝えた。
「利佐子ちゃん、おかしいとは思わないの?」
「そりゃぁおかしいと思うわ。非現実的だもん。でも、これまでの言動を見て、認めざるを得ないと思ったの。わたし、このような現代の科学では解明出来ない特殊能力を持つお方に出会えてとっても嬉しいです」
利佐子は徐々に朗らかな笑顔へ変わっていった。
「利佐子お姉さん、出来れば、あたしのこと、普通の子としてみて欲しいな」
恵子は照れくさそうな表情でお願いする。
「もちろんそうしますよ」
「サーンキュ♪」
「利佐子お姉ちゃん、アタシのことは特殊な子としてみてくれてもいいけど、アタシとお友達になってくれる?」
「はい、もちろんです」
「あたしとも、お友達になって欲しいな」
「わたしからもお願いしたいです」
利佐子は麻美と恵子と友好の握手を交わした。
シネコンに辿り着くと、
「二十一世紀の映画館って、めっちゃ豪華やね。カフェまであるし」
「ものすごく大きいね。番号がふってあるけど、全部違う映画館なの?」
恵子と麻美は館内を物珍しそうにきょろきょろ見渡し始める。
「この時代では、老舗の小規模な映画館はどんどん姿を消して、一つの映画館に複数のスクリーンを持つシネコン形式が一般的になっていますよ」
利佐子は説明した。
「そうなんだ。二十一世紀って感じだね。アタシ、これが見たーい!」
麻美は壁にいくつか貼られてあるポスターのうち、対象のものに近寄る。
「えっ! あれが見たいの?」
晴和は少し動揺した。
「晴和くん、かわいい女の子が大活躍するアニメ好きでしょう?」
実果帆は爽やかな表情で問いかけてくる。
「いや、俺は、べつに。秀一と姉ちゃんが好きなだけで……」
晴和は俯き加減で主張した。
「私も大好きなの。麻美ちゃんが見たがってることだし、せっかくだから見よう。次の回は三時四〇分から始まるみたいだね。もうすぐだね」
それは夏休みに公開され、今週末で上映終了となる女児向け魔法もありのファンタジーギャグアニメだった。
「俺はここで待っとくよ。チケット代の節約にもなるし、そもそも高校生の見るものじゃないし」
晴和は当然、見る気にはなれず。
「晴和お兄ちゃんもいっしょにこの映画見ようよぅ。さっき晴和お兄ちゃんの三倍くらいは年上に見えるおじちゃんが一人で入って行ったよ」
「……仕方ない」
麻美に背中を押されチケット売り場の方へ連れて行かれる。
「小中学生二枚、高校生三枚」
実果帆が代表して、お目当ての映画五人分のチケットを購入。受付の人がその入場券と共に入場者全員についてくる、キラキラして可愛らしいおもちゃのペンダントをプレゼントしてくれた。
「麻美ちゃん、これあげる。俺こんなのいらないから」
「ありがとう♪ 二十一世紀は映画のおまけも豪華だね」
晴和は速攻麻美に手渡した。麻美が受け取ったものとは種類違いだった。
チケット売り場向かいにある売店で、恵子と麻美はドリンク&ポップコーンを購入。
こうしてみんなは、お目当ての映画が上映される6番スクリーンへ。薄暗い中を前へ前へと進んでいく。
「実果帆ちゃん、周り幼い女の子ばっかりだから、やっぱり、俺達は入らない方が……」
「まあまあ晴和くん。気にしなくてもいいじゃない。たまには童心に帰ろう」
晴和は否応無く、実果帆に背中をぐいぐい押されていく。
「晴和さん、今日はガラガラじゃない。休日に入るよりもずっと入りやすいでしょう」
利佐子はその様子をすぐ後ろから微笑ましく眺める。
真ん中より少し前の列の席で、晴和は麻美と実果帆に挟まれるように座った。座席指定なのでそうなってしまった。
(……視線を感じるような)
晴和は落ち着かない様子だった。他に二〇名ほどいた客の、八割くらいは就学前だろう女の子とその保護者だったからだ。
*
上映時間七〇分ほどの映画を見終えて、
「二十一世紀のアニメ映画も、とっても面白かったね」
「うん、映像のきれいさが全然ちゃうわ~」
「わたしも愉快な気分になれましたよ」
「私もまた見に行きたいな」
女の子四人は大満足、
「まあ、思ったよりは面白かったかな。子どもの騒ぎ声がうるさかったけど」
晴和だけは少し満足な様子で劇場内から出て来た。
「晴和さんも昔ド○えもんの映画いっしょに見に行った時はあんな感じだったでしょ。わたしと実果帆さんは大人しく見てたけど」
「そうだったかな?」
利佐子ににこやかな表情で突っ込まれ、晴和はちょっぴり照れた。
「私、子ども向けアニメ大好き。アン○ンマンとかド○えもんとかちびま○子ちゃん、今でも毎週欠かさず録画もして見てるもん」
「実果帆お姉ちゃん、アタシといっしょだぁ」
「あたしも子ども向けのアニメ、中学生になった今でもけっこう好きや」
「対象年齢なんて関係ないよね。アタシ、次はゲームセンターで遊びたいなぁ」
麻美が強く懇願すると、
「麻美ちゃん、ゲームセンターは不良の溜まり場って昨日も言ったやろ」
恵子は困惑顔を浮かべる。
「恵子さん、それはこの時代の基準では大昔の話よ。今はファミリーや女の子だけでも楽しめるようになってるの」
利佐子は微笑みながら楽しそうに伝える。
そんなわけでみんなはこのあと、シネコン隣接のファミリー向けアミューズメント施設へ立ち寄った。
「明るくてすごくきれい。本当に様変わりしてるんやね」
店内に一歩踏み入った瞬間、恵子は嬉しそうに叫ぶ。
「あれ? ド○えもんの声、変じゃない?」
とある筐体から流れて来た声を聞き、麻美は違和感を覚えたようだ。
「昨日ネットで調べたんだけど、二〇〇五年に声優全部変わったんやって。ド○えもんは水田わさびって人みたい」
「そうなんだ。なんか馴染めないな」
「あたしもや。この時代の子ども達はわさびさんで聞き慣れてるんやろうけど。んっ、あれは何やろう?」
恵子はきらきらとした色合いの筐体を差した。
「あれはプリクラだよ。撮った写真をシールに出来るの」
実果帆が教える。
「面白そう。このおしゃれな感じ、確かに女の子向けやね。二十一世紀のゲームセンターにはこんなのも出来てるんか」
「アタシの時代にはもうあったよ。夏休みにお友達と撮ったよ。二十一世紀のプリクラも撮りたいなぁ」
「それじゃ、せっかくなのでみんなでいっしょに撮りましょう」
「いいねぇ利佐子ちゃん。私、プリクラ撮るの久し振りだな」
「二十一世紀のプリクラ、どれくらい進化してるのかなぁ?」
「プリクラって機械、めっちゃ楽しみや~」
女の子四人は最寄りのプリクラ専用機の前へ近寄っていく。
「晴和くん、いっしょに写らないの?」
「実果帆ちゃん、状況的に考えて俺は写らない方がいいだろ。俺も写りたくないし」
「晴和さん、女の子四人の中に男の子一人だからって恥ずかしがらなくても」
「晴和くんも写ろう」
「晴和お兄さん、お願いします。晴和お兄さんが仲間はずれになっちゃいますし」
