~階段~

次の日、遂にレッスン初日でした。レッスンは「演技」。おお、まさにこれぞ、これぞ声優専門学校。しかしテレビもマイクも無いけどどないするんやろか?そして講師が入ってきました。


「これから演技を受け持つ 役者川幸四郎 です。えー、私は声優では無いのでマイク前の事は教えられません。でも、実際に舞台等で使う技の濃縮が声優のお芝居だと思っています。よろしくお願いします」


成る程、そう言う事か。ガッテンが行きますな。我々は本当に今まで何もレッスンなどした事が無いズブの素人が揃っています。私は多少レッスンは受けましたけど、実力ブーストと言うか「どんなことするんかいな?」のレベルだったので素人と同じです。


「そうですね、じゃあ…まずは…緊張して体が硬いと怪我をするので柔軟体操でもしましょう。それじゃあ…偶数か、二人一組になって下さい」


!!!!!!!!!!!!!


全員の心のトラウマが蘇りました。私や笹本はまあ大丈夫ですが、他の人達はまだ仲良くも成っていないでしょう。一体どうなる事やら。よし、笹本はどこかいな?

ああああああああああ!!!!笹本の横にポム巻さんが!!!どうしよう。まあ誰か適当に組むか。


「話した事がある人としたいから一緒にやらない?」


おや?っと思って振り向くとそこには水堂が居ました。男女で柔軟体操。ウヘェー!ちょっとこれは感情的になってしまうで。まあ良いか。やりましょう。


そして周りを見渡してみたら、皆二人一組になっています。大体は同性と組んでいますが、ある程度男女コンビが作られます。

無禄は雑魚美と組みました。そして豚骨は女性と組もうと色々と狙っているみたいですが、やはり恥ずかしいのか声をムヒムヒ鼻息荒く相手を探していました。まあ、他人のことは良いか。多少柔軟するだけだから押したりするだけだし。レッスン室は一面が鏡張りになっています。皆、鏡の方を向いて運動や演技をします。そうする事により、客観的に自分の芝居や表情を見る事が出来るからです。


「じゃあ一人は開脚して、もう一人は後ろから押してあげましょう。はい、1、2、3、4!」


とりあえず水堂の背中を押しましたが、「あ、女性の体ってこんなに柔らかいのか。あと、髪の毛のすげえ良い香りがする…いかんいかん!クラスメイトにそんな気持ちを持ってはいかんぞ。これは失敬失敬」と思い鏡の方を向きました。レッスン室には全身を見る事ができるように鏡が張ってあるのです。鏡を見るとそこにはとんでもない景色が広がっていました。

男女共に稽古着と言う事でTシャツとジャージなどを着ているのですが、首元がユルめのTシャツを着ている女性の胸が鏡に写っているのです。あああ!そうか!柔軟だから前屈姿勢になるしな!他の異性ペアを見ていると、やはり異性の体に触れる事が無かったからなのか、全神経を指先に集中しているように見えます。

その点、この私はどうでしょう?皆とは全く別の発想、鏡に映る多くの女子生徒の胸チラを見る事が出来るのです。もし、声優専門学校に通っている人、これから通おうとしている人。この瞬間は最高なので、是非男女ペアで柔軟体操をしてください。そして見られたく無い女性は首までシッカリと締められるジッパータイプの服を着るか首にタオルを巻くと良いですよ。しかし水堂。乳がでかい。大きくなりすぎて大味になった梨みたいだ。一通りの号令が終わり攻守交代です。今度は私が水堂に押される番です。


「後藤君は体硬い~?」


「俺はレスリングとかしてきたから柔らかいよ。」


思い切り押されるまでも無く一人で開脚し、胸を床にぴったりと付けました。


「わ!すごーい!えい!」


えい!だと?うおおお、何と水堂が負荷を掛ける為に背中にのしかかって来ました。即ち、乳が、多分Eカップ位ある乳が私の背中にくっつくのです。詳しくは語りませんが、女性の体は柔らかいとこの時確信しました。そして詳しくは言いませんがその日はアイテム要らずでした。


