第9話 冒険の狭間

 剣士である私の究極剣技『クレッセントムーン』が魔王に炸裂する。


 最終決戦も終盤を迎え、私の最大攻撃を受けても魔王の力は衰えない。


 魔王は私を睨みつけると大剣を振り回してくる。


 無造作な攻撃だが、その速さは尋常ではない。


 ギリギリのところでかわすと、視界の端に勇者の攻撃しようとする姿が見えた。


 私の思惑通り、魔王は意識を私に向けたせいで、勇者からの一撃に反応できない。


 大ダメージが魔王に入り、奴は咆哮を上げた。


 すかさず、魔法使いが魔法防壁を展開、僧侶は治癒魔法でパーティー全員の傷を癒す。


 次の瞬間、魔王の全方位魔法が放たれた。


 防壁と治った体力で何とか防ぎきる。


 勇者と私は互いに目配せすると、魔王へと走った。


 私の一撃が魔王の剣を弾き、空いたスペースに勇者が飛び込み、渾身の一撃を放つ……。


 勇者の究極奥義『プロミネンス・スラッシュ』だ。




 私たちの長い冒険がついに終わった。


「やったな、勇者」


「ああ、何とかな」


 座り込む勇者に私は手を差し伸べる。


「姫……」


「何だ、傷が痛むか?」


 手を握ったまま勇者が私を見つめる。


「魔王を倒せたら言おうと思ってた……俺と結婚してくれ」







 勇者との結婚が幸せに思えたのは、3年あまりに過ぎなかった。


 魔王が倒れ、魔物が現れなくなると冒険者は皆、職を失い路頭に迷った。


 勇者も魔王がいなければ存在意義はない。


 しかし、勇者が他の冒険者のように普通の職業に就くことは無理だった。


 彼は魔王を倒すことに特化した生物で、人間という枠を超えていたのだ。


 また、魔王なき今、それに匹敵する能力を持つ勇者は世界にとって危険極まりない存在と言えた。


 勇者を恐れた各国は協力して賛助金を集めると勇者の毎月の生活資金として充てた。


 生活に困ることはなかったが、勇者は生きる目的を失った。


 しばらくは、生き残った魔王軍の残党狩りや騎士達への剣術指南で気を紛らわせたが、そう長くは続かなかった。


 勇者は酒に博打に……女に溺れた。


 世界の誰よりも強く、顔もそれなりの勇者に惹かれる女は多い。


 結婚当初、私一筋だった勇者の浮気が発覚したのは結婚して3年目のことだった。


 私も薄々、感づいていた。


 半分エルフの血の入っている私に容色の衰えはなかったが、夜の営みが目に見えて減っていたからだ。


 要するに私に飽きたのだ。


 年上で言いたいことを言う妻より、言うことを何でも聞く可愛い女が良かったらしい。


 子どもでもできれば、違ったかもしれないが、あいにく彼と私の間に子はできなかった。


 エルフやハーフエルフの出生率が低いのはよく知られた事実だ。


 いつしか、勇者と私は憎みあう仲になっていた。


 同じ空間にいることさえ苦痛となった。


 甘く交わした言葉も優しい気遣いも情熱的な触れ合いも全て幻に消えた。


 人の心の移ろいが、これほどまでとは正直、私は思ってもいなかった。


 あんなに愛した人に何の愛情も感じなくなるなんて……。


 お互い別れるしかないと頭ではわかっていたが、行動に移すことはできなかった。


 魔王を倒した勇者とそれを支えた剣姫、その肩書きが私たちを縛る。


 実家の王家を捨て勇者に嫁いだ身としては、今さらおめおめとは帰れなかったのだ。


 このまま、死ぬまで仮面夫婦を続けるしかない、そう諦めていた。






 いきなり扉が開いて勇者が入ってくる。


 顔を見るのは何ヶ月振りだろう。


「あら、あなた、いったい何の用かしら?」


 いつものように冷たい視線を投げかける。


「姫よ……」


 勇者は熱っぽい視線を私に向けながら、手を差し伸べる。


「魔王が復活した……また冒険に出かけよう!」


 今までのことやいろいろな想いが一瞬、頭の中を通り過ぎる。


 私は静かに……だが、ハッキリと答え、彼の手を取った。


「ああ、行こう……勇者」

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