「いや、いいって」
晴和は気が進まなかったが、
「晴和お兄ちゃんも二十一世紀のプリクラいっしょに写ろうよぉ~」
「分かった、分かった」
麻美に無邪気な表情で腕や服を引っ張られたり、しがみ付かれたりすると断り切れなかった。
みんなはプリクラ専用機内に足を踏み入れると、前側に恵子と麻美、後ろ側に晴和達三人が並んだ。
「二十一世紀のプリクラは選べるフレームも多いね。アタシこれがいい!」
麻美の選んだイルカさんのフレームに、他のみんなも快く賛成。
「一回五百円か。けっこう高いな」
晴和はこう感じながらも、気前よくお金を出してあげた。
「二十一世紀のプリクラはデコレーション機能も豊富だね」
「ペンが付いとる! これで落書き出来るみたいやな。合成も出来るんか」
「テレビでお絵描き出来るおもちゃの進化版みたいだね」
麻美と恵子は楽しそうに最新の機能を利用する。
撮影落書き完了後、
「おう、めっちゃきれいに撮れてるやん!」
取出口から出て来た十六分割プリクラを真っ先にじっと眺める恵子。自分が見たあと他のみんなにも見せてあげた。
「二十一世紀のプリクラは画質がすごくいいね。学校のお友達に自慢しよっと」
麻美も大満足な様子だ。
「恵子ちゃん、晴和お兄さんとデート、ハートマークとかって落書きしないで」
晴和は迷惑顔を浮かべる。
「いいじゃん晴和お兄さん、ほとんど事実なんだし」
恵子はてへっと笑い、舌をペロッと出した。
「利佐子ちゃんは、相変わらず表情がちょっと硬いね」
「ほんまやー。なんか弁護士みたい」
「利佐子お姉ちゃん、がり勉少女っぽいね」
「あれれ? 笑ったつもりだったんだけどな。生徒証の写真はもっと表情硬いですよ」
利佐子は照れくさそうに打ち明ける。
「あたしも生徒証の写真は表情めっちゃ硬いよ。睨んでるような感じや」
恵子がさらりと打ち明けると、
「恵子さんも同じなのですね、よかった」
利佐子に笑みが浮かんだ。
「利佐子ちゃん、今の表情いいね」
実果帆はサッと携帯電話をかざし、カメラ機能で利佐子のお顔をパシャリと撮影する。
「利佐子ちゃん、いい笑顔が取れたよ」
「実果帆さん、なんか恥ずかしいからすぐに消してね」
利佐子の表情はますます綻んだ。
「二十一世紀の携帯電話はそんな機能も付いてるんやねぇ」
恵子は撮られた画像をちゃっかり眺め、感心する。
「さすが二十一世紀のポケベル、じゃなくて携帯電話だね。アタシ次はこれがやりたいなぁ」
麻美はプリクラ専用機すぐ向かいの筐体前に移動する。
「麻美ちゃん、動物さんのぬいぐるみが欲しいんだね?」
「うん!」
実果帆からの問いかけに、麻美はにっこり笑顔を浮かべて弾んだ気分で答える。麻美がやりたがっていたのは昔からお馴染みのクレーンゲームだ。
「動物のぬいぐるみは特にかわいいものね」
利佐子は同調した。
「あっ! あのウーパールーパーのぬいぐるみさんとってもかわいい! お部屋に飾りたぁい」
お気に入りのものを見つけると、麻美は透明ケースに手のひらを張り付けて叫び、ぴょんぴょん飛び跳ねる。
めちゃくちゃかわいいな。
晴和はその幼さ溢れるしぐさに見惚れていた。
「この異形の両生類、あたしの時代でブームになってたよ。あたしの友達にも飼ってる子おるで。あたしは、世話するん大変そうやから飼いたいとまでは思わんかったけど、見惚れてまうよね」
恵子はにっこり笑う。
「麻美さん、あれは隅の方にあるし、他のぬいぐるみさんの間に少し埋もれてるから、難易度はかなり高いわよ」
「大丈夫! むしろ取りがいがあるよ」
利佐子のアドバイスに対し、麻美はきりっとした表情で自信満々に言った。コイン投入口に百円硬貨を入れ、操作ボタンに両手を添える。
「麻美ちゃん、頑張れーっ!」
「麻美ちゃん、ファイトやっ!」
「麻美さん、慎重にやれば絶対取れますよ」
「頑張れよ」
他の四人はすぐ後ろ側で応援する。
「みんな応援ありがとう。アタシ、絶対取るよーっ!」
麻美は慎重にボタンを操作してクレーンを動かし、お目当てのぬいぐるみの真上まで持っていくことが出来た。
続いてクレーンを下げて、アームを広げる操作。
「あっ、失敗しちゃった」
ぬいぐるみはアームの左側に触れたものの、つかみ上げることは出来なかった。
麻美が再度クレーンを下げようとしたところ、制限時間いっぱいとなってしまった。クレーンは自動的に最初の位置へと戻っていく。
「もう一回やるもんっ!」
麻美はとっても悔しがる。お金を入れて、再チャレンジ。しかし今回も失敗。
「今度こそ絶対とるよ!」
この作業をさらに繰り返す。
麻美は一度や二度の失敗じゃへこたれない頑張り屋さんらしい。
けれども回を得るごとに、
「全然取れないよぅ~。なんでぇー?」
徐々に泣き出しそうな表情へ変わっていく。
「あのう、麻美さん、他のお客さんも利用するので、そろそろ諦めた方がいいかもです」
利佐子は慰めるように忠告したが、
「諦めたくない」
麻美は諦め切れない様子。ぷくーっとふくれる。
「お気持ちは分かるのですが……わたしも一度やると決めたことは、最後までやり遂げたいですから」
利佐子は深く同情する。
「このままだと麻美ちゃんかわいそう。ねえ晴和くん、取ってあげて」
実果帆が肩をポンッと叩いて命令してくる。
「俺も、クレーンゲーム得意じゃないし。真ん中ら辺のスッポンのやつはなんとかなりそうだけど、あれはちょっと無理だな」
晴和は困惑顔で呟いた。
すると、
「アタシの力でとるーぅ! 同情するなら金をくれ! 同情するなら金をくれ! 同情するなら金をくれっ!」
麻美は大声でわめき出した。周囲からも視線を受ける。
「麻美ちゃん、あと一回だけやで」
「分かった」
恵子は昭和六〇年製の百円硬貨を手渡す。それは新品のようでぴかぴか輝いていた。
麻美の六度目の挑戦。惜しくも失敗。
「ねーえ、晴和お兄ちゃん、お願ぁい!」
「……分かった。取ってあげる」
ついに諦めた麻美に、寂しがる子犬のようにうるうるとした瞳で見つめられると、晴和のやる気が急激に高まった。クレーンゲームの操作ボタン前へと歩み寄る。
「ありがとう、晴和お兄ちゃん。大好き♪」
するとたちまち麻美のお顔に、笑みがこぼれた。
「さすが晴和くん、男の子だね」
「晴和さんの判断は正しいです」
「晴和お兄さん、心優しいね」
他の三人も、彼に対する好感度が高まったようだ。
(まずい。全く取れる気がしないよ)
晴和の一回目、麻美お目当てのぬいぐるみがアームにすら触れず失敗。
「晴和お兄ちゃんなら、絶対取れるはず♪」
背後から麻美に、期待の眼差しでじーっと見つめられる。
(どうしよう)
当然のように、晴和はプレッシャーを感じてしまう。
「晴和くん、頑張れーっ!」
「晴和さん、ドンマイ!」
「晴和お兄さん、ご健闘を祈ります!」
(よぉし、やってやろう!)