こう言う感じでレッスンは進みます。レッスンの内容は講師の合図で大声で笑ったり、号泣したりと、まずは何をするにも感情を解き放たないといけないと言う事でそんな事をやります。まだ「表現」をするには早すぎるのです。まずは「表出」をしないと表現につながらないのです。そしてこの表出は凄く大事です。

今までスクールカーストが低かったり、同じ目標の仲間がいなかったりで、必要最低限の感情しか出してこなかった人間がクラスに集まっています。感情をフルスロットルで開放する事が無かったのです。

このレッスンは本当にすごかった。まずこの一回目だけで何かまた教室の空気が変わったように思えます。「感情を出すのが下手で…」と思っている貴方、自宅では通報の危険があるので、カラオケ等に行って無理やり笑ったり泣いたりしてみてください。上手くやるんじゃない、多く出すのです。絶対に何か変わりますよ。そして、何かが変わると、心持ちも変わってきます。色んな気持ち…その中で「ちょっとそれは隠しとこうな?」と思える気持ちも出てくるのです。今まで出さなかった反動なのでしょうか?感情は武器です。力の源です。しかしその強大な力は時として大いなる災いを起こす事があるのです。人を好きになると言う感情が。


入学後数週間が経ちました、感情の表出から多少の表現を学び、クラス全員の顔と名前が一致してある程度の趣味趣向も分かるようになってきました。そうなるとやはり自分と同じ趣味趣向の人間と集まるのが人と言う物です。音楽やバンド活動をバックボーンにする私と、hiphopを愛する笹本はある意味で浮いていました。ポム巻、水堂、桜丸、雛子とは話しますが、ほかのクラスメイトとは必要最低限の話ししかしない状態でした。しかし、こう言う形で蚊帳の外に置かれるとこの教室を取り巻く空気を俯瞰で見る事が出来るようになりました。ある種のグループが形成されていると感じるようになったのです。


グループ1:雑魚美、無禄を中心とした所謂ウェイな感じの人達。積極的にグループに人を入れる事は無いが、いつの間にか人が増えている感じ。


グループ2:ポム巻等を中心とした「年上で人生経験多い人」に付いて色々と知育を得る人達。年上が少し孤立している人に積極的に話しかけたりして形成された


グループ3:アニメやゲーム等の趣味の話をのんびりして、レッスンや自主練習等には余り関心を示さない人達(前述の世捨て勢のグループ)。同じ匂いの人間以外には心を閉ざしている


そして点々と私と笹本のような小規模の部族が存在する形です。この中でグループ1はやはり目立ちました。単純に声がデカイのです。そして一つ一つのリアクションが大きい。まるで「楽しんでいる姿を人に見てもらいたい」と言う形と感じる程に。

この「人に見てもらいたい」と感じた事に私は何か違和感を感じました。その違和感の原因はまだわかっていないのですが、後にそれが間違いでは無かったと確信する事になります。


「後藤、考えたら今後皆で舞台を作ったりして行くんだよな」


「そのようだ。それなのに我々はどこのグループにも属していないぞ」


「だからってグループ入れてちょんまげ!って言うのは抵抗あるしなあ」


「まあ自然と何とかなるよ。多分パンイチが尾を引いているのだ。」


二人で柔軟体操等をしながら会話していたのですが、真面目な事を言いながらも「こいつ女だったら胸チラ拝めたのになあ」と私は心あらずでした。その時


「ねえ、何だかグループ出来てない?私たち完全にその外じゃないの」


と水堂が寄ってきました。彼女も自己紹介での印象が炸裂しすぎたのでグループで無くソロで動いている感じでした。


「おや、水堂。笹本ともそんな話しをしていたのだよ」


「何だか学生みたいだよね~。私達プロに成るって考えてるからもっとギスギスしてるかと思っていたのよ」


「まあ無理にギスギスしなくても良いとは思うけど…皆…近いよね」


「あ!後藤、俺も思った。近い」


「私も言おうとした。近い」


「僕もそう思う。近い」


そこにはいつの間にかポム巻が立っていました。


「お、ポム巻さんもそう思いますか。なんて言うか…ボディータッチが多いし、台本上手く読めたらハイタッチとかハグし合ったりしてるし…作り物みたいですよね。漫画的と言うかアニメ的と言うか…バトルアスリーテス大運動会でこんな空気見た記憶がありますよ」


