2-8 狼の息子

 町の端に馬車を置き、ウィル──ここではとっさにゲイリーと名乗ってしまったが──はウルフパックの居そうな酒場を目指した。

 町は早朝と言う事もあって活気はないが、軒に連なる店の店主たちが軒先に出てきて看板を立て掛けたり、通りに面した窓を丁寧に拭いているからして普段はかなり人でごった返しているのだろうと推測する。

 そんなときの方が情報収集はしやすかったのだろうが、何分オレたちには時間が無い。期限まではあと二日。トゥームヒルからゴールドシティまでは一日駆ければ行ける距離だが、どう考えてもこの町は一朝一夕で攻略できるような町ではない。

 そう判断したウィルは早朝から町に潜入、夕暮れ頃までには可能な限り──残り時間から考えると可能な限りというよりは、確実にといった方が良いのだが──ロナスやハーグッドの情報を手に入れようとしていた。

 酒場のめどはたっている。リタ曰く、ウルフパック強盗団と言うのは例外なく酒が大好きなのだそうだ。そのため、こんな早朝まで店を開いていて、入り口に人が寝ていたら高確率でその酒場にウルフパック強盗団のメンバーはいるとリタとウィルは考えたのだ。

 しっかりとした足取りで進んでいると、お目当ての酒場が目に入った。

 入り口には数人が倒れており、その間で何食わぬ顔で店主が店のテラスを掃き掃除している。

 間違いないと直感が囁いた。

 ウィルは腰のホルスターにしまってある銃の撃鉄にかけられている留め具を外し、何時でも抜き出せるようにしてからその酒場に足を踏み入れた。

 片翼のスイングドアを左手で押し開けると、油の足りていない蝶番がきいきいと不快な音を喚きたてる。

 それを合図にでもしたか、酒場の中にいた容姿からしていかにも悪人といった具合の小汚い連中はウィルの方をあからさまに敵意をむき出しにした眼で見据え、その背後でトランプに興じているスーツ姿の大物たちはその口々に緩やかな笑みを浮かべて見せていた。今から起こるであろう早朝のショーを待ち望んでいるという意味合いを込めた笑みだろうと、ウィルは解釈し、それはあながち間違いでもなかった。


「ウルフパック強盗団のメンバーを探してるんだが」


 ウィルはその空気をものともせずケロッと言った。

 実際は内心ビビりまくりだし、全て演技で予想外の事態でも起こられたら悲鳴を上げて今にも逃げ出す自信のある状態ではあったが、それでもやるのはひとえに任務のためだ。

 小悪党どもはけらけらと小さな笑いを浮かべてウィルの方を小馬鹿にした様子で見ていた。


「何が可笑しい?」


 酒場の奥から良く通る声が聞こえた。

 その声にウィルはピンと体が固まる。

 明らかにこの中の誰よりも威厳のある声だと、そう感じたからだ。


「お前ら、何が可笑しいのかと聞いたんだが?」


 小悪党どもは視線をそれぞれ逃がし、嫌な顔を浮かべている。


「まあいい」


 声の主が酒場の奥から現れた。

 充満する煙草の煙を体で散らしながら奥の賭博場から姿を現したのはがたいの良い金髪の男──ロナスだ。


「ウルフパックを探してると言ったか、にいさん?」

「ああ」

「俺がそうだぜ。いや、俺たちがそうって言うべきだな」


 ロナスは大げさに両手を広げて酒場にいる連中全てをウィルに向けて見せびらかすようなそぶりをよこした。

 ウィルは少し驚いたが、あまりその感情を表に出すべきではないと判断し、なるべく表情を変えないまま頬を緩めた。


「で、何かようか?」

「ああ。用があるから遠路はるばるやって来た」


 ロナスもまた無表情に頷き、「で?」と問いかけた答えを急かす。


「回りくどい世辞や理由はこの際言わない──聞きたいならば言うが、聞きたくはないだろう? で、何かって言うと、オレはウルフパック強盗団に入りたい。それだけだ」


 ロナスが「ふん」と鼻で笑った。それにつられたのか、小悪党も、トランプをしていた大物もケラケラと笑い出した。

 ウィルはまずいと感じ、嫌な汗が背中から溢れ出てくる。


「悪いが……頭数ばっかりは足りてるもんでな」


 ロナスがゆらりと動いたかと思えば、その手には銃──銃握を握っているため良くは見えないが、引き金の位置からしてダブルアクションであることは間違いない──が握られている。

 ウィルも咄嗟に反応して銃を抜き出すが、銃声はロナスの銃から発せられた。

 そのあまりの早撃ちに目を見開き、驚愕の表情でウィルはロナスを見つめる。

 撃たれたか。

 自分の死を覚悟したその時、どさりとロナスの斜め後ろにいた中肉中背の小悪党体の男が、その場で倒れた。

 ロナスが撃ったのはその男のようである。

 ウィルは冷静になってそれを確認すると、自分が抜き出した銃をそっと握りしめた。

 いくら自分が撃たれなかったとはいえ、まだ危険であることに変わりはないのだ。

 酒場は先ほどまでの笑い声が嘘のように静まり返っている。


「良い速度で抜くじゃねーか……やっぱりお前は腕があると思ったんだよ」


 ロナスはそう言うと、静まり返った酒場をぐるりと回転しながら一望してみせ、再びウィルの方に体を向けると、自分が撃ち殺した部下の死体を指差し、「ちょうど空きができた」と恐ろしい笑みを浮かべて言った。


「ようこそ、ウルフパックへ。歓迎するぜ。なあ、野郎ども?」


 その声と共に、酒場中の連中が雄叫びを上げて見せる。

 それは恐怖からくる偽りの雄叫び──正確には悲鳴であるとウィルは一瞬で見抜いていたが、それでもその声量、響きは驚きに値するものであった。


「俺はロナス。ロナス・サンチェ。知ってるかもしれねえが、ウルフパックの首領だ」


 そう言って差し出された右腕をウィルは一瞬ためらった後、握り返すのであった。

 リタの時も感じたが、これは人がついて行きたくなる男だ。

 ウィルはこのロナスと言う男がもつある種のカリスマを認めた。それはあくまで自分を勘定に入れないでの判断だ。ウィル自身はこの男に対して微塵も憧憬の念は無かったし、むしろ嫌悪感しか抱けていなかった。

 嫌なものは早々に終わらせるに限る。

 そういったわけで、ウィルは早々に握った握手を振りほどくのであった。

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