他の三人からの声援を糧に晴和は精神を研ぎ澄ませ、再び挑戦する。
しかしまた失敗した。アームには触れたものの。
けれども晴和はめげない。
「晴和お兄ちゃん、頑張ってーっ! さっきよりは惜しいところまでいけたよ」
麻美からも熱いエールが送られ、
「任せて麻美ちゃん。次こそは取るから」
晴和はさらにやる気が上がった。
三度目の挑戦後。
「……まさか、本当にこんなにあっさりいけるとは、思わなかった」
取出口に、ポトリと落ちたウーパールーパーのぬいぐるみ。
晴和は、麻美お目当ての景品をゲットすることが出来た。ついにやり遂げたのだ。
「やったぁ! さすが晴和お兄ちゃん! だぁぁぁーい好き♪」
麻美は大喜びし、バンザーイのポーズを取った。
「晴和くん、おめでとう! 三度目の正直だね」
「晴和さん、大変素晴らしいプレイでしたね」
「晴和お兄さん、あたし、お○ん並に感動したよ」
他の三人もパチパチ拍手しながら褒めてくれる。
「たまたま取れただけだよ。先に麻美ちゃんが、少しだけ取り易いところに動かしてくれたおかげだよ。はい、麻美ちゃん」
晴和は照れくさそうに伝え、麻美に手渡す。
「ありがとう、晴和お兄ちゃん。ウッパちゃん、こんばんは」
麻美はさっそくお名前をつけた。受け取った時の彼女の瞳は、ステンドグラスのようにキラキラ光り輝いていた。このぬいぐるみを抱きしめて、頬ずりをし始める。
「麻美ちゃん、幸せそうやね」
恵子はにこやかな表情で話しかけた。
「うん、とっても幸せだよ♪」
麻美は恍惚の笑みだ。
「麻美ちゃん、楽しい思い出が出来てよかったね」
実果帆は優しく微笑み、麻美の頭をなでてあげた。
「アーケードゲームもめっちゃ進化しとるね。こんなの、あたしの時代には無かったよ」
恵子はクレーンゲーム機から少し離れた場所にある筐体に目が留まる。画面右から流れてくる音符に合わせて太鼓を叩き、スコアを増やしていく業務用音楽ゲームであった。
「アタシも時代もまだ無かったよ。アタシ、あれもやりたいなぁ」
「ぜひやってみて。とっても楽しいですよ」
プレイ料金は利佐子が出してあげることに。
「太鼓二つあるし、麻美ちゃん、あたしといっしょにやろう」
「うんっ!」
「難易度選べるんやね。せっかくだし……」
恵子は難易度を『むずかしい』に選択。
選んだ曲は、恵子も麻美も気付かなかったが今流行のアニソンだった。
「この音符に合わせて太鼓叩くんか」
「けっこう難しいね」
恵子と麻美は、必死にバチで太鼓をドンドコ連打する。
曲が流れ終わったあと、
「けっこう、疲れるねぇ」
「うん、でもあたし、気分めっちゃ爽快や」
二人ともけっこう汗をかいていた。
叩き出したスコアは、861400点。
「すごいよ二人とも。私そんなに高いスコア出せたことないよ」
「初めてにしては上出来よ」
「俺のベストスコアよりいいな」
見ていた三人は褒めてあげる。
「アタシ達、けっこうすごい記録出したみたいだね。あっ、モグラ叩きゲームだ。次はあれで遊びたぁーい。恵子お姉ちゃんはあれ知ってる?」
「うん、あたしが幼稚園の頃にはもうあったよ。誕生日プレゼントに買ってもらったおもちゃのでも遊んだことある。二十一世紀のモグラ叩きゲームはどれだけ進化してるんやろ?」
麻美と恵子がこのゲームで遊ぶことに決めると、
「大きくは変わってないと思いますよ」
またも利佐子が快くプレイ料金を出してくれた。
「この時代のは動き速ぁっ!」
「恵子お姉ちゃんあそこ、引っ込んじゃう」
ゲーム開始後、恵子と麻美は楽しそうに専用ハンマーでモグラを叩いていく。
「二人とも無駄が少なくいい動きです。きっと遊び慣れてるわね」
「二人ともパーフェクト目指して頑張れー」
「俺はこのゲーム苦手だな。反射神経いるし」
利佐子達三人は背後から温かく見守る。
「あ~、惜しい。あたしの時代のより難しくなってはるわ~」
「二匹逃しちゃったね」
パーフェクトは逃したが、かなりの高得点を取ることが出来、二人とも満足げだった。
このゲームをもって、みんなはアミューズメント施設をあとにする。
「あのお店、この時代でもまだあったんだ。あたし、ちょっと寄ってみたいな」
続いて恵子の希望により、同ショッピングモール内のアニメグッズ専門店に立ち寄ることに。発売中または近日発売予定のアニメソングBGMなどが流れる、賑やかな店内。
この五人と同い年くらいの子達は他にも大勢いた。
「やっぱりあたしのいた時代より品揃いがずっと豊富やね。あっ! お○松くん、やなくてお○松さんのブルーレイ発見! これめっちゃ人気あるらしいね。映像ソフトの進化も喜ばしいことやわ~」
恵子はとても嬉しそうに店内を散策する。
「見たことないアニメばかりだけど、ド○ゴンボールとか幽○のグッズもまだ売ってるぅ! ド○ゴンボールのは知らないキャラのもあるし、欲しいなぁ~」
麻美もけっこう楽しそうにしていた。
「八〇年代から目覚めた恵子さんと、九〇年代から目覚めた麻美さんも、アニメキャラの中の人、声優さんは好きですか?」
「はい、大好きです!」
「アタシも声優さんとっても大好き♪」
「やはりそうでしたか。わたしも幼稚園時代から大好きなので嬉しいです」
「由希江お姉さんから一昨日聞いたんだけど、この時代の声優さんってアニメに出るだけじゃなく、テレビで顔出ししたり、歌手みたいにCD出したりライブイベントやったり、アイドルみたいに雑誌のグラビアとかにも出てるんでしょ?」
「そうですね。恵子さんや麻美さんの時代と比べると、アニメを見ない方達にとっての声優さんの知名度はかなり上がってる思いますよ。水樹奈々さんというお方は紅白にも何度か出ましたし。のど自慢のゲストにも」
「おう! 声優さんが紅白やのど自慢に! めっちゃすごい時代になってはるんやね」
「あと、ラ○ライブというこの時代の大人気作品から生まれたμ‘sという声優アイドルグループも、二〇一五年に紅白に出場されて、シリーズ二作目の『ラ○ライブ! サンシャイン!!』から誕生したAqoursも、二〇一八年の平成最後の紅白に特別枠で出場されて、Li〇Aさんというアニソンがメインの歌手も、令和最初と二〇二〇年と、二一年の紅白に出場されていますよ」
「それはますます喜ばしいことやね」
「声優さんはお仕事としてやるのはものすごく大変そうだけど、今年の夏休みに由希江ちゃんに連れて行ってもらったアフレコ体験はとっても楽しかったよ」
「わたしも。恥ずかしかったけどいい経験になったな」
「アフレコ体験やったんだ。いいなぁ。あたしもやってみたい」
「アタシもーっ」
「それじゃ、由希江ちゃんに頼んでみよう!」
女の子四人がこんな会話を弾ませていた時、
「あっ!」
晴和はコミックコーナーにいた誰かに気が付き、近寄っていく。
「やぁ、晴和君ではあ~りませんか。奇遇ですねー」
秀一であった。
「秀一、また姉ちゃんみたいに同じやつ保存用、鑑賞用、布教用の三つ買うつもりなのか」
晴和は秀一が手に持っていた籠の中を眺めながら、呆れ気味に呟く。
「晴和君、この三つは全く違うものですよん」
「タイトル同じだろ」