「そうだよね。でもこう言う風に同じ趣味とか目的がある人が集まるとこうなるんだよね。大学のサークルもそうだった。それにここはサークルじゃなくて学校だから嫌でも辞めたりできないじゃない。だからこそ何か…近づいている部分があるのかな」


成る程。この近さは信頼の証と言うよりは「裏切るな」と言う願いの証なのか。でも、そう言う風になるのもわかります。皆、不安なのです。今まで人にないがしろにされてきたり、笑われたりして来た部分もあると思います。自分自身を前面に出す事でトラブルになる事もあったと思います。しかし、ここでは皆が同じカーストなのです。同じ身分で同じ目的を持つ仲間がいるのです。だからこそ、「ここまではOKだよね?」と言う行為の確認をしているのです。そして確認が過剰になっているのです。


「でも、ああ言う感じだったら何だかすぐに恋したりしそうですよね」


「笹本君、それは正解。やっぱり今まで異性とかコミュニケーションに慣れていないとそういう形にすぐ発展する。で、慣れていないからすぐに崩壊する」


「するってえと?」


「うわ、地獄しか見えないじゃない。怖いわね~」


我々の予想は合っていると思います。しかし、ここは現世よりももっともっと瘴気濃度が濃い世界です。地獄は修羅道の呼び水です。その呼び水がそこそこのスピードで流れていますが我々は気が付かなかった事にしました。見なければ存在しないから。

しかし雑魚美は妙にはしゃいで色んな人にボディータッチをしています。そして他の人にタッチする度に無禄が若干わかりやすい嫌な顔をします。もしかしてこれは既にラブが生まれているのでしょうか?いやいや、まだ入学して数週間ですよ。そんな事有るはずが無い。グループの会話がこちらにも聞こえます。


「雑魚美ちゃんみたいな可愛い子初めて見たよ!可愛いし声も良いし絶対に声優になれるよ!」


豚骨、お前それを水堂にも言っていたじゃないか。


「そうかな~!私、全然自信ないよ~!豚骨君だって良い声してるよ~!」


「雑魚美ちゃんはちょっとレベルが違う気がするよ」


「弱腰君!照れるよー!キャー!」


と言いながら雑魚美は横に居た無禄の胸に顔を当て「照れてます!」と言うパフォーマンスをさらしやがりました。


「みんな、雑魚美を褒めすぎだよ?俺も雑魚美は凄く魅力的だと思うけど…そんなに甘い世界じゃないんじゃないかなあ?それに身長も低いしね」


「もー!ちっちゃいってゆーな!それに厳しい事言わないでよ~!雑魚美は褒められて伸びる子なんだよ~!」


「ごめんごめん、でも、雑魚美は凄く可愛いと思うよ」


「うれしい~!」


ほんま殺そうかなあ!こいつら!

やはり姫は凄い。勘違いしていただきたくないのは雑魚美はあんまり可愛くないです。地味目な顔にロリータ服、小さい身長にでかい胸。露出に走ってもう色々とカースト的にも最強に行き詰まった年寄りコスプレイヤーみたいな雰囲気です。作品愛よりも自己愛が強いタイプの。


「無禄君もかっこいいよー!八神庵みたい!!」


「無禄!その服どこで買ったの!?凄い格好良い!」


「これは神戸で買ったんだ。今度皆で行く?」


「行こう行こう!俺もそういうベルトでつながっているズボン欲しい!」


姫と言う存在はある意味で不幸なのかもしれません。それは分不相応だからです。周りの言葉や行動に影響されて、成ろうとしてではなく、「成らされて」姫と成るのです。本人は自分には何かの魅力があると思っています。周りの人間は褒めたんだしワンチャンあるか?と思いながらも「俺が認めたんだから何かあってくれないと困る」と言う気持ちもあります。その二つの欲望と気持ちが合体して、今ここに姫が生まれようとしています。そしてもう一つの禍々しい存在。「王子」も生まれようとしています。姫だけでも大変なのに、そこに王子の誕生。そんな場所…もう…地獄でしか無いでしょうが!!


