あの頃のことを思い出してみたら・・・こんなん拾いました。

 「おい、ゴリラよ。ゴリラよ、おい。教科書を見せて後れ馳せながらぁ~……ーーー死ねっ」

 

言いながら既に見せてもらう気満々なので、自分の机とゴリラの机を合体させ満面の笑みを向ける。


「なんで死ねとか言うやつに見せなあかんねんっ。笑顔を向けるなうんこめっ」


そう言いながらも、ちゃんと机と机の間に教科書をセットする優しいゴリラである。


 「貴っ様ぁぁぁーーっ!!私は断じて――――――」


 「こら、鬼白。授業始めるから早く座れぇ」


アリスは怒鳴り込みに近い感じで教室に入って来たがじろさん(担任)に怒られ、怒り冷め止まない感じだったが渋々といった風に従い、俺を物凄く睨みながら自分の席へと向かって歩き出した。

 

「なんやあれ……。また、なんかしたん?」


ゴリラは睨みながら過ぎていくアリスを見ながら聞いてくるが……。


「いや、特になにも」


 “俺は何もしていない”と呪文のように心で唱え平静を装いそう返す。


人間、変えられぬ過去など見ず、未来だけを見て生きていくもんだ。

だから俺ぁ、いつでも堂々してくんだ。


 「なんで顔を隠すんや。正直に言いなさい」


ゴリラがゴリラの教科書を奪い取ってくる……。


 「いや、その、愛には歳の差や性別は関係無いよって……な?」


 「そんなことをっ? いや、ま、まあ、間違っては無いやろうけどさ、ノーマルの人間に言うたらそら怒るやろ。特にアリスみたいなんわ」


座っても尚、振り返り睨んでいるアリスを見ながら、ゴリラはごもっともな事を言いやがった。



「おいおい、あんな熱い視線を浴びせられるってぇとなにかい? 俺も特別な存在なのかい?」

 

「この世で一番殺したい奴、って意味で特別やろな」


このやろう……急に心臓を一突きしやがって……。


「まあ、でも……あれだな」


胸元まである長くて艶やかな黒髪にシミや出来物ひとつない透き通った白い肌。

大きくて切れ長の黒い瞳、綺麗に整えられたアーチ型の眉毛に高い鼻。

彼女はハーフと言うだけあってやはり日本人にはない綺麗さがあり、雰囲気や話し方からキツ

めな印象を与えがちで、女王やお嬢様、一部にはお姉様と呼ばれるのも頷ける気品もある。


「それだな。それがいいんだろうな一部には。乳でかいしな」



殺意を込めて睨まれていようが他の者達より少し特別扱いされているという視点で見たならばそこまで嫌とは思わないかもしれん。



「ふっ……にひっ……!」



未だに睨んでいたアリスにウインクのつもりの両目ギュってやつをしてやる。



「ひっ………」



ふふっ……。肝が据わってそうな流石の彼女も俺の素敵なダブウィン(Wウインク)には堪えられなかったみたいで、身を強ばらせ即座に黒板へと向き直った。


「お? どうしたんやろ?」

 

ゴリラもアリスが素早く黒板へと向き直ったのに気付いたようで、不思議そうな顔を向けてくる。

 

「また、お前か……」


「おぉいおぉい、また、お前かって急に失礼な奴だねあんた。俺ぁね、ずっと熱い視線向けてくるから綺麗な子だねぇと思って、炎のダブウィンを返しただけで、なにもしちゃいないってもんよ」


「炎のダブウィンってなんやねん、燃えとんのかお前。……てか、今更? 同じクラスになってもう1ヶ月以上経つのに?」


「はん? まあ確かに。もうすぐ2ヶ月ってとこかね」



「てか、一年の頃から合わせると一年以上やぞ」



「ん? あぁ~……」


確かに、一年の頃から騒がれてた様な気がしないでもないな。

でも、誰が可愛いだの綺麗だの興味ねぇしな。

可愛いからどうした? 綺麗だからどうした? 何か自分に良いことがあるのかって、まあ、あるとしたらせいぜいほっこりとかキュンとかもっこりするだけだ。

勝つか分からん恋愛争いに自ら参加するなんてめんどくせえし勝てねえから絶対しねえ、そもそも根本的にどんな事でも争いは好きではない。ゲーセンとかで友達と勝負ってのすらやる気ないぐらいの良い風に言えば平和主義者、悪い風に言えばヘタレ、根性無し、おもんない奴、駄目男なんだ俺は。


「まあ、同じクラスの奴すら興味ねえのにさ、他のクラスだった奴に興味持つわけ無いだろ」


そこまで暇じゃなかったし、1年の頃は。

 

「お前……嘘やろ?…………」


だが、何故だろう……?ゴリラは心底驚いた様子で聞いてくる。


「なに? そんな驚く事か?」



「いや、驚くとかじゃなくてさ、一年の頃も……」


「おう。なんだ?」


「アリス同じクラスやったんやで…………?」


「えっ……あれ、そうだっけか……」


そ、そんなまさか……。まじで……って、まあ、そんなに驚く事でもないか。


「まあ、ほら、だから言っただろ。同じクラスの奴すら興味無いって。それに、一年だったら右も左もまだ分かって無くて、人を可愛いだの言ってる余裕無かったんだろうさ」


今はこうでも、一年の頃の俺は真面目だったんだ。色んな授業を股掛けたりしてな。


「いや、今思い出したけど、一年の頃のお前もアリス綺麗って言ってたで」

 

なん……だって……?