「これはラノベをコミカライズしたものなのですが、作者と出版社がそれぞれ違うのですよん。今日三冊同時発売なのです」
秀一はにこやかな表情で主張した。
「表紙は確かに違うけど、なんか、どれも同じような絵柄に見える」
晴和は若干呆れ顔だ。
「晴和君、全く違うではあ~りませんか。目をよく凝らしてみましょう」
秀一に軽く鼻で笑われてしまった。
「こんにちは秀一さん、やっぱりいたわね」
「やっほー秀ちゃん、約二時間振りだね」
利佐子と実果帆は嬉しそうにご挨拶。
「どっ、どうもぉ」
この二人にまさかこの店でぱったり出会うとはぁ、と秀一は思っていた。
「あーっ、ちびま○子ちゃんの長山くんみたいなのがいるぅ!」
麻美も秀一の姿に気付くと、彼の側にぴょこぴょこ駆け寄っていく。
「あっ、どうもどうも」
秀一はかなり緊張気味だ。彼の心拍数、ドクドクドクドク急上昇。小学生くらいの現実の女の子は特に苦手なのだ。
「この人が晴和お兄さんのお友達かぁ。いかにもながり勉くんやね。亀山カ○夫くんみたい。不良に絡まれやすそう」
恵子は秀一のお顔を見つめながらにこにこ微笑む。
「晴和君、あの一昔前の二次元美少女っぽい子達は一体?」
秀一は驚き顔だ。
「親戚の子なんだ。今、秋休みで俺んちに遊びに来てて」
晴和は秀一が混乱しないよう、こう嘘の内容も伝えておく。
「そういうことでありましたか。では晴和君、また明日」
秀一は居心地が悪くなったのか、会計を済ませるとそそくさこの店をあとにした。
「秀ちゃん逃げちゃったね」
「秀一さん、そんなに慌てなくてもいいのに。シャイな性格をなんとかしてあげたいです」
実果帆と利佐子は彼の後ろ姿を微笑ましく見送った。
「利佐子お姉さん、秀一って言う名前からしてめっちゃ賢そうな男の子にFall in loveしちゃってる?」
恵子はにこりと笑い、利佐子の肩をポンッと叩く。
「恵子さん、そんなことは全くないからねっ」
「いててて、ごめんなさい利佐子お姉さん」
爽やかな表情できっぱりと否定され、両ほっぺたをぎゅーっと抓られてしまった。
「利佐子お姉ちゃん、好きなひとが、できましただね」
「麻美さん、出来てないって」
「ごめんなさーい」
麻美はおでこを軽く叩かれてしまった。
「あっ、そういえば利佐子ちゃん、コニちゃんのえさ、まだ買ってなかったね」
「そうでした。忘れるところだったよ。買いに行かなくてはです」
「コニちゃんって小錦のこと? アタシあのとっても大きなお相撲さん大好き♪」
「あの黒船襲来っていわれてるハワイのお相撲さん、千代の富士と初めて対戦した時はめっちゃすごかったよ。あっという間に吹っ飛ばしたからね」
「小錦さん急に弱くなっちゃったよね。たった二場所で大関から前頭九枚目まで落ちちゃったよ。前頭でもあまり勝ててないし」
「小錦さんそんな過酷な未来送ってはったんか。絶対北の湖以上のめっちゃ強い横綱になれると思ってたのに、大関止まりか」
恵子と麻美、時代が十年くらいずれていることを窺わせる。
「コニちゃんはわたしが飼ってるクサガメの名前よ。お母さんが名付けたの。この子よ」
利佐子は携帯電話を取り出し、フォト画像を見せた。
「本物の小錦さんみたいにふっくらしてるね。おぼっ○ゃまくんみたいに甲羅に乗っても大丈夫そう」
「幸せそうなお顔してはるわ~」
麻美と恵子の表情が綻ぶ。
「この子、食いしん坊さんだから、えさもすぐに無くなっちゃって困ってるの。わたし達は小錦さんが現役の相撲取りさんの頃は知らないわ。小錦さんも今は体重が現役時代の半分くらいになって、タレントミュージシャンとして活動してるわよ」
「そうなんや」
「帰ったらあれ以降どんな人生歩んで来たのかネットで調べてみようっと」
いよいよアニメグッズ専門店ワンフロア上のペットショップへ。
「ペットショップに来たの、二年振りくらいだな」
晴和が懐かしさに浸りながら店内を見て回り、
「おう! エリマキトカゲちゃんや。去年ブームになってたよ」
「このスッポン、すごく格好いい。鯉もいるね。鯉もお腹が減るのかな? ずっと泳いでいるんだもん♪ きっとお腹が減るんだね♪」
恵子と麻美が水槽で売られているペットに夢中になっている間に、
「利佐子ちゃん、最高級のを買うんだね」
「一回これ与えたら、コニちゃんすっかり舌が肥えちゃって、市販品の亀のえさはこれしか食べてくれなくなっちゃったの」
「あらら。コニちゃんは利佐子ちゃんに似てすごく頭良いみたいだね」
「わがままなだけだと思うけど」
利佐子と実果帆はお目当ての買い物を済ませた。
このお店を出てすぐ、
「ここにもスパ銭あるからついでに寄って帰ろう!」
実果帆はこんな誘いをする。
「いいわね。わたし今日も汗たくさんかいちゃったし」
「あたしも賛成。ここで入っといた方が良さそうや」
「ここのスパ銭はどんな風になってるのか、すごく楽しみ♪」
「じゃ、俺は先に帰っとくね」
「晴和くん、今日は参加して。入らなくてもいいから」
「まあ、べつにいいけど」
特に断る理由もないので付き添うことに。
「晴和お兄ちゃんもお風呂入った方がいいよ」
「まいっちんぐ町屋先生に今日も会えるかな? あたしまたあのセリフ聞きたーい」
「さすがにここのは利用してないと思うのですが、会えたらいいですね」
ショッピングモール併設のスパ銭へ向かっていく途中のガラス張り通路で、
「あっ、ジェットコースターだぁっ!」
麻美は発見するや、ぴょんぴょん飛び跳ねはしゃぎ出す。
「二十一世紀のショッピングモールにはジェットコースターまであるんか。あたし、乗りたい!」
「アタシもーっ。ジェットコースター大好きーっ!」
「それじゃ、みんなでいっしょに乗りましょう。あのジェットコースターは今年の夏休みに出来たばかりよ。わたしはもう四回乗ったわ」
「俺は、この辺で待っとくね」
「私もー。ジェットコースターすごく苦手だから」
「晴和お兄さんもジェットコースター苦手みたいやね」
恵子ににやついた表情で問い詰められ、
「ほんの少しな」
晴和は軽く苦笑いしきっぱりと言う。
「晴和お兄さん潔い。二人ともジェットコースター苦手やなんてさすが恋人同士」
恵子はにこっと微笑んだ。
「晴和お兄ちゃんと実果帆お姉ちゃんもいっしょに乗ろうよぅ」
「晴和さん、実果帆さん、まだ一度も乗ったことないでしょ? お願いします!」
麻美と利佐子から強くせがまれ、
「しょうがない」
「晴和くんが乗るなら私も乗るね」
晴和と実果帆はしぶしぶ承諾。
みんなは乗車待ちの列へ。
この五人の前後にも大勢の客が二列になって並んでいた。麻美と恵子、晴和と実果帆、利佐子とその他の客が隣り合う。
親子連れや若いカップル、中高大学生くらいの男性または女性同士のグループなどがほとんどで、この五人のような、男子高校生一人に女子小中高生四人というハーレム的な組み合わせは他に見られなかったこともあってか、
(この場から、早く抜け出したい)
晴和は周囲からの視線を非常に気にしていた。
十五分ほど待ってようやく乗れることになり、
「よかった。運よく一番前の席とれた」
「こんなにラッキーなのは、晴和お兄ちゃんのおかげだね」
恵子と麻美は満面の笑みを浮かべる。
「晴和くん、二列目でも怖いよね?」
