第51話

 三千年の間、空に浮かんでいたテイルガーデンの浮遊島は誰もが気が付かない程の緩やかな振動で下降し始める。


「始まったな…では、わしもそろそろ始めるかのぅ」


寂しそうに呟いたティタはまず闘技場中央の穴、イサム達が降ろされた場所に魔法で光の網を張る。


「まずは水中に居る邪魔な者どもを排除しながら水を浄化じゃのぅ」


 ティタは両手を広げ意識を集中すると、闘技場の真下辺りの湖が揺らめきだす。そして徐々に波紋が広がり渦に変わる。


「やはり巨大な者は倒した奴以外居ないようじゃのぅ」


 イサム達が来る前に気配を察知して警戒はしていたが、パックが倒された後に別の巨大な生物が出て来る事は無かった。原因は不明だが、現在はその子供らのみが湖を我が物顔で泳いでいるのが分かる。

 ティタは広げた両手を勢いよく上にあげる。すると渦を巻いていた湖の水が闘技場のある島にぶつかり、中央の穴を目掛け駆け上がっていく。


「おお!」

「なんだぁ!」


 闘技場の観客達は何が起こったんだと騒いでいるが、湖の水は止め処なく上空に昇り綺麗な虹が見える。それが水のカーテンの様にテイルガーデン全体へと広がっていく。そして湖の水は全て国中を包む壁となった。それと同時に島全体が揺れ、水の感動から一転して地震の振動に驚く声があがる。


――――――ゴゴゴゴゴゴッ


 何かが落ちる程ではない位の振動だが、体感出来る揺れが終わり観客達も安堵のため息をつく。しかし、一人の観客が叫んだ。


「おい見ろ! 城が! テイルガーデン城が無い!」


 その声に上空を見る人達の顔が見る見る強張っていく、城だけではなくこの闘技場から見える全ての浮遊島が消えているのだ。ティタは声を張り上げ観客達や兵士達に話しかける。


「よく聞け! わしはテイルガーデン初代女王ティタニアじゃ! フェアリーがフェアリーを蔑む国にしてしまった事を悲しく思う! よって罰を与えに来た!」


 周囲がざわめく、初代女王と言えばこの国を建国した絶対的な力を持つフェアリーとされ、この国の歴史に深く刻まれている。しかし、それを信じる訳が無く怒号が飛び交う。


「ふざけるな! 初代女王だって!? 既に亡くなられている偉大なお方の名を語るなど貴様! フェアリーとして恥を知れ!」

「そうだ! そうだ!」


 信じる者が居ないのは分かっていたので、ティタもそれを聞いて怒る事は無い。だが、イサムの方に目を向ける。イサムはそれを承知してディアナに話しかける。


「ディアナ、お前が説明する番じゃないのか? この国の女王なんだろ?」


 いまだに抱き付いていたディアナは顔を上げ、イサムを見る。涙で目が真っ赤になりグシャグシャになった顔はもはや女王としての貫禄など無く、テテルと変わらない普通の少女である。

 ディアナはイサムから離れ、兵士に拡声魔導機を頼みティタの所へ歩いて行く。魔導機を受け取り、話し始める。


『皆よく聞け、この方は本物の初代女王ティタニア様だ。私は何も考えていなかった…そう教えられて育ってきた…民の事も国に事も…ただ、人の痛みや国の痛みなど何も考えず、自分の欲のみで動き行動していた。毎日がそれで当たり前だと思って来たのだ。各種族が大迷宮へ挑む者を国が選抜するこの場所も、ただの罪人を罰すると言う名目の、見世物に成り下がっていた…』


 また溢れだそうとする涙をディアナは堪える。


『この話は誰も知らない、私の一族のみに伝えられる話をしよう。私の一族はこの国を乗っ取ったのだ、ティタニア様がこの国を去られた二千年前に私の一族は外からやってきた。知識に長けた私の祖先は、あの手この手を使いティタニア様のお子達を国の外へと追いやったと聞く』


 信じられない話が出て周囲がざわめく。それでも話は続く。


『誰にも話した事は無い、この国をこの様にしたのは私の一族だ。どんな罰でも受けよう…本当にすまなかった…』


 そこにベルの上司である上層民と呼ばれていた兵士が来る。


「女王様…それは本当なのですか? 私どもはこの国の為だと思い、貴方様へ忠誠を捧げて参りました。下層民を虐げているのは心地が良かったではないですか? 何を今更言うのですか?」