数日後、我々声優専門学校に通う人間はファッションセンスとかメイクが壊滅的にアレな人が多いので「写真撮影と服装講習」と言う、今思うと「てめえ舐めてんじゃねえぞ」と言うレッスンが行われました。その日は全員が自宅からこれでオシャレエンペラーや!と言う服を持ち寄ると言う最強に凄まった空気が生まれる地獄の日です。


無禄は八神庵、マトリックスの主役みたいな服、スタンド攻撃を食らったかのようなジッパーが異常に付いている服


雑魚身はもうどこかの姫のような、雑魚美以外が着たらそれなりに形になりそうな服


桜丸は何故かチャイナドレス


豚骨はゴッドファーザーみたいなスーツに何故かエアガンのショットガンを持ってきていました。


これはえらい事になるでえ。地獄の蓋が開きよったで。周りはダイエーで買ったようなPeopleと書かれたTシャツや、三十代後半ならピンと来る、「サイバー系」の格好ばかりでした。私は若干のクラっと来た感じを覚えつつも、何故か気合を入れすぎて革ジャンに鋲を大量にさした北斗の拳のザコみたいな服を持ってきました。もちろん普通にレザージャケットとかも持ってきていますよ。私は皆と違うんです。やめてくださいよ、そんな目で見るのは。

笹本はBボーイな感じで相変わらず趣味が良いです。

水堂もちょっとしたドレスみたいな感じのを持ってきましたが、本人が持っている気品が凄いので違和感がありませんでした。


「お前等!真の海兵隊がそんな服を来てどうする!!お前らが声優事務所の人間だったらそんな人間を所属させたいか!?この事務所紹介パンフレットを見ろ!ほら!事務所によって服装の傾向も違うだろうが!わかったらさっさとセンスを磨け!この牛の食い残しとウニの殻から生まれたギーク共!!」


成る程、いろんな事務所のパンフレットを見ていると傾向がわかります。この事務所はハデなのが好き。この事務所はシックなのが好き。ある程度個性は出して良いのでしょうけど、「人を商品にする」と言う事を考えると、こう言うファッションの一つ一つも考えなければいけないのでしょう。なんだよ、良い学校じゃないか。

早々と服装選択と写真撮影を終えた私は屋上付近から街を見下ろせる屋上に向かいました。時間も有り余っているし、何となく外に面した非常階段で向かいました。

屋上に着いた時、綺麗な夕日に照らされた街が見え、その景色が私をセンチメンタルにしたのか、少し今後の事が不安になってきました。


「この先俺はこのままで良いのだろうか。心を裸にしてぶつかるべき場所で何か一枚皮を被っている気がする。でも、周りの人間が思いの外アニメ大好きな人が多くて溶け込むにもなあ…俺が一段下がるしかないのか…」


不安が大きくなる。しかし、自分は周りとは違う。別次元の、高次元の人間なのだ。そうだ。俺は違う。あんな群れながら慰めあう人間じゃない。声優に成に来た。友達を作りに来たんじゃない。そんなのは外でもできる。ここでできる事、ここでしかできない事はなんだ?それは声優になる事だ。それを思い切りやる。甘受するな。感受しろ。苦しくてもやるんだ。俺は違うんだ。持ってる。俺は持ってるんだ。………何かを。


そんな事を考えながらぼんやりしていると階段を登る音が聞こえてきました。一番上のフロアは他学科のフロアです。ちょっとバツが悪いなと思っていると声をかけられました。


「後藤くん。ここ、綺麗だね」


そこには雛子が居ました。普段の地味な雛子からは想像出来無い、レースが入った可愛いワンピース、そしてきちんと指導を受けて頑張ったであろうメイクをした雛子がそこに居たのです。

うお、可愛いじゃないか。なんじゃこら!?メイクか!?