実果帆は暗い表情を浮かべながら、晴和の右手を強く握り締めた。マシュマロのようにふわふわやわらかい感触が、晴和の手のひらにじかに伝わる。
「あの、実果帆ちゃん、どうせ離さなきゃいけないから」
晴和は少し照れくさがった。
「お似合いの恋人同士やね」
恵子は後ろを振り返って微笑む。
「……」
晴和は照れくささから、俯いてしまう。
「いい構図です」
利佐子は実果帆のすぐ後ろに座った。そしてちゃっかり携帯で晴和と実果帆の後ろ姿を撮影する。
その他の乗客も座ったことが確認されると、座席の安全バーが下ろされた。
もう引き返すことは出来ない。
「吹き飛ばされないようにしなきゃ」
実果帆は安全バーを必要以上の力でしっかりと握り締めた。
「そんな心配はいらないだろうけど」
晴和は男気を見せようとしたのか、素の表情で平静を保とうとしていた。けれども彼の心拍数は否応なく上がってしまう。
〈発車いたします〉
この合図で、ジェットコースターはカタン、カタンとゆっくり動き出した。
「怖い、怖い」
実果帆は周りの風景を見ないよう、目を閉じていた。
ジェットコースターが坂道を登り切り、レールの最高地点に達した直後、一瞬だけ動きが止まる。
「きゃあああああああーっ!」
そのあと一気に急落下。と同時に実果帆は口を縦に大きく開け、かわいい叫び声を上げる。もちろん楽しんでいるからではない。恐怖心を強く感じているからだ。
「いえええぇぇぇぇぇーいっ!」
恵子、
「きゃあああああああーっん」
麻美、
「おうううううぅぅぅぅぅ!」
利佐子の三人は喜びと興奮の叫び声を上げる。さらに両手を挙げる余裕も見せた。
「……」
晴和は走行中、平静を保ち終始無言であった。表情もほとんど変わらなかった。
ジェットコースターから降りた直後、
「二十一世紀のジェットコースター、すごく気持ちよかった。無重力擬似体験、最高やっ!」
「宇宙飛行士の気分が味わえたね、恵子お姉ちゃん。毛利さんや向井千秋さんと感覚を共有出来たみたいで嬉しい♪」
恵子と麻美は幸せいっぱいな表情をしていた。
「楽しんでもらえてよかったわ。実果帆さん、大丈夫?」
利佐子ににこやか笑顔で質問され、
「うん、すごく怖かったけど、今は解放されてホッとした気分だよ」
実果帆は安堵の表情を浮かべて答える。
「思ったよりはマシだったな」
晴和もホッとしている様子だった。
「晴和お兄さん、声がちょっと震えてはるで」
恵子はにやりと笑う。
「そうか?」
晴和はほんの少し照れてしまった。
「実果帆お姉ちゃん、お写真が出来てるよ。実果帆お姉ちゃんすごい表情してる。ムンクの『叫び』みたい。記念に買おう」
降車口を抜けた所に展示されていた写真を眺め、麻美はくすくす笑う。
急降下する際に一列ごとに写真を撮られていたのだ。
「そんなのいらないよ」
実果帆は照れ笑いしながら言う。
「よかった。俺、普通の表情のままだ」
晴和は軽く苦笑いした。
「実果帆お姉さんめっちゃいい表情してはる。これぞ絶叫マシーンに乗ったって感じのお顔やね。晴和お兄さんももっと表情崩して欲しかったな」
恵子は目にしっかりと焼き付けたようだ。
「実果帆さんのこの表情はレアね。買っちゃおうかな」
「ダメダメ利佐子ちゃん」
実果帆は、楽しそうに眺める利佐子の後ろ首襟をぐいっと引っ張って阻止しようとする。
「ごめん、ごめん。買わないって」
快く諦めてくれた。
ともあれ、五人はいよいよお目当てのスパ銭へ。
晴和は入口抜けてすぐの休憩所で待つことに。携帯ゲームをしながら暇を潰す。
三〇分ほどして、
「お待たせしました晴和お兄さん」
「いいお湯でした」
「昨日入ったスーパー銭湯よりはしょぼかったけど、満足出来たよ。晴和お兄ちゃんも入ればよかったのに」
「晴和くん、お待たせー」
四人が女湯から戻ってくると、
(なんか、女の子特有の匂いがぷんぷん……)
晴和はドキッとしてしまった。女の子四人の体から漂ってくる、桃やラベンダーの石鹸の香りが彼の鼻腔をくすぐっていたのだ。
ここを最後に、五人はショッピングモールをあとにする。
駅へ戻ろうとしていたちょうどその頃、
「あー美味しい♪」
町屋先生はモール内のお蕎麦屋さんでお風呂上りに大好物のカレーうどんを堪能していた。もしジェットコースターに乗っていなければ、五人はあそこのスパ銭で町屋先生に出会えていた可能性がかなり高かったのだ。ちなみに町屋先生はモール内のスポーツクラブ会員らしい。
五人は地元駅へ戻り、自宅への帰り道を歩き進んでいく。すでに夜七時を回って真っ暗になっていた。
「そういえば麻美ちゃん、駅降りてから急に大人しくなったね」
「疲れちゃったんかな?」
実果帆と恵子は、ついさっきまでとは様子が違う麻美に疑問を抱いた。
「麻美ちゃん、なんか顔がちょっと赤いぞ」
「お熱、あるんじゃない?」
晴和と利佐子もすぐに麻美の異変に気付く。
「なんかアタシ、今、すごくしんどくって」
麻美はゆっくりとした口調で答えた。
「麻美ちゃん、本当にお熱があるよ」
実果帆は麻美のおでこに手を当ててみた。
「大丈夫ですか? 麻美さん」
利佐子も心配そうに問いかける。
「まあ、なんとか」
麻美はそう答えるも、ぐったりしていた。
「麻美ちゃん、姉ちゃんの部屋までおんぶしてやろっか?」
晴和はふらふらした足取りで歩いていた麻美に、優しく声をかけてあげる。
「ありがとう、晴和お兄ちゃん」
麻美は礼を言うと、晴和の両肩に手を掛けた。
「しっかり掴まってて」
晴和は優しい言葉をかけてあげ、おんぶしてあげる。
「晴和くん、心優しい」
「晴和お兄さん、またもお兄さんらしいとこを見せたね」
「晴和さん、男らしいです」
晴和の気配りに、実果帆達三人は感心した。
途中、コンビニに寄って小児用の風邪薬を購入し、
(姉ちゃん、もう帰ってるみたいだな)
七時半頃に自宅へ帰り着いた晴和は、
「麻美ちゃん、もう少しで部屋に着くからな」
「ありがとう、晴和お兄ちゃん」
麻美をおぶったまま階段を上り、由希江のお部屋へ向かって行く。
「姉ちゃん、麻美ちゃんが熱出した」
辿り着くと、晴和は麻美をベッドの上にそっと下ろしてあげた。
「あら大変。疲れちゃったのかな?」
由希江は心配そうに接してくれる。
「きっとそうやと思うよ。あたしも幼い頃は遊び疲れて熱出すことよくあったから」
恵子も由希江のお部屋へ。
「おねんねする前に、パジャマに着替えなきゃ」
「うわっ!」
晴和はとっさに目を覆う。麻美がいきなり立ち上がり、スカートを脱ぎ下ろしたのだ。みかん柄のショーツが、一瞬晴和の目に映ってしまった。
「麻美ちゃん、俺が目の前にいるのに突然脱いじゃダメだろ」
「ごめんなさぁい、晴和お兄ちゃん」
晴和に困惑顔で注意された麻美は、ぺこりと頭を下げて謝る。
「麻美ちゃん、お熱のせいでさらに子どもに戻ったみたいね」
由希江はくすっと微笑む。
麻美はパジャマのズボンを穿くと、続いて普段着の上着を脱いで、シャツ一枚姿となった。ブラジャーは、当然のようにまだ付けていない。
着替えている間、晴和は壁の方を向いてやり過ごす。
「んっしょ」