「すまない…私もティタニア様に出会うまで考えなかった事なのだ」

「だから、今度はティタニア様に国を任せると言うのですか!? そんな勝手な都合の良い話があるわけないでしょう!」

「本当に申し訳ないと思っている、この償いは必ずしよう」

「いや、今ここで償って下さい」


 上層民兵士は、そのままディアナの元へ歩きいきなり剣で胸を突き刺した。よろめく女王は倒れ血を吐く、その衝撃で王冠が地面に転がる。傍に居るティタも驚き声を上げる。


「なっ! 貴様何をしている!」

「うるさい! 今更この国が良くなる位なら、女王と心中してやる!」


 別に持っていた短剣で自分の喉を切り裂く。血が噴き出しそのまま倒れる兵士。イサム達も駆け寄り女王の傍による。


「おい! しっかりしろ! リリルカ! 回復を!」

「駄目、深すぎる! 痛みを消すくらいしか出来ないよ!」


 しかし、ディアナはイサムの服を掴み首を振る。


「ゴホッゴホッ…良いのです…これが私の罰です…女王になり、まだ日は浅いですが……これで良かった……」


 ディアナは掴んだ手を放し、その目を開いたまま息絶える。


「本当にこの世界はこんな事ばかりだな……蘇生を使わないと助けられないなんて…」


 イサムは蘇生を使う為にメニューを開こうとする、すると何故かコアが開きそこから未使用のコアがイサムの体から飛び出す。


「ん? なんだ? 勝手にコアが出てきたぞ」


 メテラスの命が入っていたコアの抜け殻を、どうしていいか分からないまま保管していたが、急にそれが飛び出してディアナの上に落ちる。


「おいおいまさか……入るんじゃないだろうな!」


 急いでイサムがコアに触れ保管しようとするが、触れる前に手が弾かれる。そしてディアナの体は光に包まれてコアに吸い込まれていく。他の仲間達も驚いて近くで見ている。


「イサム様、何故コアを出しているんですか?」

「勝手にコアが出てきたんだ、何でか全くわからない」

「これメテラスのコアだったやつよね、何でなの?」

「まさか女王が私達の仲間になるのですか!?」

「なるほどのぅ、これは面白い光景じゃのぅ」

「確かに初めて見るな」

「妾と言う従者が居るのにまたお増やしになって! あんまりですわ!」


 仲間達が見守る中、完全にコアの中に入った女王ディアナはそのままイサムの中へと消えていく。勿論コアの表示の中にはディアナの文字があり、イサムはそのままタップする。

 目の前に現れる光の玉は、人の形を作り始め先程息を引き取ったディアナが現れる。


「え……私は…どうして?」


 死んだ筈だと周りを見渡し、目の前に居るイサムと目が合う。ディアナの顔は見る見る赤くなり、急いで振り返ると次はティタニアと目が合う。


「テ…ティタニア様…私は一体…何故生きているのですか?」

「ふむ、イサムの能力じゃのぅ。お前は生きてまだまだ償わなければならないのぅ」

「そ…それは勿論ですが…意味が分かりません…なぜ私は救われたのか…」


 それを見ながらイサムはもう一人の死者の元へ向かう。


「取りあえずは、こいつも生き返らせよう。死んで逃げようなんて甘い」

「いま何と?」


 驚くディアナが見ている前で、絶命した上層民兵士に蘇生の魔法を掛ける。光が兵士を包み込みゆっくりと目を開く。


「おい、起きろ」

「はっ! 何故だ! 私は死んだ筈だ!」

「死んで逃げられると思うなよ、お前も償わなければならないだろう?」

「く…くそぉ! 何なんだお前は!」

「お前に話す事は無い」


 ティタは別の兵士達を呼び上層民兵士と捕らえる様に指示する。始めは戸惑っていた兵士達も、意を決した様に縄を掛けて連れて行く。

 それを見送ったディアナは転がっている王冠を拾いティタに渡す。


「これをお返しします。私は偽りの女王、これは付ける資格が御座いません」

「ふむ…しかし、わしも資格が無いな……そうじゃ! ベル来なさい!」

「はっはい! 何でしょうか!」


 王冠を受け取ったティタが急に思いついた。


「ベル、お前は私達の子孫じゃ。これを受け取れ」


 ティタはベルに王冠を渡そうとする、勿論それを受け取る訳が無い。


「ななな…何を仰っているのですか! 私が受け取れるはずないじゃないですか!」

「私からも頼む、ベルと言ったな…私はこの国を駄目にした一族だ。もうこの国には居られない」

「そ…そんな…」


 ティタは落ちていた拡声魔導機を拾い話し始める。


『よく聞いてくれ、わしらは人を見下す元凶の浮遊島を全て降ろした。その代わりに湖の水を国の周りに展開させて防壁を造った。じゃが良く聞いてくれ、もし同じ様な事がこの国で起きた時は、その防壁の水は全て国へと流れ押し潰す。それを努努忘れるな!』


 誰も声を上げるものは居ない。色々な物事が一気に起こり過ぎて混乱しているのだろう。そしてディアナが拡声魔導機を受け取り話す。


『私は今日のこの日をもって女王の職をこのベルに譲る。彼女こそティタニア様の血を継ぐ御方なのだ! 民を苦しめた私はこの国を去る。心から詫びよう、皆本当にすまなかった』


 深々と頭を国民に下げたディアナの目には、また大粒の涙が溢れていた。そんな静けさの中で突如人以外の声が聞こえる。


ギャギャギャギャ!


「おっと忘れておった、リリルカ! 中心のあの穴に一発魔法をぶち込んでくれないかのぅ?」

「わかったよ! 魔物を閉じ込めたんだね!」


 リリルカは手を上げ勢いよく振り下ろす、すると稲妻が空間から突如穴の中へと落ちる。水を噴き上げる際に網状にしていた魔法と合わさり一気に魔物達は蒸発していく。


「さすがじゃのぅ、リリルカありがとう」

「へへへ…」


 褒められるとやはり嬉しいリリルカは、頬を少し染めて照れている。そこにイサムがティタに尋ねる。


「それでこれからどうするんだ? 国の人達も固まって何も出来ないぞ」

「そうじゃのぅ、取りあえず城へ向かおうか。それから今後を考えようかのぅ」


 ティタはそう言うと、スタスタと歩き始める。他の仲間達もその後について行く、兵士達も訳が分からないまま道を譲りその面々の背中を見送った。

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