「う、嘘だぁ~……」

いや、でも、多分間違いはないかもしれん…………。


ゴリラは記憶力だけはわりと凄い。確か最高、三歳の頃の記憶もあるとか言ってた気がするしな。


「…………」


いや、でもコイツ、最近の記憶はよく忘却するんだよな。てことは間違いの可能性も……。

 

 「ありえーる!」

 

とりあえずゴリラの首筋にチョップを喰らわす。


「ういっ……! お、お前っ……! いきなりなんやねんっ」


首を押さえ心底怒ったようにゴリラがそう言ってくるが、ほんと、とりあえずでなんとなくだった故に何となくとしか返せなかった。


「なんとなくで首狙うなやっ! 危ないねんぞ首はぁっ!!」


そう言いながら首を必死に擦っているゴリラは何やら首に対する思いが強い気がする。

 

「お前、昔、首になんか――――」


「こらぁぇっ!! 百太郎、ゴリラっ! てめえらぁ、授業中になに喋ってんでぇっ!」


あぁ……最悪だ。ゴリラに首について聞こうとした途端じろさんからお叱りが飛んできてしまった。


「ああ、その、つい……ははっ」


大衆の面前で怒られたので恥ずかしくなり、俺はじろさんに苦笑いを向けることしかできず、ゴリラはというとじろさんにまでゴリラと呼ばれたことにショックを受け俯いている。


「てめえらよぉ、前の授業でも騒いでたらしいじゃねえか!」


「いや、“等”じゃなくて百太郎だけ―――」


確かにそうであり、ゴリラが間違いを正そうとそう言うのはわかる、だが……。


「そん時はだろぃ? 今はゴリラ。てめえも喋ってたじゃねぇか、ちげぇのけぇ?」

 

こう言われてしまっては、何も言えなくなり黙るしかなかった。

 

「ったく。てめえらもうアレでぇ。水入ったバケツ持って廊下に立ってろいっ」


 「は? ちょっ、何時代なのさ。じろさん」


 「嘘やろ?」


 じろさんの提案に思わずゴリラと顔を見合わせてしまう。

 

「嘘じゃねぇ! さっさと一階のあの、階段下の……なんでぇ? ま、まあ、とりあえず、彼処にバケツ取りに行ってこいってんでぇ!」


「しかも自分で取りに行かすぅっ!?」

 

思わず目を見開いて聞き返してしまう。


「当たり前でぇ! 俺っちが行ってもしょうがねえだろ!」


「いや、分かるけど……マジで行かなあかんの?」

 

ゴリラもかなりダルそうだ。


「いいから、さっさと行くんでぇ!」


「あああ、わ、分かった! ほら行くぞ! ゴリラはやくっ!」


じろさんが黒板消しを握ったので制服の危険を感じ、素早く立ち上がるとダルそうにしているゴリラを連れて教室を出る。

 

 

 

 

 

「いやはや、ガキの頃さ、下痢ツボっ! とか言って頭頂部押されたりせんかった?」


じろさんが遥か昔の罰を与えてきたので、俺とゴリラも昔シリーズと掛けて小学校の思い出話に花を咲かせていた。



「下痢ツボ?」


「ああ。確かツムジをグッと親指で押された気がする」


マジで下痢になると思って怖がっていたもんな。可愛いじゃねえか、あの頃の俺。


「あ、思い出したっ! 押されたわ!」


「やろっ! やろっ!」


相手と思い出を分かち合えるとなんかテンションが上がってしまうものだ。

 

「“百太郎”って奴によく押されたわ」


「マジかよ、はっはっは、うるせえ」


「火遊びした時なんかもさ、燃え盛る火を必死にっ――――俺が、泣きそうになりながら必死に消してんのにっ。後ろで爆笑してやがってさ」


「そんなことも? はっはっは、もう黙れよ、お前」


「おもいっきり名前書いてんのにさ、消しゴム借りパクされたし、筆箱なんか毎日隠されたわ」


「おいおいっ。ほんとどうしようもねえなぁ! はっはっは、もう喋るなってお前まじで」


ろくなことしないガキは何処にでも居るもんだなぁ~と、俺が子供社会の厳しさを知った瞬間だった。

 

 

 



 

 「着いたな」


 「ああ」

 