麻美は昨日由希江に買ってもらった、暗闇で光るフォトプリントパジャマに着替え終えると、すぐさまお布団に潜り込んだ。晴和に取ってもらった、ウーパールーパーのぬいぐるみを隣に置いて。
「麻美ちゃん、お熱計ろうね」
由希江は麻美に体温計を手渡す。
「うん」
麻美はパジャマの胸ボタンをはずし、わきに挟んだ。
一分ほどして体温計がピピピっと鳴ると麻美はそっと取り出し、自分で体温を確かめる。
「38.2分もある」
麻美はしんどそうに、不安そうに呟く。
「大丈夫よ麻美ちゃん、微熱だから今晩しっかり休めば朝には治ってるから」
由希江が優しく伝えてあげると、
「よかったぁー」
麻美はホッとした表情を浮かべた。
「あっ、麻美ちゃん、鼻水が垂れてるわよ」
由希江はとっさに、学習机の上に置かれてあったボックスティッシュから何枚か取り出し、麻美の鼻の下にそっと押し当ててあげた。
「ありがとう、由希江お姉ちゃん」
お礼を言って、麻美は鼻をシュンッとかむ。
「麻美ちゃん、気分は悪くないかな?」
由希江は優しい声で尋ねる。
「ちょっと悪いかも。でも、吐きそうなほどじゃない」
「晩ご飯買ってあるけど、食べれそう?」
「あの、由希江お姉ちゃん、固形物は食べる気がしないけど、コーンポタージュが、食べたいな。前にアタシが風邪引いた時に、ママが作ってくれたの。あとあったかいココアも飲みたい」
麻美は、とてもゆっくりとした口調で希望を伝えた。
「コーンポタージュとココアね。ワタシが作ってあげるわ」
由希江はにこっと微笑みかけた。
「ありがとう、由希江お姉ちゃん」
麻美はとても嬉しそうな表情を浮かべる。
「それじゃ、少し待っててね」
由希江がこのお部屋から出て行って二分ほどのち、
「こんばんは麻美ちゃん、大丈夫?」
実果帆も駆け付けて来てくれた。
「うん、まあ……なんとか」
そう答えるも、麻美はぐったりしていた。
さらに五分ほど後、由希江が戻ってくる。
あの間、実果帆は苦しむ麻美のために一冊の絵本、桃太郎のお話を読んであげた。
「お待たせー。インスタントでごめんね」
由希江は約束どおり、コーンポタージュとホットココアを作ってくれた。
「それでじゅうぶんだよ。ありがとう由希江お姉ちゃん」
麻美はとっても嬉しそうな笑みを浮かべる。
「食べさせてあげるね。あーんして」
由希江は熱々のコーンポタージュを小さじですくい、ふぅふぅして少し冷ましてから麻美のお口に近づける。
「あー」
麻美は口を小さく広げて、幸せそうに頬張っていく。
風邪引いてる時の麻美ちゃん、より幼く見えるな。
晴和はそう思いながら眺めていた。
「風邪引いた時って、お母さんの手料理がいつも以上に美味しく感じられるよね」
実果帆はにこにこ顔で言う。
麻美はコーンポタージュとココアも全部飲み干して、
「二十一世紀のココアも、昔飲んだク○ヨンしんちゃんのクリーミーココアに負けないくらいとっても美味しかった。ごちそうさまぁ」
満面の笑みを浮かべる。汗も全身からびっしょり流れていた。
「汗拭いてあげるね」
「ありがとう、由希江お姉ちゃん」
「どういたしまして。ちょっと待っててね」
由希江は機嫌良さそうにそう告げて、お部屋から出て行った。
数分のち、
「遅くなってごめんね麻美ちゃん」
由希江はお湯を張った洗面器と、二枚のバスタオルを手に持って戻って来る。そのセットを、麻美の枕元にそっと置いた。
「待ってましたー」
麻美は寝転んだまま、小さく拍手した。
「じゃあ俺は、薬溶かしてくるよ」
晴和は気まずく感じたのか、風邪薬を手に取ってお部屋から出て行った。
「晴和お兄ちゃん、いなくなっちゃった」
麻美は寂しそうに、小さな声で呟く。
「麻美ちゃんの裸を見るのに罪悪感に駆られたみたいね。麻美ちゃん、お体拭くからパジャマ脱いでね」
「うん」
由希江に頼まれると、麻美はゆっくりと上体を起こす。パジャマのボタンを外して上着を脱ぎ、次にシャツも脱いだ。きれいなピンク色をした小さな乳房が露になる。
「麻美ちゃん、お腹は痛くない?」
「うん、大丈夫」
「よかった。それじゃ、拭くね」
由希江はお湯で絞ったタオルで麻美のお顔、のどくび、うなじ、背中、腕、わき、お腹の順に丁寧に拭いていく。そのあとに乾いたタオルで二度拭きしてあげた。
「ありがとう、由希江お姉ちゃん。汗が引いてすごく気持ちいい」
麻美は恍惚の表情を浮かべた。
「麻美ちゃん、パジャマ着せるからバンザーイしてね」
実果帆に言われると、
「はーい」
麻美は素直に返事し、両腕をピッと上に伸ばす。
実果帆はシャツとパジャマの袖を通してあげ、ボタンも留めて着衣完了。
「次は下を拭くね。下着下ろすよ」
続いて由希江は麻美のズボンとショーツをいっしょに脱がし、下半身も拭いてあげる。
「ふぁ、んっ、気持ちいい」
おへその下からおしりにかけてなでるように拭かれた時、麻美はぴくんっとなり思わず甘い声を漏らす。
「きゃはっ」
足の裏を拭いてあげた時にはくすぐったがって、かわいい笑い声を出した。
「はい、拭き終わったよ。足上げてね」
由希江は同じように乾いたタオルで二度拭きし、ショーツとズボンを穿かせてあげた。
「由希江ちゃん、すごく手際良いね」
「慣れとるね」
実果帆と恵子は感心する。
「そりゃぁ、晴和のおむつを交換してあげたことも何度かあるからね」
由希江は使ったタオルを絞りながら微笑み顔で言う。
「由希江お姉ちゃん、アタシが赤ちゃんみたいで恥ずかしいよぅ」
麻美は照れ笑いする。
それから少しして、
「麻美ちゃんの体、拭き終わった?」
晴和はお部屋の外から小声で問いかけた。
「うん、もう大丈夫だよ」
実果帆が答えると、晴和は安心してお部屋へ足を踏み入れた。そして小児用のメロン味の風邪薬を溶かした水を由希江に手渡す。
「麻美ちゃん、次はお薬飲もうね」
由希江はそれを麻美の口元へ近づけた。
「由希江お姉ちゃん、これ、苦いからいらなぁい!」
麻美はぷいっと顔を横に向ける。
「麻美ちゃん、わがまま言わないの」
由希江は笑顔でなだめる。
「アタシこんなの飲まなーい」
麻美は頬を火照らせながらぷくーっとふくれた。
「二十一世紀の風邪薬は、とっても美味しくなってるのよ」
「それでもいらなーい」
「お薬飲まないのなら、坐薬を使おうかなぁ」
由希江がにこっと微笑みかけると、
「えっ! やっ、やだやだやーだぁ。お薬、飲むよ、飲むよ」
麻美はびくーっと反応し勢いよく上体を起こし、お薬を受け取ってちびちび飲み干していく。
「麻美ちゃん、坐薬が怖いんだね。気持ち分かるなあ。お尻にぷちゅって入れるの、私もちっちゃい頃風邪引いた時お母さんにしてもらったことがあるけど、逃げ回ってたよ」
「あたしもや。あれは予防接種並に怖いよね」
実果帆と恵子は深く同情する。
(坐薬というと、俺にも嫌な思い出があるな)
晴和は、幼い頃風邪を引いた時に由希江に取り押さえられ母に坐薬を入れてもらい、その様子を実果帆にばっちり見られた非常に恥ずかしい過去を思い出してしまった。
「ワタシは座薬を使った方が良いと思うけどなぁ。早く効いてくるし」
由希江はにこにこ微笑みながら意見する。
「坐薬、怖い怖ぁい。それじゃアタシ、もうおねんねするよ。おやすみ。ケホンッ」