「ああ、前に…蛸村だっけ?あの元ヤンで年上の人。あの人がタバコ吸う時にここで吸うらしくてね。それで景色が良いって言うのも横耳で聞いてたから来たんだ。雛子ちゃんはどうしたの?」


「ううん、雛子も何となく来たんだよ。」


会話はそれそこで止まりました。しかしその後の沈黙には何も嫌な感じがしませんでした。夕日が包む街をの魔法なのか、それともお互いに波長が合うのか。のんびりと景色を見ていました。


「なんだか、変な所だよな。声優専門学校って」


「変?」


「無禄と雑魚美の雰囲気とかさ。まだ入学して直ぐなのに何だか距離が近くて凄いじゃない」


「アハハハ、雛子もそう思う」


「なんと言うか…色々ありそうだな…」


「色々って?」


「恋愛とかさ…雑魚美は色々凄そうだと思う」


「後藤君は雑魚美ちゃん好きなの?」


「パードン?」


「雑魚美ちゃんの事…好きなの?」


このオナゴは何を言っているのか。話の流れ的にあまりよく思っていないと言うのは分かるでしょうに。いちいち説明せんとダメなのか。そう思い雛子の顔を見ると、無表情で私を見据えていました。その目からは一切の感情を感じる事ができなくて、嘘を言う事も出来無いような気がしました。


「いや…やっぱり…あの…皆で何か作って行く場って恋愛で揉めるとか一番面倒じゃない。それだけだよ。マジでそれだけ」


「そっか」


少しの沈黙の後、雛子が小さなクシャミをしました。戻るか?と声を掛け、二人で階段を下りていきました。多分俺は無禄や雑魚美みたいに恋愛とかはしないだろう。ただただ練習に打ち込もう。その為にここに来た。心を塗り固めるんだ。心を、ただただ役者として。

またしばらくレッスンだけの日々が続きました。さっき名前が出た、蛸村とも「特攻の拓」がキッカケで話すようになり、少しずつですが話せる人が増えていきました。しかし、まだきちんと喋った事が無い人も居るなあと思っていた所、ホームルーム終了後に雑魚美が立ち上がりました。


「みんなー!ちゅーもーく!もうすぐさ!五月の連休に入っちゃうでしょ~!?その内、皆で作品を作るとかあるらしいし、懇親会をしようと思いま~す!!」


ほう、中々気が利いてるじゃないか。そうだな、まあお酒でも飲んだりしたらそれはそれでみんな打ち解けられるか。殆どの人間が高校卒業してすぐだからお酒なんて飲んじゃダメなんだけど、まあそこは青春の礎として飲むしかない。


「それで~!連休前最後のレッスンの後にみんなでお食事会をしま~す!場所は近くの「たこ焼き・蛸概念」でやるので良かったら来てくださ~い!」


「ごっちゃん!行く?」


「うーん、まあ来週ならバイトも休めるかと思うから行こうかなあ。蛸村さんは?」


「俺、あかんねん~!その日は週末やからバイト休まれへんわ~!俺の分も楽しんで来てや~」


「そうなのですか。マジメですな。でもちょっとなあ…うーん、蛸村さんともっと話したいのだけど、まあ連休中普通に遊んだりしましょうか。家も近いし」


「そやな!車持ってるからどっか連れてったるわ!」


「さすが年上。感謝します。笹本は行く?」


「後藤が行くなら行こうかな~。俺もこう言う機会が無いと打ち解けられない気がするしな~」


やはり我々は多少遠慮しながらも仲良く成りたいと思っていたのです。蛸村は元ヤン特有のバリバリ社交性で友達も多いみたいですが、私と笹本は普通にしゃべれる相手がまだ居ません。こりゃもう参加だなと思いとりあえず雑魚美にその旨を伝えに行きました。


「権現さん」


雑魚美はビクッ!とした表情で私の方を向きました。これが「違う匂い」を感じる人間への対応です。多分予想外の人が来て、予想外の事が起きるのが怖いのでしょう。その瞬間自分で作ってきた、自分で思い描いた世界じゃなくなるからなのでしょう。しかし雑魚美はまた笑顔に戻り何用か?と聞いてきました。


