ばあれすく~声優の生まれ方~

ポンチャックマスター後藤

~始動~


その日は曇っていた。雨を食い止める慈愛の雲なのか、太陽を隠す悪意の雲だったのか。

俺はやる。やりぬくのだ。声優に成る成れないじゃない。やるかやらないかなんだ。

俺は…


この物語は今から十五年程前、声優の専門学校に通い声優に成ろうとした男の物語である。



私は何処にでもいる多少アニメと映画が好きな少年でした。取り立てて人生のスパイスを感じられる事をした事も無く、高校時代に軽くバンドを組んだ程度の人間でした。親兄弟も全く普通です。そんな私が何故声優を目指したのか?それは、「やりたいと思った事はやれ」と言う親の言葉を聞いて育ったからでした。

流石に声優に成りたいと伝えた時、親父は焼酎をこぼし、母親は「ヒャヒャヒャー!お、お前がかいなー!?」と大笑いした事を覚えています。

しかし、アホだった私をアホでも入れる大学に入れるよりも金が掛からない+卒業後どうせ声優に成れないだろうから家の仕事手伝うだろう。と言う気持ちで入学を許してくれたのです。そして私はとりあえず入学前に少しでもスタートダッシュを付けるために週一で学べる場に通ったりしました。

私は大意も大義も無く、「成れるかどうかの確認で入学してみるか」と思ったのでした。そう、ダメなら辞めたら良いだけの話しなのです。特に大学に入りたいとも思わなかったですし、私でも入れる大学は多分大学の名を借りた動物園だろうと思っていました。


「本日は学校説明会に来てくださいましてありがとうございます。本日の司会と進行を務めさせていただきます、心臓男 軍曹と申します。よろしくお願いします」


とりあえず声優に成るには専門学校行けば良いのかしら?と思っていた私は、その時愛読していたゲーメストやアニメージュに載っていた学校の説明会に行きました。


「声優の世界は凄く狭い門です。生半可な気持ちではプロには成れません。そして学ぶ場のクオリティーも重要です。我が校はスタジオも有りますし、卒業前にはプロダクションオーディションと言う形で、色んな声優事務所を呼んで直接皆さんを見てもらい、そして成績優秀ならそのまま事務所所属と言う事も不可能では無いです。既に実績もあります。是非どうぞ」


簡単に言えば


「年間100万位出したら鍛えてやるし、事務所との縁も作ってやる。その代わり上手くいくかは君たちの頑張りだ。やっていきなさい。応援するぜ」

との事でした。そんなもん、大金払うんだから当たり前やろが!と思いましたが、プロダクションを呼んでオーディションと言う部分に非常に引かれました。

当時はまだネットをやっている人間も少なく、携帯電話もカラーが出始め、本屋には着メロを自分で打ち込む為の楽譜みたいな物が売られていた時代です。自分で事務所等を探そうにも限界がありました。

「ええやないか。俺の頑張り次第で声優になれるんか。完璧やないか。根性はあるほうや。俺はやるぞ」

私はそう思いながらニヤニヤしていました。ライダースの革ジャンを軋ませながら。とりあえず週一のレッスンは辞めよう。ここに全精力を注いでやるぜ。


「ねえねえ、君はここの学校に入るの?」


声の方向を向くと、餓狼伝説のチンシンザン激似の男がプヒプヒ言いながら私に話しかけていました。仮にこの男を豚骨と呼びましょう。


「ああ、そのつもりだよ。何箇所か説明会に行ったけど、ここが一番厳しい言葉をぶつけてきた。それは自信の裏返しだと思うんだよ」


「そっか!俺もそのつもりなんだ!よろしく!俺は豚骨麺吉!君は?」


「後藤…後藤健和。よろしくな」


「では説明会を終わります。個別で質問したい方は教室の隅に質問ブースを作って居るので是非お声がけ下さい」


説明会が終わった。

考えたらここに居る人間と今後壮絶な削り合い、蹴落とし合いをして行くのかもしれんな。そう考えると中々に味わい深い。仲良くするのも大切だけど、結局は声優と言う狭き門に誰が滑り込むかの世界なのか。

ゆるい。ゆるすぎるのだ。俺には政治やショウビジネスの世界はわからん。しかし、ここに集まっている人間が本当に声優を目指しているのかはわかる。多分違うんだろうな。全く、ノリとかそう言うので来るとかはやめた方が良いのに。その点俺はすごいですよ。だって声優に成るんだもん。成りに来たんだもん。良いねえ俺は。俺は心持ちから良いねえ。クールとはまさにこの事だねえ。


「あれ?あなたの服、それランシドのTシャツ?私、ランシド好きよ」


声の方向を向くと、育ちの良さそうないかにもお嬢さんが一人。まるでタカラヅカの人みたいにスラっとして、歳も私と同じ18歳位でしょうか、何か妖艶な空気を纏った女が居ました。



「ああ、知ってるんだ?そうそう、パンクバンドの。あ、俺は後藤、多分ここに入学するよ」


「そうなんだ?付き合ってた人がそのバンド好きだったから覚えてたの。私は水堂ゆり。よろしくね。でも何だか変な所ね。いかにもオタクって人が多いわよね。あなたは何だかバンドマンみたいだから更にこの場所に合わないわね」


そう言って水堂と言う女はケタケタ笑っていた。「こう言う女はヤバイ。多分近づいちゃダメだ。食われる。色んな意味で」当時はバキバキのチェリーボーイだった私は曖昧な笑顔と適度な相槌を駆使してその場を煙に巻きました。マジで何なんだよここは。すげえ場所だな。しかし、何かオーラが凄い。なんて言うか、芸能人のアレだ。中にはそう言うのも居るのか。俺が女じゃなくて良かった。同性だったらあんなのと張り合わないと駄目なのか。マジ嫌だな。嫌ずらよ。そんな事を考えていると、専門学校の方とのタイマン話し合いの時間になりました。このタイマン話し合い会で学校側は営業をしてきて、入学側はただ曖昧にニヤニヤするだけと言う時間です。私は既に決めていました。心は決まっていました。


「お、君は前も説明会に来てくれた…確か後藤君か?」


「どうも心臓男さん。また来ました。今回は入学を決めたので願書等の事を伺いたくて」


「決めてくれたか!こちらとしても嬉しいよ。君みたいな雰囲気の人は珍しいし、何かやってくれるかと期待はしていたんだよ。では事務手続きに付いてだけど…」


私はおっかなびっくりで一歩を踏み出そうとしたのです。

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