麻美は苦虫を噛み潰したような表情でこう告げて、お布団にしっかり潜り込んだ。
「麻美ちゃん、もうぐっすり寝ちゃってる。の○太くん並の早さだね。お大事に。早く良くなってね」
実果帆はそう伝えてお部屋から出て、自宅へ帰っていった。
「麻美ちゃん、おやすみ」
「麻美ちゃん、ぐっすり寝て早く元気になりや」
「麻美ちゃん、明日までには治しなよ」
由希江達三人も静かにお部屋から出て行く。
そして晴和のお部屋へ。
「今夜は晴和お兄さんのお部屋で三人いっしょに寝泊りやね」
「そうね。麻美ちゃんには悪いけど風邪がうつっちゃうかもしれないから」
「じゃあ俺は床で寝るか」
「ダメよ。そんなことしたら晴和が風邪引いちゃうわ」
「まだそんなに朝冷えないから引かないって」
「晴和お兄さん、あたしも家族のようなものじゃないですか。三人いっしょに川の字に寝ましょう」
「それじゃ姉ちゃんも恵子ちゃんも、なるべく俺に引っ付かないようにな」
晴和は仕方なく承諾。
※
夜八時二〇分頃、家族全員揃っての夕食団欒時。
「晴和、由希江、さっき慌しく動いてたけど、何かあったの?」
「いや、べつに」
「何でもないわ」
晴和と由希江は母からの質問にいたって冷静に答えた。
「そう? なんか怪しいわね。そうそう、お母さん明日、実果帆ちゃんのママと京都へ遊びに行くから夜九時頃までいないから」
「分かったわ」
「またか」
「それじゃ、ぼくは晩ご飯食べてから帰るよ」
父は伝える。
月に一回程度はあることなので、慣れたものだ。
こういう時、晴和と由希江が夕食を準備し、父は外食することにしている。
夕食後、由希江はバラエティ番組を見ながら彼女の買って帰った大学生協のお弁当を味わっていた恵子に、この件を報告しておいた。
そのあとは晴和の自室で、
「姉ちゃん、課題の提出期限は大丈夫なのか?」
「心理学入門と東洋文化史のレポートと、フランス語と英語の演習課題かなりやばいから代わりにやっといて。ワタシは新人賞の〆切明日だから今夜で一気に仕上げなきゃいけないの」
「姉ちゃん、新人賞の〆切と大学の課題の〆切、どっちが大事なんだよ?」
「当然、新人賞ね」
「やっぱりそう答えたか」
晴和は机に向かって今日の授業の復習と宿題、明日の授業の予習。
由希江は自室から持ち運んだローテーブルを用いて漫画原稿の最終仕上げに取り掛かり、
「由希江お姉さんとは対照的に、晴和お兄さんはめっちゃ真面目やね。秀一お兄さんや利佐子お姉さんをお友達に持ってるだけはあるわ。晴和お兄さん、英語ブロック体やね。あたしはほとんど筆記体で書いてるよ。先生からもなるべく筆記体で書け言われてるし。テストにもブロック体を筆記体に直せって出たよ」
「筆記体って習ったことないな」
「ワタシもないわ。恵子ちゃんの時代じゃ習ってたみたいね。お母さんもお父さんも習ったって言ってたから」
「この時代じゃ習わんのか。まあ確かに読みにくいし必要なさそうやもんね」
恵子は晴和の勉強を時おり覗き見しつつ、インターネットやテレビゲーム、マンガ、アニメ鑑賞を楽しむ。
間に晴和と由希江はお風呂に入り、恵子も由希江にトイレへ連れて行ってもらった。
※
やがて日付が変わり午前一時も回り、三人はようやく就寝準備に入る。
「やっぱ俺、床で寝るよ」
「晴和、風邪引くよ」
「冬じゃないし、引かないって」
「まあまあ晴和お兄さん、同じ布団で寝ましょうや」
「それはまず過ぎると思う、状況的に」
「実果帆お姉さんがおるからかぁ」
「恵子ちゃん、そういうわけじゃないぞ」
困惑顔の晴和の心境を察し、
「それじゃ、ハンモックを出すよ」
恵子は例のノートの自分のお部屋が描かれているページに手を突っ込み、中から取り出してあげた。
「キャンプ気分ね。ワタシ、これで寝たいな」
「いいですよ由希江お姉さん、ご自由にお使い下さい」
「姉ちゃん、俺がハンモックで寝るよ」
「もう、晴和ったら。恵子ちゃんと寝れて本当は嬉しいくせに」
由希江はにこにこ微笑む。さっそくハンモックを吊るし、そこに寝転んだ。
「晴和お兄さんのお布団もふかふかして快適や~。おやすみなさーい」
恵子は楽しそうに晴和が普段使っている布団に潜り込む。
「恵子ちゃん、俺からなるべく離れてね」
晴和は気まずい心境で恵子の体から三〇センチほど離れて寝転んだ。
「それじゃ、おやすみ」
由希江が紐を引いて電気を消す。
それから五分も経たないうちに、由希江と恵子はすやすや眠りについた。
(……眠れない)
慣れない状況だけに、晴和は目が冴えてしまう。
恵子ちゃんの寝顔、どんなのかな? と晴和は気になってしまった。けれども罪悪感に駆られ、覗こうとはしなかった。彼が眠り付けたのは、布団に入ってから一時間以上が経ってからだった。
☆
朝、七時半頃。目覚まし時計の音で目を覚ました晴和は、
「ん?」
起き上がろうとした矢先、伸ばした右腕に妙な違和感を覚えた。
むにゅっとしていた。突起物もあった。
「これって、ひょっとして……」
晴和はすぐに手を離し、焦りの表情を浮かべる。
恐る恐る、視線を横に向けた。
「うわっ!」
とっさに視線を元の位置に戻す。恵子が上着パジャマとブラジャーを脱ぎ捨て、ふくらみかけのおっぱい丸出しで横臥姿勢になって眠っていたのだ。
「けっ、恵子ちゃん、なんてはしたない格好を……お腹冷えるぞ」
晴和は、ずれていた夏布団をすばやく被せる。
「……んにゃっ、おはよう、晴和お兄さん」
すると、恵子は目を覚ましてしまった。寝起き、とても機嫌良さそうだった。むくりと上体を起こすと、また布団がずれて、恵子の裸の上半身が露に。
「恵子ちゃん、なんで、服脱げてるんだよ?」
「晴和お兄さぁん、何焦ってるぅーん?」
恵子はぼけーっとした表情。まだ寝惚けているようだ。
「その……」
晴和はさっきから視線を床に向けたままだった。
「きゃぁっ! あたし、おっぱい丸出しにしてたんやね」
恵子はついに今の状況に気付き悲鳴を上げ、慌てて布団から出てすばやく立ち上がる。
「けっ、恵子ちゃん、どうしてパンツ一丁になってるんだよ?」
水玉模様のショーツ一丁姿をばっちり見てしまった晴和は、とっさに壁の方を向いた。
「今朝は暑かったから、無意識のうちに脱いじゃったみたいや。きっとお母様があたしをそんなキャラ設定にしたせいやね。けどおかげですごく気持ちよく眠れたよ」
恵子は照れ笑いしながら言う。
「とっ、とにかく、早く服着て」
晴和は壁の方を向いたまま命令する。
「晴和お兄さんったら、あたしのせいなんやからそんなに慌てんでも」
恵子はにこにこ微笑む。
「おはよう……」
由希江も目を覚ました。
「ねっ、姉ちゃん、今はまずい」
晴和は焦り気味に伝えるが、
「何がまずいのぉー?」
由希江にばっちりと見られてしまった。
「晴和! ひょっとして恵子ちゃんにエッチなことしてた?」
由希江は目を大きく開き、にやにやしながら問いかける。
「違う、違う」
晴和はとっさに弁明する。
そこへ、
「おっはヨーグルト! 由希江お姉ちゃん、晴和お兄ちゃん、恵子お姉ちゃん」
麻美が入り込んで来た。笑顔いっぱい元気な声で挨拶する。
「あっ、まっ、麻美ちゃんっ!」
晴和はさらに焦った。