「俺と笹本も参加するよ。やっぱりみんなと仲良くしたいしね」


その瞬間雑魚美は思い切り突き抜けた笑顔になりました。そしてそのまま了解を得るだけだと思っていた私は衝撃を受けてしまいました。雑魚美がハグをしてきたのです。


引き攣る無禄


吹き出す笹本


教室の端からドムのように素早く近づいてくる豚骨


「ありがと~!後藤きゅ~ん!本当に嬉しい!私達も後藤君と笹本君と仲良くしたいと思っていたんだ~!」


「そうですか。嬉しいです。後、このベアハッグをやめていただけたらもっと嬉しいですよ」


「雑魚美!後藤嫌がってるだろ!!離れろよ!!」


無禄が私に怒りを持ったまま雑魚美にそう言いました。


「うわ!後藤!後藤良いなー!雑魚美ちゃん!俺も行くよ!俺も俺も!」


「あ、豚骨君ありがとー。じゃあまたその時にねー」


雑魚美は全く相手をせずに了承しました。


「ええー!?後藤の時と違うじゃない!俺も!俺も俺も!」


豚骨はハグを求めています。この貪欲さ、鮫です。鮫の中でも最も獰猛で貪欲なホオジロザメです。この気持ち、真似はしたくないが見習わないといけない気持ちなのかと思いましたが、それも気の迷いで真似した所で地獄しかねえなと思いました。


「えー…あ!豚骨君!握手!!」


「わ!わわわわわ!!嬉しい!雑魚美ちゃんと握手!!」


感極まった豚骨は雑魚美の手の甲にキスをしました。え?マジで?


「きゃああああああああああああ!」


「おい!豚骨やりすぎだろうが!」


「いやだよおおおおおおおおお!」


雑魚美はダッシュで手洗い方向に走り、無禄はそれを追いかけ、私と笹本はポカンとして豚骨はニコニコしていました。


「あー、豚骨。その、なんだ。アレだ。美味しかった?」


「クリームの味がした!!」


「あー、うん。良かったね。じゃあ笹本、行こうか」


「え!?あ、おう!」


なんじゃコリャって思いながら私達も何となく「資材置き場」と呼ばれている小さな教室に移動しました。ここは食事をしたり、ちょっとのんびりするのに適している教室でした。そこに居る桜丸が雛子に対して何か真剣な顔で話していました。


「何?何かあったの?」


「あ!後藤君!!あ!雛子ちゃん待って!!」


「なんだあの二人、飛び出して行ったな。まあ良いか」


私と笹本は先ほどの事が本当に現実世界で起きた事なのかを確認すべく、その場に居たポム巻、蛸村を交えて話し合いました。決して面白い事があったから言い広めているのではなく、真剣にこの世界の事象なのかを確かめる大事な会議だったとここに記しておきます。


「うわ、豚骨君ちょっとキテるね」


「ごっちゃんそれマジ!?クリームって!ブファッ!ブホホホホホ!!!!」


「クリームはねえよ!味しても汗の塩味だって!」


「いやあ、衝撃と言うのは思いのほか、人体より心にキマるのですね」


全員がニヤニヤを抑えきれずに会話をしていました。そしてこう言う異様な行動、ハグなどに付いて意見を交換している内に一つの答えが導かれました。過剰なアクション、リアクションと言うのは非常に「マンガ、アニメ的」なのです。

何か嘘っぽいな?と感じていた行動はもしかして「彼、彼女達がかっこいいと思っていたアニメや漫画の行動」を現実の場で表出させているからなのか?と全員が思いました。そうなのです。全てが借り物の行動で、そこには魂と必然性が無いから何か嘘っぽく、そして薄ら寒い空気を感じるのです。これは色んな場面で凡ゆる人が経験から最適解を導き出そうとしてやる行為なのですが、我々それなりに普通に生きてきたら、まず他の生きている人間から影響を受けたりする事が多く、そしてその関係性の中で選択肢を選びます。しかし、アニメや漫画に熱中をしすぎるとそう言う事が出来なくなるのです。ファンタジーの世界からそのまま事象が飛び出して来るのなら、その事象を司る人間もファンタジーの人間じゃないと似合わないのです。しかし我々は人間です。キャラクターじゃない。そこで表現の齟齬が生じ、前述した嘘臭さが生まれるのです。


「なんて言うか…俺も後藤も…蛸村さんもポム巻さんも…普通に生きてきた事がコンプレックスみたいに感じてる部分あるけど…それが一番の判断基準を作ってくれるし…結果として良かったのでしょうかね…」


笹本が上手い具合にまとめてくれました。そしてそのファンタジーの住人達との親睦会は間近に迫っているのです。ふと外を見ると季節外れの雨雲が近づい居ました。今の私はどうにも暑さを遮る救いの雲として見る事は出来ませんでした。

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