屈んで一階の階段下のあそこ扉の取っ手に手をかける。


「オープン・ザ・クロォーーズッ」


ガチャ!っとやってすぐパタン!と閉める。


「なんでや」


「いや、なんとなく。ちょっと面白かっただろ?」


そう笑って聞いてみるが……。


「やめろや、早く開けぇ」


などと、めんどくさそうに返されたので仕方なく普通に開けることにした―――。


「くぅ~……くぁ~……」


 「…………」


 「…………」


だが、今度はゴリラがパタンと扉を閉め、そして顔を向けて言う。


 「なんでや」


 「いや、俺に聞かれても分からん」


 「なんか居たぞ」


確かに何者かが用具と共に居た。そして寝ていた。


「とりあえずさ…………」


ガチャりと再び、今度は開け放ってよく見てみる。


「うむ……息が詰まる臭さだ」


狭い室内にワックス等が置いてある小さな棚が両脇に設置されていて、その脇にはバケツやモップが無造作に置かれ、埃とワックスが混ざった様な独特な臭いが鼻を突き、顔を背けたくなる。


……が、俺もゴリラも顔を背けない。


「くぁ~……くぅ~……」


理由はこれだ。見間違うわけが無いと思ってはいたが、やはり何か居た。

棚と棚の間の床にうちの生徒であろう小さな少年が丸まって寝ていたんだ。


「お父さん、ここで寝たらあきません。起きてください、風邪引きますから」


なにわ警察の24時間テレビのように少年を揺すってみる。


「ん~……くぉ~……」


「駄目だこりゃ。次いってみよう!」


パタンと閉めた。


「こ、こらっ! 諦めるの早すぎやろ! 俺に任せろ!」


 ゴリラがそう言い階段の下の彼処の扉を開くので彼に任せることにして、俺は階段に腰を下ろす。。


「起きろこらぁっ! おい! うおぉえぇやこらぁあ! えぇ!? おぉい!!」


途端に静かな一階にゴリラの声が響き始める。胸ぐら掴んで乱暴に起こしてやがる様は、極道の如くな感じだ。

少年も少年でそこまでされても尚、対抗してグズって寝てる所すごいが、起きたときにゴリラが目の前に居たらどうなるんだろうか。驚いて死にやしないかねぇ。



「やれやれ、大変だぜなぁ……」


なんて、聞き流しながら、ぼーっとすること約5分。




「あ~……その~……」


階段の下の彼処で寝ていた少年は、小柄で、すべっすべな女子も羨みそうな白い肌に灰色の短髪ツンツンヘアースタイルであり。

細い眉毛にクリッとした真ん丸な黒い瞳、と、俗に言う、童顔―――ベビーフェイスってヤツだった。


「はははっ……すいません」


ベビー少年は恥ずかしそうに頭を掻き、爽やかな笑顔を俺達に向けてくる。


「いや、まあ、迷惑は被ってないし、謝らなくていいけどさ……」


やはり聞いとくべきなんだろうな。


「で、だ。君は何故寝ていたんだ? てか、何年だ? つうか誰だね君は? 階段の下の彼処の妖精? モテるだろ? 羨ましいぞ、死ねっ」


「いや、いきなり質問しすぎやろ。つうか最後の死ねってなんやねんっ」


ゴリラが軽く叩いてくる。


「えぇ~……と、とりあえず、僕は一年の大西寝子(おおにしねこ)です。妖精ではありません」


「いや、そりゃ妖精じゃ無いだろうけどさ……ねこって何が?」


「いや、何がて、名前やろ。失礼やぞ」


再びゴリラは叩いてくる。


「はい。寝子です」


寝子少年は気にした様子も無く再び笑顔でそう言った。


「確かに猫っポイ愛嬌はあるけど……。随分、冒険好きな親と見た。ギャンブラーか?」


「ははっ、いえいえ、一般的な両親ですよ」


あくまでも笑顔で受け答えする、寝子少年だ。

愛情を絶さず注がれよく育てられた感がある子だと思う。非行に走るなんて事はまず無さそうだ。

まあ、一つ言うとしたら、髪の毛が灰色のツンツンって事だな。ただ、ありえるのかはわから

んが地毛と言われれば信じそうなくらいに違和感がない。


「確か猫って昔、よく寝るから、『寝る』に子供の『子』って書いてたんだよな?」


「そうなん?」


なんかそんな話をどっかで、見聞きしたような気がする。

それだと、こいつはまさにぴったりだ。だから親御さん寝子にしたのだろうな。


「んで、名前はわかったが、寝子君は何故あんな所で寝てたんだ?」


 これぞ、一番の謎だ。


「ああ~それは~……」


寝子は恥ずかしそうに頭を掻きながらも続ける。


「僕、狭い所好きなんで、その、彼処に入ってみたら思いの外落ち着いて、それで……今。ですね」


「………………」


恐らく同じことを思ったに違いないゴリラとう頷き合い、そして同時に言った。


「寝子だ」


「猫やな」


「えっ?何がですか?」


猫子だけは自分の猫さ加減を理解出来てないみたいだったが関係ねえ。こいつは猫だ。


「んで、だ。By the way」


急に英語とか混じり話し始めた俺に、二人は不審者を見るような顔をしたが、気にせずに続ける。


「これからどうする? 馬鹿正直にバケツ持ってくか? 寝子はまた寝るか? ここで」


「いや、持ってく気は最初から無いしな」


「もう、目が覚めました」


聞くまでも無かったが、やはりな言葉が二人から返ってきたので俺もやはりな提案をすることにした。

 

 

 

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