「あーっ、恵子お姉ちゃん裸だぁ! 晴和お兄ちゃんとお相撲さんごっこしてたの? それとも内科検診ごっこ?」
麻美は興味深そうに質問してくる。
「いや、これは……」
晴和は冷や汗を浮かべ、手をぶんぶん振る。
「麻美ちゃん、最初ので正解よ。あたし、晴和お兄さんとお相撲さんごっこしてたねん」
恵子は冷静に説明すると、晴和の右腕をガシッと掴んだ。
「こんな風に。えいっ!」
そして担ぎ上げるようにして晴和を投げ飛ばす。
「いってぇぇぇ!」
晴和は抵抗する間もなく畳の上にびたーんと叩き付けられた。
「恵子お姉ちゃん、力すごーい。二〇センチくらい背の高い晴和お兄ちゃんがくるんって回転したぁーっ。ヤ○ラちゃんみたーい」
「見事な一本背負いね。ワタシも中学の頃、体育の授業で習ったわ。実技テストはさっぱりだったけど」
麻美と由希江は納得してくれたようだ。
「恵子ちゃん、いきなり何するんだよ。いたたたたぁ」
晴和は腰をさすりながら、ゆっくりと立ち上がった。
「ごめんなさい晴和お兄さん」
恵子は深々と頭を下げて謝る。
「晴和も弱いわね。軽々と投げられ過ぎ」
由希江はくすっと笑った。
「恵子ちゃんが体格のわりに異様に力強かったような気もするんだけど」
「あたし、か弱い女の子設定やねんけど。麻美ちゃん、風邪、治ったみたいやね」
「うん、もうばっちり♪ さっき計ったら三六度四分まで下がってたよ」
「それは良かったな」
「おめでとう。安心したわ」
「良かったね麻美ちゃん」
恵子は麻美の頭を優しくなでてあげた。
「みんなが優しく看病してくれたおかげだよ」
麻美は照れ笑いする。
「麻美ちゃんにも伝えておくよ。今日は母さん夜九時頃までいないんだ。ばれる心配はないと思うけど、お部屋は荒らさないようにね」
「はーい」
「それじゃワタシ、今日も朝一の講義無いからもう一眠りしてくるね」
由希江はハンモックから降りて自分のお部屋へ。
「俺はもう行かないと」
晴和は急いで制服に着替え荷物を持ち、
「俺のゲーム、自由に遊んでいいよ。もう遊んでると思うけど」
こう言い残してキッチンへ。
今時刻は七時四〇分頃。父はいつもようにすでに出勤。母も今日は七時ちょっと過ぎには家を出ていた。
「今日はこのテニスのゲームで遊ぼうかな」
「それも面白そうだね」
恵子と麻美はさっそくテレビゲームをし始める。
八時頃、
「麻美ちゃん、お熱下がった?」
「うん、もうすっかり元気になって学校行ったよ」
「そっか。回復早いね。さすがは漫画キャラ」
「風邪引いてる時の麻美ちゃんは、とっても良い子になってたけど、あれも設定なんだろうな」
「私はどっちの麻美ちゃんも大好き♪ 今夜からまた私んちで預かるよ」
「ありがとう」
晴和と実果帆はいつもと同じくらいに家を出て、楽しく会話を弾ませながら通学路を歩き進んでいく。
一年三組の教室に辿り着くと、
「麻美さんの体調はどうですか?」
利佐子がさっそく尋ねて来た。
「すっかり良くなったよ」
晴和が伝えると、
「それはよかったです」
利佐子も安心出来たようだ。
「おはよう晴和君」
ほどなく秀一も登校してくる。
「おはよう秀一、いいものがあるぞ」
晴和は鞄からカセット入りの箱を取り出し、秀一に手渡した。
「こっ、これは――昭和六〇年に発売された、ファ○コン版『けっきょく南○大冒険』ではあ~りませんか。ボクこれ、ずっと前から欲しかったのですよん。しかも新品同様な状態の良さ。はてさていったいどうやって?」
「恵子ちゃんから秀一にプレゼントだって。昨日、あれから秀一がレトロゲーム好きだって伝えたら、このゲーム、ダブって持ってるからあげるって」
「なんともありがたや~」
秀一はちょっぴり嬉し涙を流した。
「よかったね、秀ちゃん」
実果帆はにっこり微笑む。
「秀一さん、今日学校終わったらわたしんちでいっしょにプレイしませんか?」
利佐子は彼の肩をポンッと叩いて誘ってみる。
「それは嫌ですよん。ボク一人で遊びたいです」
即拒否され逃げられ、
「もう、いっしょに遊んだ方が楽しいのに」
利佐子はぷっくりふくれた。
※
午前九時頃、鈴井宅。
「由希江お姉ちゃん、九時だよ。起きてーっ!」
麻美が由希江のお部屋へやって来て大声で叫び、熟睡していた由希江を起こしてあげた。
「……んにゃっ、おはよう。起こしてくれてありがとう麻美ちゃん」
由希江はゆっくりと起き上がる。
その時に、
「ん?」
妙な違和感を覚えた。
「きゃっ、きゃあああああああぁぁぁぁぁっ!」
由希江は瞬く間に顔を蒼ざめさせ、口をあんぐり開けて百デシベルは超えていそうな断末魔の叫び声を上げた。
アカハライモリが二匹、由希江の両サイドの小鼻から頬にかけてぺたっと張り付いていたのだ。
「由希江お姉ちゃん悲鳴すごーい」
麻美はくすくす笑う。
「これ、麻美ちゃんが乗せたのぉ?」
由希江は振り落とそうと顔をぶんぶん振りながら問いかけた。
「うん! この子もアタシのペットだよ。ノーモくんとイチローくん。アタシもどっちがどっちか見分け付かないけどね。今年の夏休みから飼い始めたの。『なぜかな? わかった!! がくしゅう大図鑑』に飼い方載ってたよ。由希江お姉ちゃん、目覚めすっきりしたでしょう?」
麻美は自慢げに言う。
「麻美ちゃぁぁぁん、早くとってぇぇぇぇぇ」
由希江は蒼ざめた表情でカタカタ震えながらお願いする。
「由希江お姉ちゃん、慌てなくてもこの子はガブッて噛まないから大丈夫だよ」
麻美はにこにこ顔で伝え、二匹いっしょに外してあげた。そしてノートに戻す。
「あかんやろ麻美ちゃん! 由希江お姉さんが嫌がるようなことしちゃ。由希江お姉さんに謝りやっ!」
いつの間にか背後にいた恵子は麻美をひょいっと担ぎ上げ、お尻をむき出しにしてペチーッンと叩いた。
「ごめんなさぁぁぁぁぁ~い。由希江お姉ちゃぁん、もう二度としませぇぇぇん」
痛かったのか、麻美はえんえん泣きながら謝ってくる。ドバーッと涙が溢れ床に水たまりが出来たが、瞬く間に消えた。
「麻美ちゃん、今度やったら、ワタシも本当に怒るよ!」
由希江は目に涙を浮かばせながらこう言い放った。
「由希江お姉さんも、一昨日以上に大げさなリアクションやったね」
恵子はにっこり微笑んだ。
「ワタシも何とか虫嫌いを克服したいと思ってるけど、絶対無理」
由希江は苦笑いする。
「まああたしにも気持ちは分かるよ。あたしもお化けは苦手やから」
「それにしても恵子ちゃん、見事なお仕置きね。麻美ちゃんすっかり反省したみたいじゃない」
「麻美ちゃんはお尻が弱点って、晴和お兄さんから昨日教わったんよ」
「そっか。それじゃ今度麻美ちゃんが悪さしたら、お尻をペンペン叩けばいいのね」
「由希江お姉ちゃん、アタシ、二度と悪さしないからぁ。特○ウ王国のおしおきエンマ君は欲しいけど、お仕置きされるのはもうこりごりだよ」
麻美はうるうるした瞳で上目遣いに訴えた。
「反省してる麻美ちゃんも、とってもかわいいわ」
由希江はにっこり微笑みかけ、優しく頭をなでてあげる。由希江も九時半頃には家を出た。
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